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第二四話 いつものように

「雷韋(らい)、起きろ」


 被っている上掛けを引っぺがして声をかけるが、雷韋は眠そうに唸るだけだった。


「雷韋」


 耳元で大声を上げると更に唸って、近づけた陸王(りくおう)の顔を遠くへ押しやろうとしてきた。


 こうなっては仕方がない。


 陸王はもう声をかけるでもなく、雷韋の頭を引っ叩いた。


「いっだ!」

「起きろ。そろそろ飯の時間だ」

「ん~、久しぶりに引っ叩かれた気がする」

「やられたくなかったら、さっさと起きろ」

「んー……」


 むくれた調子で、雷韋は起き上がる。


「何か変わった夢は見なかったか?」

「いやぁ、眠すぎてそれどころじゃなかったかも」


 言いながら靴を履く。それから腰を触って、


「財布はここにあるな」


 確認するように呟いた。それから一度、座ったまま伸びをしてから立ち上がる。


「もういいよ、行こうぜ。少し寝たから腹減ってきたかも」


 そういう雷韋の頭をぽんぽんと撫で叩いてから、陸王は先に部屋を出た。そのあとに雷韋が続き、部屋に鍵をかけて階下に下りる。


 食堂に行くと六割ほど席が埋まっていた。まだ晩課が鳴る前だから、それほど人は多くないようだ。


 二人は適当に卓について、食事を注文することにした。


「今夜は奢ってやる。腹一杯食って、ゆっくり眠れ」

「えぇ!? 陸王が飯奢ってくれんの? なんなんだよ」

「今言ったとおりだ。腹一杯食って眠っちまえば、妙な夢も見んですむかも知れんだろうが」

「いや、そりゃそうかも知んないけど、なんか悪いよ。それに、陸王にはすっごくよくして貰ったからな」

「ん?」


 雷韋の言っていることに見当がつかずに、陸王は怪訝な顔をした。

 すると雷韋は「ほら」と言って、耳を見せてくる。


「すっげぇ高かったろ、これ。これだけでもう充分だよ。それに、すっごく気に入ってるんだ。こんないいもの買って貰えて大満足だよ。飯奢って貰うより、こっちの方がずっといい」


 本当に、心底からの笑みを見せる。子供然とした、裏も表もない笑顔を。

 それに対して、陸王は笑って吐息をつく。


「本当に奢りはいらんのか?」

「これ以上、金使わせるわけにもいかないしな」

「俺にとっちゃそんなもの、大した出費じゃねぇぞ」


 その言葉に、雷韋は目を瞬かせた。


「陸王って、どのくらい金持ってるのさ」

「さてな。正確に数えたことはねぇ。それにほとんど使わんし、宝石にして持ってるからな」

「え~!? なんで!」

「雇われ侍をしてると、硬貨で受け取るより、宝石で受け取ることの方が多いからだ」

「じゃあ、すっげぇ儲かるってことか?」

「まぁな」


 なんでもないことのように言ったが、雷韋は急に顔を曇らせた。


「でもそれってさ、人の生命奪って金貰ってるってことなんだよな」

「それが本来の俺の仕事だからな。腕っ節が強ぇのに、ちまちました仕事なんざしてられるか。そのうち、お前を連れて戦のある国にも行くつもりだ」

「嫌だよ、俺、そんなの」

「誰もお前に戦えとは言ってねぇ。俺が稼ぐときには戦で稼ぐ」


 それを聞いて、雷韋は酷く悲しそうな顔をして俯いた。


「殺さないで稼ごうよ。殺しはよくないって」

「俺がやらんでも、誰かがやるんだ。だったら俺がやる。ただそれだけだ」


 雷韋はちらと陸王を上目に見る。


「あんただって、俺の生命の綱なんだぞ」

「俺は死なねぇ。安心しろ」


 そう言って雷韋の頭をぽんぽんと撫で叩いたとき、給仕の娘がやって来た。


「いらっしゃい。お客さん達は食事? それともその前に何か飲む?」


 その娘に応対したのは陸王だった。


「飯と飲み物を頼む。何がある」

「今日はキッシュを焼いてあるわ。美味しいわよ」

「ならそいつと、スープにパンを付けてくれ。二人前だ。あとは酒ならなんでもいい。それとミルクだ。全部でいくらになる」

「あ! それに酢キャベツ付けて」


 雷韋が付け加えた。


「お前、いつもそれ食ってるが、旨いか?」

「俺は好きだよ」


 陸王はそこで嘆息をついて、「酢キャベツを一人前だ」と付け加えた。


「じゃあ、え~と、銅貨で七枚よ」


 それを聞いて、陸王は懐から財布を出した。


「銀貨で。釣りを頼む」

「はい。飲み物と一緒に持ってくるわね」


 そう言い残して、娘は厨房の方へと去って行った。


「陸王、俺、酢キャベツ頼んだから、銅貨四枚払えばいいか?」


 それに対して、陸王は「いい」と返した。


「でも……」

「お前はなるべく使うな。どうせ両替もしなけりゃならなかったんだ。丁度いい」

「いや、やっぱり払うよ。この間から迷惑かけっぱなしだし、いいもんも買って貰っちゃったし。俺は酢キャベツの分があるから銅貨四枚な」


 雷韋は腰から財布を取って、銅貨四枚を卓の上に置いて陸王の方へと押しやった。


「別段、いいものを」

「だってさ、なんか気持ち悪ぃよ。らしくない」


 そう軽口を叩いて、雷韋は笑った。


 そんな雷韋に苦笑いして、陸王は差し出された銅貨を取って財布に入れる。陸王としては気分よく食べて、よい眠りについて欲しかっただけなのだが。しかし、それは敢えて言わずにおいた。言えば気にするだけだからだ。


 そうしているうちに、娘が杯を二つ手にして戻ってきた。


「はい、お待たせ。お酒はエールでよかった?」

「あぁ、充分だ」

「それとお釣りね」


 そう言って、娘は前掛けのポケットから銅貨を取り出す。


「お釣り、ちゃんと足りてるか数えておいてね。今、食事運んでくるから」


 銅貨を陸王の方へ置くと、そのまま慌ただしく厨房の方へと取って返した。


 陸王は銅貨を数え、二十三枚あることを確認してから財布に入れて、懐にしまう。


「ちゃんとあったか?」


 雷韋が聞くと、陸王は無言で頷いた。それに対してそっかと軽く相槌を打って、雷韋は杯に入ったミルクを一口口にする。そうして口を離したとき、雷韋の鼻の下には白い髭が出来上がっていた。それを見て、陸王が小さく笑う。


「何?」


 雷韋が不思議そうな顔をして問うてくる。それをおかしそうに見て、


「髭が出来てるぞ」


 注意を促すと、雷韋は慌てて口元を拭った。


「もー! そういうことは笑って見てないですぐに教えろってば。ガキみてぇじゃん」

「充分、まだまだガキだろう」

「そういうこと言ってんじゃなくて! こう見えても俺、二十二年と半分くらいは生きてんだぞ」

「ほう。見えんな」


 どこか感心した風に言う。


「だって、成長が遅いもん。しょうがないだろ?」

「だが、『二十二年と半分くらい』ってのはなんだ、『くらい』ってのは」

「俺は拾われて育ったから、正確な誕生日とか分かんねぇんだよ。だから、拾われてから二十二年と半分くらいは経ってるってこと」

「なるほどな」


 言って、陸王もエールを口にする。


 雷韋はその陸王をじっと見つめた。それに気づき、


「なんだ」


 陸王が問う。


 すると、雷韋は怪訝な顔つきになった。


「馬鹿にしないんだな」

「何を」

「いや、二十二年も生きてるのに、その程度かって言わないなって」

「なんの話だ」

「ほら、なんてぇのか、二十二年も生きてればもっと成長してても良さそうじゃね?」

「お前は獣の眷属だ。成長が人間族より遅いのは仕方ないだろう。妖精族なんぞと比べたら、充分に成長していると思うがな」

「ん……、そっか」


 雷韋はどこか得心した表情になり、視線をミルクの入った杯に落とした。


 そこで一旦、会話が途切れたが、そのあとすぐに食事が運ばれてくると、雷韋は他愛のない話をし始めた。


 相変わらず雷韋は口からものを飛び散らせて陸王を辟易させていたが、賑やかな食卓になった。


 食事が終わると、少し酒を飲むと言って陸王は先に雷韋を部屋へ帰そうとしたが、雷韋は戻らず陸王に付き合った。その代わり、エールのつまみのナッツは全て雷韋の口に運ばれることになったが。


 エールを二杯ほど飲み干した頃、陸王は雷韋を伴って部屋へ戻ったが、その頃には当然外は真っ暗になっていた。鍵を開けて中に入ると、つけっぱなしのランプが出迎えてくれた。


「そう言や、ランプはそのままだったな」

「うん。戻ってきたらどっちみち明かりつけると思って」


 軽く返して、雷韋は目元を擦った。眠気がまだあるのだろう。食事もしたばかりだ。


「ん~、今日は疲れたなぁ。まだ全然、寝不足だし」


 寝台に腰をかけて、雷韋は伸びをした。


「寝るか?」


 陸王は寝台の足下に置いてある荷物を手に、雷韋に問いかける。


「そだなぁ。横になってるだけでも違うよな。身体が重いもん」

「そうか。なら、先にこいつをやっておく」


 言って、荷物の中から小袋を取り出すと、それを雷韋に放って寄越した。

 雷韋が反射的に小袋を受け取ると、ちゃりっと硬貨の音がする。それに異物の感触も。


「何、これ?」

「開けてみりゃ分かる」


 陸王の言葉に、言われるがまま雷韋は袋の口を開いて寝台の上に中身を広げた。


 そこには金貨が六枚と宝石の原石と思われる、親指の先ほどの大きさの石が五つ出てきた。


「なんだよ、これ」


 驚きに目を丸くして、雷韋は問うた。


「預けとく」

「なんで」


 雷韋はきょとんとしている。


「俺は宝石のことには詳しくないからな。原石と言えど、価値が分かるのはお前の方だろう。金貨はついでだ」

「原石なんて、どうしたんだ?」

「安く買い叩かれたときの報酬だ。普通の宝石は俺が懐に持ってる」


 言うと、陸王は荷物を持ったまま卓に着いた。卓上に刀の手入れ道具を広げていく。


「侍でも買い叩かれる時なんてあるのか?」

「雇われるときと話が違ってたってだけだ。蓋を開けてみたら、原石を渡された」

「これ、鑑定してもいいか?」

「そうしてくれ。そのつもりで渡したんだ」


 陸王は吉宗の刃を鞘から引き出しながら答えた。


 雷韋は寝台の端に放置してある荷物袋の中から鑑定用の拡大鏡を取りだし、根源魔法(マナティア)で光の球を顕(あらわ)した。そうやって、一つ一つを真剣に鑑定していく。


 陸王は吉宗の手入れの手を止めて、横目でその雷韋を眺めていた。


 雷韋は一つ一つの石を様々な角度から眺め、無言で次々と鑑定していく。時折、小さな唸り声を上げながら。


 全てを見定め終わって、陸王の方へ顔を向けた。

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