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カンパイ!  作者: 石野けい
14/14

14話目(おしまい)

「久しぶりに寄ってくか」

「いいっすね。行きましょう」

 スギウラさんは最後の勤務を終えた。特に何事もなく、平穏無事に。それから店を閉めた俺らは、早朝からやってるあの飲み屋に向かった。俺らが馴染みとするあそこに。しかもこの日は客がひっきりなしに入って来ていつもより疲れていたので、俺らはユッタリしたくて、少し早足で飲み屋へ向かった。いちじは毎週のように通っていたが、俺もスギウラさんも同時に忙しくなり、2ヶ月くらいは来てなかった。久々にこの店に来たが、スギウラさんとサシで飲むのも今日が最後かと思うと、やはりムネにこみ上げるものがあった。俺らは店に入った。そして、互いに飲み物を頼んだ。俺は当然ビールを、スギウラさんは日本酒の熱燗を、それぞれ注文した。そして二人きりでする最後の乾杯。

「スギウラさんの地元での生活が素晴らしいものになるように」

 俺はそうエールを送った。ただ本音は、

「めっちゃ寂しいっすよ。何で行くんすかあ」

 である。それから所詮叶わぬことを考えた。たとえば、

「もし俺に決断権があったら、あと数年いてもらうのに」

 などという不可能なこと。ありえっこない。妄想の話だ。よく「運命は変えられる」とか聞くけど、少なくとも「出会いと別れ」は自分の力ではどうしようもないんじゃないか。俺はこの数ヶ月、それをイヤってほど実感した。藍を始め、オオハシやぐっさんなどとの別れから。まあみんな新しい人生を踏みだして行ったんだから邪魔するつもりなど毛頭ないが。しかしやっぱり、寂しいよなあ。出来ることならいつまでもイイ友達や仲間に囲まれて生きていきたいモノだ。しかしそうはいかないのが人生ってヤツ。現実は厳しい。そして旅立つ側の立場よりも見送る側の方がツライ。何もすることは出来ない。ただ去りゆく友を見送るだけだ。今回もこうして、俺は自分の無力さを感じながら、離れて行く大事な人を見守ることしか出来ないのか。

 酒もだいぶ進んできたあたりで、いつもならばバカ話などをして盛り上がっている二人だったが、俺は落ち込んでるしスギウラさんはなにか考え込んでる様子で、会話はあまり弾まなかった。それから急にスギウラさんは、

「実はな、俺の親父がもう2、3年芸人やってみたらどうかって言うんだ。はじめは猛反対してた親父がだぜ、この前も帰って来いって言ってたあの、親父がだぜ。どういう心境の変化かは知らないけど『これまでお笑いの世界で頑張って来たんだからもう少しやってみろ』ってさ。まさに、開いた口が塞がらない状態だったよ」

 そんなことってあるのか。話を聞いてて、思わず俺も「開いた口が塞がらなく」なった。

「でもよ、俺自身もうスッカリ心の整理がついててさ、実家に帰るつもりでいたんだ。けどやっぱり」

「…未練すか」

 スギウラさんはひと呼吸おいて語った。

「だな。コレばっかりは捨て去れなかったよ。長年やって来たからなのか、ただ単純に好きだから、そのどっちかは分からないけど」

「それで、親父さんにはなんて答えたんすか」

「まだ保留中だよ。『少し考えさせてくれ』って言ってな。あーあ、こんなんだったら始めから『東京に残る』って言っときゃあ良かったよ」

 俺は今しかないと思った。藍を引き止めることは出来なかったけど、今のスギウラさんならば、多分。スギウラさんがどうしても帰らなきゃならないというのならともかく、少なくとも今はそうではない。きっと、来るべき時になったらスギウラさんだってなんの未練もなく東京を去るだろう。今はまだその時ではないんだ。ならば俺が止めよう。ていうか、俺しかいない。こうなったら歳の差とか職場での関係性などどうでもイイ。スギウラさんがまだ東京に、それから店に残ってくれたらどれほど嬉しいか。そういうことを考えて、俺はいつもよりも強気になった。

「だったら絶対残るべきです!まだ芸人の世界に未練あるんでしょう?スギウラさん、今32歳っすよね。あと2、3年で35じゃないすか。ちょうど区切るにはいい歳じゃないすか。ていうか32も35もそんな変わんないっすよ。ね、だからもう少し残って芸人続けましょうよ」

 もっと言いたかったが、ここまでにした。それから俺はビールをグビグビ飲んだ。普段言わないことを言って少し緊張して、急速に喉が渇いた。ビールをすべて飲み干し、おかわりをした。俺のところに運ばれてきたおかわりを、グビッと半分くらい飲んだところで喉がだいぶ潤ったので、俺はスギウラさんの言葉を待った。

「そうだなあ、もう少しやってみっか、お笑いとラーメン屋」

「そっすよお。それっきゃない」

 俺は、もう一押しだと思ったが、ガキ相手じゃないので最終判断はスギウラさんに任せた。俺が気を揉むまでもなく、スギウラさんは、

「おっしゃ、もう一度やるぞ。まあ、俺が帰ると思って『追い出し会』の企画をしてくれた坪田店長には悪いけどな」

「そんなことは気にしなくていいっすよ。むしろ坪田店長も喜びますよ、絶対」


 俺が予想した通り、いやそれ以上に坪田店長はスギウラさんの復帰を手放しで大喜びした。坪田店長らしい感情表現だった。だが、上田さんやキョウくん、それからモリタくんもスギウラさんの復帰を喜んでいた。坪田店長は冗談半分で、

「もうしばらくこっちにいるなら、意地でも売れねえとな」

 とゲキを飛ばし「がっはっは」と大笑いした。スギウラさんはそれぞれみんなに、

「またしばらくお世話になります」

 という、妙にかしこまった挨拶をしていた。それからもちろん俺は、オオハシにも伝えた。オオハシは失恋のショックから立ち直ったらしく、元気そうな声で、

「そうかそうか、そいつは良かった」

 と、おっさんのような口調になって喜んでいた。あと、30日は来れるらしいので「スギウラさん追い出し会」から「オオハシお帰り会」に変更した。まあ建前上はそうであっても、本心はみんな酒を飲みつつパーっとやりたいだけだろう。夜に店を閉めてドンチャン騒ぎをするなんて、想像しただけで楽しいではないか。しかもそこには久々のオオハシもいるし、東京に残ると言ったスギウラさんもいる。楽しくないわけがない。何度でも言おう、楽しくないわけがない!


 夕方、藍に電話をした。

「もしもし」

「もしもし。ごめんな、今大丈夫か?」

「うん。なんかタケオ君の声、久しぶりに聞いた。そうでもないのにね、懐かしい感覚」

 俺はドキドキしていた。胸の鼓動が抑えられなかった。

「ひとついいか?」

「なあに?」

 俺は心臓が口から飛び出そうになるほどの緊張した精神状態で、こう言った。

「・・・何年先か分からんが、福岡に行くよ。それで、もう1度藍に気持ちを伝える。『好きだ』って。いいかな?」

彼女は、静かに答えた。

「嬉しい。ありがとう。待ってるね」


 今年もほぼ終わりだ。俺が住む古い街の個人店は、シャッターを閉じて年が明けるのを待っている。肉屋も床屋も喫茶店も。だいたいどこの店も、

「〜年は1月4日から営業します」

 という同じような張り紙をしている。年中無休とか言いながら盆暮正月はシッカリ休むんだな、と俺は軽く苦笑いした。それから、夜の飲み会に備え軽く腹ごしらえをしておきたかった俺は、少し遠いところにあるコンビニまで歩くことにした。本当に年末になるといつもながら感じるのは、なんともいえないソワソワした気持ちだ。街はいつもより静かだし、コンビニや24時間スーパーなど本当の意味での年中無休の店をのぞいては、さっきみたいにシャッターを閉じて年明けに備えてるところが多い。俺はそんな年末の、静まりかえった街を歩くのが好きである。コンビニでおでんとおにぎり、あともちろんホットコーヒーを買った。家に帰ってそれらをたいらげ、だいぶ伸びてきた髪を鏡で見て思った。ボウズにしようと。上京当時、散髪代も惜しむほどに金がなくて、ホームセンターでバリカンを買ったことを思い出した。確か2〜3千円くらいで。ラーメン屋でそれなりのお金が入って散髪屋に行くまでは、ずっと自分の部屋で「断髪式」をおこなっていた。上京した18歳から、ラーメン屋に入る24、5までずっと、その断髪式をしていた。今日は久々にボウズにしたくなった。あのバリカンはまだ使えるだろうか。


 数十分後、ツルツル頭の自分が鏡に映っていた。

「久しぶりだな」

 俺は呟いた。それから夜になって、玄関で靴を履き、ドアを開けて外へ出た。寒い。頭が冷たい。当たり前だ、ボウズにしたんだから。俺は一旦部屋に戻りニット帽を被った。再度外に行き、そのままいつも働いてるラーメン屋に向かった。

「おせーよ」

 久々に会うオオハシだ。懐かしい。

「おお、久しぶりだなオオハシ。お前、いつからいたんだ?」

「ついさっきだ。懐かしいから、裏の休憩所にいたよ」

「そうかー」

 俺は凄く嬉しかった。オオハシに久々に会えたことが。もちろん昼組の坪田店長や上田さん、キョウくんの姿もあった。キョウくんはもう既に酒が入ってるらしく、相変わらず大声で熱唱していた。モリタくんもいる。モリタくんは小説を読んでいたが、俺が店に入るとワケのわからんモノマネを披露して出迎えた。それから、

「遅くなりましたー」

 という声とともに、スギウラさんが入ってきた。

「じゃあみんな揃ったところで早速始めるか」

 坪田店長が音頭をとる。それから我ら一同は声を揃えて、

「カンパイ!」

 と言い、ジョッキを高々とあげた。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 完結お疲れ様です。 なんだかんだ言って、人は進んでいくんだと 頑張っていくんだと 考えさせられました。 [気になる点] 何年後か先のみんなが知りたい
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