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第106話 急襲

「おや、コウスケ君」

「?」


突然声をかけられ振り向くと、灰色の瞳に黒髪を束ねて左肩に流した女性、グランドマスターが軽く手を振っていた。


「あ…グランドマスター!?」

「しー…一応お忍びでね。なるべく声は抑えてほしい。」

「あっ、はい、分かりました…それで、ユーラさんはどうしてここに?」

「そうだな…身も蓋もない言い方をしてしまえば、なんか行きたくなったから来た、といったところだな。」

「えぇー…いいんですか?グランドマスターともあろう人がこんなところをぷらぷらと……」

「………大丈夫だ。」

「今の間は絶対何かありますよね?」


訝しむ降助に、ユーラはふいっとそっぽを向く。実際、今のユーラは部下に仕事を押し付けて抜け出してきており、ギルド本部では突然降りかかった書類仕事に右往左往する職員達で溢れていた。


「しかし自分でも不思議だ…特にその気も無かったのに、無性にどこかへ行きたくなるなんてな。」

「勇者召喚が見たかったとか、そういうのは無いんですか?」

「無いな。別に、会おうと思えばどうとでもなるし、わざわざギルドを抜け出してまで来る必要も無い。ただ本当に、ここに行きたくなってしまって自然と足が向かっていたというか……」

「ギルドマスターもそんな事があるんですね。」

「意外そうだな。」

「そう見えますか?俺は別に、素のユーラさんを知っているのでそんなに不思議には──」


そう言いかけて降助は勢いよく接近する気配に気付き、ユーラも察知して飛び退く。その直後、先程まで2人が立っていた場所に轟音と共に土煙が舞い上がる。


「あれは……!」


土煙が晴れると、そこにはシャンが立っていた。


「シャン!?どうしてここに…!」

「知り合いか?」

「まあ、知らぬ仲ではないというか……」

「彼女…魔族か。」

「で、でも悪い子じゃないんです!色々と事情が…!」

「事情があるにせよ、あの殺気…とても悪い子じゃないようには見えないがな…!」

「!」(彼女……前と何か違う…!何かが混ざってる…あれは……!)

「ううぅぅ……うあああぁぁぁ!!!!」

「な──」


シャンが苦しそうに唸り出した直後、一直線に降助に向かって飛び出していき、腕を凶悪なクローに変形させて襲いかかってくる。間一髪のところでマナをクッションにして受け止める。


「うあぁ…!!」

「くっ…!」(攻撃が重い…!それに彼女の様子、明らかに正気を失っている…!)

「ふっ…!」


背後から攻撃を仕掛けようとしたユーラだが、シャンが後ろに蹴り上げて伸ばした足をくらい、咄嗟に腕を出して防御はできたものの吹っ飛ばされて建物に激突する。


「ユーラさん!!」

「ぐっ…!」(足も変形するのか!)


なんとか瓦礫の中から身を起こして体を見下ろすと腕はひしゃげており、血がダラダラと垂れていた。


「チッ…《ヒール》」(咄嗟にシールドで防いでいなかったら腕ごと胸を貫かれていたな…あの少女、何者だ…?)

「大丈夫ですか!」


降助はシャンを振り払い、即座にユーラの下へ駆け寄る。


「なんとかな…それであいつは──」

「はあ…はあ…まったく、突然どこかへ飛び出していったと思ったらこんなところにいたのか…!」


ユーラが「なんなんだ」、と言おうとしたところで、シャンの背後から若干息を切らしたリスタが現れる。


「あいつは…!」

「なんだ?また知り合いか?」

「おやおや…これは、邪魔者のコウスケ・カライトじゃないか。そして初めまして、ミス・ユーラ。僕の名前はリスタ。以後お見知り置きを。」

「なんで知ってる…とは思ったが、一応私は有名人だしおかしくもないか…丁寧にどうも。で、お前は何者なんだ?」

「なに、僕はただのしがない研究者さ。そうだね…今までやってきたのは──」

「うあああぁぁぁ!!!」

「おい!僕がまだ話している途中だろうが!!」

「っ、ガルベルク!!」


咄嗟にガルベルクを引き抜き、シャンの攻撃を防ぐ。


「ぐうぅっ!」

「っ…!」


降助は力を込めて弾き飛ばし、シャンは飛び退く。


「ユーラさん、一旦ゲートでここから彼女を引き離します。合わせてください。」

「分かった。ここは市街地だし、野次馬も集まってきたからな。巻き添えが出る前にやるぞ。」

「いきます!《ゲート》!」

「!!」


シャンの背後にゲートを開いてそのまま押し込み、リスタッドから離れた平原に飛び出す。続いてユーラも飛び込み、ゲートが閉じる。


「………僕を置いていくなアアアァァァ!!!」


リスタも渾身の叫びの後に、慌てて後を追い街を出る。3人が飛び出した平原では、金属音と激しい地鳴りが響き渡っていた。


「はあっ!」

「ふっ!」

「ぐうぅ……うああぁぁ!!」


ガルベルクを振るう降助と徒手空拳で立ち回るユーラに対し、シャンは縦横無尽に飛び回り様々な攻撃を繰り出す。


(何度か打ち合って分かった…シャンの中にはウルボ盆地の地下にいたあれと同じ気配がする。そういえばウルボ盆地で会った時にリスタが一体捕まえていたけど、きっとそれを使ったんだ……でも上手く制御できずに暴走している…!早く止めないと!)

(くっ…こいつ、会った時からずっと嫌な気配がする…脳が、体がこいつに対して警鐘を鳴らし続ける!)

「うああぁぁ!!」

「あれは…っ!」


シャンの頭上に8つの属性の玉が現れ、2人に向かって放たれる。


(あれはエレメントボール!しかも聖属性を除いた8つ!そこまでの力をもう身につけているなんて…流石はジックさんの生まれ変わり…!)「はあっ!」


ガルベルクからマナの斬撃を飛ばし、エレメントボールを両断する。一方でユーラは再び背後から攻撃を仕掛けるが、シャンも同じように足を伸ばして迎撃する。


「ふっ!」


ユーラは手で軽く押して足の流れの向きを変え、地面に突き刺す。


(とった!)「《単拳・貫抜》──いっ!?かったぁ!!」

「ユーラさん!今の彼女はおそらくマナの性質を持っている!魔力や気を使う技は通用しません!」

「な…そういうのは早く言えっ…!」

「それは本当にごめんなさい!!」


ユーラはシャンが立て直す前に飛び退き、距離を取る。


(そうとなれば…よし。)「私が──」

「気を引くから、俺が隙をついて攻撃、ですね。」

「…!ふっ。そうだ、頼んだぞ。」

「はい!」


ユーラが先陣を切って攻撃を仕掛け、シャンからの反撃もいなしていく。


「ぐうぅ……うあぁう!!」

「な…!」


シャンの腕が6本に分裂し、より攻撃が苛烈になる。


「くっ…」

「はあっ!」

「!!」


降助の振り下ろしたガルベルクを3本の腕で止めようと掴むが、刃はするすると腕を両断していく。


「ぐあう…!」


シャンは飛び退き、唸って2人を睨む。そして再び飛び掛かろうとしたところで、電流が流れてその場に崩れ落ちる。それと同時に、激しく息を切らしたリスタがヘロヘロになって走ってくる。


「うぁ……」

「はあ…はあ…研究職の人間をあちこち走らせるんじゃない!まったく…!」

「彼女に何をした!」

「ふう…ふう…そ、それは……はあ…はあ…今何をしたのかという事かな?それとも……どんな改造をしたのかという事かな?」

「……一応両方聞いとく。」

「よろしい。なら今何をしたのかから言ってやろう。安心したまえ、ちょっとショックを与えて大人しくさせただけさ。じき目覚める……」

「で、彼女にどんな改造をしたんだ…!」

「まあそう慌てるな…僕はこいつのコアに、あの時捕まえた泥人形を組み込んでやったのさ。研究の結果、あれにはとてつもない力が秘められている事が分かってね。魔力も気も無効化するだなんて唆るじゃないか……ただ、いくら調整を重ねても暴走気味で制御できていない事は否めないがね…まったく、手のかかる駒──」


降助はガルベルクでリスタの腕を切り飛ばすが、地面に転がり落ちた後ゆっくりと溶けていく。


(溶けた…あの時の同じ、偽物か……)

「人の話は最後まで聞けっ!このクソガ──」


今度は足を切り落とされ、その場に崩れ落ちる。


「この……ッ!」

「もういい……その口を閉じろ…!」

「ふっ…なら僕からも話す事はもう無い…これにて失礼させてもらうよ…!」

「待てっ!」


リスタの体が溶けきり、シャンと共に消えていく。


(逃げられたか…)

「ふう……久しぶりに体を動かしたな……」

「ユーラさん!大丈夫ですか?」

「ああ、大した怪我はしていない。しかし、あいつらはなんなんだ?魔王軍の手先か?」

「それが…そういうわけでもなさそうなんです。俺も詳しいことは分からないですけど……」

「やれやれ……この世界は災難だらけだな。」


ユーラは苦笑いし、肩を竦めた。

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