第86話 ご挨拶 2
暫く歩いていると、街から少し離れた場所に豪邸があるのが見えてくる。
「あれが私の家だよ。」
「わあ……大きいね……」
「まあ、貴族ですから。」
家に到着したクレイは扉をノックする。少しすると、執事服をピシッと着た初老の男が扉を開けて出てくる。
(今更ながら緊張してきたっ…!)
「おや、クレイお嬢様でしたか。いつ戻られたので?」
「たったさっきです。お久し振りですね、セバス。実はお父様とお母様とお話したい事があるのですが…」
「左様でしたか。それで、そちらの殿方は?」
(セバスっていかにもな名前だ…!)「あ、コウスケ・カライトといいます。」
「実はお話したい事も彼についてなのですが…」
「そうでしたか。では奥様と旦那様を呼んでまいりますので、先に応接間でお待ちください。」
「じゃあ行こっか。」
「うん。…お邪魔します。」
2人は中に入り、応接間のソファに並んで座って待つ。それから少しして、暗い銀色の短髪の男と、黒色の長髪の女が入ってくる。
「やあクレイ。いきなり帰ってくるなんて、父さんビックリしたよ。」
「すみませんお父様。紹介したい人がいまして。」
「ああ、セバスから軽く聞いただけだが、彼がそうなのか。初めまして、私はトーラ。トーラ・フィルソニアだ。よろしく。」
「初めまして。わたしはシア・フィルソニアです。よろしくお願いしますね。」
「はい!初めまして。コウスケ・カライトといいます。あ、よければこれを…ちょっとしたスイーツです。お口に合うと良いのですが…」
「これはどうもご丁寧に。セバス、早速これと紅茶を。」
「かしこまりました。ではコウスケ様、お預かりさせていただきます。」
「はい。」
セバスは降助から手土産を受け取ると、部屋を出ていく。少しして、紅茶とスイーツを持って部屋に入り、それぞれの前に置いた後、再び部屋を出ていく。
「それでクレイ、話というのは?」
「コホン。私…彼と結婚します!!」
「ククククク、クレイサン!?」
「あっ…気持ちが先走っちゃった……まあ、その…結婚するというか…それを前提にお付き合いをしているといいますかその……」
「…えっと、俺はクレイさんとお付き合いさせていただいていて、今日はその挨拶に来た次第です。」
「あら…あらあらあら〜!遂にクレイちゃんも恋をするようになったのね〜!出会いは?告白はどっちからしたのかしら?一体どこまで進んだの〜?」
「ちょ、ちょっと落ち着いてくださいお母様…!」
「あ、あら…ごめんなさいね……」
「い、いえ…お気になさらず…」
「まあ、シアの気持ちも分からなくはないけどね、少し落ち着かなきゃ。という事でコウスケ君。どんな感じの告白だったんだい?」
(いやあなたもそっち側かーい!!)「えっと…クレイから告白されて、俺もそれに答える感じで告白仕返したというか…」
「おぉ…!」
「ちなみに、どこまでいったのかしら?」
「混よ―」
「キスはしました!!」
「あら〜!」
「うーんいくつになっても恋愛話は盛り上がるなぁ…!」
(この人達さては結構愉快な人だな?)
「ま、大体分かったと思うけどね。私達は君を歓迎するよ。」
「え、良いんですか?」
「勿論。」
「ありがとうございます!」
「…時にコウスケ君。君は武術か…魔法…何かやっているものはあるかな?」
「?はい。一応、殆どの武器と魔法はできますが……」
「それは素晴らしいな。じゃあ、ちょっと手合わせを願えるかな。」
「手合わせですか…?」
「うん。君は娘と付き合い、ゆくゆくは結婚するのだろう?君が婿入りなのか娘が嫁入りなのかはさておき、それはつまり貴族と深い繋がりを持つ事になる。全てを力だけで解決できるわけではないが…時には荒事に巻き込まれる事もあるだろう。その時、彼女を守れるのか…真に、信頼に足る人物なのか。確かめさせてもらう。」
「…分かりました。受けて立ちましょう。」
「じゃあ、ついてきてくれるかな。」
トーラは降助を連れて庭に向かい、シアとクレイもついていく。
「ルールは相手が降参か、戦闘不能で勝ち…でいいかな?」
「はい。」
「シア、審判を頼めるかい?」
「良いわよ〜。」
「手合わせだから大怪我や殺したりまではいかないが、私は容赦しない。君も全力でかかってきなさい。」
「…はい。」
「それでは…始め!」
シアの合図と同時に2人は剣を構えるが、まだ攻撃せずに互いに相手の出方を窺う。暫しの沈黙の間、先に仕掛けたのはトーラだった。
「《縮地》!」
トーラが一瞬で距離を詰めて斬りかかるが、降助は即座に反応し、ガードする。
「ッ!」
「私の縮地に対応できるとは、中々やるね。」
「お褒めに預かり光栄です…《乱飛斬》!」
「!?」
乱飛斬を放ちながらトーラを押し返し、距離を取る。
「まさか乱飛斬を扱えるとは……君、只者じゃないな…」
「まだまだいきますよ!《縮地》!」
「な―」
「はあっ!」
トーラの剣が弾き飛ばされ、数回回転した後に地面に突き刺さる。
「お見事。じゃあ次は魔法でいくよ。《ウインドボール》」
「!」
降助は即座に腕にマナを纏い、ウインドボールを掻き消す。
「今のはアンチマジックかな?この一瞬で発動させるとは、本当に君は凄いね。ならもっと強めにいってみよう。《ジーミニ》!」
魔法が発動すると、トーラが6人に増え、降助を取り囲む。
(分裂魔法…囲まれたか…)
「「「「「「《トルネイド》!」」」」」」
(マナを体外に広範囲放出……今!)
同時に放たれた6つの小さな竜巻が降助を襲い、周囲は土埃で覆われる。
「あら…コウスケ君大丈夫かしら……」
「大丈夫ですよ。コウスケなら。」
「随分彼を信頼してるのね。」
「はい。彼はとっても強いですから。」
「《バインドチェーン》」
「!」
土埃が晴れると、そこには無傷の降助が立っていた。
「まさか無傷とは……でもまだ―」
その瞬間、バインドチェーンが巻きついていたトーラの分身が消滅する。
(あ、そっか。チェーンがマナでできてるから魔法が掻き消されて消えるんだ。)
(バインドチェーンとアンチマジックの同時発動…!?)「…っ《アンチマジック》!」
トーラはアンチマジックを発動させようとするが、マナでできたチェーンには通用せず、拘束されたままだった。
(解除できないか…これは……)「……参った。降参するよ。」
「勝者、コウスケ君〜!」
「ありがとうございました。」
降助はバインドチェーンを解除し、トーラと握手を交わす。
「改めて、歓迎するよコウスケ君。娘を頼んだよ。」
「はい。任せてください。」
「ところでコウスケ君、誰か師はいるのかい?流石に独学でそこまでになったわけではないだろう?」
「はい。6人の賢者に育てられました。」
「……なんだって?」
「6人の賢者です。コウさん、ボウさん。アインさんにジックさん。それとトランさんとハクさんの6人です。」
「まさか、かの賢者達が師だったとはね……どうりでそんなに強いわけだ。」
「あ、そういえばクレイちゃん、来てくれたのは嬉しいけど、帰りの馬車は大丈夫なの?もうすぐ冬休みも終わりじゃなかったかしら?」
「ああ、それなら大丈夫です。彼がいるので。」
「コウスケ君が?」
「あれ、もう帰るの?」
「うん。元々挨拶だけの予定だったからね。」
「分かった。じゃあ俺達はこれで失礼します。《ディメンションチェスト》」
「「!!?」」
降助とクレイは唖然とする2人を置いて、館へと帰っていった。
「……とんでもない人が娘の恋人になったもんだね。」
「そうねぇ……」




