第35話 バラシアン第一学園都市 2
(さーて…本気を出せば大差をつけて1着になる自信はあるけど…まあやったらマズいよな。となると…適当に早歩きとかもしつつのんびり行くか。)
予定通りのんびり歩いていると突如、悲鳴が聞こえる。声がした方向を見ると、腰を抜かした受験者がゴブリンに襲われていたが、棍棒を振り下ろされた瞬間、当たる寸前で転移が発動し、その場から消える。
「あ、転移された…ほぇ〜…転移が発動するとああなるのか…」
などと呑気に歩いていると腕輪から電子音のような音が鳴り、次の瞬間には背後からゴブリンが飛びかかってくるが、難なく反応して返り討ちにする。
「ふぅ…ってもしやこれ…転移の合図だったりして…?となると迂闊に隙を見せて誘い込むってのはできないか…あと少しゴブリンを斬るのが遅かったら俺も転移して失格にされてたところだったかもな……ちょっと気を引き締めるか…!」
それからも時折悲鳴が響いては転移されていく、というのを数回目撃した後、ようやく山頂を通過する。
「ここ…思ったより酸素薄いんだな…ま、昔から低酸素トレーニングみたいな事してたし楽勝だけど。館とスタトの往復もあの打ち合いも無駄じゃなかったんだなぁ…苦労が報われていく実感が…!」
その後ものんびりとゴブリンを斬り倒しつつ山の中を進んでいき、遂にゴールに到着する。
「ふう…」(まあ良い感じの順位で着けたかな…早過ぎず遅過ぎず…)
ぼーっと立っているとふとこんな会話が聞こえてくる。
「なあなあ、1着って誰だったんだ?」
「さぁ…お前、知ってるか?」
「ん?ああ、あいつだよ。あそこにいる赤髪のやつ。絶対俺が1着だと思ったんだけどなー…俺より全然先にゴールしてたし涼しい顔で胡座かいてたんだぜ?」
「マジかよ…ヤベェな…」
辺りを見回してみると、ゴールから少し離れた場所で退屈そうに胡座をかいている赤髪の青年を見つける。
(へー…さっきの魔法科の試験の時といい、結構凄い人なのかも…)
それから数十分後、最後の合格者がやって来て試験が終了となる。
「ではこれにて武術科の試験を終わります。お疲れ様でした。」
(…最初に見た時よりそこそこ減ったな…ま、こんなもんか。)
一方でシューヴァルト学園のとある一室では、魔法により壁に映し出された試験の様子を見ている男が居た。
「今年は結構豊作だねぇ。特にあの赤髪の子…名前なんだっけ?」
「武術科と魔法科を受けたガーヴ・ヘッジです。」
男の問いかけに、秘書らしき女性が答える。
「ふむ。ガーヴ君ね。彼、凄いじゃないか。ぶっちぎりでゴールだ。しかも武器や手足に火属性魔法を纏わせた強力でユニークな技も持っている…将来有望だ。」
「随分と褒めるんですね。」
「褒めて伸ばすのは大事だからね。」
「それなら独り言ではなく本人に言ってください。」
「ははは…それもそうだね…あ、あと…あの白髪混じりの黒髪の…男の子。」
「男の子…?女ではなく?」
「男だよ?分かんない?」
「…私には女に見えますが…ええと、コウスケ・カライトですね。彼じ…彼がどうかしましたか?」
「彼も…もしかしたらとんでもない逸材かもね。」
「…と言いますと?」
「ガーヴ君でさえゴール時は息切れしていて整うのにも少し時間がかかっていた。でもコウスケ君。彼は全く乱れていなかったし1滴の汗もかいていない。」
「休憩を挟んでいたのでは?」
「あの状態でゴールするように休憩を入れてたら時間切れだよ。それに、ゴブリン程度といえど魔物がウヨウヨいるんだ。まあ色々と過酷な環境だからゆっくり休めないと思うけど。」
「はぁ…そうですか。」
「それにこれは完全に俺の勘だけど…彼は本気の10分の1…100分の1も出てるのか分からないよ。」
「それは考えすぎでは?」
「いやいや。勘は侮れないよ?あ、これウインドヒルのギルドの受付からの受け売りね。」
「はぁ…そうですか。」
「…さっきと全く変わらない反応をどうもありがとう……」
「そんな事より、平民部、貴族部含めて全試験が終了しましたので仕事の時間です。」
「…ねぇ…受験者の合格不合格を決めて書類作る仕事って俺もやんなきゃダメ??」
「未来ある若者とそうでない者を見定めるのは俺の役目だ、と息巻いていたのは誰ですか?」
「うぐ…そういえばそうだったね……じゃあさっさとやりますか。」
男は秘書に促され、渋々部屋を後にした。一方で試験を終えた降助は結果が発表される2日後を心待ちにしていた。
「受かってるかな〜受かってるといいな〜受かってるだろうな〜……さて、2日か…何しようかな…お金は…まあ2日くらい全然問題無さそうではあるし…どっか行くか!」
と息巻いていたものの、今までがそうであったように今回も宿屋でぐだぐだとしているうちにその日がやって来ていた。
「おかしい……こんな筈では……ってこの流れ最近やったな…?まあいいや…結果が出てるだろうし見に行くか…」
やる事が思いつかなければとりあえず宿屋でゴロゴロする癖を直す気が無い降助であった。
「えーっと…1076番…1076番…あった!やった!武術科も魔法科も受かってる!!ヤッタ〜!」(受験して受かってはしゃぐのなんて高校ぶりだなぁ…あれから何年だろう…もう18年近く経っちゃったよな…)
合格を確認した降助はとある仕立て屋に来ていた。シューヴァルト学園御用達で合格者は料金が割引されるというのでやって来たのだった。
「すいませーん」
「はいはい、何かご用で?」
「シューヴァルト学園の制服を作ってもらいたいんですけど…」
「それじゃ、名前を聞いてもいいかい?」
「あ、コウスケ・カライトです。」
「コウスケ・カライト…コウスケ・カライト…ああ、あったあった。合格おめでとさん!とびっきりの良いもん仕立ててやるよ!」
「ありがとうございます!…って分かるんですか?」
「それかい?ここだけの話、ウチは合格者のリストを貰っててね。あ、勿論結果が張り出された後でだよ?それでまあ、こいつで照らし合わせて色々確認してる事もあんのさ。よし、そんじゃまず採寸だ。あっちの個室でやるから来てくれ。」
「はい。」(わぁ〜制服仕立ててもらうのも採寸するのも久し振りだな〜…!なんかテンション上がってくる…!)
それから採寸はあっという間に終わり、降助は代金を支払って店を後にした。
「制服は1週間以内に宿屋に届けてくれるのか。んじゃ、気楽に待つとするか。……あ、学生寮の手続きしなきゃ……」
何かと慌ただしい日々はあっという間に過ぎていき、遂に入学式の日を迎えた。
「制服着るの久し振りだな〜!ああもう色々ワクワクしてきてテンション上がってきた…!もう中身30歳いったけど。……え!?俺もう中身の年齢30いったの!?アラサー!?嘘ぉ!!17足す16で…33歳か…嘘ぉ……」
道の真ん中で騒ぐ自分に刺さる視線に気づいた降助はオホン、と咳払いをし、気を取り直して学園に向かった。




