第98話 勇者召喚 1
次の日の朝。降助とクレイは出かける支度をしていた。
「これでよし、と。クレイは準備終わった?」
「うん。いつでも行けるよ。」
今日はルリブス王国の首都リスタッドで勇者召喚の儀とそのお披露目パレードが行われ、シグルドに来るよう言われていたのでその準備をしていた。
「皆ー!そろそろ行くけど準備できたー?」
「うむ。我は問題無いぞ。」
「オレも平気ー!」
「私もー!」
「私も大丈夫です!」
「よし、じゃあ行くよ。《ゲート》」
ゲートを通り、人目の少ない裏路地に出る。この日リスタッドはかなりお祭り騒ぎになっているようで、裏路地までその喧騒が聞こえてくる程だった。少し歩いていくと表通りに出る。そこでは様々な出店が立ち並び、大いに賑わっていた。
「すっごい人だね〜!」
「勇者を召喚するだけじゃなくて、そのお披露目パレードまでするんだもんね。そりゃあ大騒ぎだ。」
「それにしてもさー、こんな浮かれてて魔王軍とか邪魔しに来ないのかな?」
「それはご心配なく。王国魔導士団による探知魔法で常に監視され、バルツさん率いる第2騎士団が厳戒態勢で見回りしているからね。早々問題は起きないさ。」
「「「「「「うわあぁ!?」」」」」」
突然現れたシグルドに、一行が飛び上がる。
「学園長、いつからそこに!?」
「さっきだよ。君達を見つけて走ってきたんだ。」
「し、心臓に悪いです!!」
「ごめんごめん。さ、パレードはあっちだよ。案内するね。」
「はぁー、マジでビビった……」
「神出鬼没……」
「こ、腰が抜けてしまいました……」
「我がおぶっていこう。しっかり捕まるのだぞ。」
「はい…ありがとうございます……」
一行はシグルドに連れられ、城の前の大きな広場までやってくる。ふと、降助は3人程の人物の周りに人集りができている事に気付く。
「学園長、あそこの人集りは一体?」
「ん?ん〜…ああ、あの3人ね。あれは勇者パーティーのメンバーさ。」
「勇者パーティーのメンバーも決まってるんですか?」
「うん。1人ずつ紹介するよ。左にいるのがクレイアさん。ウィナス教のシスターで、かなりの回復魔法の実力者なんだ。」
そう言ってシグルドが指を差した先には、修道服に身を包んだブロンドヘアのシスターが優しそうな表情で、集まっている人達と会話していた。
「そして真ん中にいるのがムルクス・ガーバナー。定期的に冒険者ギルドで話題になるベテラン冒険者でね。自分の身の丈に迫る程の大剣を自在に操る豪快な人さ。それでついたあだ名は"鋼鉄の竜巻"。」
ムルクス・ガーバナーと紹介された男は鎧を着込んだ短髪で若めの男で、知り合いらしき冒険者達と楽しそうに話し込んでいた。
「で、最後に右にいるのがカレン・スペイル。ちょっと前に突然現れた魔法使い界隈の期待の新星でね。今は冒険者だけど、魔導士団からお声が掛かってるとか。複数の属性の魔法を扱うことから"虹色の魔女"とも呼ばれている。」
カレン・スペイルはいかにも魔法使いらしいローブと帽子を身につけており、派手な金髪は見る者の注意を引く。
「…あだ名って結構まんまなんですね。」
「まあ…分かりやすさって大事じゃん?」
「それもそうですね。それで、そんな3人は何をしてるんですか?」
「勇者召喚の前に先にお披露目ってところかな。この後召喚された勇者と一緒にパレードで街を回ると思うよ。」
ふと、先程まで晴れていた空が一瞬で曇天の空に変わり、空気が変わる。
「これは…?」
「始まったね。勇者が、召喚される。」
-時を同じくして、バラシアン大陸某所にて-
「勇者が召喚されるようですが、このままでいいので?」
「ああ。勇者が召喚されようと、魔王軍が全面戦争を始めようと、我々には関係無い。ただ各々の目標に向かい、行動するだけだ。」
「正直、あなた様ならそう言うと思ってました。」
「ところでロット。お前はリスタッドで勇者召喚に立ち会う予定じゃなかったのか?」
「ええ、そうですが問題ありません。あちらにいるのはリスタが作ったダミーの私ですので。」
「ふっ…教皇ともあろうものが、偽物に丸投げして職務怠慢とはな。」
「私だって別に完璧超人ではないのですよ?それに、私にとっては勇者よりあなた様の方が優先度は高いので。」
「…なあ、ロット。いい加減、もう少し砕けた態度にはなれないのか?」
「…確かに、我々の間に上下関係は無いですが、この組織を立ち上げ、方針を作ったのはあなた様なので。リーダーを敬うのは当然です。あと、割と素の態度でこれなのでどうしようもありませんよ。」
「そうか。なら仕方ないな。」
「はい、仕方ありません。では私はこれで。」
そう言ってロットはその場を後にする。
「……あいつ、これの為だけに仕事サボってここに来ていたのか…?」
男は呆れながらそう溢した。そして場所を戻しリスタッドでは雷鳴と共に光の柱が現れ、収まると先程まで荒れていた空が嘘のように晴れ渡っていた。
「終わった…のかな?」
「かな。少ししたら勇者が来ると思うよ。」
「どんな人なのかな?」
「超ゴツいムキムキの男とか?」
「いやいや〜、超イケメンのクールガイとか!」
「優しい人だと良いですね!」
「容赦無く敵を切り刻むような女勇者だけは嫌だ……」
「トラウマ出てるじゃん…」
やがて城門の方が騒がしくなり、その騒ぎは広場の奥の方まで広がり始める。
「勇者様だ!」「あれが勇者様…!」「おお!勇者様だ!勇者様が召喚された!!」
(うーん、よく見えない…)「もう少し前に出よっか?」
「だね。」
降助はクレイの手を引いて、人混みを掻き分けて前の方に進む。見えやすい位置まで来ると、丁度向こうから勇者が歩いてくるのが見えた。
「どんな人なのか……な………」
その顔を見た瞬間、降助は息を呑んだ。その勇者は。その、男は。金髪に茶色の瞳、日本人らしい顔立ちの男は、かつて自分を殺し、この世界に来るきっかけになった男──金田遊斗だった。




