第53話 ケットは三度現れる
ロトウィーナス教皇国に向かう途中、草原で肉を焼いている降助一行を遠くから見つめる人影が2つ。
「くんくん…誰かがあそこで肉を焼いてるな…?」
「…ここ最近まともな量の食事を取れていない私達にはキツい香りだ…」
「よーし、ちょーっと俺達もご相伴にあずかるか。」
「そう言って荷物を盗むつもりなんだろう?」
「まあな。」
そして2人は降助達の近くにある岩の側までやって来る。
「あぁっ!アイツは…!」
「どうかしたのか?」
(な、なんでボウズがこんなところに居るんだ…!?ま、まあいい。この機会にあの時の借りを返させてもらうぜ…!)
「なあ、いつまでそこで見てるんだ?」
「うえぇっ!?ば、バレてる!?」
「なんだ、誰かと思ったらコソ泥のケットか。」
「おお、名前は覚えてんだな。…ってそうじゃねえ!!コソ泥じゃなくてアウトロー!!いい加減覚えろっ!!」
「なあ、こいつなんなんだ?」
「知り合い?」
「まあ、ちょっとね。でも…そっちにいる女の人は知らないかな。」
「私か。私はミザリー。ケットの…相棒…といったところだろうか。」
ミザリーと名乗った女は褐色肌で長く白い髪、燻んだ赤い瞳をしていた。
「それで…ケットとミザリーさんは何をしてるんだ?」
「それはだな―」
「ここ最近まともな量の食事をしていないからご相伴にあずかるついでに荷物を盗もうと思っていてな。」
「ミザリーサン!?」
「おっとしまった…まあいい。荷物を盗むタイミングが早まっただけだろう?では…悪いが荷物は貰っていくぞ。」
「盗むっていうかもう略奪じゃねぇか!!」
「ほう?我々から荷物を奪うと?それは大きく出たものだな。ならば我が―」
「ヴニィルはステイ。お前、加減とかできないだろ。」
「む、だがコイツらは盗賊なのだろう?加減などいるのか?」
「コソ泥にはちょっと痛い目見る程度でいいでしょ。」
「そういうものか……?」
「だから…俺は……盗賊でもコソ泥でもなくてアウトローだっつってんだろおおぉぉ!!」
「全部同じだろ。」
「あぺしっ!」
降助が怒鳴りながら突っ込んでくるケットを軽く平手打ちすると、ケットがきりもみ回転しながら後ろに吹っ飛んでいく。
「ケ…ケット…!」
「あ…後は…頼ん……だ……がくっ。」
「ケ…ケットー!」
「なあ、なんだこの茶番?」
「さあ…?」
「アウトローってか芸人集団だなこりゃ。」
「くっ…許さんぞ貴様!《ファイアレイン》!」
「!《バリア》ッ!」
ミザリーが放ったファイアレインを、降助がバリアでガードする。
(ファイアレイン…ファイアボールよりも上級の魔法だ…!この人、思ったより実力者かもしれない…!)
(この青年…詠唱を省略して撃ったとはいえ、私のファイアレインを詠唱無しのバリアで防ぐとは…只者ではない…!)「これで終わりではないぞ!降り注ぐ火の雨は全てを燃やす!《ファイアレイン》!」
「ならこっちは…!《アクアレイン》!」
ミザリーの放ったファイアレインと降助の放ったアクアレインが激突し、水蒸気が発生してその場の全員を包んでいく。
「くっ…!あの青年、アクアレインまで使えるのか…!」
「《バインドチェーン》」
「なっ!?」
やがて水蒸気が消えると、ミザリーとケットがバインドチェーンで縛られていた。
「よし、これで落ち着いて昼飯が食べられるな。」
「うむ。肉は焦げる前に我が取り分けておいた。さっさと食べて出発するとしよう。」
「なあ、見張ってなくていいのか?」
「ん?ああ、大丈夫。バインドチェーンでしっかり地面と繋げてあるから。」
「くっ…!」
それから降助達が肉を食べ終えて片付けをしている間、ミザリーはバインドチェーンから抜け出そうとしてみたが抜け出すことはできず、未だ気絶しているケットと共にヴニィルに乗せられ、ロトウィーナス教皇国に向かう事になった。
(まさか人化を操るドラゴンを従えていたとは……ならば敵う筈も無かったか…だが、逃げ出すチャンスならばある筈だ。私の火属性魔法で焼き切るか…魔力切れで解けるのを待つか…いずれにせよ、今は大人しくする他ないな。)
それから暫くして、日が沈み始めたので地上に降り、野営する事にした。
「はいこれ、ご飯。」
降助はケットとミザリーに夕食を差し出す。
「…」
「別に毒とかは入ってないけど?」
「…いただこう。」
「じゃ俺も」
最初は少しずつだったが、2人とも余程空腹だったのか、次第に食べるスピードが早くなり、あっという間に完食した。
「美味かった〜!ボウズ、料理上手いな。」
「まあ、それなりに料理してるし。ミザリーも口に合ったかな?」
「…ああ。とても美味しかった。こんなに美味しい料理は久々に食べた。」
「なら良かった。じゃあ寝るか。あ、枕くらいならなんとかなるけどどうする?」
「いや、俺らは地べたに寝そべるのは慣れてるからいい。」
「ああ。」
「あ、そう。じゃあおやすみ。」
その後、降助達4人は眠りについた。そしていつも通り降助は夢を見ていたが…
「…まさか誰も見張りをせずに寝るとは…」
「ボウズ達も詰めが甘いねぇ。じゃ、トンズラするとします……か………う、動けねぇ…!?」
「どうやら地面にしっかりと繋ぎ止められているようだな。」
「まあいいか。これ、魔法なんだろ?じゃあ解けるのを待てば良いだけだな。」
「ああ…その筈…なんだが…」
「何かあるのか?」
「バリアやバインドチェーンなどのなんらかの形で実体化する魔法は、使用者の意識が無くなっても暫くの間は残り続ける。そして実体化するだけの魔力が無くなると解除される。」
「それがどうしたんだ?」
「…おかしいんだ。」
「おかしい…?」
「私の火魔法でも傷1つ付かない強度の鎖を昼から夜の間ずっと発動させ続けている。それも私とケットの2人分のをだ。自慢にはなるが…私の魔法はそこらの冒険者よりも練度が高いと自負している。それでも尚、傷1つ付けられないのだ。更に付け加えると…このバインドチェーンは詠唱を省略している状態、つまりは詠唱がある時より性能が落ちている…筈なんだ。」
「…悪ぃ……俺、魔法はあんまり得意じゃなくってな…簡単に説明してもらえるか?」
「そうだな。簡潔に言おう。あの青年の魔力量は異常だ。」
「…マジで?」
「ああ。こういった類の魔法は魔力を強度か持続時間のどちらかに振り分けている。両方を取ろうとすると必要な魔力量は必然的に増えていく。」
「あー…つまり、俺達が逃げ出せる可能性は限りなく低いと…?」
「そういう事になるな……ただ、ロトウィーナス教皇国はまだ先だ。それまでに魔力が尽きて解除されるか強度を保てなくなる可能性はある。」
「成る程な。じゃあ今は大人しく寝とくとするか。」
「…ああ。」
そして次の日。朝食を済ませた一行は再びロトウィーナス教皇国に向かって飛んでいくが、その間もバインドチェーンの強度が落ちる事はなく、夜を迎え、また更に次の日になった。
「ロトウィーナス教皇国が見えてきたぞ。」
「お、あれか!」
「へぇー、結構立派な街だな!」
「わぁ…!」
遂に見えてきたロトウィーナス教皇国に降助達がはしゃぐ一方、ミザリーとケットは困惑していた。
「結局どうにもならないまま着きそうだな…」
「あ、あり得ない…これほどの間、この出力の魔法を維持できるなんて…!」
「…俺らもここまでか……ま、死刑にゃならないだけマシ…ってところだな。」
「…そうだな……」
そしてヴニィルはそれなりに離れた場所で降りて人化し、一行は歩いて向かう事にした。
「前回の反省を活かして街からもっと離れた場所で降りて正解だったかな。」
「今のところは衛兵が出てくるような気配は無い。大丈夫な筈だ。」
一行は歩いて門に向かうと、入国審査待ちの列ができており、暫く並んで待っていると降助達の番が回ってくる。
「ギルドカードを拝見します。」
降助、クーア、トーカはギルドカードを渡し、確認を済ませる。
「そっちの男は?」
「む?我か?ギルドカードなどは持っていないが…」
「では通行税として100キーカいただきます。」
「金を取られるのか…」
「俺が払うよ。」
「すまんな。そういえば我は一文無しであったな。まあ、使う機会も特にないであろうから気にしてはいないが…」
「…ヒモドラゴン」
「クー姐、それは言えてる。」
「なっ…!ひ、ヒモドラゴンだと貴様…!」
「だって事実だろ?」
「そうだそうだ!ヒモドラゴン!ヒモドラゴン!」
「ぐぬぬぅ…!」
「…それで、そっちの縛られてる2人は?」
「あ、途中で捕まえたんで連れてきました。ケットっていうんですけど…確か指名手配されてましたよね?」
「何っ!?確かに、よく見てみればケットですね。しかも仲間まで居たとは…ご協力、感謝いたします。懸賞金のお渡しもありますので、一度こちらに来てください。」
その後、ケットとミザリーは衛兵に引き渡され、降助は懸賞金として60000キーカを受け取った。
「1ヶ月ちょっとくらいで10000キーカも懸賞金上がってたんだ……ま、お金いっぱい貰えたしいいか。」
「それでコウスケよ、この後はどうするのだ?早速調査に出かけるか?」
「いや、まずはここのギルドに行かないと。色々話を聞いとかないとさ。」
「そうか。では行くとしよう。」
「しゅっぱーつ!」
「あ、あそこの串焼き旨そうだな!」
「2人は楽しそうだなぁ…」
「ま、急いでないのならば少しは街を見ていってもいいだろう。」
「確かに…結構綺麗な街だな。」
ロトウィーナス教皇国の首都、コルダは地中海を思わせる白い建物が並び、中心には大聖堂が建っており、とても綺麗な景色の街で、多くの人で賑わっていた。降助達は観光しつつギルドに向かい、湖についての詳細を聞くためにギルドマスターの執務室にやって来ていた。
「初めまして、ホープの皆さん。私はコルダのギルドマスター、ケーシンです。グランドマスターから話は聞いていますよ。」
「どうも。」
ケーシンと名乗った若菜色の髪と茶色い瞳の初老の男は丁寧に降助一行を迎えると、ソファに座るよう促し、紅茶と菓子を振る舞う。
「それではまずは…神の足跡について説明しましょうか。」
「お願いします。」
「神の足跡はその名の通り、大きな足跡のような形をしている事から名付けられた湖の事です。水はとても澄んでいて魚も獲れますし、辺の木からは甘い木の実も採れる、実に恵みに溢れた場所なのです。やがてその湖を神聖視する信心深い者達が集まり、大きな街を作り、そして国となりました。それがこのロトウィーナス教皇国なのです。ですが…近頃、神の足跡に異変が起きているのです。普段は穏やかな水面が荒立ち、魚達も姿を消し、木の実の実りも悪くなっているのです。しまいには不気味な鳴き声を聞いたとも…それから教会は立ち入り禁止令を出し、常に我々の拠り所であった神の足跡は今や遠い存在となってしまったのです……」
「そんな事が……」
「はい。調査依頼も出そうと思ったのですが教会からは待つように言われ…最近になってようやくギルド本部に依頼を出せたばかりなのです。」
「…なあ、なんで待つように言ったんだ?そんな大事なとこがヤバいならもっと大々的に依頼を出せば良いのによ。」
「クー姐の言う通りだよ。どうして教会はそんな事を…」
「確かに、貴女方の言っている事はごもっともです。しかし、私を含め、多くの者は調査という名目で神の足跡が荒らされる事を恐れているのです。そこまで排他的…というわけでもないのですが、それでも外部の人間に神の足跡に踏み入られるのはあまり好みません。なので、私としても依頼を出すのは苦渋の決断だったのですが…グランドマスターが信頼していると言って送り出された方々なので私は信じる事にします。どうか、神の足跡の異変を解決してください…!」
「分かりました。じゃあ、早速見に行っても良いですか?」
「お願いします。おっと…忘れるところでした。これを受け取ってください。」
「これは…?」
「それは通行許可証です。それを持っていれば神の足跡の調査も認めてくれる筈です。」
「ありがとうございます。」
降助達はギルドを後にし、神の足跡へ向かう事にした。




