七面鳥と過ごしたチキンな俺へ〜蓋をした記憶とこれから紡ぐ幸せの話。
忘れる事には理由がある場合が多い。
と言う話を説明臭く回想風に書いてみました。
ある日仕事から帰宅すると、ポストに一通の封書が届いていた。送り主は俺の母校である波白高校。
同窓会でもあるのかと思いながら、玄関先で封筒を開き中に入っていた紙を開く。
そこにはパソコンで打った味気のない文字で淡々と『母校の創立100周年記念に向けての大規模な記念式典を行いたい旨』が書かれていた。要するに会への寄付金のお願いだ。
卒業して20年にもなるだろうか、地元に残った同級生によると校舎も変わり制服も変わり学科も変わり、自分達が通っていた当時の面影など全く無くなっているそうだ。そんな学校は果たして自分の懐かしむ母校と言えるのか。
いや、それ以前に俺には母校に思い入れがあったのかが分からない。高校の名前を懐かしいとは思うが、当時の自分の心情が全く浮かんでこないのだ。
俺は居間に向かうとDM用の仕分けケースに封書を投げ入れて、何とはなく自分が男子高校生だった頃の記憶を引っ張り出してみる事にした。
俺が在学していた当時の波白高校は、普通科情報科合わせて500人規模の田舎の公立校で、俺の自宅から徒歩10分圏内という立地だけで選んだ高校だった。
創立は後2年で100年目を迎えるくらいだから、それなりに古い学校と言えるだろう。校舎も古かった。
そう言えば、俺が通っていた頃にも80年とかなんとか創立記念を祝う式典が行われてたな。
創立当初が女子校だった事や近所に男子校があった事が関係しているかは分からないが、共学になって半世紀近いのにも関わらず男女の比率が2対8と激しく、入学式で普通科クラスの男子の少なさに驚いた。情報科になると1クラスに男子が2人だったり全く居ない学年さえもあったが。
女子は創立当初にデザインされたと言う夏服も長袖の変形セーラー服で全国的にも可愛いと評価されていた。それに対して男子は中学のボタンだけを変えれば高校生になれるシンプルな黒の学ランだった。うちの親は財布に優しい事を喜んでいた。
そんな男子の極端に少ない校内には常に女子の笑い声が飛び交う‥
と聞けば、外部の男子からすれば羨ましい環境だっただろう。だが現実は、大人数の女子の笑い声は本物の七面鳥が居るのかと思うくらいにけたたましいのだ。
彼女らは教室の片隅に固まって居る男子生徒を異性だと認識しておらず、身体の悩みの会話も明け透けで、男子がまだ残っているのに着替えを始めるのは茶飯事だった。正直まだ実家の母親の方が女性らしく感じるくらいに、集団の女子高生には恥じらいも何もあったもんじゃなかった。
俺達は『男子でありながら、女子校で過ごしていた』と言える。
言葉の表面だけを切り取ると天国の様な待遇と勘違いされそうだが、ここで言う女子校とはある意味男子高よりも恐ろしい魔境の事なのである。
そんな女子が中心の波白高校で男子が入れるトイレは、3階建ての校舎を学年で分けた各階に1ヶ所ずつしかなかった。ちなみに女子は各階両端と中央で3ヶ所、教務室のある別館にも2ヶ所あった。体育館や部活棟まで入れると‥とにかく女子トイレが多い学校だった。
生徒総会で男子のトイレ事情を訴えて、翌年別館や体育館の教務専用のトイレを使える様になった時は、在学する男子全員が嬉しさに涙したくらいだ。
『未知の生き物の中に放り込まれた哀れな弱い生き物達』
それが俺達波白高校の男子の真の姿だった。
「高校で彼女を作るんだ。同じ学校だったら放課後デートも出来るしな」と楽しみにしていた思春期男子が、半年もしない内に校内の女子を女として見なくなるという現象が起きたのも仕方ないだろう。
同年代女子の実態を知ったショックで、一年の夏休み前から女子と話せなくなった中島はあれからどうしているのだろう。立ち直れただろうか。
中には猛者もいた。
「絶対彼女を作るんだ!!
とりあえず当たって砕けろで、弾撃ちゃそのうち誰かに当たるさ」
と、入ってきたばかりの一年生を狙いに行った福留は春に言葉通り彼女を手に入れた。
1ヶ月後に彼女が波白高校の女子校色に染まった時に春は終わりを告げるのだが、卒業までに通算2人の彼女が出来ただけでも偉業である。
ほとんどの男子は女子の陰で静かに高校生活を送るだけだったのだから。
そんな肩身の狭い男子の中で、俺だけは扱いがちょっと違った。
入学当初他の男子よりも成長が遅くて女子と身長も変わらなかった俺を「弟みたいで可愛い」と2、3年の女子が構い始めたのだ。そしてそれに対抗する様に同級生の女子もなんだかんだと俺に構い始めた。
俺にとって彼女らからの扱いはペットにしか思えなかったが、押しに弱い性格もあって女子という多数派勢力に流されるまま、気が付けば生徒会長になっていた。
周りの男子はそんな俺の事を羨ましさ半分、でも実際に振り回されている姿に同情半分で見ていた。
学年が進み可愛がって(?)くれていた先輩女子達が学校を卒業して行っても、それなりに背が伸び少しずつ男らしさが表に出てきても、なぜか同級生女子の俺に対するペットの様な扱いは止まらなかった。
時々告白もどきを仕掛けて来る女子も居た。女子からの告白を本気に受け止めて真面目に悩んでも、翌日に「冗談だった」と言われる事が続き困惑した事もあった。
そんな事もあって、俺はどれだけチヤホヤされようとも女子に心を開かなかった。外見は大人に向けて成長していても、情緒部分はまだ恋愛感情を知らない子供だったのだ。
そしてあの日が来たんだ。
3年の二学期も終わりに近付いて次期会長が決まり、生徒会長の任期も後数日という頃だった。
俺の目の前でキャットファイトが起きた。
俺の幼馴染の女子に、同じ生徒会で仲良くしている後輩女子が「会長はこれから私と付き合うんです。別れてください」と喧嘩を売ったのだ。
寝耳に水だった。
俺は誰とも付き合った事はない。
学校内外を問わず、女子を口説いた事さえ皆無だったからだ。何か勘違いさせる事を言った記憶もなかった。
それに彼女と思われていた幼馴染とは小学校から家同士の付き合いもあって、学校で他の女子に比べて一緒に過ごす事が多かっただけで彼女ではないし、そもそも俺達2人の間には恋愛感情なんて無い。彼女もその筈だった。
だが、その時の幼馴染はいつもと違う顔をしていた。喧嘩を売った後輩女子に「この勘違い女!彼女は私だけなの。私達が分かれるわけないでしょ」と言いながら相手に平手打ちをし、俺を振り返って発言への同意を求めて来たのだ。
幼馴染の見せた知らない女の顔に気持ち悪さが込み上げて来て、俺はその場から逃げた。
帰宅後に熱を出してしまい数日休んだ俺は知らなかった。あの日を境に俺への周りの目が変わってしまった事を。
登校した俺を待っていたのは、あれだけ構って来ていた女子からの無視。幼馴染と生徒会の後輩を二股掛けようとしていた最低な男扱いをされて、幼馴染にも生徒会メンバーにも避けられた。
ほとんど引き継ぎも終わっていたので、生徒会の運営に問題が出なかったのがせめてもの救いだった。
そして男子からの反応は二つに割れていた。
女子2人を同時に手に入れ様とした勇者と見る奴と、羨ましさから嫉妬し距離を置いた奴。
福留が前者で中島が後者と言えば、分かりやすいだろう。
とにかく、卒業までの数ヶ月は針の筵だった。
そんな記憶が思い出された。
あ、なんだよ。
俺は波白高校に思い入れなんて無かったわ。
校名を聞くと懐かしいには違いないけど、あの時の事が苦しくて3年間の色んな記憶と一緒に思いにまで蓋をしていた様だ。
男子高校生だった自分が取った行動、あの時は逃げるしか出来なかった。
今同じ事が起きたらはっきりと2人に「彼女じゃない」と言い返せるだろう。いや、その前にあんな状況にならない様に女子との誤解されない距離を考えもっと気をつける方が先か。
まあ、あの時は俺も若かったって事だ。
引っ張り出した苦い思い出をそう括って、また記憶の底に仕舞い込むことにした。
今後もう二度と開けない様に、蓋に付箋を貼った。
『チキンな過去、開けるな危険』と。
記憶に蓋をしたその時、玄関のドアが開閉する音がした。
「パパ、ただいまぁ」
「たーいまぁ」
賑やかな声が近付いてくる。
「お腹空いたよ〜。今夜のメニューは何かな?」
「かにゃ?」
愛する嫁さんが職場の託児所から連れ帰った息子と共に、居間に入って来た。
「今夜はハヤシライスだな。昨日から仕込んであるから美味いぞ〜。お前もいっぱい食べて大きくなるんだもんな」
俺はそう言いながら、抱きついてくる息子の顔を覗き込む。3歳になったばかりの息子は嫁さんにそっくりな顔でニヘラと笑った。
「おおっ!ハヤシライスか楽しみ〜。
じゃあ、私はお風呂準備してくるね」
嫁が風呂場に向かう。
息子の笑顔に癒されていた俺は、食材の入ったエコバッグが腕に掛かったままだった事に気付いた。
慌ててキッチンに運ぶ袋の中身は、仕事帰りに近所のスーパーで買ってきた添え物のサラダにする材料だ。嫁が大好きなミモザサラダを作る為の。
俺が嫁と出会ったのは大学に進学してすぐだった。
2年先輩でおっとりとした雰囲気の彼女に対して、女性嫌いと人間不信気味になっていた俺は『どうせお前も高校の時の女子と同じだろ』と斜めに見て、何かある度に言葉強く当たった。
けれど彼女は相変わらずおっとりとした雰囲気で、俺を避けるわけでもなく不用意に近付くわけでもなく、ただ本気で嫌なことに対してだけハッキリと言い返して来る強さを持っていた。
次第にそんな彼女に惹かれて、その後俺から告白して付き合うことになる。
そして先に就職して頑張ってる彼女を学生ながらに応援しているうちに、将来を共にしたいと思い始めたのだ。
そんな嫁との思い出はたっぷりあって、全てが昨日のことの様な感情と共に思い出せる。だが2人のこれまでを全部を回想していたら、時間が足りない。
それよりも今の時間を家族3人で過ごす時間の方が優先だ。
さて、これからの幸せな家族との思い出作りの為にさっさと夕食を作り始めようか。
本日の風呂準備担当は主人公だったという設定がある。
お互いにその時に出来る事をやれば共同生活も円満だよなぁ‥という作者の希望。
ここで家庭ではなくあえて共同生活と書くのは、色んな形の色んなパートナーとの生活があっても良いと思ってるからです。もちろん独りでの生活も含まれます。
主人公はたまたま男女で戸籍が一つになる現在日本の制度下で幸せを感じるタイプでしたが、異性に恐怖を抱えてしまった中島くんにとっては違うかもなぁと考えたので。
読んでいただき、ありがとうございました。