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魂の真相 二十一

          **********


 それまでの陸王りくおう雷韋らいの様子が、全て銀色に輝く水盤(すいばん)に映っていた。


 銀色の水盤は、神殿を作っているのと同じ、自ら発光する石で出来た卓上に彫り込まれた楕円形の窪みに水を満たしたものだった。自ら発光する石の影響で、水盤は銀色に輝くのだ。


 龍魔が、これまで三人の様子を見ていたというのは、この水盤から見ていたものだ。


 同時に、かつて陸王が放逐される際にも使われている。青蛇殿せいじゃでんの巫女達が、陸王が放逐される姿をこの水盤で確認していたのだ。


 室内は広く、円筒形の形をしていた。壁も床も天井も、白く光を放つ石で組まれている。そこに八本の柱が円を描くようにならび、その中心に水盤の卓があった。


「これが、今現在のあの二人の状況だ」


 龍魔たつまが水盤を挟んで、真正面から紫雲しうんへ視線を向け直して言う。


「今の、二人」


 紫雲が小さく鸚鵡返す。


 それを耳にして、龍魔は言った。


「喰らう者と喰らわれる者だが、実に自然に一緒にいるだろう? これが対の力だ。互いの間にあるのは、絶対的な信頼と安堵。そして、失う事への恐怖と不安。と言っても、今のお前には分からない感覚だろうがね」


 どこか揶揄(からか)う風の龍魔の言葉に、紫雲は無言だった。


 長い間、彼らの様子を見せられた紫雲だったが、やはり不思議でならなかったのだ。


 雷韋のことだ。


 万が一にも襲われるとは思わないのだろうかと。陸王は紫雲からすれば、ただの魔族だ。いや、ただの、と言うには語弊がある。正確には高位の魔族だ。例え、神である羅睺らごうの血を引くとは言え、陸王は神ではない。おそらく、堕ちた神である羅睺も魔族と同等だ。他を圧倒する力を有しているだろうが、心が闇に堕ちて、それまで護っていた自分の妻でさえ殺そうとした。更には、天慧てんけいの呪いも受けている。とすれば、羅睺は魔族の絶対的な王で、母親も堕天した魔族と同等の者と言っていい。その二人から生まれた陸王は、魔族の交配摂理から言えば、高位の魔族として生まれ落ちたと言うことになる。魔族は親を凌ぐことは出来ないのだから、結果的にそうなる。だというのに、雷韋は対と言うだけで陸王の側についた。この摂理が紫雲には理解出来ない。対だからそうなのか、と半ば訝しみながら理解するしかないのだ。


 だが、紫雲の理解もそこまでだ。


 四獣しじゅうであるという事はやはり信じられなかった。


「龍魔さん、彼らのことは無理矢理ですが、納得するしかないのは理解しました。ですが、彼らを含め、私も四獣の生まれ変わりであるというのは納得出来ません」


 龍魔は紫雲の言葉に頷き、


「これだけならまだ納得がいかないと思ったよ」


 そう言って、今度は水盤の中央に指先を軽く当てて波紋を生んだ。その波紋は銀色の水盤の中央から端まで伝わって、そのまま波紋が中央に返ってくるのかと思ったが、そうはならなかった。反射した波紋は端から四方八方に波を作る。


 その不合理な反射に驚いて紫雲が水盤を見つめていると、陸王と雷韋の姿が水盤の中で滲むように揺れ動いた。一方から反射してきた波紋が二人の上を通過したかと思えば、そこには見たこともない一組の男女の姿が浮かび上がる。その二人は丁度、陸王と雷韋と同じ位地にいた。


 陸王のいる場所に映り込んだ浅黒い肌の男の顔には入れ墨を彫ったような文様があり、耳は獣の眷属のように尖っている。黒い髪は陸王のそれに似ているが、襟足がやけに長い。それに見たこともない衣装に包まれた胸元にも、入れ墨のような複雑な文様が浮かんでいた。体躯は陸王よりずっと立派だった。瞳は金色に光っている。


 雷韋の位地に現れた女は、雷韋と同じように横になっていた。髪は炎のように真っ赤で、これもまた雷韋と同じように高く結っている。目を閉じているから、瞳が何色なのかは分からないが、女の耳も尖っていた。眠りについているのか、女は安堵しきった表情を晒している。身に纏っているのは、服と呼んでいいか分からないほど露出が多かった。


 男は精悍で逞しく、女は艶めかしく美しい。


 その二人の姿が水盤に映ったかと思った次の瞬間には、再び別の方向から波紋が渡ってきて、次に現れたのは陽の光のように明るい球体と、暗黒のように暗い球体だった。それも、陸王の場所に明るい球体、雷韋の場所に暗い球体がある。その球体の大きさは、水盤の中に映っていた陸王と雷韋をすっぽりと覆うように大きい。


 その不思議な像は、波紋が渡るたびに交互に現れる。


 暫くその映像が流れたあと、龍魔がもう一度水盤の中央を浅く突くと、波紋はぴたりと収まった。


 その途端、紫雲は龍魔に顔を向けた。


「今のはなんですか」

「あの二人の本性だよ」

「本性?」

「そう。魂の姿だ。あの二人の本来の姿だね」

「それはどういう……?」


 困惑した紫雲の言葉に、龍魔は視線を俯けると答えた。


「陸王が別の男の姿に映っただろう? あれは神代(かみよ)の頃の姿。黒狼(こくろう)だよ。そして、雷韋は女の姿に映った。あれが赤獅せきし。赤獅は女神さ。赤獅は目を閉じていたから分からなかったかも知れないが、黒狼は金色の瞳をしていただろう? あれはね、神の瞳だからだ。神の瞳とはなべて金色なんだよ。で、だ。伝え聞くところによると、黒狼と赤獅はとても慈しみ合っていたという事だよ。互いに慈しみ合っていたからこそ、人族をも慈しんだ」

「あれが彼らの本来の姿だと?」


 まるで信じられないとでも言うように、紫雲の声は固くなる。だが、龍魔は事実を示したと頷くだけだ。


「それでは、あの二つの球体はなんなんですか」

「二人の魂だよ」


 龍魔の答えに、紫雲は怪訝そうな顔になるばかりだ。けれど、龍魔はそんな事を気にせずに続ける。


「陸王の魂は太陽たいようだ。陰を含んでいない、純粋な陽。雷韋はその逆で太陰たいいん。陽を含まない純粋な陰だ。普通、人の魂は少陰しょういん少陽しょうようだが、あの二人は違う。それに、今はまだ姿を隠すくらいの大きさでしかないが、この先、魂が力をつけて、それに伴って太陽と太陰も大きくなる。本来の大きさにまでね。ただの人族でならあり得ないことだよ」

「魂が大きくなるですって?」


 紫雲はそれまでの怪訝な様子から一転、驚きの声を上げた。


 対して、龍魔は当然といった風に言う。


「そう言うこともあるのさ、神の魂だからね。それに、あの二人は出会った。だから力をつけたり、魂が共鳴を起こすたびに魂の大きさも変化していく」

「そんな馬鹿な」

「馬鹿はお前だよ。お前も青蛇せいじゃと出会ったら、同じように魂が大きくなっていくんだ。あの二人と違って、お前の魂は欠けているがね」

「欠けている?」


 龍魔は困惑した風に言う紫雲の胸元に、人差し指を突きつけた。


「お前の中には僅かに陰が混じっているだろう? 自分でも朧に魂の形を感じるはずだ」


 紫雲は言われるままに自分の胸元を押さえた。人は己の魂の形を朧に感じ取る事が出来る。龍魔に言われるとおり、紫雲はこれまでずっと己の中に僅かに陰を感じていた。だから当然、自分はただの少陰なのだと思っていたのだ。この世の生き物の魂は全て陰と陽に分かれている少陰と少陽だ。だから、何もおかしくは思わなかった。

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