第59話 3年振り
降助は久し振りに夢を見ていた。賢者の生まれ変わりと出会う予知夢。だが、今回は様子が違った。もやは苦しそうに悶え、よたよたとこちらに近づいてくる。徐々に、1歩1歩。いくら近づいてきても細かい容姿はよく見えないままだったが、また少女である事は確かだった。そして少女は10m、5m、3mと近づいてくる。やがて、手が届きそうな距離まで近づいた瞬間、少女はピタリと止まる。だが、降助は何もする事はできない。今までと同じように、語りかける事も、手を伸ばす事も、触れる事も。そして次の瞬間、少女は飛びかかり、降助を押し倒して馬乗りになる。やがて2本の腕が首の辺りに伸ばされる。
「う……」
実際に首を絞められているわけではない事は分かっているが、段々息苦しく感じ始める。そして、徐々に少女の腕に力が入り始めている事に気がつく。
「うっ…くっ…!」
段々と強くなっていく感覚に、首を絞めるどころか、このまま握り潰されてしまうのではないかと感じ始めたところで飛び起きる。
「うあぁっ!!はっ…!はっ…!はぁっ…!はぁっ…!」
降助は咄嗟に首に手を当てる。勿論、首には何の異常もなく、安堵して息を吐く。
「一体…何が起こって…?今までこんな事は無かったのに…」
ふと窓を見ると外はまだ暗く、日は昇っていなかった。
「流石にあれの後で寝る気にはなれないな……ちょっと散歩でもするか……」
パジャマから制服に着替え、カイトを起こさないように細心の注意を払って部屋を出る。
「そういえばこの学園って夜の七不思議とかあるのかな…」
そんな事を考えながら、中庭までやって来る。中庭は平民部と貴族部の校舎の間にあり、ベンチや噴水などもあるが互いの縄張り意識のようなものから境界線のように扱われ、普段利用する生徒はおらず、完全に飾りになっている。
「「はあ…」」
ふと、ため息が重なる。
「「え?」」
その後の素っ頓狂な声まで重なる。
「こんな時間に人に会うなんて…」
「そっちこそ…こんなところで何してるの?」
「私は…気分転換に散歩していただけです……って、ヴィアさん!?」
「えーっと……」(あれ、この人…どっかで見たような……)
「私です。クレイ・フィルソニアです!」
「ああ!クレイか!」
「ふふっ。ちゃんと呼び捨てで呼んでくれるんですね。」
「なんならそっちも気楽にして良いよ。」
「そう?…じゃあ、ヴィア君で!」
「あ…うん…」
「そう。これが私の素。…びっくりした?」
「まあね。」
「あはは…だよね。お嬢様だからってわたくしって言ったり、お上品な振る舞いばっかりで。本当に疲れちゃうよ。」
「そっか…それにしても……お互い結構変わったね。」
実際、クレイは前は肩ほどだった黒髪は更に美しくなり、腰まで伸びていた。他にも空色の瞳はより輝き、制服の上からでも分かるスタイルの良さになっていた。
「まあ…あれから3年会ってないもんね。……あれ、こうして聞くと3年しか経ってないんだ。」
「まあ、子供って数年でガラッと変わるからね。」
「あはは。なんかそれって年寄りみたい。」
「確かに。ははは。」
「それで…どんな感じに変わったと思う?」
「えっ?」
「ほら…どこが変わった?」
「そ…それは……か、髪…とか…目…とか…色々…」
「色々?」
「その…こう…女性…らしく……」
「…そっか。って、お嬢様がこんな事訊くなんてはしたないよね。ごめんごめん。」
「いや、大丈夫。」
「あ、私から見たヴィア君だけど…もっとカッコよくなってるよ。」
「そ、そう?…ありがとう。」
「…もうちょっとお話、しよう?」
「…良いよ。元々気分転換したかったし。喋ってた方が良いかな。」
「何かあったの?」
「まあ…ちょっと悪い夢を見たっていうか。」
「私も似た感じ。お揃いだね。」
「こんな事でお揃いになりたくないけどね。」
「確かに。それで…ヴィア君はあれから何してたの?冒険者?」
「うん。ウインドヒルでのんびり冒険者やってた。」
「ウインドヒルって…タイフーンは大丈夫だったの?」
「…まあ、なんとかね。それからはシューヴァルト学園を目指して馬車を乗り継いで来たんだよ。」
「じゃあ寮暮らし?」
「うん。クレイは?」
「私もね、遠い街から馬車で来て寮暮らししてるの。」
「あ、そういえばフィルソニア家ってこの学校の設立に関わってたんだよね?」
「ああ、その話知ってるんだ。そうだよ。ずっと昔のご先祖様がね。だから貴族部Aクラスなんだ、私。そういえばヴィア君のクラスは?」
「前は平民部Cクラスだった。」
「前は?」
「そ。なんやかんやあって今はAクラス。」
「そうなんだ!凄いね…2個も上がるなんて聞いた事無いよ!」
「しれっと言い渡された時はビビったよ…」
「そうなんだ…あ、そうそう―」
それから会話は弾み、気づけば東の空が白み始める。
「あ…もうこんな時間なんだ。私、そろそろ寮に戻らなくちゃ。」
「俺も帰らなきゃ。」
「じゃあ、また!」
「うん。また。」
それから降助は部屋に戻って魔導書を読み、カイトが起きたタイミングで朝食を作り始める。
「おはよう。って、もう着替えてるんだ。今日は早いね?」
「たまには早起きも良いかなって。」
「じゃあ僕も早起きしてみようかな。今日の朝ご飯は何かな?」
「今日はフレンチトーストだよ。」
「わあ…!やっぱりコウスケの料理はいつ見ても美味しそうだねぇ…じゃあ早速いただきます!」
「では俺も…いただきます。」
それから暫くして。緊急で生徒集会があると言われ、全校生徒が講堂に集められていた。
「何が始まるんだろう…」
「さあな?」
「あ、シグルド学園長…と、ルーク先生とショーウ先生もいる?」
「この3人が…何が始まるんだろうね?」
壇上にルーク、シグルド、ショーウが並び、シグルドがいつもと違った神妙な面持ちで話始める。
「今日は皆に伝えたい事がある。落ち着いて聞いてくれ。……明日より、武術科、魔法科は平民部、貴族部合同で授業を行い、座学のみの生徒や制作科の生徒も特別授業を合同で行う事になった。」
シグルドからの突然の発表にざわめきが広がり、貴族部からは怒りの声も聞こえ始める。
「ふざけるな!平民部と合同授業だと!?貴様らは我々貴族に平民と同じ空気を吸えというのか!」「今この場でさえ苦痛だというのに、合同授業なんか認められるか!」「そうだそうだ!」「理由を教えろ理由を!」
貴族部から非難の嵐を受け、ルークは小さくため息を吐き、ショーウは言わんこっちゃない、といった表情だった。
「理由はある。来たる魔王軍の侵攻に備え、自分の身を守る為だ。」
「そんな理由で納得できるか!」
「例えこれがヴァンゾ国王直々に頼まれたものだとしても?」
「国王が直々に…!?」「そ、そんな馬鹿な…」「き、きっと嘘だ!」「そうだそうだ!嘘で丸め込もうとしても無駄だ!」
「…嘘ではない。事実だ。」
とある紺色の髪と瞳、切れ目でスラっとした男子生徒がきっぱりと言いきった。
「く、クウル様…!」「ほ、本当なのですか…!?」
「…ああ。俺は父から事前に聞いている。だが、お前達が拒否して緊急時に死ぬのは勝手だ。好きにするといい。」
クウル・ラジット。貴族部2年生、Aクラスにしてルリブス王国の第1王子である。
「く…だ、だが、平民部と貴族部を合同にする必要は無い筈だ!!」「そ、そうよ!平民部なんか知ったことじゃないわ!」「平民なんかな、いざという時の囮か肉壁で充分なんだよ!」「そうだそうだ!いちいち合同授業なんかでこっちの時間を取らせるな!」「尊い貴族様の役に立つために散れるし、こっちも命拾いする。まさに丁度良い関係じゃないか!」
貴族部で相次ぐ平民差別に、平民部達には不満が見え始めていた。
「チッ…あいつら…自分達が貴族だからって偉そうにしやがって…」「俺達平民が必死に働いてるから贅沢できてるくせに…!」「こんなやつらと合同授業なんて俺はごめんだ!」「私も!」「僕もだ!」
更に講堂はざわめき、互いに不満が爆発しそうになる。
「やはり、こうなってしまうか。」
「も、もう話を聞くどころじゃないですよ……」
「仕方ないね。とにかく、今日のところは解散しようか。」
その後、集会は速やかに解散となり、生徒達はそれぞれの教室に帰っていく。
「貴族部と合同ってマジかよ…」
「本当にやっていけるのかな……」
「分かんないけど…やるしかないんじゃないかな。魔王軍がいつ来るか分かんないわけだし……」
「って言われてもな…実際見たわけじゃねぇし、被害も聞いてないからピンと来ねぇんだよな…」
(あ、そっか。魔王軍の事は皆に知らされたけど村が1個滅ぼされたのは知らされてないのか―)「…ッ!!」
「コウスケ君?」
「ガーヴ!武器準備しといて!」
「ああ!?なんだよ急に!」
コウスケは教室を飛び出し、フライトで軽く飛んで校舎の屋根の上に乗る。
「あ、コウスケ君も気づいたんだ。」
「シグルド学園長もですか。」
「ま、元といえどプラチナランク冒険者だったからね。しかしこれは…」
「魔王軍…それなりの量ですね。」
空を見上げると、遠くから魔物が飛んでやって来るのが見えた。
「…ちょっと援軍を呼んでも良いですか?」
「まあ良いけど…今から呼ぶの?」
「すぐ来るので。《ディメンションチェスト》」
「えっ…なにその魔法…?」
コウスケはディメンションチェストに入っていき、少ししてクーア、トーカ、ベル、ヴニィルを連れてくる。
「こちらが援軍です。」
「て、転移魔法なのそれ!?」
「いえ、転移機能が付いた収納魔法です。」
「余計意味分からん!!」
「お、おいコウスケ…その男、もしや流氷のシグルドではあるまいな…!?」
「あれ、俺の冒険者時代の二つ名を知ってるんだ。珍しいね。」
「流氷のシグルド?」
「うむ。それはもう容赦無く魔物の命を刈り取っていく恐ろしいやつと有名だった…」
「まあ、確かにそんな事も言われてたね。…っと。そろそろ来るよ。」
「な、なあ師匠。急に武器持って来てって言われたけどよ…何と戦うんだ?」
「魔王軍。」
「はあぁ!?魔王軍ん!?」
「ほ、本気で言ってるんですか!?」
「私達が勝てるわけないよぉ!」
「大丈夫大丈夫。クーア達ならいけるって」
「その自信はどこから来るんだよ!?」
「皆と過ごした時間から。」
「う…よくそんなクサいセリフ言えるな…」
「ま、臆すれば刃は鈍り、死ぬだけだ。能天気になれとは言わぬが前向きにはならねばな。」
「そゆこと。」
「一応教員達には避難誘導してもらっているから大丈夫だとは思うけど…油断しないように!」
「はい!」




