暴露~奪われ 三
「ねぇ、雷韋君。君なら知っていますよね。守護四天帝、正確には四獣のことを。私でさえ、伝説で聞いたことがある神の名ですから」
「そりゃあ、知ってるさ。光竜よりも小さな神様だって言うじゃん。神代の頃は人族と一緒に生きてたって。それは光竜や天慧や羅睺も一緒だけど。それがどうしたんだ?」
「雷韋君。君は自分の中に『陽』の魂を感じたことがありますか? 君が陰であり、少陽であれば、僅かに陽が混じっているはずです」
紫雲は雷韋の問いに答えず、更に問いを投げかけた。
雷韋もいきなりそんな事を言われて、何をどう答えればいいのか分からなかった。やはり紫雲の真意が分からない。
「それって、どういうことさ」
「感じたことはありますか? ないですか?」
紫雲は重ねて尋ねてきた。雷韋が困り顔をするのも構わずに。
「そんなの知んねぇよ。いちいち考えたこともない」
「私は自分の中にほんの少しの陰を感じることが出来ます。朧に、陰陽を。それは全く正反対のものでありながら、渾然と一つになって私の中に存在します。そう感じます。君はどうですか?」
「ん~」
雷韋は視線を俯けて、己の中を探っているようだった。少しばかりの間を置いてから、雷韋は視線を上げる。
「よく分かんね。だって、朧にしか感じないもん。なんとなく、これが魂の感じかなって思うだけだ。区別なんかつかない。でも、大きく感じるのは多分、陰だな。もっと言えば、影って言えばいいのかな。そんな感じ。これ以上はどう表現していいか分かんねぇよ」
それを聞いてから、紫雲は今度は陸王に目を遣った。
「貴方はどうです。己の中に陰を感じますか? 僅かでも」
陸王は紫雲の言葉に考える風でもなく、険しい顔を向けていた。紫雲が何を言いたいのか分からないし、分かりたくもなかったのだ。どうせくだらない戯れ言だと決めつけた。
そんな陸王の思いを知ってか知らずか、紫雲は酷く冷静に告げる。
「貴方達は対ですよね。ですが、その魂の中には陰陽が混じっていない。完全な陰と陽なんですよ。雷韋君が太陰、貴方が太陽」
陸王は紫雲の言葉に、怪訝な眼差しを向けた。こいつは一体、何を言っているのかと思う。紫雲を負傷させたとき、木に叩き付けられて同時に頭でも打ったか、と。それくらい突拍子もないことを話しだしているのだ。陸王にだって、何がなんだか分からない。
「何をわけの分からんことを言っている。昨日、殺り合ったときに打ち所でも悪くしたか?」
「これでも、大真面目に言っているんですけどね」
言って、口元を僅かに綻ばせる。
「大真面目だと? 笑わせるな。人をわけの分からんことで煙に巻いて、どうするつもりだ。何が目的だ」
「目的……、そうですね」
紫雲は少し考えてから口を開いた。
「私も信じたくはありませんが、私達はそれぞれ四獣の魂を持って生まれてきたそうですよ。とてつもなく荒唐無稽な話ですが」
それを聞いて、陸王は小馬鹿にしたように低く笑った。
「何を言い出すかと思えば、馬鹿らしい」
「そうですよね。馬鹿らしいですよね。ですが、本当のことのようです」
紫雲の表情は至極真面目だった。もうそこに、微かな笑みすらない。
「どこをどうとったら本当のことなんぞと言えるんだ。その話、どこのどいつに吹き込まれた。それともお前の妄想か?」
陸王は完全に馬鹿にしていた。その表情は嘲る顔だ。
それでも紫雲の表情は動かない。いや、微かに嘲る笑みが浮かんだ。自嘲ではなく、陸王を嘲っているような。
「いっそ、妄想であって欲しいですよ。ですが、この事実はおかしな事なのに受け入れられている。つまり、捕食者である貴方と被食者である雷韋君が、対だと言うことです。そうなのでしょう? 魔族にとって、鬼族は最高の獲物ですよね? ですから、本来ならあってはならない形の対です。ですが、それをなんの抵抗もなく受け入れているじゃありませんか。貴方は言いましたよね。私が貴方達に初めて出会ったとき、どういう関係なのかと聞いたら、貴方は雷韋君が自分の対だと言った。そんな事を普通は言いません。全く知らない赤の他人への第一声としてはおかしすぎます。旅の連れだとでも言っておけばいいじゃないですか。たまたま相席になった関係なだけですよ」
そこで紫雲は、龍魔から聞かされた様々を語った。時にはガライの言葉やシリアの言葉も交えて。
何故、陸王が魔族で、雷韋が鬼族として生まれながら対であるのか。そこには種族を超えた意味が存在するのだと。そして太陰と太陽。それは神の魂であるからこその唯一無二の魂なのだとも。そして紫雲自身のことも口にした。龍魔に言われて、様々納得のいかないことだらけだったが、受け入れないということはつまり、逃げているだけのことだったのだと悟ったとも語った。心情的には今もまだ疑いが深く残るが、それを飲み込まなくては先に進めそうにもないことを紫雲は知ったのだ。それは諦念から始まったものだったが、受け入れるしか道がなかったことでもある。紫雲はそこまで語ったのだ。
陸王はそれまで黙って紫雲の荒唐無稽な話を聞いていた。雷韋に至ってはぽかんとするばかりだ。
「その話、どこで誰から聞かされた」
陸王が問うたのは、今の話を紫雲が第三者から聞かされたように語り、それなのに、誰に聞かされたとも口にしていなかったからだ。
「ほとんどが、龍魔さんという方からです。場所は光竜殿という、かつて光竜が地上にいた頃に使われていた神殿でした。私の怪我を治してくれたのも彼女です」
龍魔と光竜殿の名を耳にして、陸王は舌打ちし、思い切り顔を顰めた。顰めて、雷韋に目を移す。
「雷韋、まさかお前もあの女のことを知っていたのか」
「あ、うん」
雷韋は俯いて短く返答した。隠し事をしていたのが心苦しいという風に。陸王へ投げかける視線は、自然、上目遣いになった。
「急に現れてさ、紫雲のことはいいからお前は魔剣に取り憑かれていた男を癒やせって言われたんだ。もう一人、知らない男がいて、その男が紫雲を連れて行った。髪は灰色だったけど、闇の妖精族じゃなかった。肌の色も違ったし、瞳も俺みたいな琥珀色だった。二人の名前は知らないけど、陸王の関係者だって言ってたよ。でも、このことは絶対に陸王には内緒だって口止めされてたんだ。黙ってて、ごめん」
それを聞いて、更に陸王は苦々しく顔を歪める。けれど、昨日の雷韋の様子がおかしかったことには合点がいった。
そんな陸王の様子に、
「何か?」
紫雲が訝しげに問う。
「あんな女の言うことをお前は信じたのか」
忌々しげな口調だった。腹の底から絞り出すような声音だ。
そこで紫雲も思い出す。陸王は青蛇殿で生まれ龍魔に育てられたが、不祥事を起こして龍魔に神殿から放逐されたのだと。龍魔は陸王から恨まれているとも言っていた。この陸王の反応はまさにそれだ。信じていた者に裏切られた者が見せる態度、反応。だが、裏を返せばそれだけ信頼していた証でもある。
「信じたくありませんでしたよ。ですが、拒んでも目の前の現実は変えられないと諦めがつきました。それに羅睺。貴方の父親ですが、羅睺も地に堕ちたそうです。魔族の王として、いつ世界を破壊しようとするかも知れないと」
それを聞いて、雷韋が大声を上げた。
「ちょ、ちょっと! 羅睺が陸王の父親? 羅睺は天上の世界にいるんじゃないのかよ?」
「いいえ、今は魔族の王として存在しているらしいです。それに羅睺は父としてだけではなく、彼とは別の深い繋がりがあるそうです。いや、父親だから、余計にかも知れませんね」
紫雲は雷韋から陸王へと視線を向けた。
「ちょ、ちょっと、ちょっと、ちょっと。陸王は魔族じゃ、いや、でも、神様の子供なのか? え?」
雷韋は混乱のあまり、自問自答し始めた。
「私の聞いた話では、高位の魔族よりも上の次元に存在するのが彼だそうです。神と堕天使の間に生まれた者として。そして、羅睺と対峙できるのも彼だけだそうですよ」
「対峙? どういうことだよ」
雷韋が混乱しきった顔で問うた。些か慌てた感のある雷韋に、紫雲はどこまでも冷静な声で返す。
「先見の出来る堕天使がそう予言したそうです。羅睺は生まれる自分の子が父殺しを目論むと聞いたらしいですね。魔族を操って彼を殺そうとしているのは、羅睺だったんですよ」
「へ?」
陸王へ向けて顎を煽った紫雲を見て、雷韋は呆気にとられた顔をした。言葉も失ってしまうくらいに。
だが、陸王はただ黙していた。
だから紫雲は言ったのだ、陸王の生まれを。腹の子を羅睺に殺されそうになった陸王の母親が生まれないように長い間腹に封じていたこと、最後は青蛇殿に逃げ込み結界の反動で死してしまったこと。その死んだ母の腹を自ら引き裂いて陸王が生まれ落ちたことを。
それを聞いた雷韋は真っ青になっていた。




