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第六話 請け負った仕事と雷韋の命綱

 魔族は全体数が少なく現れることは本当に稀だが、血が流れる戦場に湧くことがある。陸王は一度それを体験してもいるのだ。


 だから『食われる』という言葉から、雷韋は魔族狩りを想像したようだが、陸王は純粋な雷韋の疑問に苦笑を零した。

 彼は苦笑したまま、違う違うと片手をぞんざいに振ってみせる。


「魔族なら、まだよかったんだがな。今のお前にはもっと質(たち)の悪いもんだ」

「魔族じゃないなら何さ?」

「女だ」


 意味深長に少年に目を遣って言う。


「女?」


 言われた雷韋は鸚鵡返して、きょとんとしている。


 そのきょとんとした琥珀の瞳を陸王はじっと覗き込んだ。それも存外、真面目に。


 じっと見つめられているうちに、雷韋ははっとした顔になる。それから頬が徐々に上気して、最後には首筋まで真っ赤になった。


「嫌だ!」

「だから断っただろう」


 陸王は面白そうに、真っ赤になった雷韋を眺めている。


 陸王と男が以心伝心のように話していた仕事の内容は、娼婦の送り迎えだ。


 町にいる娼婦達は娼館に囲われてはいるが、監禁や軟禁されているわけではない。仕事場所として娼館に足を運ぶのだ。勿論中には売られてきた女もいる。そういう女達は娼館に日がな一日いることになるが、大抵は私娼をやるより公娼をやって、商業組織(ギルド)から保護された方が金の廻りもよくなるし、保護されれば送り迎えの男がついたりして色々な恩恵がつく。しつこい客からも保護されるし、病気になっても医者に通わせて貰える。ただし、公娼は商業組織に金を払わねばならないが、それを補ってあまりある恩恵がつくのは魅力的だ。中でも、病気になっても医者に診て貰えるというのが一番大きな恩恵だろう。商業組織とて、公娼達が稼ぐ金の一部でも入らなくなれば儲けが少なくなるから保護もするし、護衛もする。勿論、医者にかかるときの料金は商業組織が支払う。彼女らが身体を壊したのでは元も子もないからだ。


 その点、私娼は自由に自宅を仕事場に出来るが、なんの保証もない。しつこい客との間で刃傷沙汰になることもあるのだ。やり逃げということもままある。だが、娼館に通って客を取っていれば、店が料金を取り、歩合制で給料が支払われるのだ。商業組織と繋がっていれば、身売りも悪いことばかりではない。もし客の中に対でも現れれば、引退することもある。


 しかし、そんな女達の護衛兼、送迎の仕事は雷韋にはまだまだ早かった。護衛や送迎は一人で複数人の面倒を見る。そんな仕事を雷韋のような声変わりもすんでいない少年がやれば、女達の方が放っておかないだろう。何かしらされるはずだ。それでは護衛も送迎もあったものではない。


「お、俺、そういう女の人には近づかないようにしてんだ」

「お前にゃ早ぇしな」

「違う! もっと大人になっても、そういう人には近づきたくない。好きでもない人となんて……」


 そのあとをもごもごと言い繕っているのを見て、陸王はおかしくて堪らなかった。


「ま、時期が来りゃ分別もつくわな」

「違うってば! 俺は好きな子と結婚して、俺だけの家庭を持ちたいんだ。俺には本当の家族がもういないから、ちゃんと俺を好きになってくれた子と結婚して、子供作ってって。浮気はしたくない」

「ほう」


 意外な雷韋の願望に、陸王は目を丸くした。


「お前みたいなガキに結婚願望があるなんてな。しかも、遊びは嫌だと」

「悪いかよ」


 雷韋が頬を膨らませて唇を尖らせながら言うと陸王は、


「別に」


 そう言って、目を瞑って小さく鼻で笑った。だからと言って、別に馬鹿にしたわけではなかった。雷韋の考えは、それはそれでいいのではないかと思ったのだ。少々青臭くはあるが。そこだけがほんの少しおかしかっただけだ。


 陸王と雷韋は対だが、対が必ず番(つがい)になるわけではない。ほかに番の相手を探すことも多くある。対である対極の魂は、一口で言ってしまえば己の魂を安定させる効果があるだけだからだ。だから魂が惹かれ合っても、それは『惚れる』ということと同義ではない。人間族だろうが、獣の眷属だろうが、ほかに番を探すことはいくらでもあり得る。


 だから雷韋が結婚願望を持っていても、なんら不思議なことではないのだ。


 そんなことを話しながら待っていると、やがて男が一枚の書類を持って戻ってきた。


 カウンターまで戻ってきた男は長嘆息を零しながら、


「三日後、三時課(さんじか)(午前九時)前にここに集まって欲しいって話があった。護衛の人数は四人。あんたら二人で取り敢えず半分は埋まったな」

「いくらだ」


 陸王が問うと男は事務的に答えた。


「一人頭、銅貨二〇枚」

「安いな」

「こっちの取り分もあるし、隣街までだ。街道自体整備されてて野盗もほとんど出ない。安全な旅だ、しょうがないだろう。ここじゃ、みんな同じようなもんだ」

「仕方ねぇ。暫く腰を据えて、地道に稼ぐしかねぇか」


 最後の言葉のところで、陸王は雷韋を見た。


「んな、俺を見なくったって分かってるよ。金は節約するってば」


 雷韋の文句を耳にしてから、陸王は男に頷いてみせた。その仕事を請けると。

 それを受けて、


「それじゃあ、この書類のここに名前を書いてくれ。書けなければバッテンでいい」


 言いながら名前を書くらしい場所を指し示してくる。それと同時に羽ペンとインクもカウンターに引っ張り出してきた。


「なんだよ。文字くらいいくらでも書けらぁ」


 そう雷韋が言う横で、陸王は無言で名前を書いていった。


「で、三日後、三時課前にここに来ればいいんだな?」


 名前を書き終わり、雷韋に羽ペンを渡しながら陸王は確認のために問うた。


「そうだ。三日後、三時課前にここに来ればいい」

「わかった。明明後日(しあさって)だな」

「そう、明明後日だ」


 それに頷きつつ、雷韋を見る。


「終わったか、雷韋」

「終わった。はい、これでいいんだろ?」


 そう言って、書類を男に渡した。男もそれを受け取って確認すると頷いて返してきた。


「それじゃ、三日後だからな。忘れるな」

「こっちも金が欲しいんだ。忘れるわけねぇだろう。ついでに、すっぽかすつもりもねぇ」

「ならいいんだが。じゃあな」


 男が言うのに、陸王は片手を上げてからカウンターを離れた。そのあとに雷韋もついていく。

 外に出た途端、雷韋は大きく息を吸い込んだ。


「ぷっわー、外の空気が新鮮だぁ。葉巻の煙のせいで、視界まで悪かったもんなぁ」

「そこまで酷くはあるまい」


 陸王が後ろを見るでもなく言うと、雷韋は大げさなほど大きな声を出した。


「い~や。絶対、視界が悪かったね。喉もいがいがするし~。それに安葉巻ばっかでくっせぇし!」

「大げさな」

「大げさにもなるさ。空気、思いっきり悪かったじゃん」

「ま、多少ってところだな」


 雑踏の中を歩きながら答える陸王の隣に並ぶと、雷韋は大きく伸びをした。何やらその様は、大きな仕事を遣り遂げたような姿だった。心持ち、雷韋が胸を張って歩いているようにも見える。


「でも、まぁさ、仕事が見つかってよかったよ。俺一人じゃ全然相手にされないからなぁ。一人だったらとっくに追い返されてたよ」

「そりゃよかったな。一食分も稼げるぞ」

「でも明明後日で、送って帰ってくるまで四日かかるじゃん。その間の生活費、どうしようかな?」


 斡旋所で請けた仕事は、商人の護衛だ。次の街までと言っていたから護衛が終わるのが明明後日の三日後。護衛が終わったあとに、護衛終了の証書を受け取り、この町まで戻ってこなくてはならない。証書を斡旋所に持って行ってから換金することになるのだ。行ったり来たりだ。上手くいけば、護衛が終わった街で、ここまでの護衛役があればそれに乗れる。そうして行き来して稼ぐことも可能だった。次に当たる仕事まで、時間が短ければ短いほどいい。


 それを頭の中で思い描いて、雷韋は陽の暮れゆく空を見上げた。

 斡旋所に行くまでに時間もかかり、斡旋所でも時間を食ったため、存外、時間が経っていたらしい。


「陸王、飯の時間だよなぁ」


 西に沈みゆく太陽の光が弱々しいのと同じくらい、雷韋の声も弱々しかった。


「そんなに弱るほど腹が減ったか?」

「斡旋所の悪い空気のせいで精も根も尽き果てた~。腹も減ったぁ~」

「喧しいサルガキだな」

「『喧しい』も『サル』も余計」


 陸王を見上げて両腕を振り上げたとき、前を見ていなかった雷韋が通行人とぶつかった。


「どこ見てる、このガキが!」

「ごめん」


 と、肩越しにぞんざいに謝ってやり過ごす。相手の男も暴言を吐いて、そのまま人波に飲まれていった。


 そして、雷韋の手に残ったのは財布だった。


 男とぶつかった瞬間、掏(す)ったのだ。


 雷韋が陸王を再び見上げたとき、陸王は渋面(じゅうめん)を作って見下ろしていたが、雷韋は全く気にしなかった。


「へへ。これで少しの間、俺の命が延びた」


 全く悪びれない雷韋に、


「節約しろよ」


 溜息と共に、そうとしか陸王には言えなかった。


 雷韋は確かに男にぶつかったとき、両腕を上げて陸王に文句を言っていたのだから、いつ掏り取ったかなど陸王に分かるはずもない。それでも言えることは、雷韋の盗賊としての腕は確かだということだけだった。こんな場面をこの街の治安を護っている盗賊組織(ギルド)の連中に見つかったら、ただではすまないところだが、幸いと言うべきか生憎と言うべきか、近くにはいないようだった。


「でも、今夜だけは沢山食うからな! 食い納めなんだから」

「分かった、分かった」


 陸王の渋面は更に渋くなっていくだけだった。


 その陸王の懊悩を追い打ちするかのように、晩課(ばんか)(午後六時の鐘)が鳴り始めた。その鐘の音が頭痛に変わったのは、何度目の鐘のことだったろうか。

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