第84話 年節祭
翌日、リスタッドの王宮の玉座の間ではフルイアとナイザーが、ヴァンゾに頭を下げていた。
「申し訳ありません、陛下。わたくし達がいながら、みすみす逃してしまいました。」
「本当に申し訳ありません……」
「ふむ……魔王軍幹部らしきサキュバスか……むしろ、それ程の敵と相対して犠牲者が1人も出なかった事を褒めてつかわそう。」
「勿体なきお言葉…!」
「しかし……魔王軍による被害は各地に広がりつつある……魔王軍対策連合もそれに追いついているとは言い難い……であれば。」
ヴァンゾは学者団とバルツを呼び出す。少しして、バルツと、代表者含め数人の学者がやって来る。
「お呼びでしょうか?」
「うむ。早速だが、わたしは勇者召喚を早めようと思っている。」
「成程……それで我々学者団を呼んだという事ですな。」
「うむ。そして、この話は魔導士団団長でもあるおぬしにも聞いてもらいたい。」
「わ、分かりました……!」
「まず、陛下は勇者召喚を早めたいとの事ですが、我々学者団の見解では可能性はあるかと。」
「僕も同じ意見です。勇者召喚はこの世界と異世界の縁が繋がる僅かな瞬間を狙って行いますが、魔力に物を言わせてしまえば多少ズレていても何とかなると思います。」
「それはまことか?」
「はい。」
「ほう。して、どこまで早められる?」
「それに関しては、今学者団の方と相談してもよろしいですか?」
「うむ。」
「では……」
ナイザーと学者団は相談を始め、数分程で結論を纏める。
「結論としては春ですな。冬の間に召喚するのはかなり厳しいかと。」
「ふむ。夏から春になっただけでも良しとしよう。ではナイザーよ、頼んだぞ。」
「はい。直ちに団員達の調整を始めます。」
「では我々もこれで。」
「うむ。」
ナイザーと学者団は玉座の間を出ていく。
「さて、フルイアには引き続きタリミアで仕事を、バルツには民達にこの事を知らせてほしい。」
「承知いたしました。」
「ではわたくしも失礼いたします。」
フルイアとバルツが玉座の間を出た後、ヴァンゾも玉座の間を出て執務室に向かい、各国へ勇者召喚を早める旨を記した手紙を書き始める。それから時は流れ、年節祭と呼ばれる1年の終わりと始まりを祝う祭りがやってきていた。降助とクレイは、館のバルコニーで夜空を眺めながら1年を振り返っていた。
「もうすぐ今年も終わるね……」
「この1年、色々あったかも。学園に入って…カイト達と会って…夏休みにはクーアとトーカにも会って…ベルとも会ったし、シャンも……早く、助けないと。」
「大丈夫。きっと何とかなるよ。だってこーちゃんは強いから。」
「…うん。絶対、助けてみせるよ。」
「その意気だよ!あ、あと他には何があったかな?」
「えーっと、他には…魔王軍の襲撃とか…死にかけたりとか…?」
「も、もうちょっと明るい思い出はないの…?」
「そうだね…最近だと……その、そら姉と付き合えた事…かな。」
「こーちゃん……」
若干頬を赤らめた降助にクレイが近づき、キスをしようとしたところでベルの咳払いが聞こえ、慌てて距離を取る。
「コホン……いい雰囲気のところ、本当に申し訳ないのですが……そろそろパーティーを始めますよ。」
「も、もうそんな時間だったんだね!」
「お、教えてくれてありがとうベル!すぐ行くよ!!」
「いえ……その、本当に…すみません……」
「い、いいの。気にしないで!」
「むしろ変に気を遣われる方が心にくるから……」
「す、すみませ〜ん!」
ベルは半泣きで室内に戻っていき、2人は苦笑いで見送った。
「じゃあ、私達も行こっか。」
「うん。」
2人も中に入ってリビングに向かうと、テーブルには豪華な食事が並んでおり、食欲をそそる香りで満ちていた。
「ようやく来やがったな。ったく、どこで何してたんだよ。」
「ごめんごめん。じゃあ始めようか。」
「…ッ」
「?ベル、なにモジモジしてんだ?」
「ちょっと顔赤くない?」
「い、いや!何でもありません!」(流石にせ、接吻をしようとしているところを見てしまったとは言えません…!)
「皆飲み物は持った?じゃあ…」
「「「「「「「「「乾杯!!」」」」」」」」」
全員で一斉に乾杯した後、それぞれがテーブルの上のご馳走を食べ始める。
「久し振りだなぁ…年節祭でパーティーするの。」
「そうなんだ?」
「うん…師匠達がいなくなってからやってなくってさ。懐かしい……」
「そっか…じゃあ久し振りのパーティーだし、思いっきり楽しまないとね!」
「うん。」
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「で、もう皆寝落ちたと……」
「みたいだね……」
まず酒を飲んでいたヴニィルが早々に酔い潰れて寝落ちし、日頃の修行で疲れが溜まっていたメンバーが満腹になった事も合わさって次々と眠っていき、見学組もパーティーではしゃいで眠ってしまい、降助とクレイだけが起きていた。
「しょうがない……皆をベッドに運ぼうか。そら姉も手伝ってくれる?」
「うん。じゃあ私はクーアちゃん達を運ぶから、ガーヴ君達をお願い。」
「分かった。」
2人で手分けして皆をそれぞれの寝室のベッドに寝かせる。ちなみにヴニィルは自分の部屋を持っていないので、その辺に転がったままになっている。
「ふあぁ……なんか眠くなってきちゃった。」
「ん〜……俺も……眠いかも……もうこのままソファで寝よっか、そら姉。」
「……ねえこーちゃん。」
「ん?」
「その、そら姉じゃなくて……また、クレイって呼んでほしいな。こっちでの名前はクレイだし。」
「……じゃあ俺の事もこーちゃんじゃなくてコウスケって呼んでくれる?」
「…うん。コウスケ。」
「…おやすみ、クレイ。」
「…それだけ?」
「え?」
「その…お、おやすみの……ち、チュー…とか……」
「…ああ、成程ね。」
降助はクレイにキスをし、ブランケットを自身とクレイにかけて座ったまま眠る。
「っ〜!」
顔を赤らめ、満足そうなクレイは降助の肩に頭を預けて眠りについた。
「……」(ふと目が覚めたので水を取りに来ただけなのに、どうしてこんな事に……神よ…これもお2人の時間を邪魔した罰なのですか〜っ!?)
「……」(ぬう……酒を飲み過ぎたから水でもと思ったが……少々起きるタイミングが悪かったな、まったく……)
ベルとヴニィルはそーっとキッチンへ向かい、コップに水を注ぐ。
「……」
「……まあ、その…なんだ。仲睦まじいのは良い事であるな!うむ!」
「そ、そうですね…!私達も応援しましょう!」
「ああ!そうであるな!」
「「……」」(正直……気まずい……)
気まずくなりながらも、降助とクレイを起こさないようにそーっと2人はそれぞれの寝床へと向かうのだった。




