道標
2話 道標
「ボ、ボクはお金なんて持ってないよ! だ、だから殺さないで居てくれると助かるな……なんて」
女は耳をパタパタと動かし、尾で足を撫でながら言った。
「何を馬鹿な事を言っている? お前から金を取る気は無いし殺すつもりもない」
「そ、そう……なら助かるよ。そしたらさ、ボクになんの用なのかな? 」
「俺はお前を助けたよな」
「突拍子も無く言うね。まあ、事実なんだけどさ。確かに、ボクは貴方に助けられたね。アレミスさん」
「なんだ、名前を知っているのか?」
「さっきあの男に名乗ってたでしょ? それを聞いたんだ」
「そうなのか。それでだ、お前を助けた俺はお前に見返りを求める権利があると思うのだが」
「確かにそうだね。ボクが出来ることなら何だってするよ! 」
「それは有難い。じゃあ、是非とも付き合ってくれないか」
「つ、つつ……付き合うなんてそんな、ボ、ボク達出会ってまだ数分だよ?」
何を勘違いしてるのか、顔を赤らめながらそわそわとしている。
「俺は魔王でな。人間の世界には疎いんだよ」
魔王という情報だけでも面倒なものなのに、そこに異世界なんて追加させる必要性が感じ無い。聞かれれば答えるとしよう。
「ボクは……ま、魔王の彼女になるの? 」
「だから付き合うというのはそういう意味じゃない。俺についてきてこの世界の常識やらを教えて欲しいんだ」
「なんだ……そういう事ですか。だったらボクに任せてよ! ボクはこの世界を旅していた事があるからね、色々な場所や物を知っているよ!」
「そうか、なら助かる。じゃあとりあえず、これを飲め」
俺は、異空間から治癒薬を取り出した。向こうの世界に居た時の道具やら素材やらが全て入っているこの異空間。異界へと来ても、異空間は変わらないようだ。
「こ、これは何かな?」
「見たことが無いか? 治癒薬だ」
治癒薬とは、薬草を煎じて薬を作る際に、魔術師が魔力を込めてその効果を増幅させた物だ。今渡した治癒薬であれば、骨折程度なら跡形もなく治療出来る。
「ち、ちちち、治癒薬って、あ、あの治癒薬!?」
「あのと言うのがどの事かは分から無いが、その治癒役は病以外の傷を癒す魔法薬だな」
「そんな高価なもの、貰えないよ! 」
治癒薬という物はそれほど高価なものだったのだろうか?前の世界で戦った傭兵――金を貰って依頼を達成する万事屋の様な職業で、主に護衛や討伐を生業としている――は躊躇いもなく使っていたのだが……。
「治癒薬はどれほどの価値がある?」
「銀貨3枚程だけど……。アレミスさんは、ほんとに何にも知らないんだね」
「そうだな。だから、お前に教えて貰いたいんだ。それで、銀貨3枚って言うと?」
「そこからかい? 仕方が無いな、助けてもらった恩もあるし、とことん付き合うよ! 」
と、俺は獣人の女からこの世界の金銭の価値を教えて貰った。
金の単位は''リル''と表されているらしい。主に使用されている物は半銅貨、小銅貨、銅貨、大銅貨、小銀貨、銀貨、大銀貨、金貨であり、リルに換算すれば、半銅貨=1リル、小銅貨=10リル、銅貨=100リル、大銅貨=1000リル、小銀貨=10000リル、銀貨=100000リル、大銀貨=1000000リル、金貨=10000000リルとされているようだ。
ちなみに半銅貨とは、小銅貨の大きさで銅の配分が少なく、殆どが石でできている。
その石は、錬金術師が鉱石から銅や銀や金を抽出する際に出来る不要なもので、対して強度はないものの、見た目は銅に似ている為に硬貨として使用されている。
即ち、俺が彼女に差し出した治癒薬は30万リルの価値があるもので、30万リルあれば平民が一月の間ある程度の生活が出来る程だ。
だが、傭兵達がこれほどの物をああも容易く使用していたとは思い難い。真実は定かでは無いが、前の世界では治癒薬はそれほど高くなかったのでは無いだろうか。
まあいい、兎に角この高価な物を使えば、より一層感謝という鎖で縛ることが出来るだろう。
「価値はだいたいわかった。が、お前のその足の傷をそのままにして街まで帰られるのか?」
「む、むぅ……。確かに、日が暮れてしまうね」
「なら、黙って受け取ればいい。その対価はしっかりと返してもらうからな」
「そういう事なら、うん。わかったよ、有難く使わせてもらうよ」
女は治癒薬を口に含んだ。すると、身体中の患部が僅かに光、みるみると傷を癒した。
「ちゃんと治ったようだな」
「確かに治ってるけど、治癒薬ってこんなに効き目あったのかい? ボクは聞いたことないよ、身体中の傷を癒す薬なんて」
「それはお前が無知なだけだろう。ほら、治ったなら早く行くぞ。街へと案内しろ」
「もうすぐ夕暮れだし、それもそうだね! よし、じゃあ街へ向かおう!」
俺は名も知らない獣人の女について行き、街へと向かった。
後で名前を聞かなければな……。




