第42話 霧の森 1
「ふあぁ…もう朝か。」
「おはようコウスケ。顔を洗ったら朝食を食べに行こうか。」
「そうだね。じゃあさっさと準備しよっか。」
顔を洗った降助はカイトと共に宿の食堂へ向かい、朝食を済ませた後、荷物を持って霧の森へ向かう。
「あれ、ちょっと早かったかな?」
「確かに、僕とコウスケとガーヴ君の3人だけだね。」
「…」
「いやなに、集合するのが早いに越したことはない。まだ時間はあるし、軽く運動でもするといい。」
「確かに…じゃ、軽く体でも動かして―」
「丁度いいな。コウスケ、オレと"軽い運動"しようや。」
「…え?」
「ほら、さっさと準備しろよ。」
「いや、決闘はもう申し込まないって…」
「これは決闘じゃねえ。あくまで"軽い運動"だ。」
「屁理屈じゃん……」
「まあまあ。何にせよ準備運動になるんだし、良いんじゃないかな?」
「そういうこった。」
「はぁ…しょうがないなぁ……」
渋々応じた降助は少し離れた場所でガーヴと剣を構えて向き合う。
「軽く、だからな。魔法やスキルは使わねぇ。純粋な剣の技量でやるぞ。」
「…分かった。」
「オラッ!」
(流石Aクラス…!カイトよりも速い…!)「ふっ!」
「チッ…」
(…速いけど威力はそこまでだな…ま、軽い運動だしな。)「んじゃ、こっちからもいくよ。」
「来いや!!」
互角の打ち合いを続ける2人をルークとカイトは遠目で見守っていた。
「彼とあそこまで打ち合うなんて…本当にコウスケはCクラスに収まらない力の持ち主なのかもね…」
「…そういえばお前は混ざらなくていいのか?」
「いや僕は…体力がないので。あんなところに混ざったら授業前にバテちゃいますよ。試験の時もそうだったし…」
「…そうか。」(カイト・リース…単純な剣の腕だけで言えばBクラスも充分狙えるが…体力のなさが足を引っ張っているのか。…ふむ。体力強化を目的とした授業もいつかやってみるか…)
そんなこんなで数分が経ち、続々と生徒達が集まり始める。
「…だいぶ集まってきたみてぇだしここらで終わりにするか。」
「だね。」
2人は剣を収め、森の入り口の近くに向かう。
「チッ…あれだけやり合って汗ひとつ流さねぇのかよ…」
「そういうガーヴも息は上がってないじゃん。」
「息はな。流石に汗ぐらいかくわ。ったく…この体力ゴリラが…」
「体力ゴリラて……」
それから、生徒が全員集まった事を確認したルークは早速霧の森へ入っていく。すると、前方からギルドの職員らしき男がやって来る。
「ギルドカードは忘れずに持ってきているか?ここで見せるぞ。」
「拝見しますね。」
(こ…ここで…!?や、ヤバい…とにかく見せないわけにはいかないし……ええいままよ!)
降助は騒ぎにならないよう祈りながらギルドカードを見せる。
「…ッ!か、確認しました。どうぞ。」
(あれ?意外といけた…?なんかよく分かんないけどラッキー。)
(い、今の子があのウインドヒルでストームドラゴンを倒したっていうコウスケ・カライト……危ない…声出ちゃうところだった…上からはウインドヒルのギルドマスターから騒ぎにしないよう報せが入ったから守るように言われてたし……それにしてもあんな子供がドラゴンを……)
そんな事情も露知らず、降助はホッとしながら森を進んでいった。
(…そういえば、外からじゃただの森だったのに中に入ったら急に霧で外が見えなくなった…これが霧の森…ダンジョンって不思議だなー)
「今回入るダンジョン…霧の森は大きく分けて4つのエリアに分かれている。まず我々がいる浅層。そして中層、深層、最深層だ。そしてそれらは更に外周と内周に分かれている。層とは言っているが上下で分かれているのではなく、木の年輪のように分かれている。そして層によって魔物や群生している植物、地形がガラッと変わり、霧も濃くなっていく。」
(…あ、今になって思い出したけど、ここがダンジョンだったから馬車の移動にあんな時間かかったのか…何で迂回してるのかな、とは思ったけど…そういう事だったのか…)
「今回我々が立ち入る事を許可されているのは浅層のみだ。そしてクラスごとに入れる範囲は決まっている。E、Dクラスは外周、Cクラスはおよそ中間の地点、B、Aクラスは内周だ。その範囲さえ出なければ自由に動いて構わないが…あまり隣のエリアに近づく事は好ましくない。万が一、隣の層の魔物が流れ込んできた場合は危険だからだ。それと、私以外にギルドより戦闘可能な職員数名が常駐している。何かあれば探して助けを求めるように。帰りの合図はこの笛で知らせる。聞こえたら魔物の戦闘中であろうと構わん。即撤退してこい。対処は我々で行う。では、解散!」
ルークがそう締めくくると生徒達はチームを作ったりして森を進んでいく。
「さて…俺のリストは…」
降助はルークから渡されたリストを確認する。今回の授業では、将来に向けてダンジョンに慣れておく事をメインに、特定の魔物の討伐や指定された物品の採集がリストとしてそれぞれの生徒に渡されていた。
「ゴブリンとフォレストスライムの討伐に…それからルタトの実の採集か。ま、余裕だな。」
「へぇ、僕はフォレストスライムだけだけど君より数が多いみたいだね。ルタトの実の採集は変わらないみたいだけど…これひょっとして個人個人で内容が違うのかな?」
「マジか…凄いな…色々と…」
「あ、そろそろCクラスのエリアだね。」
「んじゃ、やるか。」
まずルタトの実の採集から始めた2人は実がなっている木を探し、よじ登って捥いでいく。
(採った実はディメンションチェストに放り込んで…と。)
「ふう…木登りなんていつぶりだったかな……コツは覚えてたみたいで良かったよ。」
「よし、実は集まったし今度は魔物狩りだね。」
「うん。頑張ろう!」
暫く歩いてフォレストスライムを発見した2人は、早速剣を抜いて手際よく倒していく。
「《クイックスラッシュ》!」
「ふっ!」
「これで…最後っ!」
「俺はあとゴブリンだけだな。」
「どうせなら僕もついていっていいかい?」
「うん。いいよ。」
「じゃあ行こうか。」
更に奥に進んでいき、何事もなくゴブリンを倒し終える降助だったが、AクラスとBクラスの生徒達が怯えた様子で走ってくる。
「ひいいぃぃ!!」
「な、なんでこんなところにあいつが!!」
「た、助けてぇ!!」
「コウスケ!」
「ああ。行くぞ!」
一心不乱に逃げる生徒を避けながら、カイトと降助は更に奥に進んだ。すると、巨大なサソリと戦っているガーヴを発見する。
「チッ…!」
「ガーヴ!」
「あぁ!?なんでテメェらがここにいんだよ!」
「そんな事よりそいつは…!?」
「ジャイアントフォレストスコーピオンだ!何故かこんな浅層にいやがる!」
「ジャイアントフォレストスコーピオンっていうと…アイアンランクかブロンズランクの冒険者がパーティーを組んで相手にするようなやつじゃないか!ここは逃げないと!」
「分かってるけどしつこい上に数が多いからこうなってんだよ!ああクソッ!《フレイムカッター》ッ!!」
「俺も助太刀する!《クイックスラッシュ》!」
「ああもう…こうなったら僕も手伝うよ!」
「カイト!テメェはコウスケよか貧弱なんだから倒すよりも持ち堪える方を意識しやがれ!これだけの騒ぎだ、ギルドの職員か先生が来る筈だ!」
「そうさせてもらうよ!」
「へぇ、ガーヴってそういう事考えられるんだ。」
「あぁ!?そりゃどういう意味だ!!」
「ほら、目の前の敵に集中!」
「テメェが逸らさせたんだろうが!《ファイアボール》!」
ガーヴと降助は順調にジャイアントフォレストスコーピオンを倒していくが奥からどんどん現れ、なかなか数が減らない。
「クッソ…倒しても倒しても湧いてきやがる…!」
(それにしても様子が変だな…初めて見た魔物だけど様子がおかしい事がなんとなく分かる。まるで何かに怯えて…若干錯乱しているような―)
「コウスケ!横だ!」
「!」
その瞬間、ジャイアントフォレストスコーピオンの尻尾が降助の腹部を強打し、降助が吹っ飛ばされる。
「ぐっ…!」(数が多くて反応しきれなかった…!それに腹…!うえっ……何年経っても腹が弱点になるの治らないな……)
吹っ飛ばされた降助は腹部への衝撃で片膝立ちするのがやっとだった。
「…!後ろか!」
後ろからの攻撃に気付いた降助は振り向いて剣でガードしようとするが腹部のダメージに気を取られ、上手くガードする事ができず、ジャイアントフォレストスコーピオンの尻尾の先端の針が右肩に突き刺さる。
「コウスケ!」
「大丈夫だ…!《ヒール》!」
ヒールで肩の傷を回復させ、体勢を整えた降助は飛びかかって尻尾を斬り落とし、脳天に剣を突き立てる。
「は、早く毒消しを…!」
「え?アイツ毒あるの?」
「ジャイアントフォレストスコーピオンには高い毒性があるんだ!早く毒消しを使わないと大変な…事…に……」
「…?」
「コ、コウスケ…なんとも…ないのかい…?」
「ん?ああ…元気ピンピンだけど…」
「おかしいな…サソリ系の魔物の毒が回るスピードは速いのに…」
カイトが不思議に思っていると、突然ガーヴが吹っ飛んでくる。
「うわっ!?」
「チッ…」
「大丈夫?《ヒール》」
「ありがとな…って、詠唱省略でこの回復力かよ…テメェ、魔法の方も力を隠してんな?」
「あ…」(ま、まぁ…緊急時だし、しょうがないよね…)
「とにかく、一旦退こう!このままじゃ殺されるよ!」
「だな…オレの魔法で牽制しつつ撤退を―」
「ハーッハッハッハ!ようやく見つけたぞサソリ共め!さあ、我の暇潰しに付き合ってもらうぞ!!」
突如響いた声と共に、ジャイアントフォレストスコーピオン達の脳天に雷が落とされ、一瞬で殲滅される。
「む…ちとやり過ぎたか。館に引き篭もるのも飽きたから暇潰しに遠めのダンジョンにやって来たが…皆、我を見るなり逃げ出してしまって張り合いがないな。」
そう言って奥からつまらなそうに現れたのは賢者の館で留守番をしている筈の男…ヴニィルだった。




