魂の真相 十九
視線を俯け、陸王は火影の出す炎を見つめながら言う。
「あの刀は、俺の幼馴染みの刀だ」
「はぁ!?」
素っ頓狂な声を上げて、雷韋は陸王に詰め寄った。
「なんでそんなもんが大陸にあるのさ? だって、あの剣って日ノ本の剣だろ? しかも幼馴染みのだって!? なんで……、なんでだよ?」
「そんなもん、こっちが聞きてぇ」
苦々しく口にする陸王だったが、雷韋が言葉を発する前に陸王自身が言った。
「いや、分かってる。俺を動揺させるためだ。妖刀に操られている男と斬り結んで、すぐに気付いた。あの刀はあいつのもんだってな。鍔に八卦の透かし彫りが施されていた。あれは帝から下賜された、この世に唯一の刀だ」
「あの、ごめん。日ノ本の事ってよく分かんないけど、『はっか』って何? 魔族もそんな事言ってた気がするけど。んで、『ミカド』は日ノ本の王様のことなんだよな? で、本当に王様から貰ったそれしかないのか? ほかにもあるんじゃないのか?」
陸王は頷いてから、言葉を発した。
「あれは帝が源に下賜するために造らせた、この世で一振りしかない刀だ。刀身の輝きにも見覚えがある」
「『ゲン』ってのが、幼馴染みの名前か?」
「九鬼源一郎という。陰陽師で……、まぁ、陰陽師ってのは日ノ本特有の魔導士みてぇなもんだな。大陸の魔術とは、あり方が全く違うが。八卦ってのは、陰陽師が使う呪術的なものだ。だが、陰陽師でありながら、あいつは侍のように刀も使った。だから帝は、一振りの刀を造らせて下賜したんだ」
「その人、今どうしてんだ? その人の剣が魔剣になってるって事は……ひょっとして」
言いにくそうに尋ねたが、尋ねずにはいられなかった。
陸王は、笑うような吐息を零してから言った。
「俺の目の前で殺された。何人もの侍の骸に刃を突き立てられてな」
「骸って」
そこまで言って、雷韋は息を飲み込んだ。
「前に言ったな。俺は大陸で生まれて、そのあと日ノ本に渡ったと。俺が日ノ本に渡って、侍として養子になった家は道場だった。雇われ侍が剣の腕を磨く場所だな。いつもと同じように、皆が集まっていた。そんなときに限って、あいつもたまたま居合わせた。その晩、日ノ本に生息するはずのない魔族が襲ってきたんだ。突然湧いたと言った方がいいか。俺は集中的に狙われたが、ほかの連中も魔族に次々殺されていった。隣近所、ほかの道場も襲われた。で、うちの道場を襲ってきた魔族の中に、骸を操る奴がいた。どんな奴かは分からなかったがな。魔族に殺された侍の骸が起き上がり、襲ってきて、……だが、身内なんだ。簡単に刃を向ける事なんざできなかった。それでも二度目の死を与えるしかなかった」
「どうしたんだ?」
雷韋は不安いっぱいの顔で尋ねてきた。
「首を断った。全員の首を断って、最後には逃げ出した。仲間の骸の首を断っている最中に、源は骸に襲われて死んだ。だが、俺を集中的に襲ってきたところから見て、俺がいると被害が広がると思った。実際、昼間現れた中位も言っていただろう。俺の気配が分かったと。そいつは魔族の気配だ。丁度そのとき、俺は封じられていた魔族の力が解放されかかっていたんだ。それで気付いたんだろうな。結局そのあと、ほかの道場がどうなったか知らんが、俺は大陸に逃げ戻った。その裏で、妖刀を創ったのはあの中位だ。源と俺が組んで戦っているのを見ていたんだろう。だから、わざとあいつの刀を選んだってわけだ。俺に揺さぶりをかけるつもりでな」
辛そうに、なのに半笑いで言う陸王の姿は痛々しかった。きっと雷韋が話に聞く以上に辛いことだったに違いない。『身内』という言葉がそれを如実に示している。雷韋だって、陸王の立場をそのまま自分に当て嵌めれば、気持ちは痛いほどに分かった。家族のように盗賊組織の連中と交わりながら育った。それこそ、組織内に小さな子供がいるという事で、特に雷韋は可愛がられた。陸王だって、道場で仲間によくして貰ったに違いないのだ。
それに幼馴染み。
「理不尽、だよな。なんで陸王だけが狙われなきゃなんないのさ。それに幼馴染みだって……」
「間が悪かったとしか言えんな。だが、俺が狙われたことで、仲間はみんな死んだ。それだけは変えられねぇ」
諦めがついたように淡々と雷韋に返した。何がどうあろうが、過去は変えられない。死んだ者も生き返っては来ない。それが事実であり、現実なのだ。
雷韋には言えないが、最悪なのは、陸王が仲間殺しだと思われているだろうことだ。骸の首を叩き斬っている現場を、道場で養っている子供のうちの一人に目撃された。月明かりの中、その子には骸が生きている人間に見えただろう。源一郎が殺されたことも苦しかったが、その子の目にあった非難の色もまた陸王を苦しめた。仲間は既に事切れていて、魔族に操られているとはこれっぽっちも頭になかったに違いない。骸とは言え、実際に動いていたのだから。あの子が目にした現場は、陸王が仲間の首を落としている場面だった。
「陸王さ」
雷韋の声に、不意に記憶の海から引き摺り上げられた。
「悔しくて、悲しくて、どうしようもないよな」
「言うな。もう終わったことだ」
「でも」
「それでもな、雷韋」
そう言って、陸王は不敵に笑った。
「あいつの剣技なら知り尽くしている」
「幼馴染みのことか?」
「あぁ。あいつは専属の侍じゃねぇ。飽くまでも陰陽師だ。だから最初だけは剣の動きにキレがあるが、体力を使い切る中盤から、いきなり動きが鈍る。魔族と遣り合ってみて分かった。途中から動きが鈍った。だとしたら、打ち破るのは簡単だ。斬り結び序盤だけ気をつければいい。刀だけの力なら、中盤からなし崩し的に弱くなるだろうからな。だが、そこからが妖刀としての力を発揮するときでもある。その力が発揮されないうちに奪っちまえばいい」
「奪うったって……そんな」
雷韋が困惑したように言葉を止める。
陸王は雷韋に顔を向け、自嘲気味に言った。
「俺には妖刀を創るなんて真似は出来ねぇが、腐っても魔族だ。妖刀に操られることはないだろう。俺が魔族から妖刀を奪ったあと、お前が解呪してくれりゃいい」
陸王は言って、出来るな、と雷韋に確認するように問う。その答えには、雷韋は頷くしかなかった。紫雲と別れてしまった今、解呪出来るのは雷韋のほかにいないのだ。大地の精霊力を使えば、解呪は出来る。だが、そのあと刀は消滅するだろう。形見であるのに消滅してもいいかと問うと、陸王は自嘲の中に苦みを交えて笑った。
「妖刀になっちまったんじゃ、形見もくそもあるか。既にあの刀は異形だ。この世にあっちゃならんものになっている」
「……そっか。あんたがそこまで言うなら、分かったよ。解呪して、消滅させる」
そこまで言って、でも、嫌だな、と雷韋は呟いた。




