第7話 晩冬の別れ
「アインさんはだいじょうぶなんですか……?」
「…そうじゃな。咳も止まって落ち着いたし大丈夫じゃ。」
「っ……。」
「そう心配そうな顔をしないでください。私はこの通り大丈夫です。」
「さ、ミコトや。儂はもうちょっと詳しく様子を見るからコウやボウ達と遊んでいなさい。」
「はい……。」
降助は俯いたままアインの部屋を後にする。
「さて……」
「自分の体は自分が一番分かっています。私はもう長くない……そうでしょう?」
「そうじゃな。この様子じゃ春を迎えられるかは分からん。」
「どうやら…私が最初のようですね。」
「そうじゃな。それで次は儂かもな。」
「まさか。あなたならもうちょっと生きられますよ。」
「そこでもっと、とは言わないんじゃな。」
「ははは。実際そうでしょう?」
「そう言われては何も言えんな。とにかく明日くらいまでは絶対安静じゃ。薬はここに置いておくぞい。」
「ありがとうございます。」
ベッドの近くにある机の上に薬包紙を置くとハクもアインの部屋を出ていく。
「あれは…どこにしまったんでしたかね……おっと。明日まで絶対安静でした。……ふむ、寝たきりというのは思ったよりつまらないというか…落ち着きませんね。」
それから数日して部屋の中を動くくらいなら問題ないと言われたアインは降助に歴史の続きを教えていた。
「創世紀を学びたいんですか?」
「はい!かみがみのいつわをきいてみたいです!」
「歴史の勉強で真っ先に取り掛かるのが創世紀の神々の逸話とは……行く末が楽しみです。」
「えへへ……」
「ではそうですね……まずこの大地を創ったのは地神マトルと言われています。マトルは自身の持つ魔力を具現化し、捏ねて固める事で大地を創りました。最初はそれだけだったのですがそこに海神ミューダが現れ、泉を作るべきだ、といって魔力を具現化させ、水を流し込んで海を創りました。」
「いずみをつくるべきっていったのにうみをつくったんですか?」
「本来は泉のつもりだったらしいのですが海神ミューダは大ざっ……大らかな性格だったのでうっかり水の量が増えてしまい、大地は水に沈んでほぼほぼ海になりました。それを見かねた地神マトルが更に大地を追加してバランスをとったと言われています。」
「へぇ〜……」(今大雑把って言いかけたな……)
「そこへ更に空神カイスが現れ、殺風景だった世界に空を足し、鮮やかな青空と真っ白な雲が生まれました。創世紀の初期の逸話は主にこれですね。他の説としては海神ミューダが水の塊を作り、地神マトルがそこに大地を足して世界を創ったとも空神カイスが青い空間を作り、そこに大地と海が足されたとも言われています。この様に順番は様々ですが確実にこの3人の神が関わっています。」
「ちしんマトルにかいしんミューダ、くうしんカイスかぁ…」
「ちなみにマトルとカイスは男神、ミューダは女神と言われています。」
「そうなんですね……あ、そうだ!このまえいっていたげんしょせいぶつをうみだしたかみさまはだれなんですか?」
「ああ、命神ラーフですね。彼が動植物の番を大地に創り出し、そこから種類や数を増やしていったと言われています。これはちょっとした豆知識ですがこれまた読みは同じで字は違う冥神ヘヴという女神が居まして。性別も名前も違うのですが命を扱うのでよく同一視されたり兄妹で神だったり姉弟で神だったり、更には夫婦で神だとも言われています。」
「かみさまってふくざつですね」
「そうですね……こほっ」
「あ……」
「いえ、心配なさらず。大丈夫ですよ。それよりそろそろ夕食の時間です。下に行って食べてきてはいかがでしょう?」
「…そうしてきます。」
降助は部屋を出て階段を降りていく。
「けほっ…あの子は本当に賢いので全部気づかれているのかもしれませんね。けほっ…こほっ……さて、探し物の続きをしておきましょうか……」
それから数ヶ月。アインが降助の勉強を教える日々が続いたが遂にアインの容体が急変してしまった。
「概ね……あなたの…予想通り…でしたね。」
「そうじゃな。春を迎えられるかは分からないとは言ったが…少し早いかもの。」
「アインさん……!」
「そうだ…ジーク……あなたに渡す物があります……」
アインは震えた手で懐から首飾りを取り出す。銀色のチェーンでできており、大樹のような物を模った緑色の石が付いていた。
「これは……私達…エルフ族に伝わる……お守りのようなものです……あなたに…勉強を教えた日々は……とても新鮮で…楽しい……日々でした……そして…あなたの……これからの人生……沢山の知識と…出会えますよう……に―」
首飾りを降助に差し出したアインはそのまま目を閉じ、息を引き取る。
「アインさん…!アインさん!!うっ……アイン……さん……!!」
「…この世界では全種族共通でこの世を去り行く者から大切な者へ贈り物を渡す風習があっての。そこには様々な想いが込められておるんじゃ。どうか、受け取ってやってくれ。」
「…はい。」
降助はアインの手に握られた首飾りを受け取り、両手で包んで額に当て、涙を流す。
「ありがとうございました……アインさん……!」
その日のうちにアインは館の裏に埋葬され、墓が建てられた。
「ワシは…夕食の準備をしてくる。先に戻るぞい。」
「俺も…手伝うぞい。」
「それならワシも。」
「ジックとハクはどうするんじゃ?」
「わしは…部屋に戻るとするかの……」
「儂はもう少しここに居るつもりじゃ。降助はどうするんじゃ?」
「…ぼくも…もうすこしここにいます。」
「…だそうじゃ。」
「分かった。もうじき春といえどまだ冷える。あまり長居はせぬようにな。」
「そうじゃな。」
「はい。」
4人は裏口から室内に戻っていき、ハクと降助は近くに置かれた古びたベンチに腰掛ける。
「…アインさんはいろんなことをおしえてくれました。」
「ほう…そうなんじゃな。」
「とくに、れきしをたくさんおしえてもらいました。いろんなかみさまとか…ひとのれきしとか……」
「沢山学んだんだのう。」
「…そうだ、もしよければハクさんからもなにかおしえてくれませんか?」
「…というと?」
「アインさんは『たくさんのちしきとであえますように』っていってました。だから、いっぱい、いっぱい、まなびたいんです。」
「そうか……では儂の薬学を学んでみるかの?」
「…はい!」
「ならまた明日からじゃな。今日はもう戻るとするかの。そろそろ冷えてきたしお腹も空いたじゃろ。」
「はい!おなかぺこぺこです!」
ハクと降助は古びたベンチから立ち上がると館の中へと戻っていき、丁度出来上がっていた夕食を食べた。