34 私だけの、私専用のサトル
ブクマ、ありがとうございます!
「……トル! サトル! サトル!」
ペシペシと頬をたたかれているような感覚があってボクは「痛い、痛いよ」そうつぶやいていた。だが、それが精いっぱいで体を動かすことは……いや、指先や足先と脳の神経がつながった? ボクは頬をたたく手を右手でつかんだ。するとその手がボクの手をやさしく握りしめ、はぁあ……という深いため息とともに、ボクの顔にいくつもの水滴を落とした。視力が回復してくる。それが誰なのか、もうわかっていた。
「マサメ!」
ボクは左手で彼女の髪にわけいり、抱きしめた。強く、強く。泣いているマサメはボクの顔に自分の頬をこすりつけ、ただ涙をあふれさせていた。
だけどまて、ボクはスラリンガンに撃たれて死んだ。そのはずだ! え? じゃなに? ブラックホールや未来世界を飛びこえて死後の世界にきちゃったってこと? でもいいか……マサメと一緒にいられるんなら……それもありだ。母さん、ボク、いちおうがんばったよ。ごめんなさい。先立つ不孝を──。
「マンサメリケス、あなたはもはや立ちあがることもできない半死人なんだと何度もいったでしょ? 興奮状態はさけてください」
スラリンガンの声であった!
「スラリンガン! おまえも死んだのか? 霊界にまでついてきたのか!」
ボクが叫ぶと、スラリンガンはボクにおおいかぶさるマサメの後頭部の先に立ち、微笑をうかべていた。
「三ノ輪さん、大丈夫ですか? 少々、意識の混濁が見られるようだ。あなたも、マンサメリケスも、私も、美晴さんも、ハジメンも、刑事さんも、みんな生きています。科学をこころざす者としては問題ありですよ。周囲の状況を客観視できないというのはね」
「周囲?」
だいたい科学なんぞこころざしてはいないのであるが、ボクは体をおこし、息もたえだえのマサメの頭をできるだけていねいにひざへのせると、あたりを見わたした。そこは高台のようでやはり森の中、うらぶれて今にもくずれそうな屋根と腐りかけの柱にささえられた、どこかの神社の前であった。
どうやら、意識をうしなっている間に富士のワームホールを抜けてきたらしい。神殿横に川の字で横たわるヘルメットとバイザーをつけた三人の姿もあった。
「三ノ輪さん、現実を把握できましたか?」
「本当にみんな、生きているのか?」
「もちろん。いつも通り、仮死状態なだけです。渋谷駅前へハデに出現していただかないと」
「だけど、おまえ、ボクを撃ったじゃないか!」
「はい、撃ちました。撃ちはしましたが、殺しはしませんでした。あなたに死なれてはこまるもので」
「はぁ?」
「あなたは一度、ワームホールを仮死状態になることなく通り抜けることができた。それが自信になったのか、今回はマンサメリケスを見送る、観測するという目標をかかげているから死なないといった」
「それがどうした?」
「死にますよ。死ぬに決まってるでしょ? いくら覚悟があったって、精神論で物理学が語れますか? あなたは体力の消耗を心だけでおぎなえるんですか? 私は三ノ輪さんに死なれちゃこまるんです! あなたは、簡単に死んではならない人間なんだ!」
「ああ……そうなの?」
なんだか知らないが、スラリンガンの圧におされて口ごもるボク。なんかくやしい。
「私が撃ったのは、肉体組織に弾着したら五ミリ以内にとどまる催仮死弾です。当然、血液は吹きだしますが死に至る可能性は九十九.八五パーセントありません。三ノ輪さん、私に撃たれた左胸のあたり、どんな感じです?」
「…………」
服に穴はあき、火薬で焦げていたが、肌にはカサカサした、かさぶたができているだけであった。
「未来からマンサメリケスの救出にきただけの私が、日本のみなさんにふりまわされ、さんざん翻弄されたんですよ? 少しくらいいいじゃないですか! 私が、個人的にレクリエーションを楽しんだって」
「レクリエーション? ボクが本当に死んだと思ったのがそんなに楽しかったのかよ?」
完全に思考がハッキリしたボクは闘犬のごとくスラリンガンにかみついた。
「ああ、いわゆる家族パーティー的なサプライズですよ! よくあるでしょ? お父さん、お母さんを子どもたちが驚かせるようなドッキリ企画。私、一度、そんなものをやってみたかったんです」
「──なんだ、そりゃ?」
そのときボクのひざで横たわる、死相しか見えない青い顔のマサメが、うめくようにボクを見た。
「サ……トル」
「マサメ! しっかりしろ、マサメ!」
「三ノ輪さん、冗談は抜きにしてマンサメリケスとは時空をへだてた本当のお別れです。私は耳をふさいでいます。彼女の思い、聞いてあげてくださいな」
スラリンガンは物理的に耳をふさぎながら木のかげへと、そっと消えてくれた。
「マサメ、なんだ? なんでもいってくれ!」
「……サトル」
マサメはもう目も見えていないのか、ボクの頬をさがすように手をのばした。
「どうした、マサメ? 無敵のイルミネーターなんだろ? 自分でそういったじゃないか!」
ボクは彼女のさまよえる指先をしっかりとつつんだ。
「まあな……やれることはやった。あとは……ああ、そうだった……」
「なんだ?」
「ユーパイプの視聴者に説明しなかったな……私の容姿が、なんで宇宙人みたくなったのかってさ……」
「バカ! ネット民、みんながわかってるよ! マンサメリケス・ナイトウは誰よりも、なによりもかわいくて、カッコいい未来の女だってことを!」
「はは……そうやってミハルもくどいたんだろ? なんかムカつくな」
青ざめたくちびるをとがらせるマサメ。
「ムカつくならボクをなぐればいい。それがマサメだろうが!」
「そうか、そうだな……けどよ、キスを」
「え?」
焦点のさだまらない目でボクをさがしているようなマサメ。
「別れのキスくらいしてくれよ……サトル」
ここにいるよ、マサメ……。ボクは、ボクにとって、おそらくこの世で最後となる口づけを、最愛の女とかわした。
「──よし。最高のキスだった。これで、おさらばだ。あばよ、私だけの……私専用のサト……ル……」
マサメは笑顔をうかべたまま、意識をうしなってしまった。
「スラリンガン!」
ボクは彼の姿をさがした。情けないがスラリンガンに頼る以外、1Gの世界のマサメを救うことは不可能なのだ。
「三ノ輪さん、マンサメリケスの体力は限界のようです。お別れはすみましたか?」
木かげからスラリンガンが遠慮がちに、すまなそうにでてきた。
「ああ」
もう思い残すことはない。いや違う、まだだ。
「ではマンサメリケスを私の時代の医療機関に連れていきます。そこにある右と左、ふたつのワームホール。右のうず巻きは未来へ、左のうず巻きは渋谷駅前へと通じています。三ノ輪さんと仮死状態の三人を送りだしてから、私とマンサメリケスは未来へと旅立ちます。いいですね?」
そういうとスラリンガンはボクの手を取り、ふたたび三人の手首へとベルトを結束しようとする。が、ボクはその手を止めた。
「まて、スラリンガン」
「なんでしょう?」
「ちゃんと薬を飲む。飲んで、五分以内に全員を連れてワームホールへ突入する。だから、マサメを見送らせてくれ」
「まだいいますか? 突入に失敗したらどうします。へたをすれば体を引き裂かれ、四人で心中ですよ」
「…………」
なにもいい返せないボク。けれど、だけど!
「やれやれ……心の底からマンサメリケスを愛しているのですね」
クスリと笑うスラリンガン。
「笑うな!」
「いいでしょう。三人の命、三ノ輪さんにあずけます。せっかく生き残った命、むだにしたら承知しませんからね」
「……わかった。ありがとう。必ずやりとげる」
「あなたはそういう人だ。目標をかかげたら必ずやりとげる、そういう人だ。そういう人であってほしい」
「はぁ?」
「いえ、単なる私の願望です」
「わけがわからない……それから、スラリンガン」
「はい? まだなにか?」
「ボクからもいわせてもらう。なにがあってもマサメを死なすな! マサメにもしものことがあったりしたら……」
「なんでしょう?」
「ボクはタイムマシンを開発して、おまえを殺しにいくぞ!」
「ははは、おもしろい。しかし私も命がけなんです。今、彼女に死なれたら、私の存在もおそらく消えてなくなるんで」
「どういうこと?」
「マンサメリケスは、恥ずかしながら私の母なんです」
しばしボクは、スラリンガンの言葉の意味を理解できなかった。
「な、な、なにーっ!」
「ここで彼女が助からなければ、私の時代で五十代となっている母もどうなるか、見当もつきません……死なせませんよ」
「……本当の話なのか?」
「このせとぎわで、私が三ノ輪さんに嘘をつく理由がありますか?」
ない。ないような気がする。と、いうことは? スラリンガンはハジメンのひ孫!
「そ、そうか……そうだよな。ああ、マサメ、キミのお母さんは、その、未来では元気なのか?」
「ええ、すこぶる元気です。少し太りましたがね。画像、見たいですか?」
「見たい! 見たい!」
ボクはエサを目の前にした犬のごとく、よだれをたらして尻尾を振っていた。
「ブー。ダメです、見せられません。見せたら少しばかり老いた母に殺されます」
「からかってるのかよ!」
「……ええ、からかいました。父とこんな、くだけた会話を一度してみたかったんです。──お父さん」
「お父さん? 誰が?」
ボクにはスラリンガンの発した単語の意味が、今度こそ入ってこなかったんだ。
(つづく)
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当サイトにて、三作品を公開中です。あわせてお読みいただければ幸いでございます。
『ゴースト・キス ~死人しびとの口吸い~ (改)』
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『ときに、たまにはショート・ストーリーなどを』
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『狂瀾のあと ~ M・ミュート・モンスター・ミノリ ~ 』
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