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31 ユーパイプ作戦、完遂!

            挿絵(By みてみん)


『──じゃ、私の話をはじめさせてもらう』

『どうぞ、どうぞ!』

 固唾(かたず)をのんで見守るボクら。マサメのこの第一声を約十万人の視聴者がどう受けとめるのか、それはまったくはかり知れない。ヘタをすればレッテル貼りが大好きな世の中の人はマサメをホラ吹き女に仕立てあげかねない……。

『私は、この時代から百年後の未来からやってきた。わかりやすい言葉でいうと、タイムトラベラーだ……』

 当然、荒れくるうコメントの暴風雨。『タイムトラクター? 農作業ですか』『未来人マサメン、おK』『タイムマシン、キター』『うぽつ』『ハジメン、チャンネルオワタ』『マサメン妄想乙!』まあ、こんな具合である。おまえら、日本語、おかしいぞ! 

『あの、マサメさん……』

 おそるおそるマサメに話しかけるハジメン。

『嘘だってんだろ? すぐに信じてもらえないことはわかってる。それでもいいんだ。ただ今は私の話を聞いてくれ。そして少しだけ心にとめておいてくれ。それだけでいい、お願いだ』

 真摯(しんし)な表情でカメラに向かい、(こうべ)を垂れるマサメ。

『……このチャンネルをご覧のみなさん。イブの夜、サンタマスクを相手にして多くの人命を救ったマサメさんの言葉だ……黙って聞きやがれ!』

 ハジメンの魂の叫びに、いったんはコメの嵐がおさまった。いけ、マサメ! たたみかけろ!

『ありがとう、ハジメン。百年後、私のいた地球、人類はふたつのマイクロブラックホールによって月を破壊され、重力嵐にさらされて滅亡する。未来からたまたまこの時代にたどり着いた私は、百年前のこの時代に警鐘を鳴らすためにきたんだ。初めはとまどいしかなかったんだが、今はそう思うようになった』

『マイクロブラックホール? それがふたつもあるんですか? だいたいなんです、それは』

『二一二三年の世界では、私はただの美容師で専門家でもなんでもない。だからネットの政府広報で聞きかじったていどの話しかできないが……空を見てくれ』

『空?』

 上空をあおぐハジメン。

『ああ。この空の向こう、宇宙のかなたから規模としては小さなふたつのブラックホールが今現在も迫りつつある。本来なら小規模ブラックホールは自身の持つ重力につぶされて早々に蒸発するらしいのだが、今回の場合はホワイトホールと、こう、からみあうようにして攻めてきているんだ』

 両手を組みあわせて、もみくちゃにして説明するマサメ。がんばれ!

『ホワイトホール?』

『ブラックホールはなんでも吸いこんでしまう天体。ホワイトホールは逆になんでも吐きだす天体。それをダクトのようにつなげているのがワームホールだ。なんといえばいいのかな? だからこうひとつ目ブラックホールが吸いこむ、ホワイトホールがワームホールを通じて吐きだす。そこをふたつ目のブラックホールが吸いこみ、ホワイトホールが吐きだす。でまた、ひとつ目が吸いこんで……このくり返しがコンマ数秒でおこなわれつづけることで消滅することなく何億年もかけて天の川銀河、この地球を目がけて今も侵攻をつづけているんだ。ガンマ線バーストを放ちながらな。わかるかな? わかるよな、おい!』

『コメがメチャメチャ荒れてるんですけど……マサメさん、もうちょっと、くわしく』

『だから専門家じゃないっていってんだろ! とにかくブラックホールが近づいてきたせいで私が生まれる十年ほど前から地球の重力が少しずつ1Gを超過したり、逆にマイナスに減少したりをはじめた。ブラックホールの圧倒的な重力波の影響をうけたせいだ。そしてちょいちょいミニワームホールが地球上に出現し、人々をいきなり飲みこんでどこかへ送りだしたりもした。それが地球上ならばまだいいが、真空の宇宙空間へ放りだされた人や動物もいると聞いた。ときには、私のように時空をこえて過去や未来へ飛ばされた者もたくさんいるようだ。最初は神かくしみたいなものだと思われていたらしいがな。つまり、私がこの時代で生きていられるのは奇跡みたいなものなんだ』

『…………』

『ハジメン』

『え? あ、はい』

『信じられないか?』

『まあ、なんていいますか……そうですね』

 マサメは意を決したように背広とワイシャツ、ズボンを脱ぎすてた。ボディラインをあらわにした防護スーツ姿のマサメに、ネット民はヒートアップした。いちいちコメントを読む気にならないほどセクハラ的なワードが飛びかう。もちろん『カッコイイ!』『近未来的だ!』そんな意見も少数派ではあるものの、ないこともなかったけどね。これでいいんだよ、そうだろマサメ!

『このスーツとはいているブーツは、正確には私の着用していたものではないが、未来で開発されたものだ。スーツとブーツ、今はないがヘルメットのおかげで、ワームホールを抜けられた私は重力やコントラクション(収縮力)に押しつぶされることなく二〇二三年にくることができた。この時代からすると約二十年後。私の時代からは八十年前に試金石となる若者向けのオモチャのブーツが()()()から発売されたことがはじまりだったと聞いている』

 ()()()とマサメにいえといったのは山村刑事であった。「スラ・リンガン社」という実名をあげれば、将来的に人類の救世主となるかもしれない、その企業名をかたる詐欺が横行しかねない上、本物の「スラ・リンガン社」の起業前に商号、登録商標を奪われてしまう可能性があるからだ。さすがは刑事さん、目のつけどころが違う。

『それはどんなブーツ? そんな疑問がコメにあふれていますが』

『反重力ブーツだよ』

『反重力ブーツ? それは重力に逆らうことのできるブーツということですか?』

『ああ。なんでもそのブーツは「リフター」と呼ばれる、電力を与えると空中にうかんで地球の重力に逆らうことのできる魔法のような長靴だったそうだ。世界中でこれが大ヒットして()()()はさらなる研究を重ねる資金ができた。それが結果的に、のちのマイクロブラックホール対策へとつながり、この防護スーツの開発にまでいたったってわけだ』

『あ、あのマサメさん?』

『なんだよ?』

『視聴者代理としてお聞きします。多くのみなさんが聞きたがっていることなので……』

『わかった。なんだ?』

『コメに数式で示せとか、未来からきたっていう証拠をあげろとかがあるんです……』

『だからスーツとブーツの説明をしただろ!』

『……単なるコスプレにしか見えないようです』

『ムカムカするな。好きでこんな窮屈(きゅうくつ)なスーツを着ているわけじゃない』

『でしたらマサメさん、せめておこっている事象の解を導ける数式なんかを……どうやら物理とか、科学にくわしい視聴者もいるようなので』

『ただの美容師が数式なんて知るか! 私自身が証拠だろが!』

『と、いいますと?』

『お客の髪を切ったり、洗ったりするだけだった非力な女になんでこんなまねができる?』

 マサメはいきなり背後に立つ、中太の針葉樹に頭突きをくらわせた! マサメの額がパックリと割れて大量の血液が流れ落ちるも、直径二十センチほどの木もオノで打たれたように真っぷたつに折られ、裂けて倒れた。

「マサメ! 無茶するな! このバカ!」

 カメラの外から思わず叫んでしまうボク。しかしマサメは黙殺して先をつづける。

『二一二三年になると地球の重力はつねに2・5Gを上まわりはじめた。防護スーツと反重力ブーツを買えないような貧困層の者からバタバタと圧死しはじめた。そのうちに月の三分の一がブラックホールの特異点に飲みこまれて消滅したことによって、地軸は安定せず自転も公転もメチャクチャになり、地上には重力嵐が吹き荒れた。ミニワームホールが出現する頻度もまして、月と同様に体を半分飲まれて半身を裂かれたような死体がゴロゴロと路上に転がっていたよ。そんな中、私の両親も死んだ。いくら防護スーツを着ていても老人や子ども、基礎疾患をわずらう者などは日々加速する重力に圧されて内蔵や骨が耐えられなかったんだ。友だちや仲間も、私なんかを助けるためにワームホールに飲まれてどこかへ飛んでいった。つらかったよ、悲しかったよ。地獄だったよ……』

『そうなんですか……しかし、あの……』

 肩を落とすマサメに同情しつつ、流れつづけるコメントも無視できないユーパイパー、ハジメン。

『なんだよ?』

『どうしてその地獄が、マサメさんの肉体の強化につながるのでしょうか?』

 ハジメンの問いにマサメは、え?という顔をした。

『わからないのか? バカなのか? ハジメン』

『すいません、わかりません』

『重力2・5Gにさらされてきた人間が1Gの世界にきたらどうなるか、小学校の理科の先生にでも聞くといい』

『……そうします。わかる人、解説コメ、ヨロシク!』

 なかばやけくそ気味に叫ぶハジメン。

『私の生きる世界では、科学者が近づいてくるマイクロブラックホールの存在を認めたのは、この時代から六十年も先なんだ! だから対策が遅れた。クジで当選したわずかな人たちと富裕層、世界的に有名な科学者たちだけはノアの箱舟よろしく、急ごしらえの核パルス推進ロケット数百機で次々に地球外へと脱出したけれど、ブラックホールの重力に捕捉されて全滅したよ……ざまあないな。だから地球には、もう破滅に向かう人類を救済できるすべはなくなったんだ。私みたいな一般庶民になにができる? 人類の絶滅を見守る以外、なにもできない。だけど今なら! あと一世紀、百年もあるんだ! 今から対策にのりだしてほしい! 私は死んでもいい! 未来の私の両親や仲間を誰か、助けてくれ!』

 マサメは祈るように両手のひらを組み、ひざをコケだらけの土についた。額からはドクドクと、脈拍とともに真紅の血がふきだしている。マサメ、もうヤバいよ! 体力の限界だよ! ボクは両手を交差させてハジメンに生配信動画終了のブロックサインを送った。もう十分だ! もういい、マサメ。よくがんばった!

『マサメさん……』

 ハジメンがいった。

『ああ?』

 血ぬられた顔をあげるマサメ。

『量子物理学や天体メソッドにくわしい方、科学者さんなんでしょうか? そんな事実が百年以内におこりえるとはどうしても思えない。マサメさんが未来からワームホールを抜けて現代にやってきたという事象も……信じるにはたりない。それよりもドーピングや、サイボーグ技術の進化した現代科学の粋をこらした結果が、強靭な体力をもつ今のマサメさんの姿であるという図式の方がより現実的である……正直、オレにはサッパリなんですが、そんなコメントが……』

『そいつらは……見たのかよ?』

 しぼりだすようにマサメがいった。

『はぁ?』

『私とサトルが傭兵部隊に拘束されたときに立ちあっていたサイモンとかいうバカな科学者も同じようなことをいってたな……だけど見たのかよ! 私の時代の現実を! ハジメン、あんただってそうだ。見てないだろ? 私はこの目で見たんだ、この体で味わったんだ! あの地獄を見てもいないやつらが生意気ぬかすな! 想像力ってものがないのか、この国の研究者には! だいたい科学者ってなんだよ? 人類の進歩を見すえて新しいことをはじめる人じゃないのか? 固定観念にとらわれずにありえないことをひらめいて、実験や研究を重ねて、おこりえない空想を現実に変えていくのが本当の科学者じゃないのか? プライドってものがないのかよ! なあサトル、おまえもそう思うだろ?』

 いきなり振られたボクは、血まみれのマサメの言葉を日本語に訳しながら大きくうなずいた。そしてノーベル賞を何度も取りそこねたあげく過労死した物理学者の父を、命の危険にさらされている生物学者の母を思った。ふたりがいとおしくてたまらなかった。マサメのおかげで気づいたよ。助成金めあてでお上におもねり、喜ばれそうな結論ありきの研究データばかりをそろえさせられる今の日本のあまたの研究者たち。ボクは、そんな日本を見かぎった夫婦の息子だ。ボクもいずれふたりの遺志をつぎ、人類の未来を切り開いていかなくてはならない人間なのかもしれない、そうはじめて気がついたんだ。

 本当のことをいうと、そんなことはマサメにいわれるまでもない。プライドよりも研究費の捻出の方が重大事だという現実が、この国の科学者たちの前に立ちふさがっていることもボクは知っているんだけどね。だけど、だけどさ──。

『マサメ!、気にするな! 既成概念や偏見にとらわれた連中にはどうせ理解できない! 目先のことにしか関心のない連中には一生、理解できない! 孫や子の世代が不幸に見まわれることを憂慮(ゆうりょ)する人たちだけが聞いてくれればそれでいいんだ!』

 ボクは叫ばずにいられなかった。日本語がわからないマサメは一瞬、眉をひそめたがボクのどなり声に反応して調子をあわせてくれた。さすがはマサメ、ツーといえばカーだ。

『……聞いての通りだ。もう一度いう。世界中のみんな、あの空を見てくれ! あの空からブラックホールが今も刻一刻と迫っている。一日でも早く観測して対策をねってくれ。たのむ! 今からがんばれば……まだ間にあうからさぁああ!』

 マサメの渾身の絶叫で「ハジメンチャンネル」生配信は幕を閉じた。ハジメンの指示で美晴が終了ボタンをクリックしたからだ。なかなかに絶妙なタイミングであるとボクは思った。

『ご視聴、ありがとうございました』というテロップがノートパソコンの画面に流れて、ボクらは「ユーパイプ作戦」を、なんとか無事にやりきることができた。結果はそれこそ神のみぞ知るだ……いや、そんなことより、マサメ! 大丈夫なのか、マサメ!

                       (つづく)


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『ゴースト・キス ~死人しびとの口吸い~ (改)』 

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