国王陛下「余を追放だと────?」
「陛下っ! お前を追放する!! このパーティから出て行ってもらおう!!」
ここは宿屋の中の一室。何をトチ狂ったのか、勇者様はいきなりそんな事を言いました。周りを見ると……聖騎士様に魔法使い様、パーティの他の方々までニヤニヤしています。心なしか足が震えているように見えますけど。
そういえば最近、巷では追放がブームになっており、業界を席巻しているとは聞きましたが……正気でしょうか?
「余を追放だと────?」
「う……いくら威圧しても俺は勇者! 決して屈しないぞ……!」
勇者様、それ勇気ではないです。言葉をはき違えてますよ。……無謀って言うんですよ。
「ほう、理由を申してみよ────」
「へ、陛下だけ魔法が使えないじゃないか! それどころか武器も防具もない! ここから先……肉弾戦だけの役立たずは俺たちの仲間に必要ないんだよ!!」
「そ、そうだ! いつも聖女から羨望の目で見られやがって!!」
「魔法とは知性の表れ。そして知性は戦いの戦略にも必須。僕も異論ありませんよ!!」
えっ、私が陛下を羨望の目で見るのは当然じゃないですか。婚約者な上にカッコいいわけですし。うーん、勇者様のおっしゃる主張が魔法……聖騎士様は嫉妬、魔法使い様に至っては……知性? 陛下ってすごく頭いいのに、何をおっしゃってるんでしょうか。
それ以前に、お三方とも王族に対してその言葉遣いは不敬すぎですよ。貴方たちこそ、色々と大丈夫ですか?
「たわけがああああああ!!!!」
「ひでぶううう!!!!」
ああっ!? 魔法使い様が陛下のデコピンで容赦なく……え!? あの咄嗟のタイミングで杖によるガードを!? 近接職でもないのに、なんという反射神経!! まぁ陛下のデコピンにより杖は小枝のように折られ、魔法使い様は宿屋の壁をぶち破って吹っ飛んでいきましたけど。手加減してあの破壊力……陛下、恐るべし。
「これが戦に必要な知性とやらか。戦略どころか戦術以前の話だ。嗤わせてくれる────」
「くそ!! 魔法使いは遠距離火力担当だぞ!! 陛下の打撃に耐えられるわけがないじゃないか!?」
今度は聖騎士様が噛みついた!? いえ、それより……『打撃に耐えられるわけがない』って。仮にも役立たずに対して言うセリフではないですよね、それ。
「ふん、貴様なら耐えられると申すか────」
「お、俺は聖騎士……パーティ内の防御担当だ!! この無敵の神聖結界は何人たりとも突破できん!!」
盾を構えた上に神聖結界を展開しながら聖騎士様がおっしゃいます。そこまでガチ防御して警戒するほどなのに、勇ましい口をきけるのは凄いです……。
全く尊敬はできませんけど。
「ヌルいわあああああああ!!!!」
「あぷぱっっっ!!??」
ああっ!? 聖騎士様の神聖結界がまるで紙くずのように!! え!? あの打撃で砕けないなんて、聖騎士様の盾、すごいっ!! まぁその盾はひしゃげつつ、聖騎士様本体と共に宿屋の天井をぶち破って吹っ飛んでいきましたけど。
「雑魚め。悠長に防御なぞするヒマがあるならかかってこい────」
「くっ、陛下!! 話し合いで決着を付けず、仲間に手を上げるなんて……許されると思っているのか!!」
えっ、許されるのかって……散々挑発しておいて、どの口が言ってるんでしょう。ハッ!! これは『挑発』──まさか、ヘイトを自分に集めるという勇者様の固有スキル!? でも、それって聖騎士様が会得すべきスキルなような。しかも、したところで防げないと、無意味どころか逆効果ですけども。
「許されぬだと……? それは余のセリフだ。この茶番、どういうつもりだ────」
「り、理由なら他にもある!! 王族のクセに勇者パーティにいるのがまず意味が分からないし、大体、『オーガ』って二つ名はなんだよ!! オーガって魔物だぞ!?」
陛下の二つ名は『エレフスのオーガ』。その驚異的なヒッティングマッスルによる恐るべき打撃。そして、武装した相手どころか、魔法を使う相手にすら単騎で突っ込んで行きます。
自国の運営は王弟と宰相に預けていますが、王族なのに自ら戦場で戦う。貴族達の間でも頭がおかしいと評判です。
名だたる周辺国の武人からは『たまらぬ男だな。アレこそまさしく鬼神の生まれ変わりよ────』といわれ、未だ地上最強を目指す挑戦者が後を絶ちません。
「青二才め、よく吠えおるわ────」
「バカにしやがって!! 拳で戦うだけの能無しめ!! 俺は……この聖剣の保持者!! そうだ、聖剣に選ばれた存在だぞ!?」
いえ、別に陛下って自分からはバカにしませんし……勇者様が聖剣に選ばれたのはともかく、ソレって陛下の国の貸与品なのですが。
そう、虎の威を借る狐ならぬ──聖剣の威を借る勇者……私の貧相な発想力では上手い例えが見つかりません。
「勇者よ。貴様は三つ間違いを犯した────」
「ま、間違いだと!?」
「一つ。追放劇がやりたいなら余所でやれ。自らトラブルを起こす者が勇者を名乗るなど片腹痛いわ。二つ。貴様、ローラに粉をかけようとしたな? 人の婚約者を寝取ろうとしておいて正義を騙るな。そして三つ。聖剣とスキル如きを頼りに余を追放しようなど、百年早いわ────!!!!」
もはや陛下の独壇場です。大体、なぜ勇者様たちは陛下に喧嘩を売ろうなどと思ったのでしょうか?
根本的な疑問なんですけども……まさか勇者様はご自分の要求がまかり通る上に、この展開が予想できなかったと……? そこが一番信じがたいのですけど。
「うっ……。そうだ!! 聖女、言ってやるんだ!! 『私は勇者様と愛し合ってます』と!!」
勇者様は一縷の望みをかけてと言った感じで私に水を向けました。確かに執拗に口説かれはしましたけど……婚約者がいるんですよ? そんな尻軽と思われるのは心外なのですが。
「この期に及んで守るべき女に頼るか。貴様、勇気どころか、戦士の誇りすら忘れたか────」
「うるさい!! これは役割分担というんだ!! 俺はお前のように女性を差別しない、共に助け合ってこその仲間だ!!」
「小賢しい青二才が。話にならぬな。よかろう────」
「……!! それじゃあ、聖女を置いて大人しく追放されるんだな!?」
「阿呆か。望みは一つ叶えてやるがローラはやらん。追放と申したな? ならば出て行ってやろう。元より貴様らを巻き込まぬよう戦うのは面倒だったのだ。ただし、ローラは国元へと保護する。これより先は自力のみで戦え。もはや勇者パーティへ我が国からの支援は無いものと知るがよい────」
それはそうですよね。第一、魔王討伐を口実にして──ギルドの依頼を受けたり、自分でお金を稼いでないわけですし。そもそも陛下があってこその、国を挙げての支援なのに……。
「聖女はその内、俺の元に戻ってくると信じている!! その時になって、せいぜい後悔するんだな!!」
いや勇者様の元へは戻りも行きもしませんよ。強いて言えば陛下に同行したいくらいなんですけど、私。
「して、この追放などという茶番の件はどう片を付ける────?」
「な、なに?」
「我らには義務がある。このパーティ構成は民意を汲んだ王宮により決定した。大衆から背負った希望と王宮との契約違反に対して、貴様はどのように責を取るのかと聴いておるのだ────」
「そ、それは……」
「この痴れ者がああああああ!!!!」
「ウボァー!!!!」
ああっ!? 陛下の繰り出す脳天からのゲンコツが勇者様を床に叩きつけて!! え!? 宿屋の床、ビクともしていない!? 宿屋の床すごいっ……! 陛下の一撃は石畳すら砕くというのに!! ところで、なぜか勇者様の悲鳴だけ、他の方と種類が違うようなんですけど!?
わたし、気になります!!
「ローラよ────」
あ、とうとう私にお鉢が回って来ました。ちょっと蚊帳の外っぽくて寂しかったんですよね。陛下って基本的に敵以外に対しては暴力を振るいませんし、私は長い付き合いで陛下の覇気にも慣れています。
「はい、陛下」
「こたびの茶番は余に責がある。そこな青二才の戯言など気にするな。先ほどはああ言ったが、ローラの好きにさせてやろう。遠慮なく望みを申すがよい────」
「よろしいのですか!? では僭越ながら……陛下と共に参りたいと存じます!!」
だって、行く先の各地でなさる陛下の解決劇って痛快なんですよ!! それに、ちょうど二人になりたいと思っていたところですし!! やはり殿方はこうでないと!! 勇者様、陛下を追放してくださってありがとうございます!!
「うむ、ローラならば戦の邪魔にもならぬ。それでは引き続きついて参るがよい────」
そういうことになりました。
ちなみに、国からの支援を打ち切られた勇者様たちは……陛下を追放した事実に各地の民からは冷遇され、資金難にも陥り、口論の絶えないパーティになってしまったとか。もちろん聖剣は国の所有物なので没収です。
後から聞いた話なのですが、最初に頭をよぎった追放ブーム。これは追放された者が実は一番の貢献者である事を示し、『ざまぁ』という展開に持っていく様式美なんだとか。
最近では、後から追放した側に後悔させ、『今更戻って来てくれと言われてももう遅い!』とドヤ顔で宣言するのが流行ってるらしいのです。
そもそも今回のケースだと陛下が追放される側ですし、後から『ざまぁ』を行う立場のハズなのですが……それ以前の話でした。私から言わせれば『貴方がた如きが陛下を追放しようなど、百年早い』と言ったところです。あ、これ陛下ご自身でおっしゃってましたね。
といいますか……魔法如きを理由に、勇者様が陛下に『役立たず』と言い、無能扱いをして追放しようとしたのも意味がわかりませんし。
あ、もしかすると、『ざまぁの流行に乗るのも賢い生き方だが、やり過ぎは禁物。この世は諸行無常』という教訓を示してくれたのかもしれません。勇者様……深いです。
全く尊敬はできませんけど。
「追放とは、たまらぬと想わぬか」
「また、ざまぁの話か」
「うむ、またざまぁだ」
「さすがに食傷気味ではないのか?」
「いや、逆だ。ざまぁあっての、なろう────もはや、そうと言い換えてもよい」
「ざまぁとは、もの悲しいものだな」
「まことにもの悲しいのは、グダグダ展開から未完結にせざるを得ない状況────つまりは、人の心よ」
「そういうものか」
「そういうものだ」
それは──『泣きついてきても今更もう遅い、ざまぁ』が身に沁みる季節。
囲炉裏の暖かな火を囲み、二人は盃を手に語り合うのだった。