第30話 ドクターコウスケ
ギルドなどがある大通りから離れ、路地裏のような場所に入っていく。少し歩いていくと少年の住む家に到着する。
「ここが君の家?」
「うん。お母さん、ただいま!」
「あら…おかえり…ゴホッ…そちらの方は…?ゴホッ…」
「僕はコウスケと言います。冒険者をやってて、この子からの依頼で来ました。」
「それは…ゴホッ…ありがたいですがお金が…ゴホッゴホッ…」
「いえ、お金は気にしなくて良いですよ。」
「そ…そうなんですか…?ゴホッ…」
「はい。とりあえず換気しますね。」
降助は窓を開け、ベッドの傍の椅子に座る。
(だいぶ痩せてるな…栄養が取れてないみたいだし…ちゃんと眠れてないみたいだ。クマも酷い…)「少し失礼…」
降助は熱や脈、喉の様子を確認する。
「うん。これならなんとかなりますね。薬を作ってくるので待っててください。」
「本当…?お母さん、治るの…?」
「大丈夫だよ。ちょっと風邪をこじらせたようなものだから。すぐ治るさ。じゃ、待っててね。」
降助は家を出て町の外、人目のつかない場所に行くとフライトを使い、スタトへ向かう。
(確かハクさんの部屋に必要な材料は揃ってたはず…急げ急げ……)「ううっ…速く飛ぶと風も冷えるな…あ、そうだ。《シールド》」
前方を覆い、風を流すようにシールドを展開する。
「うん。思った通り、快適になったな。それじゃ、もう少しスピード上げるか…!」
それから10分ほどして館に到着する。
「ふう…到着…。」
「む?コウスケではないか。もう帰ってきたのか?」
「ヴニィルか。いや、ちょっと薬を作りに戻ってきただけだよ。っていうかこんなところで何やってんの?人の姿になってまで…」
「なに、ドラゴンの姿でいるのが飽きただけよ。それに…ベッドのふかふか感が病みつきになってしまってな…もうあれなしでは寝れぬのだ……」
「あっそ……じゃ、俺は薬作ってくるから。」
「うむ。では我は寝るとしよう。」
「好きにして…」
ドラゴンの威厳はどこへやら、すっかり惰眠を貪るようになったヴニィルを放置して降助はハクの部屋で調合を始める。
「これと…これ…あと…これをすり潰して…できたものをこいつと混ぜて…と。できた…!あとは…栄養を摂れる山菜とかもいくつか持っていくか。病み上がりはスープくらいが良いだろうし。」
完成した薬と山菜をポーチに詰めた降助は再びフライトでウインドヒルへ向かい、少年の家に戻ってくる。
「あっ…お兄ちゃん!」
「お待たせしました…!これを飲んでください。」
「ゴホッ…ありがとう…ございます…ゴホッ…」
「あと…キッチンを少し借りても?」
「はい…構いませんが…ゴホッ…」
「ありがとうございます。」
降助がキッチンでスープを作っている間に、少年の母親はゆっくりと薬を飲んだ。
「どう…?大丈夫…?」
「す…凄いわ…!飲んだばかりなのに咳が止まって…呼吸がとても楽になったわ…!」
「ほ、本当…!?」
「えぇ!今までの苦しさが嘘のようだわ…!」
症状が回復した事に喜ぶ母親の下へ、降助がスープを運んでくる。
「沢山栄養が摂れるスープです。病み上がりなのでゆっくり飲んでください。」
「そこまでしていただけるなんて…本当になんとお礼を申し上げたら良いか…」
「いやいや!本当に気にしないでください。僕が好きでやった事ですから。」
そうしているうちに母親はあっという間にスープを完食する。しっかり回復した事を確認した降助は家を出る。
「本当にありがとうございました…!」
「お兄ちゃん、本当にありがとう!!」
「もしまた何かあれば呼んでください。暫くはこの町に居ると思うので。それでは。」
「バイバイ!お兄ちゃん!」
それからウインドヒルの一部ではドクターコウスケの噂が流れたとか…流れていないとか…。そんな話は露知らずの降助は約束通り、夜にギルドの酒場へ来ていた。
「おっ!ようやく主役のお出ましだな!」
「待ってたぜ!」
「…本当に奢りでいいんですか?」
「おう!そのために依頼やってちょっと金稼いできたからな!」
「それと、堅っ苦しい敬語はいらないぜ!気楽にしてくれ!」
「じゃあ…お言葉に甘えて…」
「さ、今日はお前さんの話を聞かせてくれや!」
「ボウズって今まで何やってたんだ?結構気になってんだよ。」
「お、おう…」
「ま、とにかく座った座った!マスター、エール2つと適当にジュース1つ!あとつまみも適当に!」
「あいよ。ちょっと待ってろ。」
それから少しして、エール2つとオレンジジュース1つ、つまみのポテトが運ばれてくる。
「おっ来たな!んじゃ、ボウズの功績と昇格を祝って…」
「「乾杯!!」」
「か…かんぱ〜い……」
2人組はグビグビと喉を鳴らしてエールを流し込んでいく。それに対して降助はオレンジジュースをちみちみと飲んでいた。
「んぐっ…んぐっ…プハァ〜!やっぱ1日の終わりにゃエールだな!!」
「あーこの1杯のために生きてる!って感じがたまんねぇ〜!」
(速攻で出来上がってるじゃん…)
「そうそう、今日のメインはボウズだ!名前は…コウスケ…だったか?職業は何やってんだ?」
「一応…魔法剣士やってるけど…」
「ほぇ〜…!魔法剣士!そりゃあ珍しいな!」
「珍しい?」
「ああ、珍しいな。職業として、冒険者として成り立たせて食っていけるほどの腕前のやつはそんなに見ねぇよ。」
「そもそもどっちかに熟練度が偏れば剣士か魔法使いって割り切った方が早いからな……うし、職業は聞けたし…冒険者になった理由とか聞くか?」
「お、それ良さそうだな。っとその前に…マスター!おかわりくれ!」
「俺も!」
「おう。」
(まだ飲むのかこの人達は…)
マスターがエールのボトルを開け、2人のジョッキに注いでいく。
「あいよ。」
「サンキュー!んぐっ…んぐっ…プッハアァ〜!」
「ゴクッ…ゴクッ…あぁ〜たまんねぇ……」
「…で、なんで冒険者やってるか、だっけ?」
「そうそう、それだ。聞かせてくれよ。」
「んー…世界を見て回るため…?」
「んぁ?イマイチハッキリしねぇな…」
「よくよく考えたら取り敢えず登録したって感じでこれといった目的が無いな…」
「なんかこう…やりたい事とかないのか?」
「やりたい事…そういえばシューヴァルト学園ってとこに通いたいなーとか考えてるかな…」
「ほぇ〜シューヴァルト学園!そりゃあいいな。あそこは大陸内指折りの学問を学べる場所だからな!」
「それで、知ってる事があれば聞いておきたいんだけど…」
「ふむ…それならあれだろ、お前の方が詳しいだろ。」
「ああ、そうだな。んじゃ、俺が説明してやろう。シューヴァルト学園ってのはルリブス王国の領地にあるバラシアン第一学園都市ってとこの更に中にある学校でな。平民と貴族両方が一緒に学べるんだとよ。」
「へぇ…」
「つっても平民部と貴族部でキッチリ分けられてるし扱いも貴族部の方が豪華だ。それに貴族連中の大半は平民を見下してていじめだのなんだのもあるにはあるらしいけどな。」
「成る程…」(もし通う事になったら貴族部には目をつけられないようにしとこ…)
「んで確か…何歳だったかな…えーっと…」
「あれだろ?16歳から19歳までの4年制。」
「そうそうそれそれ。そんでA〜EまでのクラスがあってEになるほど落ちこぼれなんだと。」
「成る程…」
「そんで入学にゃ…おっと…もうエールがねぇや…マスター!おかわり!」
「俺もくれ!」
「あいよ。」
(酒のおかわりで話が途切れる……)
再び2人のジョッキにエールがなみなみと注がれる。
「ゴクッ…ゴクッ…プハッ…んで…そうそう、入学には通常授業のみで10000キーカ、武術科…魔法科…製作科が20000キーカで…掛け持ち可能でいつでも増やしたり減らせたりする代わりにいつでも20000キーカはそれぞれ別でかかるんだよな。あ、ちなみに貴族部だけは法政科もあるらしいぜ。」
「へ、へぇ〜…っていうかやけに詳しいな……」
「ああ、そこ卒業してんだよ。」
「おお、それは凄い―」
「俺のダチがな。」
「……」(お前じゃないんかい…)
降助は呆れた目で男を見ながらポテトをつまむ。
「…で、例えば魔法科に入りつつ通常授業を受けたいなら30000キーカかかるのか?」
「いや、魔法科とか武術科とかに入っちまえば勝手に通常授業も入ってくるから20000キーカで済むぜ。」
「ふむ…」
「ちなみに平民部も貴族部も学生寮があって月10000キーカらしいぜ。」
「家賃たっか……いや、普通か…?」(学生寮とか住んだ事ないから一般的な家賃がどれくらいか分かんないな…)
「ま、とにかくこっからの移動に受験費用、学生寮の家賃も含めて…まあまあ金はかかるな。ダンジョンの新エリアを発見した時の報酬金はオイシイが滅多にないし…そんな金をポンと稼げる依頼は必然的にランクも高くなるからな。それにボウズ、まだ16じゃねぇだろ?」
「そうだった…俺、最近13歳になったばっかりだ…」
「んじゃあその3年間の生活費もいるしな。」
「うわ〜…結構大変だなぁ…」
「ま、まだまだ先の話だ!今はパーっと飲んじまおうぜ!」
「そうだそうだ!そうら飲むぞー!!」
「うえぇ……」
結果、早々に酔い潰れた2人を放置して降助は宿に向かい、眠る事にした。




