第64話 復活
「……」
「あの…?」
「ああ、いや。なんでもなく…はないけど、まずは質問に答えようか。そうだね、大体3日か4日くらいかな。」
「え…俺そんなに集中してたんですね…」
「はあ…それはそうと、まさかこんな事になるなんて…」
「な、何かあったんですか?」
「何かって君ねえ…まあいいや。簡単に言うと、君は魔力と気を失った。」
「……え?魔力と気を…失った…?」
「そう。魔力と気は君の体を巡って混ざり合い、マナへと昇華された。」
「マナ…ですか。」
「そう。マナっていうのは昔…本当に昔に一部の人間が持っていたものでね。スキルにも魔法にも使う事ができるし、総量も質も何もかもが桁違いに優れていたんだよ。ただ、本当に希少過ぎて今じゃマナを持っている人は誰も居ないんだけどね。」
「え…俺ってそんなヤバいものを手に入れちゃったんですか?」
「そゆこと。」
「うう…元の力を取り戻そうとしたら勢い余ってパワーアップしちゃった……」
「ただ、マナが消えた今の世界じゃ君が持つ力はあまりにも大き過ぎる。ここからは修行を延長してマナの扱い方を覚えていくよ。」
「分かりました。ここまできたらやってやりますよ!」
「じゃあ早速始めようか。まずはマナの説明から。マナは魔力と気が溶け合ったもので、質、威力、総量は大体10倍以上だね。」
「そ、そんなに上がってるんですね……」
「うん。だから上手く扱えるように練習していくよ。まずはいつも通りの感覚でファイアボールを撃ってみて。詠唱はお任せするよ。」
「うーん…じゃあちょっと怖いし詠唱は省略して…《ファイアボール》」
降助が魔法を唱えると、巨大な火の玉が地面を焦がしながら岩に激突し、半分以上をドロドロに融解させる。
「え…えぇ…?」
「そう。これがマナの力。詠唱を省略した初級魔法でさえこの威力なんだよ。そうだね…目安としては今の10分の1くらいに抑えればギリギリ、ってところかな。」
「マナって怖い……」
「あ、あと魔法だけじゃなくて体の方も気を付けないと。」
「え?」
「ま、百聞は一見にしかずということで…はい、この岩殴ってみて。」
そう言って神が指を鳴らすと、巨大な岩が出現する。
「こ…これを殴るんですか…?」
「そうだよ。ほら早く。」
「う…ええい!ままよっ!」
降助は目を瞑りながら岩に思い切りパンチする。拳に激痛が走るのを覚悟したがそんな事はなく、恐る恐る目を開くと、岩は大小様々な破片となって砕け散っていた。
「ほらね。マナが流れているだけで身体能力も異次元のものになるんだ。だから、こっちも調整しないと肉体には戻れないかな。」
「わ…分かりました…」
「じゃあ始めようか。」
それからは力の加減を覚える為の修行を行い、次は的確なタイミングで力を解放する修行を行った。マナを扱う修行はどれも難航し、気付けば降助がここに来てから1ヶ月が過ぎていた。
「さて、それじゃあ遂に最後の修行。これに合格したら、見事肉体に戻れるよ。準備はいい?」
「はい!」
「よろしい。」
神が指を鳴らすと、降助の目の前にシャンが現れる。
「っ…!」
「彼女を倒せば合格だよ。それじゃあ、始め。」
そう言って神が後ろに下がるのと同時に、シャンが地面を蹴って降助に襲いかかる。
「言っておくけど、彼女は殺す気で攻撃してくるから気を付けてね。」
「ちょ、ちょっと―」
あっという間に距離を詰めたシャンが右の拳を繰り出すが、降助は素早く両手で受け止める。攻撃を止められた事を認識したシャンはそのまま左足で蹴りを放つが、降助は右腕の肘で防ぐ。
「何してるのさ。早く攻撃しないとやられちゃうし、いつまでも修行を終えられないよ?」
「ぐっ…!」
「そこにいる彼女は偽物なんだよ?何を躊躇ってるのさ。」
「それはっ…!」
「じゃあ、こうすれば分かってもらえるかな?」
神が再び指を鳴らすと、クーア、トーカ、ベルが現れる。勿論これも偽物だが、出現した瞬間、シャンは矛先を3人に変えて襲いかかる。
「《バインドチェーン》!」
降助はすぐさまバインドチェーンでシャンの足を絡め取り、遠くへ思い切り投げ飛ばす。抵抗する事なく飛んでいくのを確認した後、降助は何をやっているんだといった表情で神を睨んだ。
「君はね、甘いんだよ降助君。君が振るう力にはまったく殺意が籠ってない。せいぜいが敵意程度。どこから躊躇いを感じる。自分の力が必要以上に相手を傷付ける事に恐れを抱いている。」
「それは…この力は守るための力であって…殺すための力じゃないから…!」
「いやね、別に僕は君に殺戮者になれとか、力を振りかざして威張る暴君になれとか言ってるわけじゃないんだ。」
「…?」
「まあつまり、生半可な力じゃ守れるものも守れないって事が言いたいの。そんな守りや攻撃じゃ、いざという時、誰かを守る事も敵を倒す事もできない。」
「……」
「なんでその力を持ったのか、よく考えて。それと、僕との修行を思い出してごらん。僕は何をしてたっけ?」
「神様との…修行………っ!分かりました!」
「うん。じゃあ頑張って!」
神が言い終わると同時に、投げ飛ばされたシャンが帰ってきてそのまま攻撃を仕掛けるが、降助は素早く回り込んで左腕の肘を逆方向に折り、そのままもぎ取る。続いて足に思い切りマナを込めて蹴りを入れ、左足を潰して跪かせる。
「これで…最後だ!」
降助はマナで構築した光の剣をシャンの胸に突き刺し、引き抜く。シャンは一切反撃できないまま地面に倒れた。
「…《マジックエリクサー》」
シャンの傷は一瞬で癒え、起き上がって襲い掛かろうとするが、神が指を鳴らすと、遠くで見ていたクーア達と一緒に消えていった。
「神様が俺との修行でやってたみたいに、こういう時は攻撃の後に回復を挟めば良いんですね。なかなか強引な気がしますけど。」
「分かったみたいだね。もう、恐れは無い?」
「はい。躊躇いは…少なくとも、前よりは無いつもりです。」
「よろしい。じゃあ、行っておいで。」
「神様!ありがとうございました!」
「あ、言い忘れてたけど、魔力と気がマナになったせいで魂と肉体を同期する時に凄い激痛が走るだろうから頑張って耐えてね。」
「えっ、ちょ、ちょっとそれは聞いてな―」
神が指を鳴らすと、降助は地面に吸い込まれるように落ちていく。
「ここは……」
ベッドから起き、辺りを見回そうとした瞬間、全身に激痛が走り、ベッドから転げ落ちる。
「ぐあああっ…!ぐ…!うぅっ…!」
激痛が収まったと同時に部屋の扉が開き、慌てた様子のクーア達が入ってくる。
「いきなり苦しそうな声が聞こえたと思ったらよ…」
「し…師匠…!」
「っ!」
「わわっ」
泣きじゃくる3人に抱きつかれ、降助は3人の頭を優しく撫でる。その後、ヴニィルやカイト、シグルドも部屋にやって来た。
「バカッ…!1ヶ月も寝ぼけやがって…!」
「ぐすっ…師匠…!」
「ううっ…」
「ごめん皆…心配かけたね……俺は見ての通り大丈夫だから。」
「ふう…本当に心配したよコウスケ。もうこのまま目覚めないんじゃないかと思ってたよ。」
「うむ。なんならもう墓に埋めてしまおうかといったところまで話が―」
「はいはいお口チャック。」
「むがが。」
「えっと…シグルド学園長、今はどうなってるんですか?」
「ああ、そっか。コウスケ君は1ヶ月眠っていたから分からないか。よし、簡単に説明しよう。あの襲撃の後、すぐに復興を始めてね。もうほぼ元通りになってる。」
「そっか…それは良かったです。」
「ただね…」
「ただ?」
「魔王軍が本格的に動き始めている。どうやら奴さん、勇者の召喚は待ってちゃくれないみたい。ま、そりゃそうだろうけどさ。」
「成程…大体分かりました。俺は何をすれば?」
「実は復興が完全に終わるまでは休校の扱いでねー…授業とか何もなくて…それで、病み上がりのところ悪いけど、魔王軍と戦ってほしい。」
「いきなりですか…別に俺は構いませんけど…」
「ありがとう。詳細は道すがら話すから早速出発してほしい。もし良ければ君達も来てくれるかな?」
「うむ。勿論だ。」
「あったり前だろ!オレも行くぜ!」
「私もー!」
「じゃあ私も行きます…!」
「僕は遠慮しておくよ。足手纏いになったら困るからね。」
「了解。じゃあ行こうか。」
そして着替えて装備を身につけた降助は、シグルドやヴニィル、クーア達と共に6人で馬車に乗ってとある街までやって来ていた。
「ここ、タリミアはルリブス王国軍の重要な建物がいくつか建っていてね。まあ、そのせいで魔王軍から狙われまくっててさ…最近襲撃が多いから援軍を要請されているんだよ。」
シグルドとそんな会話をしながら歩いていると、ふと周りが騒がしくなっている事に気がつく。
「敵襲!敵襲だ!!」「民間人は直ちに避難しろ!」「敵はいつも通り北門から攻めてきている!急げ!」
「早速出番みたいですね。」
「ふふふ。この1ヶ月間、ずっと暇で体が鈍りそうだったからな。我を楽しませてくれるやつがいると良いのだが…!」
「よーし、行こうクー姐!」
「おう!久々に暴れる時間だな!」
「私は後方支援を頑張ります!」
「あ、皆やる気のところ悪いんだけど…今回は俺1人でやってみるよ。」
「え?」
「いやいや、いくらコウスケ君といえど相手はそれなりの軍勢なんだ。流石に1人で行かせるわけには―」
シグルドが言いきる前に降助は地面を蹴って北門へと飛んでいった。
「え…」
「い、今の魔法…?」
「いや、我には魔法陣は見えなかったぞ?」
「師匠、一体何が…?」
あっという間に北門の上に着地した降助は遠くを眺めて魔物の軍勢を確認する。
「流石にファイアボールは無理かな…うん、ファイアレインにしよう。」
「おい君!ここはもうすぐ敵が攻めてくる!早く避難するんだ!」
「ご心配なくー!すぐ終わりますので!」
「へ?すぐ終わる?な、何を言っているのか分からないが早く降り―」
「《ファイアレイン》」
降助の頭上から放たれた火の雨は魔物の軍勢をあっという間に消し炭に変え、周囲一帯は焼け野原と化した。
「ちょっとやり過ぎたかな…いやいや、守る為には敵として対峙した以上、情け容赦は無用。これでよし!」
降助がやりきった感を出してガッツポーズする一方、この光景を目の当たりにした兵士達の口はあんぐりと開いていた。




