魂の真相 十六
「陸王も魔代語を使うことが出来るよ。あれも真名があってこそだ。天慧、羅睺の系譜は人間族と天使族だけじゃない。魔族と悪魔族も同系統なんだよ。人間族、天使族、魔族、悪魔族。この四つの種族はどれも神聖魔法が使える。魔族にとってみれば、ちょっと厄介だろうけどね」
言って、龍魔は苦笑した。それも致し方ない。魔族のことを考えれば。
魔族にとって神聖魔法を使うという事は、自分で自分を傷つけるという事だからだ。だが、神聖魔法を使えないわけではない。理論的には可能なのだ。
紫雲は龍魔の言葉を腹の中で復唱して、意味を咀嚼する。よくよく考えなくても、確かに魔族にも神聖魔法が使えることは理屈で分かる。正逆の違いはあれど、神聖語と魔代語は同一のものだからだ。
「では、私は何故使えるんですか。真名があるのは天慧、羅睺の系譜である証拠です。四獣というのは光竜の眷属でしょう。もし仮に私が四獣の一つなのだとしたら、真名はないはずですから神聖魔法が使えるわけがない」
「かりそめさ」
「かりそめ?」
紫雲には龍魔の言う言葉の意味が分からなかった。
「お前と陸王に真名があるのは、表面的なものだね。根本じゃない。四獣として立つときが来れば、神聖魔法も魔代魔法も使えなくなる。貼り付けていた真名が、魂から剥がれてしまうからね。陸王にとってはもっといいことだろう。神聖語に脅かされなくなるからね。それどころか今度は逆に、陸王からは魔気ではなく、羅睺から受け継いだ力、神気が発されることになるだろう」
「そんな馬鹿な」
「馬鹿なことなんてあるものか。事実は曲げられないよ。お前と陸王は、光竜によって魂が偽造されているんだ。いかにも人間族らしく、魔族らしくあるように。ただ、真名が剥がれたとしても、肉体的な特性は残るだろうがね」
それを聞いて、つまり陸王なら死ににくい肉体は残ることだろうかと、紫雲は思った。ならば自分はどうなのか、とそんな事まで考えようとして、慌てて思考を遮断した。自分はただの人間族だ。そう考えて、龍魔の言葉を認めようとはしなかった。
そんな紫雲の様子に、龍魔は別の切り口で当たってきた。
「じゃあ、一つ聞こうか。陸王と雷韋の、あの歪な対はどうして生まれたと思う。お前も聞いていただろう? 雷韋が陸王を拒絶しないと言ったのを」
「それも水盤で見ていたというわけですね」
半ば不機嫌になりながらも言う。
「当然だろう。妾達は四方神を待つ身だ。四方神とは、この世界の東西南北から世界の安定を図る神だ。だが、今回に限っては四方神じゃなかった。よりにもよって、四獣だった。陸王が生まれた時、四獣の魂を持っていることには驚いた。同時に、羅睺が本格的に動き出すとも分かった。その時、覚悟を決めたよ。それまで世界は四方神で保っていたはずなのに、四獣が排出されたことにいよいよ危機が迫ったと思った。だから陸王の対として、鬼族の中に雷韋が生まれたと聞いた時も、それほど驚きはなかった。お前が生まれて五年後の頃に修道院に入ったことも何もかも、不思議とは思わなかったよ。役割のために次々に生まれて、それぞれが『神』として歩み出したと思ったくらいだね」
龍魔が滔々と話していくのを、紫雲は黙って聞いていた。
「紫雲、お前が本当は身分のある者だということも、それなのにどうして修道院に入ったか、誰が入れたか、お前を修道院へ入れた者の顔も名前も思惑さえも分かっている。お前が修行僧になった本当のわけさえ知っているよ。雷韋に話して聞かせたのは建前にすぎないだろう」
龍魔が言うのに、紫雲は腹の底から胸くそ悪くなっていった。全てを見透かしている口振りに気分が悪くなったのだ。ただ龍魔の話を聞いて、子供の頃の記憶があやふやな点を、もしかしたらこの女は知っているのかも知れないとは思った。
「陸王と雷韋は、喰らう者と喰らわれる者の関係だ。それでも雷韋は逃げなかった。それどころか、陸王を選んだだろう。通常はあんな形の対が生まれるわけがないんだ。ウロボロスじゃあるまいし、己の身を食いながら存在するなんて事は無理さ。それでも対として生まれ落ちた。光竜が魂の入れ物として、陸王には神の子の肉体を、雷韋には鬼族としての肉体を与えたからだ」
「もしそれが本当のことだとして、そこにどんな意図が?」
「今、この世界で武に特化しているのは魔族であり、魔術に特化しているのは負の鬼族だ」
「『負の鬼族』?」
紫雲の疑問に、龍魔は頷いた。そして言うには、こういうことらしい。
鬼族の中には『正』と『負』があると。鬼族は神の先兵として、どの種族よりも先に生み出された。同時に、人族でありながら神格まで持っている。本来は兵だから、身体は大きく力も強い。雷韋のような細く小柄な鬼族は力は弱いが、魔術に秀でている。鬼族は一族の中で、立派な体躯を持ち力が強い鬼を『正』、非力だが魔術に秀でている鬼を『負』と分けているのだ。負の鬼族はそれほど多くはないらしい。大概が正に生まれつくという。だが、負の鬼族の魔力許容量は、妖精族の魔力許容量を遙かに凌ぐ。何倍も。それも鬼族そのものが神の兵であり、また、神だからだ。もし魔族がいなければ、鬼族に敵う生き物はいなかっただろうと龍魔は言う。それ故に秘匿された種族であるとも彼女は言った。
紫雲は雷韋から、鬼族は絶滅していると聞かされていたが、秘匿されていると言うことはほかにも存在していることではないかと尋ねたが、龍魔からの回答はなかった。ほとんど、はぐらかされたと言う感じだ。
「兎に角、あの二人は特別な対だ。果てしなく魔族に近い陸王と、魔族の特別な被食者である鬼族の雷韋。それだけでも充分奇跡的なことだよ。とは言え、光竜も随分と思いきったことをしたもんだ。でも、それはさもあらんってところか」
「どういうことです」
龍魔は小さく吐息を零してから続けた。
「信じられないというかも知れないが、陸王の魂は北方守護神である黒狼の魂。魔術には疎いが、四獣の中でも武に秀でた神だよ。あいつが生まれ落ちた瞬間、魔族に近いというのに、光竜の系譜だと妾には分かった。それも黒狼の魂を持っていると。雷韋は魔術に秀でている南方守護神の赤獅の魂を持って生まれてきている。だから負の鬼族として雷韋は生を受けたのだろう。光竜の今回の神産み、その全てに意味がある」
「神産み?」
紫雲はそこで鸚鵡返した。彼にとっては、話がどんどん胡散臭くなっていくばかりだ。
龍魔の言葉は更に続いた。
西方守護神である白虎の魂を持つ紫雲が、何故人間族に生まれ、教会組織に入ったか? 神としての入れ物とするには、人間族の肉体はこの世で最も儚く脆弱だ。それでも紫雲は人間族として生を受けた。しかも修道士から僧侶に立場を変え、今では修行僧だ。そこにも意味はあると龍魔は言う。
今現在、地上で最も繁栄している種は人間族だ。ほとんど地上を覆っていると言っていい。それに比例して、天主神神義教も広く信仰されている。紫雲は人間族に生まれて、根っから天主神神義教を理解していることに意味があったのだ。教会組織を知っているという事は、人間の根を知っていることになる。
西の白虎は、かつて地上の様々を一番知っていた神だ。現在、地上に満ちている人間族とその宗教を知っているという事は、今現在のこの世界を最もよく知っていることと同義である。だから紫雲は、白虎として人間族に生まれついた。世界を知るために。
それを龍魔が話すと、紫雲は不機嫌に返す。
「それでは青蛇はどうなんです。まだ三名ですよ。四獣は名前通り、四柱いるはずです」
龍魔は言われて、うんと頷いた。




