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暴露~奪われ 二

 先を歩いて行くと途中大きな岩が転がっていて、それを避けたり、乗り越えられそうなら乗り越えていった。川べりに近い方の足場には苔が生えていて滑りやすそうなので、なるべく川筋から離れて歩いたが、それでも時折は岩の位置関係で些か危険ではあったが、川べりを歩いた。


 そうして川上へ向かって歩いて行ったが、陽が中天にかかりそうになっても、まだ魔族の気配も何も感じられなかった。時折、小動物の姿は見掛けたが、それだけだ。ほかには何も見当たらない。


 陸王りくおう雷韋らいは昼の休憩も取らず、歩きながら干し肉を囓って進んで行った。


 すると、何か音が聞こえ始めたのに気付く。腹の底にまで響くような音だ。それを不思議に思っても、歩みは緩めない。だが、歩いて行くうちに、音の正体が大体分かった。


 滝の音だ。


 水が高い場所から流れ落ちて、滝壺の中に身投げをしているとき特有の轟音だと分かった。まだ滝に突き当たったわけではないが、かなりの高さなのだろう。離れていても、音は耳にも腹にも響いてきた。


 歩みと共に、徐々に大きくなる音に、雷韋が感嘆の声を上げる。


「陸王、これってすっげぇでかい滝じゃね?」

「岩や木が邪魔してまだ全容が見えてはこんが、確かにな。音からしてもでかい」

「なんか楽しみだな。川の色もどんどん深くなっていくし、どんな絶景が待ってるんだろう」


 陸王はそれを聞いて、呆れた眼差しを向けた。


「物見遊山にきてんじゃねぇ。この先に、魔族がいるかもしれんのだ。充分、注意しておけ」

「ん~。そうだった。精霊があんまり賑やかだから、忘れてたよ」

「お前は」


 場にそぐわぬわくわくを隠しもしない雷韋に呆れて言葉も出なかったが、陸王はすぐに気持ちを切り替えて先へと進んでいった。それに雷韋も続く。


 滝の音が大きくなるにつれて、周りは木々と岩で埋め尽くされていった。最早ここは立派な渓谷だ。大量の水が音を立てて素早く流れて行き、水の色はとても深い。碧綠(へきりょく)の水は太陽に晒されて、透明なのに濁ったように底が見えなかった。大量の空気が混じっているのだろう。


 滝の音はやがて轟いて、耳を聾した。雷韋が何か話しかけてきても、大声じゃないと聞き取れないほどだ。大声というより、ほぼ怒鳴り声だが。


 やっと終点が見えるだろう場所へやってきて、岩陰から滝の方へと移動したとき、陸王は滝の大きさには無関心になった。そんな事はどうでもよくなったのだ。


 瀑布とでも言える滝の近くに紫雲(しうん)の姿を見つけて、何故ここにいるのかとそちらの方が重要になる。


 先回りされたかと思ったが、それはあり得なかった。紫雲を痛めつけ、半殺しにしてからのち雷韋に助けられたはいいが、紫雲には陸王と雷韋がここへ来ることなど知れるわけがなかった。陸王自身にだって、はっきりとどこへ向かって歩いてきたのか分からないのだから。


 急に足を止めた陸王の背後から雷韋が声をかけてきても、陸王は動けず、答えを返すこともなかった。それに業を煮やしたのか、雷韋が陸王の背後から前方へと移動した。雷韋もまた、紫雲がいることに声を失う。けれど、すぐに雷韋は己を取り戻して、慌てたように紫雲の方へと駆けて行ってしまった。


 陸王はそれを見て慌てて雷韋の名を叫ぶが、轟音で掻き消されてしまう。いや、声が届いていたとしても、雷韋が止まることはなかっただろう。仕方なく、陸王はその場から動かずに二人の様子を伺うことにした。


 雷韋は紫雲に飛びついて、何事かを叫んでいるようだった。それに対し、紫雲が小さく笑ってみせる。そのまま紫雲は、雷韋の耳元まで顔を近づけて言葉を交わす。瀑布のもとでは言葉を交わすのも容易ではないだろう。紫雲は雷韋に何事かを伝えてから、陸王に目を移した。黙って様子を窺っていると、紫雲は暗褐色の視線で森の中を示す。場所を変えようという事なのかも知れなかった。紫雲が何を考えているのか知らないが、陸王には拒む理由はない。再び殺し合いがしたいというのであれば、乗る。それ以外の選択肢はない。ただ、どうせ挑まれたところで、また半殺しにするだけだ。紫雲の出方によっては、今度こそ殺すことも視野に入れる。雷韋の精霊魔法が追いつかないくらいの怪我を負わせればすむことだ。それとも、直接的な死を与えるのもいいだろうとも思う。雷韋に邪魔されず、一気にけりをつけることだって可能なのだ。首を刎ねてもいい。心臓に刃を突き立ててもいい。如何様にでもなる。昨日殺り合ってみて、紫雲は陸王よりずっと弱いと判断した。


 所詮は人族ひとぞく。それもひ弱な人間族だ。


 陸王という魔族を狩るというのであれば、相応に応じて全力で叩き潰すだけだ。


 陸王には死ぬ気はないのだから。


 もし紫雲を殺せば、雷韋が怒るかも知れない。殺す必要はなかったと言って。それでも最終的には許してくれるとも思う。赤の他人より、対の方が強い。所詮対は、極論を言えば、対極の相手以外はどうでもいいのだ。それ以外は有象無象。だから人殺しが出来る。少なくとも、人間族はそうだった。ましてや魔族など、破壊衝動あるのみだ。


 敵対する相手を殺すことに嫌悪はない。罪悪感を抱くなど以ての外だ。伊達に戦に身を投じていたわけではない。敵は殺し尽くすのみ。


 陸王は紫雲が目を遣った森の方へと足を向けた。


 紫雲も陸王が移動し始めたのを見て、歩を進める。その後ろからは雷韋がついてきた。不安そうな色が顔に表れている。


 そのまま森の中をつかず離れずに進んでいった。互いに顔を見交わしながら、一定の距離を保って。


 どのくらい森の中を歩いてきただろうか。滝の轟音もそれなりに遠くなっている。ここまで来たら、普通の声量でも互いに聞こえるはずだ。


 だから、まず陸王が先に問うた。


「もう一度ぶちのめされに来たのか? 脅しじゃなく、今度は確実に殺すぞ。中途半端に終わらせるつもりはない」

「そうでしょうね。一気に首を刎ねるか、心臓を貫くというところでしょうか。あるいは身体を真っ二つにするとか」


 返す紫雲の声音はやけに落ち着いていた。冷静そのものと言った風に。


 陸王はそれを聞いて鼻を鳴らす。


「分かってんなら、もう一度殺り合うか? 殺されても文句はないな」


 そこで紫雲は瞼を閉じて、溜息を一つ零した。


「貴方と戦っても私に勝ち目はありません。魔族の力で押されるのでしょうから」


 陸王は、随分と悟りきったことを言うと思ったが、紫雲の様子に何か嫌な感じを持った。


 紫雲は、自分のあとについてきた雷韋の肩を抱き寄せる。


「え? なんだよ?」


 雷韋が目を白黒させて狼狽えた。紫雲の真意が分からなかったからだ。


「貴方を殺すには、何も貴方と殺り合う必要はありません。雷韋君を殺せばいいだけのこと」

「手前ぇ!」


 反射的に怒鳴っていた。同時に吉宗の刃も引き抜く。


 その有様に、紫雲は小さく声を上げて笑った。


「心配はいりません。なんの罪もない雷韋君を殺す気など、私にはない。例え貴方を殺したとしても、雷韋君が死んでしまう。私はこの子を殺したくはない。だからとても残念ですが、貴方を殺しはしない。雷韋君にせいぜい感謝してください」


 言って、雷韋の肩に回した手を少年の背中に当てて、前へ押し出した。


「し、紫雲?」


 何がどうなっているのか全く分からない雷韋が、困惑したように紫雲を見上げる。そんな雷韋に紫雲は優しく笑んで見せ、それから真剣な顔つきになった。

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