11話目
オオハシ。あの旅ばかりしていて寅さんが大好きだったオオハシから突然の手紙が届いた。ヤツは俺と同じ歳で仲も良かった。何よりも、オオハシが話す旅先での出来事を聞くのが俺は大好きだった。ヤツはきったない字で、実家に帰って地元の仲間に再会したことや病気になった親父さんや婆ちゃんの介護をしながらも就職したこと、そして最も俺を驚かせたのが初恋の相手と再会して近々プロポースするとかを書いていた。東京にいた時は、
「所詮自分は旅人だから。まあ40くらいに結婚すりゃいいかな」
などと言いやがってたくせに。あと確か、
「恋はあせらずじっくりと」
とも言ってた。すっかり変わったな。何が恋はあせらずじっくりと、だ。あせってんのはおめーじゃねーか。それから、手紙の最後に寅さんの似顔絵がデッカク描かれていた。その辺は変わってないな。俺は大笑いした。多分実家に戻ったことや生活環境がオオハシのいろんな部分を変えたんだろうけど、根本は変わらないよな。寅さんの似顔絵を見るとそんな印象を受けた。きっとそのメッセージだったんだろう。そう考えると、また笑えてきた。にしても、連絡先知ってるのにワザワザ手紙をよこすなんてあいつらしいと思った。それとオオハシのことだから多分手紙の返事を待ってるだろうな。まあ俺も公演が近かったりとかで、結構忙しいから手紙じゃなくて電話かけよう。久しぶりに声も聞きたいし。そんなこんなで携帯から、
〈オオハシ(旅人)〉
の部分を選んで発信ボタンを押した。ヤツに電話をするのはいつ以来だろうか。耳元に発信音が聞こえる間、俺はそんなことを考えた。
「もしもしもしもしー、おう、俺だー」
「もし」が2つ多くねえか。まあ良かった、元気そうだ。
「オオハシかー。久々だな、俺だ、タケオだ」
「分かってるって、そんなこと」
歳が同じだし気が合うから、俺らは軽口を叩き合える間柄だった。それはオオハシが帰郷しても同じで、俺らはしばらく悪意のない言葉でののしり合い、互いに笑った。それから、
「そっちの生活はどうだ、順調か」
と俺が聞いたのをきっかけに、オオハシがいろいろ話した。まあそのほとんどが女に関することで、来週か再来週あたりに結婚を申し込む、とヤツは少し興奮した口調になって語った。相手の女性は小学校の時の初恋のヒトで、オオハシが上京してからはまったく繋がりがなかったそうだが、友達が連絡先を知ってて、久々に再会することが出来たらしい。
「でよ、始めは別に期待してなかったんだわ。だってさ、いくら初恋の相手とはいえ、もう何年も会ってなかったし。まあ自慢するわけじゃないけど俺も東京でいろんな女と付き合ったからね。地元にいるそのコのことなんて当然頭になかったよ」
「お前、今の明らかに自慢だったぞ」
俺は即座に応戦した。「自慢するつもりはない」とか言っておいて。それからオオハシは、
「まあ、そこはスルーしろよ。それより、久しぶりに会った彼女は、本当に美しかった。もちろん都会すれしてないし。何ていうのかなあ、よく分からんけど透明感があってさ」
オオハシの話によると髪型もウェーブとかがかかってなくていつも後ろで結んでるだけのシンプルなものだという。もちろん、キレイな黒髪。ヤツの話でなんとなく彼女の姿はイメージ出来た。つまり、海沿いを白いワンピースを着て柴犬と歩いてる、そういった感じだろうか。ていうか俺が出会いたいよ、そんな女性には。まあそれは誇張しすぎにしても、オオハシがべた惚れしてるんだ。きっと素敵な女性なんだろう。
「で、その女性とは付き合ってどのくらい経つんだ」
とにかくいろんなことが気になった。だってオオハシが帰ってからまだ2ヶ月くらいなのに、もうプロポースとは早すぎやしないか。
「実は付き合ってないんだ」
「ええ?だってお前、結婚申し込むんだろ」
「まあな」
「まあなじゃねえよ。『恋はあせらずゆっくりと』がお前の信条だったじゃねえか。今のお前はその信条とは真逆だぞ」
そう俺が言うとオオハシは冷静に答えた。さっきまでの興奮はどこへ行ったんだと言いたくなるほどに。
「いいかタケオ、ここは東京じゃねえ。地方の田舎町にすぎない。つまり人の数も車の数も東京に比べたらずっと少ない。当たり前のことだが。はじめ地元に帰った時はあせったよ、人の少なさにな。何せ東京に出てきてさ、コッチの雑踏が当たり前になってたからね。だから男も女も圧倒的に少ないココで、あんな女性がまだ独身でいるのはハッキリ言って奇跡的なわけよ。タケオもイナカ育ちだからその辺のことは分かるだろ?」
そこのところはよーく分かったので、
「うん。まあ、そうだな」
と肯定した。それからオオハシは再び興奮気味になり、
「だからウカウカしてたら他の男に奪われちまうだろうが」
「それでお前は早めのプロポーズを決めたのか」
「もちろんそれだけじゃないよ。他の女性だったら別だよ」
「要は、彼女がお前の心を掴んだんだな」
「まあ、結局はそういうことになるな」
なるほど。いずれにせよ、今のヤツにそういう相手がいるのは羨ましかった。あとはプロポーズに向けた計画を聞かされ、それから仕事のことや家族のことなどを聞いた。気がつくと、1時間以上話し込んでいたので俺らは電話を切ることにした。最後に俺が、
「結婚が決まったらすぐに報告しろよ」
と捨て台詞を残した。オオハシは、
「もちろん。ただ、フラれたら連絡しないかもな。そこは、察してくれ」
と言ったので二人で笑った。それから電話を切った。頑張れよオオハシ、軽口たたいても応援してっからな。それにしてもプロポーズかあ。藍にそういう想いを持ったことは何度もあるけど、藍は今福岡だし。俺には当分縁がなさそうだな。結婚とか婚約とかには。
「オオハシから手紙が来ましたよ」
翌日のバイトでスギウラさんと顔を合わせたので、早速報告した。
「手紙か、あいつらしいな。で、何かあったってか」
やはりスギウラさんも「あいつらしい」と言った。手紙を送りつけるあたり、本当にあいつらしい。そして、懐かしい。東京にいたころ、よく旅先から店に向けて絵葉書を送ってきたな。汚ない字で。坪田店長はキレイな写真のハガキが届くと店の後ろとかに飾ってたっけ。そういう光景が何だか懐かしい。それから俺はスギウラさんに答えた。ヤツが就職したことや実家に戻ってからのことなどを話し、その後に爆弾をぶち込んだ。もちろんオオハシのプロポーズ話である。
「本当かよ、あいつがプロポーズ?冗談だろ。だってコッチにいた時『自分は旅人だから当分結婚しない』とか何とか言ってなかったっけ。そうか、オオハシが結婚か」
「いや、まだハッキリとは決まってないんですけどね。とりあえず近いうちに申し込むみたいですよ」
「ふーん、そうかぁ」
そう答えた後、スギウラさんは少し考え込んだ。何かを言おうか迷ってる感じに見えた。そうだ。そういえばこの間の休憩中にスギウラさんが言いかけたこと、あれは一体何だったのか。何を俺に話そうとしてたのか、内容は?今こうして考えてることや言おうとしてることも同じことなのか。いずれにせよ俺からは聞かないでおく。いくら仲が良くてもやっぱ俺が年下だから。ていうか大事なことならば、いずれスギウラさんの方から話があるだろう。それから飲み会帰りか少し早めの忘年会終わりのサラリーマン風の客がドッと押し寄せてきた。10人くらいはいただろうか。俺らは人数分のラーメン作りに集中した。そうか、もう忘年会シーズンなんだな。俺は、ネクタイを緩めて赤ら顔をした客たちを見ながら思った。




