↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
59/98

第五九話 神の嫉妬

「ここで目覚める前、私は魔族と戦っていました。ですが、途中から記憶が寸断されていて、気が付けばここにいた。私の身に何が起こったんですか」

「お前は魔族の力を半端に解放した陸王(りくおう)と戦って、半殺しの目に遭ったんだよ。本当は雷韋(らい)がお前の治療をするところを、妾(あたし)がここへ連れてきて大地の精霊魔法(エレメントア)で治療した。肺に何本も肋骨が刺さっていて、本当に瀕死だったんだよ。危ないところだったが、なんとか間に合った」


 それを聞いて、紫雲(しうん)は陸王の紅い瞳を思い出した。確かあれは、紫雲が陸王の腹を抉った直後のことだ。陸王がこちらを見て楽しげに笑ったのと同時に、瞳が鮮血の色になった。

 その様がふと脳裏に浮かび、陸王の目に対して上手く言葉に出来ない違和感を感じていたことを思い出した。あれは魔族の目だったからなのかと、今更ながらに納得する。しかも、雷韋が耳に着けている紅玉(ルビー)の耳飾りの色とそっくりだったのだ。鮮やかな紅(あか)。巧妙に隠していたつもりだったのだろうが、修行(モンク)僧の紫雲には違和感として現れた。それと同時に、何故、龍魔(たつま)が陸王や雷韋の名を知っているのかという疑問も浮かび上がる。


「何故、貴女があ(・)れ(・)の名前を知っているんですか。雷韋君の名まで」


 紫雲が『あれ』と苦々しく言ったのを聞いて、龍魔は急に笑い出した。


「『あれ』呼ばわりとは、お前」


 龍魔は笑い続けて、それ以上の言葉を紡げなかった。


 憮然として龍魔を見ている紫雲に対し、一頻(ひとしき)り笑ったところで彼女は笑みを浮かべたまま再び話し出す。


「あの子はね、五つになるまで妾が育てたんだよ。謂わば、妾は育ての親だ」


 紫雲はそれに愕然とした顔になる。まさか陸王を育てた人物が目の前にいるとは思わなかったからだ。魔族は生まれても親に育てられることはない。紫雲は、陸王も当然そうだと思っていた。けれど違ったようだ。実の親ではないが、育ての親がいたのだから。


 龍魔は紫雲から視線を逸らし、続けた。笑いを飲み込んで。


「まぁ、最終的には放逐しちまったんだが。青蛇殿の巫女達に偉く憎まれてね。あぁ、人代《じんだい》以降に青蛇殿(せいじゃでん)の巫女になったのは、青蛇(せいじゃ)が大昔に産んだ一族の末裔(すえ)だ。妾が捜し出して神殿に連れてきたんだよ」

「何故、突然放逐を? やはり魔族だからですか?」


 龍魔はそこで肩から力を抜いて、ソファまで行って腰をかけた。


「お前もおいで。長い話になるからね。本当に人族にとっては長い話だ」


 大真面目な顔でそう言ってから、シリアに目配せをした。シリアはそれに頷きを返すと、部屋を出て行ってしまう。


 それを見遣って、紫雲は言われるがまま、大人しく対面のソファに腰をかけた。


「さて、陸王の話だけどね。あの子は生まれが異常だ」


 龍魔の目が、目の前にいる紫雲を透過して遠くを見据える。

 紫雲は黙ったままで、龍魔の話の続きを待った。


 龍魔の言うことにはこうらしい。


 陸王の生まれが異常だと言うのは、父親に原因があると。陸王が母親の胎内で生を受けた瞬間から、いずれ父親殺しを目論むようになると、先見(さきみ)の力がある堕天使から言われたというのだ。それを知った陸王の母親は、日増しに腹の中で育っていく陸王に呪(じゅ)をかけて生まれないよう封じてしまった。それこそ何十年、陸王は母親の胎内にいただろうか。

 妻が腹の子を護っているために、父親には何も出来なかったという。陸王の父親は、妻のことを本当に大切にしていたからだ。


 話を聞いていた紫雲は龍魔を責(せ)っ付くような真似はしなかった。それどころではなかったからだ。紫雲は、陸王の親の関係に驚いていたのだ。相手は魔族だ。魔族は人外。それが人のような感情を持っていることに衝撃を受けた。


 龍魔は何かを思い起こすように、次に口を開いた。


「まず、天から降(くだ)ってきた陸王の母親を、妾はよく知っている。堕天使だったが、天使族特有の美しさを持っていたね。堕天使は呪われて魔族に転化するものだが、父親がそれを防いだんだ。父親もね、堕天した者だったんだよ。その名を羅睺(らごう)という」

「まさか!」


 一声叫んで、紫雲は完全に言葉を失った。


 羅睺は天慧(てんけい)と共に天上にいるとされている。羅睺を祀る宗派はないが、月を身代わりにして、人間族は羅睺を見ているのだ。それが堕天していたなどと。誰もそんなことは考えつきもしないだろう。今この話を聞くまで、紫雲も羅睺は天慧と共に天上世界にいると思っていたのだ。天主神神義教《てんしゅしんしんぎきょう》でははっきりとそう教わるし、家庭でも親から子へとそう伝える。人間族なら、誰でも天慧と羅睺は天上世界にいて、世界を見守っているものと考えている。そこに疑いは、水の一滴ほどすらない。


 龍魔は目を瞑って、さもあらんとばかりに頷いた。目を瞑ったまま、頷いて続ける。


 龍魔が知っている限りでも、神代(しんだい)の頃には羅睺は地上を選び、降っていたと。大昔に、既に天慧とは袂(たもと)を別っていたのだ。

 羅睺は人族と共に生きる生き方を選んだが、兄である天慧はそれを快く思わず許さなかった。しかも、魔族が生まれたのはこの時だ。羅睺を選び、共に地上に降ってゆく天使達に呪いをかけた。そのことで堕天使が生まれ、多くの堕天使が魔族に転化したのだ。天慧の呪いは羅睺にまで及んだという。


 羅睺は自らも呪いを受けつつも、共に地上に降ってきた天使族――堕天使達を護った。魔族に転化しないように。


 陸王の母親も護られた堕天使の一人だ。世界が人代に移り変わるどさくさに紛れて、天上世界から羅睺を慕ってやって来たからだ。


 龍魔の話では、今現在、羅睺がどこにいるのか知れないが、羅睺のもとには多くの堕天使がいると言われていると言う。


 紫雲は両手を膝の間で組んで、それを見つめていた。そして、ぽつりと問う。


「天慧はどうして羅睺を許さなかったのですか?」


「その頃のことは、妾も深くまで知らない。ただ、天慧が天上世界に執着していたってことはあったと思うよ。アルカレディアとは違う次元に身を置きながら、羅睺は光竜(こうりゅう)と深く付き合いがあったらしいね。それに羅睺は天慧と共に創った人間族だけでなく、獣の眷属も広く愛したと聞いている。それが仇になったんだろうね。弟を光竜に取られたと思ったのかも知れない。ほかの人族にも。要するに、天慧の嫉妬さ」

「ならば、光竜に呪いをかければよかったものを。なのに、どうして羅睺と天使達に」

「光竜はこの世界において絶対神だからさ。人間族と天使族以外は、世界も人族も光竜がほとんど一人で創り上げた。四獣《しじゅう》も関わりを持ってくるが、それはもっとあとのことだ。

 それに、羅睺と同じように四獣も人族と交わりを持っていた神だしね。光竜ほどの働きはなかったと聞いているが。

 そんなわけで、この世界のほとんどをたった一柱(ひとはしら)で創り上げた光竜の力には、天慧でも敵わなかったんだ。

 元々、この世界は光竜が切り開き、自分の思うように創り上げた世界だから、外からやって来た天慧と羅睺は完全には順応出来なかったんだよ。お前も知っているだろう? あの二柱(ふたはしら)はアルカレディアの外からやって来たと言うことを」

「知っています。光竜の創り上げたこの世界には昼も夜もなく、天慧と羅睺がやって来たことで、やっと昼と夜が作り出されたと」

「うん。そんなだから、矛先が自分を裏切った羅睺と天使族に向かったんだろう。可愛そうな話だが、それが光竜に対する嫌がらせでもあったんだ。鬼族を喰らう者として堕天使に人喰いの呪いをかけたんだからね。魔族さえいなければ、鬼族に敵はなかった。これが魔族が人族の中でも、特に鬼族を最高の獲物として襲う理由だよ」

「天慧がそんな卑劣な真似を?」


 紫雲は尋ねる際に、動揺で声が震えないよう下腹に力を入れた。


「それだけ悔しかったんだろうさ」

「それで、羅睺はどうしたんです?」


 問う紫雲にとっては何もかもが初めて尽くしの話で、それも、考えたこともなかったことばかりだった。膝の間で組んだ手にも力が入りすぎて、指先が白くなっている。


 そこで龍魔は目を開けて、


「じゃあ、陸王の生まれから話そうか」


 そう言って、つらつらと語り始めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。