第83話 魔王軍幹部達
「ただいまー」
「おかえり!」
館に帰ってきた降助を、クレイが小走りで出迎える。
「皆は?」
「今は修行場で修行中。見学組がお茶と軽食を用意してるところだよ。」
「じゃあ俺も手伝うよ。」
「ありがと!」
降助がクレイと共にキッチンに向かうと、ベルとミレナがサンドイッチを作り、水筒にお茶を注いでいた。
「あ、コウスケ君!帰ってきたんだ。」
「うん。ただいま。それ、俺も手伝うよ。」
「ありがとうございます。お茶の用意は終わったので、具材をパンに挟んでもらえますか?」
「分かった。」
ハムや野菜などをパンに挟み、食べやすい大きさにカットしていく。
「よし、これで終わりっと。」
「では持っていきましょうか。」
4人はサンドイッチとお茶を持って修行場に向かい、ベルが声をかける。
「皆さーん、お茶と軽食を持ってきました!休憩にしましょう!」
「おーう……って、師匠!帰ってきたんだな!」
「うん。ただいま。」
「チッ…1週間も待たせやがって……」
「ごめんって。だって、ディメンションチェストを安全に繋げるには、1回そこに行ってないといけないし……」
「そうかよ。で、何かあったりしたのか?」
「そうだね……魔王軍の幹部を捕まえたりしたかな。」
「ほーん…魔王軍の幹部ねぇ……」
「「「「「「「………ええぇぇー!?」」」」」」」
「うわあびっくりした!」
「ほう、魔王軍の幹部を捕らえたのか。一体誰なのだ?」
「ルムザ・ヴァーグだよ。ほら、前に学園を襲撃してきたやつ。ガーヴもちょっと戦ったでしょ?」
「ああ…アイツか……」
「多分もう"最果て"に連れてかれてるんじゃないかな?」
「"最果て"か…アイツも終わりだな。」
「だと良いけどね。」
その日の夜。ルムザを護送する馬車と周囲を囲む騎士団は、バラシアン大陸とコウルシア大陸を繋ぐ巨大な橋、グラレス大橋を目指し、タリミアから北東に進んでいた。
「まさか護送に僕まで連れてこられるなんて……本当に僕なんかが参加して良かったのかなぁ……」
1人暗い雰囲気になっている彼の名はナイザー・オストロ。銀髪の天然パーマで目の上半分が隠れており、身長や声の幼さもあって子供に見えるが、れっきとした大人であり、ルリブス王国第4騎士団団長兼王国魔導士団団長も務める実力者である。
「あなたは騎士団だけでなく、魔導士団の長も務めている立派な方ですわ。もっと自信を待ちなさいな。」
そう言ってフルイアがナイザーを励ます。
「そ、そうですよね……分かってはいるんですけど……」
「ここからグラレス大橋までおよそ1週間前後、そこから"最果て"までは天候も考慮して2週間弱。ギリギリ1ヶ月を超えないくらい…長丁場になりますわね。各員、気を引き締めなさい!」
「「「はっ!!」」」
暫く進んでいると、ふとナイザーの探知魔法が何かを捉える。
「前方から1人近付いてきます。」
「夜の原っぱに1人で?怪しいですわね…警戒を怠らないようになさい!」
一行は警戒を強め、慎重に進んでいると、前方から1人の女が姿を現す。
「女……?」
「こんばんは、ルリブス王国の騎士団さん♪」
赤紫の髪をした、若干幼く見える女からは悪魔のような尻尾と羽、角が生えており、怪しいピンク色の瞳で一行をじっくりと眺めている。
(まさか…サキュバス!?)「総員!戦闘体せ─」
「ふふっ…《魅了》!」
「《レジストパルス》!」
女の瞳から発せられた波動が、一行を飲み込む。周囲の兵士達は魅力されてしまい、剣を落として魂が抜けたようにぼーっとその場で立ち尽くしている。
「あ……」
「うあぁ……」
「あははっ!みーんなアホみたいな顔しちゃって!……って、何アタシの魅了耐えちゃってるの?信じられなーい!」
「ッ…すみません、フルイアさん、僕とあなたしかレジストパルスで相殺できなかった……!」
「いえ、むしろあの一瞬でよくやってくれましたわ。わたくしが前に出ます。あなたは援護を!」
「はい!」
フルイアは勢いよく飛び出し、そのままレイピアを抜いて攻撃を仕掛ける。
「はあっ!」
「わっ!もう、危ないなぁ!」
「まだまだいきますわよ!!」
フルイアは素早い攻撃を繰り返すが、中々女に当たらない。
「頑張れ♡頑張れっ♡」
「…ッ!」(いちいち癪に障る喋り方ですわね……!)
「《バインドチェーン》!」
ナイザーが放ったバインドチェーンが女の足を絡め取り、動きを封じる。
「ナイスですわ!」
「やばっ……なーんてね♡《ファントム・キス》」
「!?」
女は攻撃をするりと躱すと、フルイアにそっと口付けする。すると、フルイアはレイピアを落とし、その場で固まってしまう。
「はぁーい残念。いい夢見てね♡」
「フルイアさん!!」
「えいっ!」
「!《シールド》ッ…!」
ナイザーは鞭のように伸びて飛んできた尻尾を防ぐが、集中が切れてバインドチェーンが解除される。
(しまっ……いや、切り替えないと!!)「《ホーミングバレット》!」
「あははっ!当たるわけないじゃん!ざーこざーこ!」
「それはどうでしょうか…!《二回詠唱》…《ホーミングバレット》!」
「わっ!」
女は飛び回って回避しようとするが、無数の魔法の弾は振り切られる事なく追尾し続ける。
「あーもうしつこーい!……あ、そうだ!」
女は飛び回るのをやめ、ナイザーに一直線に飛んでいく。
(一体何を……まさか!直前で回避して僕を自爆させようとしてる!?)「くっ…!」
「ほらほら♡早くしないと自爆しちゃうよ?」
「ッ…!《アンチマジック》!ダウングラビ―」
「はぁーい残念♡キミが次の魔法を唱えるよりアタシが飛ぶ方が速いんだよ?ふーっ……」
「あふっ……」
女がナイザーの耳にかかった髪をかき上げ、耳に吹きかけると、ナイザーは腰を抜かして倒れてしまう。
「今のは別にスキルでも何でもないただの耳ふーなんだけどなー。あははっ!雑魚耳可愛いっ♡それにしても…よく見たらすっごく可愛い顔してるし……ここで食べちゃおっかな……」
「コホン!終わったなら早く助けてくれる?」
女が倒れているナイザーに手を伸ばしたところで、馬車の中からルムザが催促する。
「もーっ…折角お楽しみタイムに入るところだったのに……」
「そのお楽しみタイムを至近距離で聞かされるこっちの身にもなってくれる?」
「はいはい分かりました。助ければ良いんでしょ助ければ!」
女は馬車の扉を破壊し、中に入る。
「ぷっ……あはっ…あはははははっ!なぁーにそれ!グルグル巻きじゃーん!おもしろー!」
「はぁ……何でよりにもよって助けに来たのがキィガなんだか……」
「何ー?アタシじゃ不満?」
「もうちょっとマシな人選はなかったのかなってね。」
「はぁー?何それ。それが助けてもらう側の態度??知らない間に捕まってた雑魚虫のくせに!」
「ほら…僕とはなんか合わないから嫌なんだよ……まあいいや。もう文句は言わないから助けてくれると嬉しいな。」
「はいはい助けてあげますよー。感謝してよね?ざーこ。雑魚。雑魚虫。陰険野郎!」
「このガキっ……!」
「きゃー!よわよわな虫さんが怒ったー!」
キィガと呼ばれたサキュバスはルムザと言い争いながらも、拘束されて動けない彼を担いでその場から飛び去っていく。
「……で、拘束は解いてくれないの?」
「何言ってんの?アタシがそんな難しい仕組みの拘束具をどうこうできるわけないでしょ。」
「…それもそうか。」
それから暫くして、2人は魔王ジミルの下へ帰ってくる。
「ただいま戻りましたぁー。」
「ご苦労だったな。」
「…申し訳ありませんジミル様。このような失態を……」
「いや、気にするな。こうして無事に帰ってこれたのだからな。」
ジミルが手をかざすと、拘束具が解除される。
「…はぁ。窮屈な拘束だった……」
「さて…では報告を聞こう。お前をそれ程までに追い込んだ存在が居るのだろう?」
「……以前、シューヴァルト学園を襲撃した際に1人の青年が脅威になり得ると報告したと思います。」
「…そうだな。」
「その彼にやられました。しかも、その時より遥かに強くなっています。」
「成程な……これは、早いうちに対策をしておいた方が良さそうだ。」
「ねぇジミル様。その子ってどこにいるんでしたっけ?」
「ルムザからの報告ではシューヴァルト学園の生徒らしいが。」
「ルムザ、その子の見た目は?」
「…まさか、1人で行く気?」
「まあまあ何だって良いでしょ。早く教えてよ。」
「はぁ……白髪が混ざった黒髪に、青い瞳の青年。多分キィガの好みの顔だと思うよ。」
「うっそ…ホントに?今すぐ行ってくる!」
「キィガ。あの学園は今は冬休みの筈だ。その青年を目的にするなら年が越すまで待て。」
「ちぇっ……早く会ってみたいのになぁ……」
「じゃ、僕は休ませてもらいますよ。」
「ああ。ゆっくり休むといい。」
ルムザはその場を後にして部屋を出ると、出た右に巨大な男が立っていた。
「随分みっともない姿で帰ってきたものだな、ルムザよ。」
「ギーガンダロスか。何か用でもあるの?」
ギーガンダロスと呼ばれた男は4本の腕を持った1つ目の巨漢で、サイクロプスと呼ばれる魔物のうちの1人である。
「分からぬか?失態続きの貴様は魔王軍幹部に相応しくないとワガハイは言っているのだ。」
「魔王軍幹部に相応しくない、ねぇ……サイクロプスにしては小さいし、ワガハイとか言って知的ぶってる脳筋の君には言われたくないけどね。」
「なんだと?」
「聞こえなかった?ちっこいサイクロプスで、脳みそ筋肉でパンパンの君には言われたくないって言ってるんだよ!」
「テメェ!ぶっ殺して─」
「2人とも、そこまでにしなさい。」
「ジャック。」
「邪魔をするな!オレサマは今すぐコイツをぶっ殺さねぇと─」
「ジミル様は仲間割れを嫌う。知っているでしょう?」
「ぐぬぬ…!」
「じゃ、僕はこれで。」
「待て!テメェ…!」
「ギーガンダロス。」
「チッ……」
ルムザは足早に去っていき、ギーガンダロスも不満を漏らしながらも去っていくのだった。
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