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24 シュプレヒコール!

『イルミネーター』は嫌いになっても、どうか「マサメ」に恋してください!

 樹海の中で見つけた簡易的な避難小屋(小型ドローンを飛ばして見つけた)へ入ったボクらは、スラリンガンが用意した携帯型ストーブで暖をとり、板の間に輪になって体育すわりしていた。その円の中央、ランプの灯りひとつの薄暗い室内を大またでゆききしつつハジメンが宣言した。

「まず、今回の動画は、編集を一切くわえない生放送とします」そしてスラリンガンをギロリとにらむ。

「いいんじゃないですか? マンサメリケスがCG画像の人工女性だと思われたら元も子もないですから」

 うなずいてみせるスラリンガン。

「いつぞやの紅白、美空ひばりのCGはこわかったもんな……」

 どうでもいいことをいいだす山村刑事。

「決行は明日の正午とする。それまでに告知動画をガンガン流す。イルミネーター生出演と(めい)うって。ただしマサメさんは不本意だろうけど冗談めかします。お笑いのノリでいきます。真剣にやると……その……」

 チラリとスラリンガンを見るハジメン。

「そうですね。米国や日本政府に目をつけられたら妨害されるおそれがある。賢明な判断だと思いますよ」

「そうだよな! いいよな!」

 ホッとしたように笑みをうかべるハジメン。

「ちなみにハジメン、ユーパイプとはどこの国が運営しているサイトなのです?」

「カナダだよ。スラリンはそんなことも知らないのか?」

「未来人なんで。しかしそれはよかった。運営がアメリカだったら不適切な動画として早々に強制終了されかねない」

「えええ! 未来にはユーパイプがないの?」

「ありません」

バッサリと切りすてるスラリンガン。

「マジかよ、オレ、失業じゃん!」

「そんな話はどうでもいい! 運営がカナダでも、おそらく米国が横やりをいれてくるぞ」

 腕を組んだ山村刑事がうめくようにいうと、美晴がけわしい目でボクを見た。

「悟、発案者でしょ? なんとかならないの?」

「逆に聞くけど、ユーパイプって生放送中でも中断されたりするのか?」

 はっきりいってボクはユーパイプにくわしいわけではない。ただの視聴者なのだ。

「するに決まってるでしょ? でなきゃエロやグロ、個人の誹謗中傷だってたれ流し放題じゃん」

 将来の、失業のショックをこらえながらもこたえるハジメンの言葉はもっともであった。

「スラリンガン、ワームホールを使って動画の中断を阻止できないかな?」

 ボクの言葉をうけ、スラリンガンは少し考えこみ、ニヤリと笑った。

「できますね」

「どうやって?」

 美晴が聞くとスラリンガンは、まあまあと片手を振った。

「みなさんは知らない方がいい。多少、荒っぽくなりそうなので」

 青くなるボクら。防護スーツをまとったスラリンガンの殺傷能力はハンパじゃない。

「スラリンガン、できるだけ穏便(おんびん)に……」

 家族は救いたい。しかしそのために誰かが死ぬなんてことは、山村刑事にはたえがたいことなのであろう。まがまがしい光景を想像したのだろうか? 美晴も板張りの床へと目を落とした。しかしスラリンガンは、先ほどまでのアグレッシブな態度とはうって変わって上機嫌である。

「刑事さん、わかりました、穏便に。では明日の本番中、私はカナダへ飛ぶことにします。もちろん新型コロナウィルスの対策は万全なのでご安心を。なにせ私の時代ではあんなもの旧型のウィルスに過ぎないのですから」

「スラリン、本番中いなくなるのか?」

 少し不安げな目を彼にむけるハジメン。

「ハジメン。あなたがいる。もっと自信をおもちなさい」

「だけどさ……オレ、三流だから……」

「私がいうのもなんですが、それはどうなんでしょう? あ、お嬢さん」

「はい?」

 目をあげる美晴。

「確かにこの作戦の発案者は三ノ輪さんです。しかし実際に現場で指揮をとるのはユーパイプのシステムを理解しているハジメンです。正直、今のハジメン、三ノ輪さんなんかよりカッコいいですよね?」

 おい!と思うボク。こんなのマサメに通訳できないよ!

「はい!」

 元気よく返事する美晴。おいおい!

「ハジメンはわれわれの運命をたくすにあたいする人物です。そして彼は一流とはいいがたいが、しかし三流ではなかった。私の負けです。いい過ぎました」

「はい!」

 声を大にする美晴。そしてスラリンガンは、ハジメンに(こうべ)を深くたれた。

「スラリン……おまえ……」

 謎の感動につつまれているらしいハジメン。

「スラリンガンです」

「スラリンでいいだろ、もうよ!」

「はい。ただしシナリオ、構成、演出、カメラワーク。ユーパイプ作戦はあなたの手腕にかかっています。いうなればハジメンは総合プロデューサーであり、総監督。どうかそれをお忘れなく」

「プロデューサー……総監督……」

 こきざみに震えているハジメン。

「あなたには荷が重いですか? でしたら、ここは三ノ輪さんに──」

「できるって! やれるよ!」

「ほう。では総監督、最初の指示を」

「わかってる……美晴に刑事さん、三ノ輪さん、マサメさんが、自衛隊や駐屯米兵に襲われたというくだりには言及しない方がいいような気がする。真実を語ろうっていう三ノ輪さんのコンセプトには反するのかもだけど……実際問題、政府やアメリカを刺激したらあとの人生、ヤバいことになるんじゃないか?」

「……ああ、そうだね。ハジメンのいう通りだ」

 ボクがいった。

「なんかすみません、三ノ輪さん」

「いや、ボクはそこまで考えていなかった」

「では、その方向性で!」

「いいんじゃないですか? ハジメン総監督」

 軽く拍手するスラリンガン。

「そ、そうかな?」

 照れたように笑うハジメン。

「ところで生放送はいいのですが、このあたりの電波状況はどうなっています? ネットに接続できなければ意味がないかと思いますが?」

「ロケ地はできるだけ無線LANがつながりやすい場所を選定したけど……不安定なんだよな」

 スラリンガンの問いに、じゃっかん声のトーンが落ちるハジメン。

「いくら電波がつながるったって、わかりやすい目印のある場所からの中継はさけるべきだと思う」

 これは山村刑事。もっともである、ボクたちは日本政府から追われる身なのだから。

「そうよ、自衛隊がくるわ! ここへくる途中に演習場もあったし」

 美晴が不安げにつぶやく。そういえば陸上自衛隊の駐屯地も、そう遠くない場所にあったような気がする。撮影を見られたら銃火器をもちいて全力でつぶしにかかるだろう。ならば……。

「逆に町中からの放送にしたらどうかな?」

 ボクがいうと山村刑事が即座に否定した。

「撮影の届け出や許可がでてないとかなんとか、警察に難くせをつけられて全員、身柄を拘束されるのがオチだ」

 現役の警察官がいうのだから間違いないだろう。

「そうですね。かといって電波が不安定な森林の中からの途切れがちな配信では、視聴者が離脱していってしまうおそれがある……こまりものですね。ハジメン監督」

「どうしよう、スラリン……」

 スラリンガンの肩に手をかけたハジメンは、未来の世界の猫型ロボットにすがるアニメの少年のようである。ここでファンファーレとともに秘密道具でもでてくれば笑えるんだけどな……ボクは自虐的な笑みをうかべるしかなかった。ネット環境が整っていなければユーパイプ作戦なんて作戦でもなんでもない! なぜ樹海じゃ配信が不可能だと気づかなかった? まるで根本的な見落としじゃないか! 

「では仕方がない。総監督にひとつプレゼントをします」

 なに?と思うボク。スラリンガンが首のあたりの装甲パッドから小さな白い箱を取りだしたのだ。まさかの秘密道具?

「なにこれ?」

 受けとったハジメンが小箱を凝視している。

「私もそれがないと()()との通信がとれなくなってこまるんですけどね。しかし総監督を男と見こんでお貸しします。この時代でいうところの無線LAN、全方位ルーターです。東西南北、直径五千キロメートルていどの電波なら確実にすべてをひろうことができます。これで問題は解決ですね?」

「五千キロ……マジで?」

「あとで返してくださいよ。私が上に怒られますから」

「あの……()()ってなに?」

「そこを詮索(せんさく)されるようであれば、お貸しできません」

 スラリンガンが手を伸ばすと、ハジメンは大きくかぶりを振った。

「しない、しない! 詮索しない!」

「明日、私はカナダのユーパイプ本部へおもむきます。動画の強制終了は断じてさせません。あなた方はどうします? 明日の本番中、私はいないんですよ。ハジメンをはじめとするあなたたちだけでやるしかないんだ! こんな単純なケアレスミスはここまでにしていただきたい」

 一同を見わたすスラリンガン。そう、この作戦に失敗は許されない。ネット環境は整った。生放送の中断はスラリンガンがふせいでくれる。あとはボクらしだいなのだ。

「オレたちはやるぞ! いいな、みんな!」

 天にまでとどく勢いで全方位ルーターをかざして見せるハジメン。

「おおーっ!」

 全員が雄叫びをあげた。樹海の緑にかこまれた小さな避難小屋の中で、ボクらはつかみどころのない高揚感につつまれた。日本語の通じないマサメ、無骨な山村刑事までが腕を突きあげてシュプレヒコールを叫んでいた。

 ──ボクたちは家族を救い、人類の未来を守るんだ! 

 おかしいよね? ボクたちの思いはこのとき、ハジメンを中心にして本当にひとつにまとまったったんだよ。おかしいよね? マジでさ!

                      (つづく)

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