宿屋とバカ
5話 宿屋とバカ
扉を開けてはいるとベルが鳴る。だが、騒がしい酒場では、音を気にするものなど居ない。
……だが。
「いらっしゃぁい! 」
女性のように高い声のはずなのだが、何故か野太さを感じる大きな声で、程よく肌が焼けた褐色の女がカウンターの奥から顔を覗かせた。
「ベネットさん! 」
「やあティナ、お帰り。それで、そちらの人は? 」
「この人はアレミスさん。実はね、まお――」
ティナが魔王と言いかけたその瞬間、俺はティナの口を手で塞いだ。
モゴモゴと何かを言いながらジタバタするティナを無視して、俺はベネットに自ら名乗った。
「アレミスだ。商人をやっている」
「ふふふ、ティナが男の人を連れて来るなんて初めてじゃないか? 」
「はいめふぇやないほん! 」
口を塞がれてちゃんと聞き取れないが、何を言っているか大体検討が着いたようで、ベネットはケラケラと笑っている。
「そうだな、確かに男の人とは良く来ていた。小さい頃だがな」
「小さい頃?」
俺は、ベネットに訪ねた。
「ああ。ティナがまだ6歳の頃、よく親父さんと手を繋いで飯を食いに来ていたんだよ」
「そうか……」
俺はすっかり忘れていた事を思い出し、ティナを解放した。
「酷いよ、アレミスさん。いくらボクが美少女だからって、急に後ろから抱きつくなんて……」
「バカなのか? どう解釈すればそうなる。この変態女が」
「あー、酷いぞアレミスさん。せっかくボクの部屋に泊めてあげようと思ってたのに! そんなこと言うなら泊めてあげないよ! 」
俺はティナのことを無視してベネットに話しかける。
「とりあえず5泊、一人部屋で幾らだ? 」
「無視するなーー! 」
ベネットは哀れむような目でティナを見ているが、特に何かをする訳でもない。
「朝晩食事付き、一人部屋5泊で1万8千リンでどうだい? 」
1万8千リンだと、小銀貨1枚と大銅貨8枚か……。まあ、相場はわからんがこれでいいとしようか。
「じゃあ、それで頼む」
俺は、麻袋から金を取り出してベネットに手渡す。
「まいど! 部屋は3階の1番奥の部屋ね。 ほら、これが鍵。出てく時に返してよ」
そう言われて、部屋の鍵を受け取った。
終始放置だったティナを引き連れて、俺は部屋へと向かった。
◇
部屋に入った俺は、早速ベッドへと寝転がった。
「屋敷と比べれば粗末なものだが、まあ悪くないな」
建物自体が古いせいなのか、部屋自体にも年季を感じるが、それでいてとても清潔感が漂っている。丁寧な仕事だ。
一息付き、そろそろティナの元へと向かおうかと思った丁度その時、部屋がノックされた。
「アレミスさん、入っていい? 」
「ティナか、好きにしろ」
「アレミスさんが全然来ないから、ボクの方から来ちゃった」
えへへと、少し照れ笑うティナ。宿に居るからか、防具を外している。
「ちょうど良かった、聞きたいことがあったんだ」
「なんでも聞いて! ボクが全部答えてあげるよ」
ティナは、部屋に備え付けられていた椅子を引きずってこちらに運び、俺の前に座った。
「冒険者の事だ」
「冒険者? お金の価値も知らなかった人だし、知ってるわけないか! 」
ムフフと小馬鹿にしたように笑う。どうやら先程のベネットとのやり取りの仕返しのつもりらしい。
「なんだティナ、喧嘩を売っているのか?」
「そそ、そんな事ないよ! ぼ、冒険者だね! うん、教えてあげるよ! 」
ティナは、冒険者についての説明を始めた。
「まずは、冒険者とは何か! は……既に知ってるよね? アレミスさんでいう、ヨウヘイ? と同じようなものだよ。国や街、村やギルドや市民からの依頼を、冒険者が解決するんだ。依頼には色々あってね、雑用、護衛、採集、魔物討伐。他にもいろいろあるけど、この4つが殆どかな」
やはり、前の世界で言う傭兵と全く同じだ。傭兵が名前を変えた程度に思っておけばいいだろう。
「それで、Aレートとか言うやつはなんなんだ? 」
「それはね、冒険者のランク。下はEレートから上はSSレートまで。ちなみにボクはBレートなんだ!」
ランクか。傭兵にはランクというものは存在していなかったからな。
「それって凄いのか? 」
「別に凄いってほどでもないね。Bレートなら沢山いる。本当に少なくなってくるのはAレートからなんだよ。Aレートは全体の5%程しかいない。Sレートだと1%、SSレートになると、0.1%程しかいないんっ。だから、アレミスさんが森で倒したあの男は、本当はとっても強いんだよ? 」
「そうなのか? 俺にはアイツの強さが理解できないな」
「それはアレミスさんが凄すぎるだけだよ」
「それで、そのランクは高ければどうなるんだ? 」
「ランクは強さの象徴だからね! より上位の依頼を受けることが出来る。他にも、単純に権力が手に入ったり、お金も勿論稼げるよ! 」
という事は、依頼は難易度に別れているということか。傭兵よりも面倒なシステムなんだな。
まあ、その分自信過剰で死ぬ新人も少ないって事か。
「何はともあれ、冒険者の事はだいたい分かった」
「そっか、なら良かった」
「よし、早速明日から冒険者になるぞ」
「了解! そしたら明日は、冒険者ギルドに行こう! 」
そうして、明日の予定が決まった。
「ところでアレミスさん」
「なんだ? 」
「なんでボクの名前知ってるの? 」
今更かという、そのバカでマヌケな質問に、俺は本当に面倒な地雷を引き当てたのではないかと、投げ捨てたくなった。




