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魂の真相 十八

          **********


 もう、すっかり夜は深くなっていた。


 陽が落ちてからどのくらいになるか。


 今夜は(たきぎ)の代わりに最初から火影を使っていた。


 その火影の暖色の明かりに照らされて、雷韋らい陸王りくおうから分けて貰った干し肉の一枚を半分ほど残して、それを指先で弄んでいた。陸王自身は随分前に食べ終わっている。


 陸王は食べかけの干し肉をいつまでも弄んでいる雷韋を無言で眺めていたが、やがて嘆息して話しかけた。


「食わねぇんなら、預かっておくが?」


 どこか呆れたような声音に、雷韋ははっと顔を上げた。


「あ、いや。食うよ」


 慌てたように、雷韋は干し肉を口に運んだ。乾燥して堅い肉を割るようにして噛み切ると、欠片を口の中に運んで奥歯でしっかり噛み始める。


 その様は、肉を囓るのに一所懸命になっているように見えるが、なるべく声をかけられないようにも見えた。


 昼間、雷韋が陸王を捜し当てたときから、雷韋の様子はどこかおかしかった。陸王を拒否しないと大見得を切ったところから見て、今更その考えが変わったとは思わない。様子はおかしいが、そういう感じではないのだ。それなのに何かがおかしい。それに必要以上に喋らないようにしているようにも思えた。常なら、放っておいても勝手にくっちゃべっているような雷韋の言葉数が少ないのはどうにも引っかかる。精霊の唄さえ歌っていないのだ。


 その様が、些か度が過ぎているので、陸王は(はら)を括って話しかけた。


「雷韋、お前どうにも様子がおかしいよな」

「ん~? あにが?」


 口に干し肉が入っているので不明瞭な言葉になるが、その言葉自体にも陸王はわざとらしさを感じた。


「お前、何か隠してねぇか」

「ん~ん」


 鼻で返事をして、首を大きく振る。


「嘘つきやがれ」

()()()()?」


 雷韋は少し不機嫌になって乱暴に返してきた。


「お前は単純だからな、分かりやすいんだ。何か隠しているだろう。言え」


 そう言われ、雷韋は急いで口の中の肉を咀嚼して、なんとか飲み込んだ。


「別になんもないよ。たださ、紫雲しうん、今頃どうしたかなって事くらいだよ。だって、放り出しちまったんだもん」

「怪我は治してやったんだろうが。だったらあとはあの場所から戻るか、それとも俺達を追ってここまで来るかのどちらかだろう」

「そうかも知んないけど、でも……、俺達のこと、捜し出せるかな?」

「んな事知るか」


 放り出すように陸王は言葉を放った。が、それが雷韋には面白くない。


「そう言うと思ったから何も言わなかったんだ。なんだよ。話すんじゃなかった」


 陸王からぷいっと顔を逸らして、雷韋は残りの干し肉を一気に頬張った。もうこれ以上、何も話したくないという意思表示のように。


 その雷韋の態度に、


「あぁ、そうかよ。勝手にしろ」


 陸王は吐き捨てるように言い遣った。


 すると雷韋は突然、顔を隠すように外套(がいとう)の頭巾を被って、横になってしまう。いつもなら陸王の方へ頭を向けて横になるのに、今夜に限っては足を向けて。それは完全に会話を拒否する態度だった。


 陸王はそれを見て、尻でも蹴ってやりたい気分になったが、そこまで暇ではない。第一、実際にそんな事をするのも馬鹿らしい。腹立たしさに紛れて溜息をついたが、雷韋に対して何も言うことはしなかった。本当に、勝手にしろと思うだけだ。


 そのままの状態で時だけは確実に過ぎて行き、月も随分と高くまで昇った。雷韋はあのまま眠ってしまったのだろう。横になったまま、うんともすんとも言わず、寝返りを二度三度としていたところから、そう思っていた。


 陸王も少しばかり眠ろうと思って目を瞑っていたが、意識が途切れ途切れになった頃、突然声が聞こえてきた。


 はっと顔を上げると、視線を感じる。その視線のもとを辿ると、出所は横になっている雷韋だった。声もそうだろう。名を呼ばれた気がしたからだ。


「寝ていなかったのか?」

「寝てたけど、目が醒めた。もしかして、起こしたか?」

「あぁ、まぁな。少しうつらうつらとしていた」

「だったら、ごめん」


 陸王はそこで軽く息を吐き出して、


「いや、別にいい。深く眠るつもりはなかったからな」


 言って、条件反射的に雷韋の頭を撫でようと手を持ち上げたが、陸王の側になっているのは少年の足だ。ばつも悪く、ほんの僅かばかり持ち上げた手を彷徨(さまよ)わせたが、結局は何事もなかったかのように手を下ろした。


 その様に、雷韋もすぐ気付いた。陸王が何をしようとしたかを。雷韋もなんとなくばつの悪い顔をして目を泳がせたが、いきなり起き上がった。起き上がって、顔を隠す頭巾を取っ払う。


「あのさ、陸王」

「どうした」


 もう、なんの(わだかま)りもなく二人は言葉を交わし合う。雷韋が横になったときとは彼らの雰囲気はまるで違った。時間も経って、お互いに冷静になったからだろう。


 雷韋は、うん、と小さく頷くと、そのあとに言葉を続けた。


「陸王はさ、本当に紫雲がどうなってもいいか?」

「何故そんな事を聞く」

「やけに嫌ってただろ? やっぱ、あんたが魔族だから修行モンク僧の紫雲が傍にいるのが嫌だったのかな、って思った。その紫雲がさ、今頃どうしてるかとか、そういうのは気になんないもんなのかなって」

「特には。第一、俺が気にしたところで、何が変わるわけでもあるまい。追いかけてきてるってんなら話は別だがな」

「どういうこと?」

「あいつは妖刀を追っていた。そして、俺達の前に現れた。本当なら今頃は妖刀を追って、魔族の逃げた先を捜していたはずだ。今の俺達のようにな」


 それを聞いて、雷韋は少し考えてから言った。


「もしかして、職務放棄だとか思ってる?」

「いや。あいつなりに追っているとは思うからな」

「どういうことだ?」


 雷韋はぽかんとした顔を陸王に向ける。


 それを見て、陸王は苦笑を見せた。


「関係各所ってやつに連絡でも入れているんだろう。次には組織だって行動するために。俺と魔族の関係に言及するためにも」

「じゃあ、すぐに俺達に追いついてくると思ってるのか?」

「魔族も妖刀も放っておけるわけがないだろう。ま、魔族と言っても、そこに俺も入っているんだろうがな」


 自分も入っていると言ったところで、苦笑には多少の意地悪さが滲んだ。紫雲達修行僧には負けないとでも言いたいのかも知れない。


 雷韋は陸王の言うのに頷いてみせ、それから全く別のことを問うてきた。


「じゃあさ、あの魔剣のことなんだけど」


 その問いに、陸王の表情にほんの少しの強ばりが加わった。だが、雷韋はそれに気付かないのか、更に言葉を続けてくる。


「なんであんた、魔剣には弱かったんだ? 魔剣に操られてた人と戦ってたときも、魔族と戦ってたときも、どっちも押されてた。あの魔剣って、そんなに強いのか?」

「いや、それほど強ぇってわけじゃねぇ。あの刀は、元の持ち主の剣技を記憶しているだけだ」

「元の持ち主の剣技を記憶してるけど、そんなに強くない? ん? じゃあ、なんであんなに苦戦してたんだ?」


 雷韋は疑問符だらけの顔を陸王に向けた。雷韋の無邪気とも言える問いに、陸王は固い唾を飲み込まなくてはならなかった。

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