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1.血の禁忌

第二章はヒロインの視点になります。

時系列的には、プロローグの直後です。

プロローグを飛ばした方は、まずそちらをお読みください!


第三章にはサフィアスの視点に戻ります。サフィアスのお話しの続きは、いましばらくお待ちください。

よろしくお願いします。

 膝に埋めていた顔を上げると、すでに明るくなりはじめていた。


――もう朝か……。


 ラシールが頭上を仰ぐと、森の木々の葉と葉の間から、うっすらと色づいた空が見える。

 森に身を潜めてから、まだ半刻くらいしか経っていないように思えるが、すでに夜が明けようとしていた。


 人生で一番早い夜明けだった。


 大空を横切る鳥のごとく時が飛び去っていくような気がした。


――どうして、これほど早く感じられるのだろう……。


 すべてが瞬く間に過ぎ去っていくような感覚だった。


 時だけではない。呼吸や鼓動も速いような気がする。


 ずっとまえ、異国の珍しい薬草を煎じて飲んだことがあった。精力剤、媚薬としても使われるらしいそれを、大人には内緒にして興味本位で友人と試してみたのだった。


――あのときの感覚に似ている……。


 今夜は一睡もしていないというのに、恐ろしいほど体が高揚し、力が漲っていた。

 ただし異なっているのは、あの薬を飲んだときの感覚よりもずっと――桁外れにずっと――鋭くなっていることだ。


 感覚も敏感になっていた。


 ラシールは水を操る力があったが、その水への感覚が凄じく鋭くなっている。


 王都の西側を流れる小川の流れが、反対側の東の森からも感ぜられる。


 さらに、森のどこか遠くに大きな水場があることもわかった。


 生まれてから王都に住み続けているが、一度も森の奥に水場の存在を感じたことはない。

 海は西側だから、森の奥にあるのは湖だろう。


 遠くにある湖が感ぜられるのと同時に、それにほんの僅かな水の存在――葉ついた(つゆ)や森の木々の幹の内側を流れる水すらも感じられた。


――お父さんを殺してから……。


 心も体もすべてがおかしい。

 自分の体が自分のものではないようだった。


 しかも――。


――風を感じる……。


 奇妙な感覚だった。


 五感とは異なる感覚で風を感じる。しかし、肌では風が感じられないのだ。


 こちらへ向かってくる風に関しては、第六の感覚で感じるのに少し遅れて、肌に感じるのである。


 それに加え、森を吹き荒れる風の流れがしっかりとわかった。

 風を感ぜられない箇所を辿ることで、どこに木があり、どこに崖があり、どこに谷があるか――森の地形がわかる。


 森の奥の奥まで――立ち入ったことのない場所の地形が、風の通り道を辿ることで理解できた。


 風の使い手は、これほど敏感に風を感じられるというのか――。


――お父さんは風使いだった……。


 父のことを思うと悲しみが押し寄せてきた。

 泣きたかった。だが、涙は出てはこなかった。



 父を殺したあと、ラシールは激しいめまいを感じた。

 天地が逆さまになるほどのめまいだった。


 だが、追っ手は迫っている。


 その後、どう逃げたかはあまり記憶がない。

 とにかく必死で逃げた。


 気づいたら森にいた。

 めまいも薄れていた。


 そして、明るくなるまで息を潜めていたのである。



 人を殺すとその者の力を吸収できる。



 父を殺したことで、彼の風の力がラシールの中に入り込んだのだろう。


 だから、風の力をラシールが得ているということは理解できる。


 だが、なぜ水の感覚まで鋭敏になっているのだろう。



――それに、なぜこれほどまでに時が早く感じられるのか……。



 今さっき、空が仄明るくなりはじめたばかりだというのに、すでに朝日は東の空にすっかりと顔を出していた。


 すでに人が起き出し、朝市が賑わいはじめている時分だろう。


 ラシールは立ち上がった。


 自分が立ち上がったことで起こった僅かな微風すら感じた。

 風使いはこうどれもこれも――一縷の風さえも感じてしまうものなのか。


 父は官吏だ。しかも、昔は警吏である。


 だから、父の操力は庶民と比べて優れているかもしれないが、だが、だからといって、これほどまでに大きな力を持っているのは尋常ではない。



――血族殺しをしたから……?



 この世で最も忌避される、けっして行ってはならない禁忌――それを自分が犯してしまったからだろうか。


 この変調こそが禁忌を破った者への罰なのだろうか。だから、血族殺しは、殺しの中でも特に禁忌とされているのだろうか。



 ラシールは朝日の位置から判断して、街の方角へと歩き始めた。


 森は右も左も同じように見える。


 だが、木々の幹と葉に囲まれた森の中は風が渦を巻いている。一方で、街の方角は風が遮られていない――広大な空間があると風を感じる感覚が訴えている。




 やがて王都の東側まで辿り着いた。


 この明るい中では追っ手もラシールを狙いはしないだろう。


 しかし、万一ということはある。

 ラシールは人通りの少ない通りを選んで、できるだけ人に見られないようにして、家のほうへと歩いていった。


――追っ手は何者だったのだろう……。


 顔は見ていない。ただ声だけは覚えていた。


 彼らは、なぜ父を殺そうとしたのか。


――この力を手に入れるため……?


 父がこれほどの力を持っているとは知らなかった。

 父が大きな力を持っていると知り、この力を手に入れようと狙ったのだろうか。


 父を殺して、父の力を手に入れようと――。


 そう思うと、いくらか腑に落ちた。


 父はラシールに自分を殺させようとした。もし、この父の力が悪しき者の手に渡ってしまったら、幾許(いくばく)もの悪事を働けるであろう。


――でも……。


 なぜそもそも父が、このような強大な力を持っているのだろうか。


 また疑問が浮かび上がる。


 ラシールとて力が弱いわけではない。

 父は官吏、母は没落した貴族の出であるという。


 寿命でいえば百五十年程度だろうか。平均の人間の寿命が百年程度なのを考えると、随分、長い部類に入る。

 力が大きい両親からは、力が大きい子どもが生まれる。


 力の大きさと寿命の長さは比例する。

 だから、寿命の長さが力の大きさの尺度となるのである。


 だが、授かった父の力は桁違いだった。



――文字通りに桁違い……。



 何百年、もしかしたら千年を超えて生きられるような力を受け継いでいるかもしれなかった。


 父から受け継いだ力は、大きすぎて、もはやはっきりとその大きさを感じられないほどだ。


 父が生まれつきこれほどの力を持っているはずはない。

 持っていたら、ラシールもその力を持っているはずである。


 つまり、父は人を殺し、この強大な力を手に入れたのだ。


 おそらく、ひとりやふたりではない。



――百人か二百人か……。



 おぞましい数の(しかばね)の上に、この力があるはずだった。

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