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3.稀有なる秘薬

 朝食を終えたサフィアスが自室に戻ると、サフィアスの部屋のまえの廊下に女子生徒が五人、群がっていた。彼女らはサフィアスに気づくと道をあけた。


 部屋の中に入ると、そこにはまだレアとルーサがいて、それに加えて金髪で色白の男がいた。


 ガイユは滅多に見かけない教官だった。ずっと昔に彼から怪我の治療法を学ぶ授業を受けたことがあったが、それ以外では自分たちでは対処できない大怪我をしたり病気にかかったりしないかぎり滅多に会うことがない。教官というよりも医師に近いのだろう。


「熱はいつから?」


 ガイユがシオンに訊ねる。


「今朝から」


 答えられないシオンの代わりにサフィアスが答えた。


「昨日の夜は元気でした。今朝起きてから――いや、起きてこなかったから、変だと思ったら、熱を出していました」


「原因に心当たりは?」


 ガイユはシオンのほうを向いたまま言う。


「特には――同室のぼくは元気ですし」


 ガイユがはじめてサフィアスのほうを向いた。

 深く青い目から放たれる視線が、サフィアスの顔の輪郭をなぞった。


 こんなに近くでガイユを見たのははじめてだった。美形だ、とサフィアスは思った。

 ガイユの姿を見れたとはしゃぐ女子生徒が一部いることは知っていた。

 その中には、ガイユを目的に、ちょっとした怪我で医務室へ行く者もいるという。これだけの美形ならば女子生徒のちょっとした憧れの対象となるのも無理はない。


「ただの風邪だと思うが、一応、これを飲んでおけ」


 ガイユはサフィアスに小瓶を渡した。


「いつ飲ませればいいんですか」

「違う。おまえが飲むんだ」

「ぼくが?」


 サフィアスはてっきりシオンに飲ませるための薬を渡されたと思っていた。


「どうして僕が?」

「それは死守花(しもりばな)だ」

「死守花?」


 植物になど興味がないから薬草など怪我に効く蘆薈(ろかい)くらいしかしらない。


「わたし知ってます」


 後方で声を発したのはルーサだった。


「病気にかからなくなる薬ですよね。それを飲めば……たしか一週間くらいは――個人差があるみたいですが」

「へえ、すごい」


 サフィアスは小瓶の中の黒い粉を見つめて言った。

 粉末は茎か幹だろうか――それとも花だろうか。


 サフィアスは先ほどエルガスから問われた禁断の花の色についての謎掛けを思い出していた。


「わたし書庫の本で読んで気になっていたんです。それって、それを週に一回飲めば、年中病気にならないってことですよね」


 ルーサが小首をかしげる。

 金色の髪が揺れる。ぼさぼさ頭のレアと違ってすでに整えてきているらしい。

 それとも、整えずとも美しい髪をしているのか――。


 ルーサが続ける。


「そうなら、死守花を飲んでおけば医者いらずになるってこと――みんながそれを飲めば、人は全員、死ぬまで健康に過ごせるのではありませんか」


 ルーサはガイユに向かって問うていた。

 だが、ガイユは答えない。


「どうして死守花をたくさん栽培しないのですか」


 ガイユは完全にルーサを無視して、シオンを診察していた。


「死守花が市場に出回ると医者の仕事がなくなってしまうから、とか?」


 代わりに応じたのはレアだった。


「儲けられなくなっちゃうから、医者が死守花があまり世の中に出回らないようにしていたりして」

「あ、それありそう」


 女子ふたりの会話を聞きながら、サフィアスはガイユに問うた。


「そんな貴重な薬をぼくが貰っていいんですか」

「よいから渡している」


 そんなことも察せないかという冷たい返事が返ってきた。


「じゃあ、シオンにはなにを飲ませれば?」

「なにも飲ませなくてよい」


 ガイユは立ち上がった。


「おそらくただの風邪だ。風邪に効く薬はない。もしそうでなくとも、熱だけでは病の特定は不可能だ」


 それだけ言って、ガイユは部屋の戸のほうへと向かっていく。

 ガイユが戸を開けると、廊下から女子生徒の黄色い悲鳴があがった。やはりガイユを待ち伏せしていたようだ。


 こんなぶっきらぼうなやつと知っていて女は好き好んでいるのか、と疑問が浮かぶ。いや、ぶっきらぼうな男だから女好きがするのか。


「そうだった」


 部屋を出て行こうとしているガイユが足を止めた。


「卒業許可のお達しがあるんだった」


 ガイユはそう言って女子二人のほうを見た。


「明後日、出立だ、ルーサ」


 ルーサの大きな目がさらに大きく見開かれた。


「わたし?」


 信じられないというようにルーサが呟いた。


「おめでとう!」


 レアがルーサを抱きしめた。

 ルーサは涙目で満面の笑みを浮かべた。


 サフィアスはその様子を少し離れたところから見ていた。

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