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魂の真相 二十三

 男が紫雲しうんの胸に手を宛がった途端、紫雲は急に息苦しさに襲われた。それどころか、立て続けに目眩にまで見舞われる。ほんの数秒で、立っているのがやっとの状態になった。自然、水盤の卓に後ろ手に片手をつく。


 それなのに、男は紫雲から手を引こうとはしなかった。いや、それどころか逆に、胸の中に手を突っ込んでいる。なのに血は流れていない。手を当てていた場所に掌を押しつけると、そのまま胸の中に沈んだという感じだ。


 紫雲はそれさえも理解出来ずに、苦しさに喘ぐ。


 男の手が更に沈んで、その腕に、ふと力が入った。


 それに合わせるように紫雲は苦鳴を上げそうになったが、なんとか堪えた。男が紫雲の胸から手を引き抜くと、ふっと身体から力が抜ける。だが、(くずお)れたりはしない。蹈鞴たたらを踏みそうになるのを堪えて、大きく息を吐き出す。まるで苦痛が去ったあとのように。


 男は紫雲の中から引き出した手を、紫雲の眼前に突きつけた。


 紫雲はそれを見て、なんだと訝しく思う。


 男の手にあったのは、直径が三〇センチほどの光の球だった。けれど、根源魔法(マナティア)あらわしたような光の球ではない。球体の中央が暗くなっているのだ。その大きさは一〇センチにも満たない。だからと言って、光の球に穴が開いているわけでもなかった。ただ、そこが別の、暗い光を放っているのだ。つい最近、その光り方をどこかで見た。少しふわつく紫雲の頭の中で、大きな光の球と暗い光の球が一瞬(よぎ)っていく。はっとした。


 最近見たのではない。ついさっき見たばかりだ。


 それは陸王りくおう雷韋らいを覆っていた、光と闇の球体だった。目の前に突きつけられた光の球は、それが合わさったような姿をしているのだ。


 それまで無言だった男が声を発した。


「これはお前の魂だ。これまでお前が朧に感じていた少陰しょういんだ。だが、対に出会えていないせいでまだこんなに小さい」


 それだけを無感情に言うと、男は光の球を紫雲の胸に押しつけた。瞬間息苦しくなったが、すぐにその違和感は消え去った。目眩も苦しさも、何もない。男の手からも光の球もなくなっていた。思わず光の球を押しつけられた胸元を触ってみたが、そこにはなんの違和感もなかった。ただ自分の身体があるだけだ。


 顔を上げて、紫雲は男に問う。


「今、一体何をしたんですか」

「お前の魂を引き出した」


 そう言う男の声音にも表情にも、どこにも感情らしきものが含まれていなかった。微塵もだ。


 そんな男から、紫雲は酷く無機質なものを感じていた。人として、どこか不気味に思えるような。


 そこで龍魔たつまが紫雲に声をかけてきた。


「ちゃんと自分の魂は見たね?」

「あれは本当に私の魂なんですか?」


 振り返って龍魔に問うと、龍魔は頷いた。


「嘘偽りなく、お前の魂だ」

「ですが、魂が可視化されるなんて」

「陸王と雷韋の魂も見せたじゃないか」

「あれは……貴女の見せたまやかしでは?」


 訝しげに言ってくる紫雲に、龍魔は小さく笑う。


「まやかしじゃあない。本当のことだよ。いずれ、お前も青蛇と出会えば、魂の力も強くなり、形も大きくなってもとの大きさに戻るさ。なろうと思えば、いずれお前達は獣の姿にもなれるよ。光竜という巨大な獣神(けものがみ)の下にいる小さな獣神だからね。黒狼なぞ、よくその背に赤獅を乗せて世界を駆けていたと聞く。そうだろう? ガライ」

「あぁ」


 男の頷くのをよそに、紫雲は視線を俯けて少しの間考えていた。ここでは常識が通じないなどと。既に、いや、完全に紫雲の理解の埒外のことが起こっているのだ。そう思うのに、頭のどこかでさっきの光の球のことを思っていた。


 少陰とはあのような形をしているのか、などと暢気に。


 その裏では、いい加減、色々なことがありすぎて、神経が麻痺し始めているのかも知れないとも思っていた。


 静かな混乱に意識を明け渡そうとしている紫雲に、龍魔は再び声をかけてくる。


「紫雲。今日、ここで見聞きしたことは決して忘れるんじゃないよ」

「私はまだ、貴女の言ったことを信じたわけではないんですよ」


 視線を上げて龍魔を見る。


「けど、信じかけているだろう?」

「それは……、なんと答えたらいいのか分かりません」


 龍魔があまりにも真っ直ぐに紫雲を見つめるので、彼は暗褐色の目を逸らして答えた。


 それでも龍魔は紫雲から目を逸らさず、碧の瞳で完全に見据えていた。


あたし達がどうしてお前だけをここに連れてきたか、分からないのかい?」

「分かるわけがありません」


 少々憤慨したように返す。


「お前が人間族に生まれ落ちて、四人の中で一番頭が固いからさ。その頭を少し柔らかくして貰おうと思ったんだよ」


 龍魔の言葉に流石にむっとしたのか、紫雲は視線を戻した。そして、睨め付ける。


 それを子供の挑発のように捉えて、龍魔は軽く笑い声を立てた。


「何を怒ってるんだい? 事実、頭が固いじゃないか。それに、差別主義者だ」

「そんな事は……!」


 流石に聞き捨てならないと紫雲は声を上げたが、それは龍魔の言葉に封じられてゆく。


「お前は異種族を『獣の眷属』と呼ぶね? それそのものが彼らに対しての差別だって事が分からないかい? 己の中をよく見てごらん。『異種族』と言うと差別だから『獣の眷属』と呼ばなければならない。お前は獣の眷属と口にする時、そんな風に考えているだろう。だからお前の言う『獣の眷属』は侮蔑する言葉なんだよ。雷韋は表面しか見ていないから、お前のことをいい人間だと言った。けど、妾にしてみたら、お前は傲慢な『典型的な』人間族だ。意識しなければ獣の眷属と呼べないなんて、本当にお前は傲慢だよ。どこから獣の眷属を見ているんだい。大聖堂の天辺(てっぺん)からかい?」


 言い募るうちに、龍魔から笑みが消えていった。笑みが消えて、それこそ紫雲を蔑む眼差しを向けてくる。


「その言いようはあまりです」

「だが本当のことだろう。見下げてないという考えそのものが、そもそも人間族特有の傲慢さの表れなんだ。部屋で目が醒めてシリアが人間族のあり方を語った時、獣の眷属より下だと言われた気がしてむっときただろう。精霊が妾に伝えてくれたよ。もっと素直におなり。本当に獣の眷属を見下してないのだとしたら、同じ目線に立つはずだ。自然と侮蔑される側の視点になるはずなんだよ。まずはその凝り固まった考え方を捨てるところから始めな。そうすれば、今まで見えていなかった物事が少しずつ見えてくるだろうからね」


 最後には厳しく言い渡された。言うだけ言うと、


「ガライ、お前からも何かあるのであれば今のうちに言っておやり。紫雲もだろうが、妾も疲れた。一足先に休ませて貰うよ」


 龍魔は更に言いたいことだけを言い残して、その場から去って行った。


 そんな龍魔に溜息をついたのは紫雲だった。一体、なんという女だったのかと思う。嵐のように様々を紫雲にぶつけて、勝手に去ってしまった。それも、吸収することが出来ない事柄ばかり並べ立てて。溜息をつくなと言う方が無理な話だ。

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