第58話 動き出す者達
ルリブス王国の首都、リスタッドにある城では各国の統治者達を集めた会議が行われていた。
「この度は我が王宮にお集まりいただき、感謝する。」
そう言って軽く礼をしたのはルリブス王国の国王、ヴァンゾ・ラジット。彼の蓄えられた立派な白い髭と、碧眼からは威厳を感じさせる。
「堅っ苦しい挨拶も程々にしてさっさと始めようぜ、ヴァンゾさんよ。時間もあんまりねぇんだろ?」
テーブルに脚を組んで乗せ、若干退屈そうにしている男の名はジュウ・ガイター。ルリブス王国の西に位置するイゾルツク連邦国を取りまとめる獣人で、胸元には大きな傷跡がある。
「…では早速。先日、魔王軍から声明を受け取った。まずはこれを見てほしい。」
ヴァンゾはオーブをテーブルの上に置き、魔力を流す。すると、ジミルが映し出され、メッセージが再生される。
「これが魔王…朕の国を害さんとする不届き者か。」
そう言ってオーブに映ったジミルを睨み、ちょび髭をいじるのはルリブス王国の南東に位置するニーズ帝国の皇帝、カン・チイ。
「まったく…厄介なやつが現れたもんじゃのう。」
頬杖をつきながらため息を吐いたのはルリブス王国の南、ヤーラマ山脈内に位置するメルタ王国の国王、スレッジ・ケーノ。彼はドワーフでありながらも背が高く、普通の人間とほぼ同じ身長である。
「ところで…ジンパのやつらとスンド王国の王は来ていないのか?それに、レスト王国の王もいないようだが…」
腕を組みながら空いている4つの席を見るのはバラシアン大陸の北、コウルシア大陸の東部に位置するイート王国の女王、ヴェール・フィックス。彼女もジュウと同じ獣人で、椅子の影で尻尾をぷらぷらさせていた。
「レスト王国の国王サマは貧弱だからな〜。どーせ病欠だよ病欠!」
「ジュウ殿の言う通り、レスト王国の国王は体調不良による欠席と聞いている。」
「ジンパの将軍達は自分達の事しか考えてないのですよ?来る筈が無いでしょう。それに、元々正式な国交もなく、最近では鎖国しているとも聞きますし。」
そう言いきるのはメルタ王国の南に位置するホルイワイ王国の女王、シャーヴェ・ラージルト。彼女はルリブス王国を治めるラジット家の遠い親戚で、度々両国間で催しを開いている。
「…スンド王国には招待状は出していない。」
「魔王軍と関わりを持っとるかもしれんからな。招かれないのは当然の事じゃ。この場に居たら何をされるか分かったもんじゃないわい。きっと気を見計らって皆殺しにでもされるんじゃろうな!」
「あまりそのような事を言うのはよろしくないかと。それに、こうやって差別を繰り返した結果が、この状況なのではないでしょうか?」
そう言ってスレッジを諌めるのはロトウィーナス教皇国の教皇にして、ウィナス教の教祖であるエルフの男、ロット。
(さて…この会議でなるべく多くの情報を持ち帰らなければいけませんね……はてさて、収穫があると良いのですが。)「それでヴァンゾ王。どうなさるおつもりですか?」
「無論、魔王軍の侵攻を指を咥えて眺めるつもりはない。早急に軍備を整える。」
「お取り込み中のところ失礼します。ヴァンゾ国王、至急お伝えしたい事が。」
「うむ。」
ヴァンゾが言い終わった後、臣下の男が入ってきて耳打ちする。
「…それは確かなのだな?」
「はい。確認に確認を重ね、確実であると結論付けました。既に準備も始まっています。」
「分かった。下がって良いぞ。」
「は。」
臣下が退室した後、ヴァンゾはコホンと咳払いをし、この場に居る王達に告げる。
「来たる魔王軍襲来に備え、ルリブス王国は勇喚の儀を行う事にした。既に準備も進んでいる。」
その瞬間、王達がざわめき始める。
(勇喚の儀…異世界の人間に強力なスキルを付与し、勇者として召喚する儀式…!既に準備も進んでいたとは…!これは念の為、全員に知らせておいた方が良さそうですね。)
「臣下の調べによると、召喚が可能となるのは次の夏との事だ。」
「次の夏…それまでに魔王が攻めてこない保証は無いのでは?」
「…そこで、ここに集まってもらった者達の力を借りたい。どうか、頼む。」
「…ま、アンタの国とはお隣さんだしな。何かあればこっちも被害を被りかねない。勿論、協力は惜しまないぜ。」
「アタシも勿論協力する。ヨールド帝国の監視を強め、何かあればすぐに知らせる。きっと、魔王軍はそこを拠点にしている筈だからな。」
「私も協力します。」
「…朕も、我が帝国を滅ぼされるのは嫌なのでな。協力するとしよう。」
「わしも勿論協力しよう。武具の製造ならじゃんじゃん頼んでいいぞい。」
「…では私も。戦闘面ではお力になれないでしょうが、できる限りの支援はいたします。」
「協力、感謝する。ではひとまず解散としよう。」
魔王軍からの宣戦布告と勇者召喚の決定は国民達にも知らされ、やはりというべきか、大きな騒ぎになった。
「聞いたかい?コウスケ。」
「もしかしなくても、あのニュースの事?」
「そうそう。魔王軍が現れたっていうのと、勇者を召喚する事にしたっていうやつ。一体どんな人が召喚されるんだろうね?」
「まー…確かに気になるかな。」(勇者を召喚…か。ひょっとすると同郷の人が召喚されるかもしれないな。ま、話によると次の夏らしいし、今は気にしなくていいか。)
その後、1日の授業も終わり、シグルドに執務室に連れて行かれる事もなく、カイトと共に寮に帰ってくる。
「ふぅー今日も1日疲れた……」
「夏休みが恋しいよ…」
「もう?流石にそれは早くない?」
「早いかなぁ…?そういうコウスケだってもうちょっと夏休みが欲しいかったー、なんて思ってるんじゃないかい?」
「んー…まあ…確かに、そういう気持ちが1ミリも無いかって言われたらそうじゃないけどね。」
「でしょ?」
「まあ、まずは冬休みまで頑張らないとかな。」
「そうだね。あと…4ヶ月くらいかな?」
「…そう聞くとちょっと長いな……」
「とりあえず、夕食にしよっか。」
「今日は俺が作るよ。」
「僕も手伝うよ。」
「ありがと。」
コウスケとカイトは夕食を作り始める。
「今日はオムライスにするか。確か丁度卵が残ってたし……」
「オムライスか…いいね。」
コウスケとカイトがオムライス作りに勤しんだ数時間後。ヴァンゾ王に呼び出されたシグルドとルーク、ショーウはリスタッドの城にやってきていた。
「夜分に遥々すまぬな。シューヴァルト学園からここまでは遠かったろうに…」
「いえ。ヴァンゾ国王の呼び出しとあらばいつでも。それで、話がある、というのは…?」
「単刀直入に言おう。魔王軍の侵攻に備えた特別な授業を組み、直ちに実行してほしい。」
「特別な授業…ですか。」
「うむ。大まかな方針としては平民部と貴族部の生徒をまとめて、より実践的な授業を行ってほしいのだ。」
「恐れながら国王、貴族部は平民部への差別意識が根付いているのが現状です。急に平民部、貴族部混合で実践的な授業を行うのは問題点が多過ぎるかと。」
「私もそう思います。兵士達の結束力は戦場において非常に大きな意味を持ちます。差別意識による軋轢があるままでは……」
「わ、わたしも…同じ意見です…それに、平民部は生徒の他に、教師も見下されていますし……う、上手くいかないかな……と……」
「うむ。そなた達の意見は理解できる。確かに、問題点は山積みだろう。更に増えるかもしれない。だが、どうか…どうか、やってほしい。未来ある若者が争いに巻き込まれ、逃げる事も、身を守る事も叶わず失われていくのは嫌なのだ。」
「……分かりました。全力を尽くします。」
「シグルド学園長…!」
「ほ、本当にやるんですか!?」
「やれるだけやるさ。そうすれば、国が滅んでも生き延びるくらいはできる筈だし……あ、国王の前でこれはマズったかな……」
「はっはっは。よい。では、受けてくれるのだな?」
「はい。」
「そうか…!礼を言う。ありがとう。そして…すまない。わたしは人に何かを教えるのは向いていないからな…全て任せてしまう事になってしまう…」
「いえ、お気になさらないでください。これが教師の役目です。」
「…本当にすまんな。そうだ、今日はもう遅い。王都の手頃な宿を取ってあるから1泊したらどうだ?」
「ではお言葉に甘えて。」
「うむ。衛兵よ、そこの3人を宿までお送りするのだ。」
「「はっ!」」
場所は更に変わり、とある研究施設では…
「ああ…ああ…!素晴らしい、素晴らしい!!流石、僕が直々に出向いて捕まえてきた素体だ!わざわざスンド王国の辺境の村まで行った甲斐があったよ!」
「リスタ様、コアパーツが完成しました。」
「既にテストも済んでいます。問題無いかと。」
「オーケーオーケー。じゃあ早速起動といこう。コアをくれ。」
「こちらに。」
部下はリスタにコアパーツを渡す。コアパーツは紫色のクリスタルでできた心臓のような形をしており、ケーブルのようなものがいくつか生えている。
「あの…何があるか分かりませんのでせめて防護服を……」
「いらん。」
部下の忠告を無視し、リスタは素体…少女の胸部装甲を開き、コアパーツを取り付ける。
「起動しろ。」
「はい。ではリスタ様、離れてください。」
「いや、このまま起動しろ。」
「で、ですが万が一…!」
「起動、しろ。」
「ですが…!」
「諦めろ。リスタ様はこうなったら聞かないんだ。大人しく起動するのが身のためだ。」
「わ、分かりました…」
部下は機械の前に立ち、いくつかのスイッチを押した後、レバーを倒す。
「魔力充填率100%、起動します!」
「おお…!」
「ウ……ウアアァァッッ!!」
少女が起動した瞬間に襲いかかってくるが、リスタは落ち着いてポケットに入れていたスイッチを押す。すると、少女の四肢は粒子となって分解し、その場に倒れる。
「おおっと。」
「ウウ…」
「さて…動作確認も済んだし、次は洗脳作業だな。眠らせて連れていけ。」
「はい。おい、そっち抑えろ。」
「は、はい。こうですか?」
「違う違う。もっとしっかり抑えろ。」
「ウウッ!!」
「わっ!」
「ほら暴れた、ほらしっかり抑えろ!」
「はい!」
「ウウーッ!ウーッ!」
「はいはいどうどう。」
部下は少女の首筋に注射を打つ。すると、少女はたちまち大人しくなり、そのまま眠る。
「さて…改造は済んだ、洗脳もこれからすぐ取りかかる…となると後は戦闘テストのロケーション選びか。さて…どこにしようかなぁ?クククッ…!クックック…!」




