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『謝肉祭』  作者: ぎぎ
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『会員制肉料理専門店』

 ふはっ。今日は、待ちに待った予約の日だ。前回から半年近くなるだろうか。すでに儂の腹は餓狼の唸りのごとき音を立てておる。


 儂の腹の音を聞き付けた、年若い妻がクスクスと笑いをこぼした。



「あなたったら、運動部の男子学生みたいにお腹をならして。……まったく、お若いんですから」


「仕方なかろう? 半年だぞ。そう言うお前だって……」



 儂の言葉に返事をするように妻の腹も子犬の甘え声の様な音をたてる。



「あらあら、私ったら……はしたないわ」



 生娘が恥じらうかのように真っ赤な顔をさせておる。三十路も過ぎたというのに、まったくういやつだのう。



 カツカツと革靴とハイヒールを響かせながら、六十階建てタワーマンションのエントランスをすすむ。マンションのコンシェルジュに会員証を見せ、最上階直通エレベーターまで案内させた。



「このセキュリティがのお……」


「しかたありませんよ。美味しいディナーのスパイスとでも思いましょう?」


「で、あるか」



 妻の言葉に納得しエレベーター前の端末に会員証を差し込み、長ったらしいパスワードを入力。さらに指紋認証と虹彩認証を、儂と妻の個別で入力する。ここでやっとエレベーターの扉が開く。


 期待で鼓動が速くなるのがわかる。



 エレベーターは儂らを乗せると音もなく扉が閉じた。するすると高度があがり、ガラス越しに見える大都会の夜景が足元へと下がっていく。普段ならば絶景に感動の一つもするのだろうが、無理だ頭は食欲でいっぱいである。


 妻の顔をみれば、彼女も夜景を目に写してはいるが見てはいない。儂と同じなのだろう。



 終始無言であったが最上階到着の合図が沈黙を破り、エレベーターの扉が開かれる。


 籠からフロアに踏み出すと、老年ではあるが非常に聞き取りやすい声が掛かる。



「いらっしゃいませ、台間(だま)様。本日は当店にご予約頂き、ありがとうございます」



 白髪をオールバックでかっちりと決め、質の良い燕尾服と白手袋を身につけた『いかにも出来る執事』といった人物が深々とお辞儀をしていた。



「しばらくであるな。今日も期待しておる」


「かしこまりました。では個室へご案内致します」




「本日も前回同様、シェフのおまかせでよろしいですか?」


「うむ、満足いかなかった事など無いからな」


「ありがとうございます。シェフにはお誉めを頂いたと伝えておきます。では、オードブルをお持ち致します」



「『生ハムとチーズの盛り合わせ』です。こちらからモモ、肩、バラの順になります。各部位の味の違いをお楽しみ下さい」



 無言のままカトラリーに手を伸ばす儂と妻。一切れ一切れをじっくり味わいながら食べる。ほどよい塩気、それぞれの肉質と脂の旨味を味わい尽くす。執事の用意したロゼ色のシャンパンカクテルで口内をリセットしては生ハムを味わう。最高だ



「『三日間煮込んだコンソメスープ』でございます。凝縮された旨味を御堪能下さい。」



 うまい、としか言えなくなる。真にうまいものの前では語彙力が下がるものなのだろう。スプーンでいちいちすくうのがもどかしい。皿を両手で持ちごくごくといきたい。



「メインの『ブルーレアステーキ』です。言葉は要らないでしょう。マナーを忘れてお食べください」



 ああ、あぁ、確かにマナーなど構っていられん。ナイフが皿に当たりカチャカチャ鳴ろうが知ったことか。大きく切り取り頬張る。



 表面を少しだけ焼いたブルーレア。あぁ生の肉の繊維がぶちぶち千切れる歯ごたえが堪らない。溢れる肉汁と生ならではの血の芳醇な香りが混ざり合い、口内が歓喜で蹂躙される。これだっこれが食いたかったのだ!



 半分を食べた所で、妻を見る。彼女も肉に夢中な様で、口の端から血が垂れていることに気付いていない。似た者夫婦であるな。


 注意を促せば「あら、いやだ」とはにかみながら、ナプキンで口を拭う。食の趣味が合うと言うのは、夫婦にとって重要な要素であるな。


 残りの肉も直ぐ様平らげ、欲望を満たした幸福感に浸る。



「デザートはシェフ命名『二十四の瞳』だそうです。彼女はネーミングセンスだけが玉に(きず)ですね……」



 皿に盛られた円柱型のゼリーの中から、儂を見つめる眼球たち。な、なんだとっ!



「仕入れの関係上、数は使えなかったんでは無いのかっ!」


「昨今の感染症対策のお陰で、仕入れが容易になりまして」



 あまりの驚きについ大声を出してしまった。



「リモート導入とAI技術の進歩、自宅待機ですね」


「……ふはっ。リモートの画像は本人で無く、AI制御のアバターか、くはは」


「はい、肉の仕入れが格段に増やす事に成功しました。近々、二号三号店をオープンする予定です」



 妻は話を聞きつつも、眼球を銀色のスプーンでせっせと口に運んでいる。



「しかし、身内や友人が訪ねて事件にならんか?」


「そこは、当店をご贔屓にして下さる、桜の御紋と菊花のバッチの上層部の方々にお任せです。」


「情勢不安で行方不明と処理されるわけか」


「ですので、ご安心してご利用下さい」



 これからは、短い待ち時間でこの店に通えるわけだな。儂もデザートを頂くとしよう。



「……人肉料理専門店『謝肉祭』は、またのご来店をお待ちしております」




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― 新着の感想 ―
[良い点] ブルーレアステーキの食レポが、実に美味しそうです。 同じ素材の肉を食べる訳にはいきませんが、断面が赤くて肉汁滴るビフテキを、私も食べたくなりました。 また、デザートである「二十四の瞳」の命…
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