閑話 終わる人、始まる人
トランの死と魔法の練習、修行内容の変更から数ヶ月。降助の動きは大きな変化を見せていた。
「ふっ!ほっ!はっ!」
「その調子じゃ!どんどんいくぞい!!」
最初はただ投げられるだけだったのが受け身を取れるようになり、今ではある程度やりあえるようになっていた。
「数ヶ月前とは見違える程強くなっておるの。じゃが、まだ詰めが甘いの。」
「え…あっ!」
死角からの攻撃を受け、吹っ飛ばされるが素早く受け身を取る。…が丁度木から落ちた雪が降助にどっさりと落ちてきて全身雪まみれになってしまう。
「多彩な方面から攻撃するようになったのは良いがもっと相手の死角を意識するんじゃ。真正面からの攻撃など全て防がれてしまうぞい。」
「はい……」
「…ふむ。今日はこんなところじゃな。明日は休みじゃからゆっくり休むと良いぞい。」
「やった〜休みだ〜!」
ぶるぶると身震いして雪を払うと館へ駆け出し、帰るなりすぐに風呂に入る。
「あー…やっぱり寒い日は暖かいお風呂だなぁ……」(この世界に来て2年と数ヶ月か……父さんと母さん、元気にしてるかなぁ…俺が居なくなって寂しい思いとかしてないと良いけど…無理かな。なんだかんだ子煩悩な両親だったし。あーあ、もっと親孝行しておけば良かったかなぁ…これが孝行したい時分に親はなし、か……まあいなくなってるの俺の方だけど。そういえば俺を殺したアイツと助けたお姉さんはどうなったのかなぁ…)
-数年前、降助が死亡した直後-
(私のせいだ。私なんかを庇ったから…この子は…こんな事に……)
九怜宙美。都内のとある会社で働く20代前半のOL。地方から上京し、初めて受けた面接で一発合格し、舞い上がるもあまりのブラックさで厳しい生活を送っていた。
(同僚はだいたい皆死んだ魚みたいな目してるし、上司はおっさんだしジロジロ変なところ見てくるしパワハラもするし。サービス残業なんてザラだし。タイムカード誤魔化すように強要されてるし。給料も割に合わないし。よく潰れないなあ…あの会社。そんな中頑張って働いてたら取引先との会食が云々って言われて向かってる途中でナンパされて、勇気を出して助けに来てくれた子は……。これからどうしよう。)
様々な事が頭の中でぐるぐると渦巻く中、宙美は警察とのやりとりを済ませて一旦家に帰る事にした。
「はぁ…なんか異様に疲れたな……」
家に着くなり靴を脱ぎ捨て、鞄を放り投げる。そしてそのままベッドにダイブする。
(どうしよ…上司に連絡しなきゃだしメイクも落とさなきゃ……でも…もう眠……)
どうするか考えているうちに徐々に瞼が重くなっていき、次に目を開いた時には朝日が室内を眩しく照らしていた。
「うわヤバ!遅刻する……!あーもうメイク落とさなかったから枕がー!」
あーだこーだと喚きつつも軽くメイクをし直し、家を飛び出す。
(上司…絶対怒ってるだろうなー……ただのエロオヤジならまだしも細かいところまでぐちぐち言ってくるんだもん……飲み会とかでも酒癖悪かったし…1人でパワハラにセクハラにアルハラまで揃えてるとかどうなってるの……本当によくクビにならないなぁ……)
そんな事を考えたりしているうちに会社に到着する。
「おはようございま〜す……」
「おい九怜」
「ピッ……」
おそるおそる振り返ると肥満気味の中年の男が半ギレの状態で立っていた。九怜の上司である。
「お前ちょっとこっち来い」
「は、はい……」
上司は九怜を連れて空き部屋に入るとドアを閉めた途端、怒鳴りだす。
「何をやっとるんだお前は!!お前が大事な取引先との会食をすっぽかしたせいで今までの苦労が水の泡だ!!」
「は、はい…すみませんでした……」
「すみませんで済むと思っとるのかアホが!ちょっと仕事ができるからと任せてみたらこのザマだ!ええ!?やる気あるのか!?」
「すみません……」(耳が痛い…どんだけでかい声出るのこの人……)
「だーかーらー!!すみませんで済むと思っとるのか!!オウムか!お前はオウムなのか!?おおん!?」
「実は…その…ナンパされてて…逃げられなくて……それで……」
「は?ナンパだぁ?そんな言い訳が通用すると思っとるのか!?」
「いや…でも事実で…」
「うるさい!ともかくお前のせいで大事な取引先を失ったんだ!どうしてくれる!!この使えないクズめ!!」
「そっそれは……」
「……分かった。ならこうしよう。私の女になれば大目に見てやっても良いぞ?実際部署でもかなり可愛いからなぁ……」
(何を言ってるんだろうこのオッサン。さっきまでパワハラしてたと思ったら急にセクハラにシフトチェンジしてきた。というか段々近づいてくる……冗談じゃない。)
「ふふふ……」
「や…やめてください!!」
勇気を振り絞って拒否し、ドアを開けてその場から逃げる。
(説教しながら部屋をウロウロ歩き回ってドアから離れてくれたおかげで逃げれたけどどうしよう。)
そんな事を考えていた宙美は屋上まで来ていた。
「そうだ…」(もう、やめてしまおう。何もかも。仕事も。生きる事も。ごめんなさいお父さん。ごめんなさいお母さん。こんな事で全部諦めてしまう娘で。でも、仕方がないんです。疲れてしまったんです。)
フェンスを乗り越える。ビルの下、都会の喧騒を見下ろす。
(お詫びになると良いなぁ。私なんかの為に長い人生を捨ててしまったあの子への。そういえばあの子…昔遊んだ男の子に似てたなぁ。きっと他人の空似だろうけど。)「来世は幸せに暮らしたいなぁー!!」
落ちていく。嫌な音が鳴る。意識が、消える。
-それから数日後、とある刑務所-
独房の布団に転がる金髪の男、金田遊斗は退屈そうな表情で欠伸をする。
「はぁ〜…この俺が無期懲役か……ま、死刑にならなかっただけ良しとするか。あのガキ…神来社降助だったか…のせいでお気に入りのサングラスは壊れるわ、あの可愛い子は逃すわ、捕まって無期懲役だわで散々だっつの。いつかまた会ったらぶっ殺して……って俺がもう殺したのか。」
何回か寝返りをうつが退屈な事に変わりはなく、テレビを見ようと電源をつけたものの、時間が悪いのか特に興味を惹く番組はやっていなかった。
「はぁ……つまんねぇ……でも…なんだろうな……」(予感がする。面白い事が起こる予感が。そう遠くないうちに。)
胸の奥から込み上げる謎の予感に遊斗は笑みが溢れた。




