30 告発
『ちょっと待てハジメン、聞いてくれ!』
ゲーム形式の一問一答をはじめようとするハジメンに、マサメが声をはる。
『はい、聞きますよ。マサメさん』
『サトルだけじゃない、私にはほかにも大切な仲間がいる。私を助けてくれた日本人たちだ』
『ほかにも……サトルさん以外にもあなたの支援者がいるんですか?』
『そうだ。そして彼らは今、私のせいで危機的状況におちいっている』
『マサメさんのせいで?』
『ああ、私の責任だ。私は彼らを救いたい。ここに呼んでもいいだろうか?』
『もちろん』
ハジメンはボクらにうなずいて見せた。いよいよ顔だし生出演のときがきた! ガチガチに緊張した山村刑事に美晴、そしてゴムマスクを脱いだボクがカメラの前に整列すると、マサメは長い腕で全員をいっぺんに抱きしめた。
『はい! 実は獅子舞いマスクと宇宙人マスクの正体はマサメさんの支援者たちでした。この生放送ではなんと、オレの動画のスタッフも兼任してくれているのです! ありがとう! ええと、はしゃいでる場合ではありませんでした。このお三人がマサメさんのせいで、どのような危機的状況にあるのか。まずはそこをお聞きしましょう』
ここで一歩、ストリート系ファッションに身をつつんだ山村刑事が前にでる。
『まず初めに断っておくが、俺たちの危機的状況はマサメさんのせいではない! 彼女はサンタマスクを見て見ぬふりもできた。しかしそうしなかった。善意で埼玉市民を救った正義感あふれるやさしい女性だ!』
『確かに。しかしあなたと、マサメさんの関係性、そこのところをもうちょっとくわしく』
ハジメンの言葉にうなずく山村刑事。
『俺の名は……山村圭一。今はわけあってこんな服を着ているが、警視庁捜査一課の警部補だ』
『刑事さん? 失礼ながらそうは見えませんが。正直、チャラいし』
『おまえがいうな。埼玉県でおこったサンタマスクによる無差別殺傷事件、それだけならば埼玉県警が捜査すればすんだはずだった。ところが異常なまでの身体能力をもち、はっきりいえば現代のモンスターともとれるイルミネーターが逃亡した。そのせいで警視庁が捜査にくわわることになったわけだ。俺は……当初マサメさんのことを、なにがあろうと確保しなくてはならない化け物だと思っていた』
『お立場からすれば仕方がありませんね』
『そして彼女と一緒に逃亡した三ノ輪悟の潜伏するアパートを発見し、われわれは踏みこんだ。しかしそれだけだ』
『なんの話ですか?』
『結局、彼女らには逃げられたし、そのときは彼女や彼とろくに話もしなかった。それなのに俺は、ふたりの顔見知りだとして無理やり拘束されて人質にされたんだ。マサメさんにいうことをきかせるため、ただそれだけのために……』
『それは、先ほどからちょいちょい話にでてくる謎の組織とやらがやったことなのですか?』
『そうだ。そして今、俺の家族、妻や息子が連中の人質に取られている。どうか助けてくれ! この動画を見ているみなさん! 俺の同僚の警察関係者! どうか俺の家族を!』
興奮して今にも暴れだしそうな山村刑事をなんとかなだめるボク。ネット上は、なんのことやらわからずザワザワとしはじめている。しかし、まだ視聴者の数は増加の一途をたどっている。さて、お次は美晴の番である。
『私の名前は本条美晴です。サトル、三ノ輪悟さんの元カノで彼にはこっぴどく捨てられました』
──はぁ? 美晴、アドリブがすぎるだろ!
『だから大学近くの駅前広場からマサメさんと逃げた男が彼だと、私にはすぐわかりました。事情聴取された私はその話を刑事さんにしました。そして彼のアパートがどこにあるのかを警察に密告したのです。最低な女です……ざまあみろ、新しい女と捕まっちまえ! そう思いました。みなさんはどうだか知らないけど、私は初めからマサメさんが女性だと勘づいていたので』
ネットの反応は『最低な女』が半分、あとの半分は美晴を擁護し、ボクを『イルミネーターにのりかえたゲス野郎』とののしる内容であった。おいおい美晴、やってくれるよ! スラリンガンのいったように彼女はたくましい。どんな難局でも乗りきっていけるに違いない。
『……私も刑事さんと同じです! 謎の組織に家族を人質に取られています! ただマサメさんと一緒にいる三ノ輪悟さんの元カノだというだけで! こんなこと許されていいわけがない! 助けてください! 私のお父さん、お母さん、弟を! どうか!』
泣きくずれる美晴。カメラの画像がグズグズにゆれ、ハジメンが彼女を助けおこす。
『わかりました、美晴さん。しっかりして』
『はい、すいません、ハジメン。ハジメン、最高!』
この期におよんで、ハジメンの好感度を上げようとする美晴に、ボクは失笑しそうになった。しかし笑っている場合ではない。ユーパイプ作戦、第一幕の大トリは最低ゲス野郎のボクがつとめるのだ。
『しかし謎の組織とは? 家族が人質とは……獅子舞いマスクを演じてもらったあなたが、マサメさんがいうところのサトルさんなんですよね?』
ボクの顔へカメラをパンするハジメン。
『はい。三ノ輪悟です』
『マサメさんに愛されちゃってるんですね。憎たらしい、マジ、むかつく!』
『…………』
だから、そういうアドリブはいらないから!
『謎の組織っていったいなんなんですか? あなたの家族も今現在、人質にされているんですか?』
『……ボクの場合、母とボクの大学の恩師がが人質に取られています』
内藤教授がハジメンの父親であるということは今回、ふせることにした。むろんハジメンと美晴が恋人関係にあることもである。あまりにも身内の話でかたまりすぎていてると、やらせではないかと視聴者に勘ぐられかねないからだ。
『人質というのはどういう? サトルさん、今のところみなさんのお話しが見えてこないのですが。ご説明を願えますか?』
『はい。ことの発端は日本とアメリカが秘密裏にマサメを生物兵器として共同研究しようとしている、といううわさが世界各国に流れたことにあると聞きました。それで、やはり日本に共同研究を申しでていたどこぞの国が、怒ってマサメを奪いにきたのだと。本当のところはわかりませんが、連中はそういっていました』
『連中? それが謎の組織?』
『はい。どこの国に雇われたのかは知らないけど、マサメは外国人傭兵部隊に襲われ、拉致されかけた。彼女を意のままにあやつろうとした連中は、ボクを拷問しました。しまいには殺される寸前までいったんです。これがそのときの傷です』
ボクは袖口をまくると、拘束イスに絞めつけられ、通電されたときの擦過痕とやけどの痕をカメラに向ける。
『拷問、殺されかけた……そんなことが、この日本で現実におこなわれたのですか?』
『相手は日本人じゃない。国外の雇われ兵士ですよ。なんでもありです』
『しかし……にわかには信じがたいな。陰謀論めいていて』
『マサメとボクを助けようとして、内閣調査室の相楽さんという人がボクらの目の前で殺された! それだけじゃない、自衛隊員が何人もやられるのを見たんだ!』
『しかしそんなニュースは報道されてませんが』
『スマホも取られて、ずっと逃げまわっていたボクが知るかよ。高度に政治的な意味あいがあるとか、外交的な問題があるとかで報道管制でも敷かれているんじゃないのか? とにかくこの動画を見ている人! 相楽という内閣関係者がここ一カ月以内に死んでいないかを調べてみてください。ボクの話が本当だとわかるから!』
『まあまあ三ノ輪さん、落ちついて』
『落ちつけるわけないだろ? ここにいるみんなの家族が……刑事さん、あれを!』
ボクがいうと、すかさず山村刑事はスラリンガンが青森のスーパーの掲示板からはがしてきたチラシを広げてカメラへ向ける。
『このビラを見てください』
『なんです? なんの広告ですか?』
『なんの広告でもない。書いてあるのはボクらの家族の名前だけだ。今はもう撤去されているだろうけど、ボクらが傭兵部隊から逃げたあと、このビラが青森市内に何万枚も貼られていた。意味はわかりますよね? ハジメン』
『ああ……まあ。こわい脅しですね』
『この動画を見てくれている青森市民の方! このチラシに見おぼえはないですか? なんの広告だろうと疑問に思った人はいませんか?』
半信半疑でどうでもいいようなコメントが大量に流れる中、少しずつではあるが『見た』『見た見た雪の夜!』『売れないインディーズバンドのポスターだと思ってた!』そんなコメが散見されはじめる。青森限定の上、一夜限りのチラシのはずだからコメント数は期待していなかったのであるが、まずまずの成果である。
『三ノ輪さん、けっこうこのビラを見た人がいるみたいですね。青森のみんな、ありがとう!』
『これで信じてもらえたでしょうか? ボクの母や山村刑事さん、本条美晴さんの家族が危険にさらされているんだ! ご近所のかた、気にかけてください! 助けてください! お願いします!』
ここで山村刑事が声をはりあげた。
『俺は警視庁の山村警部補だ。どうか頼む、全国の巡査諸君! みんなの家の周辺の巡回警らを強化してくれ! 公務員がこんな動画に出ちまったからにはクビは覚悟の上だ! だけどどうか、どうか女房、子どもの命だけは守ってやってくれ!』
『おまわりさん! よろしくお願いします!』
最後は美晴の絶叫で、ボクらの出番が終了となった。いちおうボクらと家族の命を危険にさらしているのは国籍不明の傭兵部隊であるとして説明をしたが、効果はあっただろうか? 日本政府と駐屯米軍が、ボクらの家族に手だししにくい状況をつくることはできただろうか? 母さん、どうか無事でいてくれ!
『なんというか……マサメさんをめぐって、とんでもない事態が水面下で勃発しているようですね……思えば確かに、マサメさんみたいな強靭な体力と破壊力をもつ兵士が大量生産されて、一国がその力を独占したとしたら軍事的な均衡がくずれ、世界地図が塗りかえられる可能性まで秘めているんだ! だってさ、物理的な大量破壊兵器ももちろん怖いけど、マサメさんみたいな美人がスパイとして各国に侵入したらSPなんてぶっ飛ばして、世界の要人が殺されまくりそうじゃん! マサメさんの存在は地球の、人類の未来を左右しかねない! どうしよう、オレ。マサメさん、この生放送、オレには荷が重すぎるんですけど!』
地球と人類の未来、さすがはハジメン、うまくつないだ。第二幕、ここからはマサメの独壇場となるのだ。だが、ボクの出番はまだおわらない。ボクにはマサメの言葉のひとつひとつを日本語訳するという大役が残されているのだ。地球と人類の未来、それから今度はマサメの家族と仲間を救うために。
『ハジメン』
マサメは片手でクイとハジメンのあごをもちあげた。ふたりのツーショットをカメラがとらえる。
『はい』
『地球……人類……荷が重いのは私も同じだ。もう少しだけ、つきあってくれ』
『あ、はい、いいですよ。チューしてくれたらね』
ハジメンはチャラ男キャラ全開で自分の頬を指さす。またシナリオにないことをいいだした。
『──サトル?』
『なに?』
マサメはカメラのフレーム外にいるボクに声をかけた。
『ハジメンの指を二、三本ヘシ折っても動画には支障ないよな? つづけられるよな?』
『あとは固定カメラでいける。OKだ』
マサメの言葉を訳したあと、笑顔でこたえるボク。そのこたえを聞き、ボキボキと指を鳴らすマサメ。
『すんません、すんません、すんません!』
米つきバッタのごとく頭をさげるハジメン。
『ミノウタスの女を軽く見るなよ』
ボクはそのとき思った。ハジメンは本当にマサメにホレたのかもしれないと。だから将来、ミノウタス公国へ亡命することになるのではないかと。マサメは、いやミノウタスの女は魔性の女ぞろいなのか? ボクは爆笑している美晴の目を見ることができなかった。
『では、気を取りなおして一問一答、Q&A、イルミネーターもとい、マサメさんに聞けのコーナーに移りたいと──』
ふたたびパフパフラッパを鳴らしかけたハジメンの手首をマサメがつかんだ。
『ハジメン、悪いがグズグズしている時間はない。せっかく質問事項をたくさん考えてくれたのに悪いがな』
『へ?』
目をまるくするハジメン。彼には寝耳に水であろう。
『ここまででかなりの時間をくっている。専門家が見れば周囲に群生する樹木の種類や土壌を観察するだけで、この場所の特定が可能だとサトルがいっていた』
『またサトルかよ!』
キーッと頭をかきむしり、ボクをねめつけるハジメン。この企画コーナーをプロのユーパイパーである彼が、たっぷりと時間をかけてやりたがっているのは誰もが知っていた。だからこそ、ここでの天地がえしを(美晴にも口どめして)内緒にしていたのだ。ここまではノリノリで進行してもらうために。
『ハジメン、外国人傭兵部隊は本気で銃を発砲するぞ。あんたのチャンネルで殺人ショーを生配信したいのか?』
マサメの問いにハジメンは、彼女に対して初めて怒りをあらわにした。
『そんなのうつしたいわけないじゃん! でも、だったらさ、先にいってよ! オレのチャンネルでオレだけハブとかって、ないだろ!』
『すまない……』
素直に頭をさげるマサメ。
『……おお! 視聴者数十万人突破だ! まいった。これもマサメさんのおかげ、マサメ効果だ! はいはい、わかりました。どうぞご随意に──』
ここでなんと、マサメはハジメンのホッペに軽くキスをした。
うぉおおお! 乱舞するコメントの嵐。そんな場合ではないが軽く嫉妬するボク。怪獣のように口から火でも吹きそうな美晴。時間経過を気にしているらしい山村刑事。当のハジメンはというと、驚きのあまり目を泳がせていた。
『感謝の気持ちだ。感謝になったのかどうかは知らないがな』
『なりました! このチャンネル、マサメさんに捧げます!』
直立不動のハジメンの言葉に、かみつきそうになる美晴を、日本語訳をしながら必死でなだめるボク。それはそうだろう。ハジメンはこの動画を美晴に捧げると、きのういったばかりなのだ。チャラいのにもほどがある! こいつ、本当にマサメのじいさんなのかよ!
(つづく)
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