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第4話-2

 奥が深いとは言っても所詮は中庭、それほど多くない時間を歩けばすぐに奥まで辿り着き、あっという間に袋小路だ。


(もっと広いと思ってたけど、子供って案外小さいんだ)


 はしゃぐスファレの後を追いかけて迷い込んだ迷路のようだと思っていた造園された内部も、成長した今では数か所の分岐しかないことがすぐに分かる。子供の頃は何度となく折り返し走り抜けたと思っていたが、大人になった足では軽い散歩よりも短い距離だった。

  

(あの頃は、ここの隙間も通れそうだったっけ)


 裏庭へと続いている細い小道に潜り込もうとした小さなスファレの姿を思い出し、グランディディエは思わず込み上げた笑いをかみ殺すように口元に手をやった。


「何か面白いものでもありましたの?」


 ふいに掛けられた声にグランディディエは急いで表情を整えると、優美な笑みをその頬に浮かべて振り返る。


「すみません。少し昔の事を思い出していたんです」


「昔の事、ですか?」


「ええ。兄からお聞きかもしれませんが、幼い頃に私たち兄弟とスファレはよくここで遊んでいたんです。久しぶりに来たら懐かしくなって、ついその頃のことを思い出してしまいましたよ」


 グランディディエはそう言うと、近くにあったオレンジ色の薔薇の花を愛でるように一撫でした。


「まあ。お二人とも、スファレア様との思い出を大事になさっているんですのね。そういうお話を聞きますと、仕方ないとわかっていましても、羨ましいと思ってしまいますわ」


 紅玉はそう言うと少し申し訳なさそうに眉を下げ寂しそうに笑ってみせた。その表情に、グランディディエは紅玉の置かれている境遇を思い出す。


「……そういえば、記憶をなくされていたんでしたね」


 同情を込めた眼差しを送ると、紅玉は表情を変えぬまま頷く。


「お二人の口から昔のお話が出るたびに、私にもそんな思い出があったのかしら? と、考えても仕方のないことがふと頭をよぎってしまいますの。癖になる前に、そんな風に考えるのをやめなければいけませんわね」


 視線を下げ薔薇の花へとそっと手を伸ばした紅玉の姿に、グランディディエは最初に話を聞いた時に頭に浮かんだある可能性を確認しようと口を開く。


(記憶なんて、そう簡単になくならないでしょ)


「……あなたの記憶がないのは、もしかして『聖女召喚』のせいではありませんか?」


「!……」


(……やっぱり)


 探るようになってしまったなと思う発言ではあったが、グランディディエの言葉にぴたりと動作を止めて目を瞠った紅玉に、グランディディエの中で想像が確信に変わる。


(うちの国では近年、少なくとも父さんたちの代では聞いたことなかったし、これも俺たちにとっては御伽噺みたいな話だったのに……教会のやつら、何考えてんだか)


 聖女召喚などというものは、古ぼけてすっかり黴が生えてしまったような代物のはずだ。それを復活させ実行したのはどういうつもりだ? とグランディディエは先日謁見に来た教会の面々を思い出し、紅玉に見えないように顔をしかめた。


(奇跡はめったに起こらないから奇跡、なんだけどね)


 人工物の奇跡の顕現である紅玉に視線を戻すと、紅玉の不安気な紅い瞳と目が合った。


「ご存じ、なんですのね」


 確認するような紅玉の言葉に、グランディディエは肯定を示すように小さく頷いた。


「昔、書物で読んで知っている程度ですが。本当に行われているんですね……その様子だと、ご自分が召喚された、という自覚はあるのですか?」


 グランディディエの問いに、紅玉の紅い瞳が揺れた。紅玉は花へと伸ばしていた手を戻すと、代わりにぎゅっとスカートの端を掴む。少しの間逡巡するように視線を巡らせたかと思うと、グランディディエの瞳を真っ直ぐと見つめ、こくりと小さく頷いた。


「……はい。グランディディエ様の仰る通り、私は教会の方々に召喚されたんだと思いますわ。とは言いましても、ここへ来る以前の記憶がないものですから本当にそうなのかはわかりませんが、私が目覚めた時の状況と、教会の方々のお言葉から、そうなのだと理解しておりますわ」


 紅玉の口から告げられた真実に、グランディディエは辟易として胸中で舌打ちをする。


(確かに王家と教会は独立した権力だと言っても、ここのところずっと王権が安泰しているから教会はただの象徴のような扱いになってる。それが面白くなかったとして、例え禁忌じゃなかったとしても、腐っても教会が己の復権の為に人を犠牲にするとか、人道的にどうなんだか。禁忌になっていないのも、まさかそんなこと本当にやる奴がいるとは思ってないからでしょ? それを甘いと言われればそれまでだけど……それにしても、余計な事してくれるよね、全く)


「状況? 教会の前で倒れていたところを助けられたのではなかったのですか?」


 紅玉の話しぶりから作り話であろうことは気づいていたが、情報を引き出そうとあえてそう口にすると、紅玉が申し訳なさそうに視線を伏せた。  


「……はい。私が目覚めたのは、教会の方々に囲まれたベッドの中でした。その時の状況と、教会の皆様が、成功した、と仰っている言葉から、自分が召喚されたのだということを理解しましたの……嘘を申し上げましたことは申し訳なかったと思っておりますわ。でも、記憶喪失に加えて召喚されたなどとお伝えしては、胡散臭がられて私のことなどお城にも入れてくださらなくなるのではないかと思い、咄嗟に……」


「確かに、聖女召喚などという話は、スファレなんかが聞いたら驚きで固まってしまったでしょうね。私たちに、あなたのことを信じてもいいのかと聞いたかもしれませんし」


(まあ、十中八九大騒ぎだっただろうし、そしたら同情に傾いてた空気も微妙になったかもしれない。まあ、賢明な判断だったかもね)


 グランディディエは、紅玉が帰った後に生まれて初めて聞いたであろう言葉に驚きを隠せず不審がるスファレの姿が容易に想像でき、胸中で苦笑する。そして、不安気なスファレの意見を無下にしない自分たちの姿の想像も容易だ。


(そんなことになったら、教会の思惑はそこで丸つぶれ、だもんねえ。そしたら呼ばれたくせに居場所を失う羽目になる。だから咄嗟に嘘を吐くのは理解できる)


 そんなことをグランディディエが考えているとも知らない紅玉は、不安気な顔のままこくんと小さく頷いた。


「もちろん、教会の方々の手前私の粗相で取り決めのお話を反故にされるわけにはいかなかったのは確かなのですが……」


 不自然に言葉を切った紅玉に、グランディディエが目を瞠る。続きを戸惑うような素振りを見せる紅玉に、グランディディエは先を促すように視線を合わせ小さく首を傾げる。その仕草に、紅玉が了承を示すようにこくりと小さく頷く。


「あの場にスファレ様がいらっしゃったことも、事実を隠そうとした一因でもありましたわ」


「……スファレ?」


(……なんでいきなり?)


 紅玉の口をついて出た予想もしていなかった言葉にグランディディエが一瞬外面を忘れ訝し気な視線を送ると、紅玉はなぜか少し恥ずかしそうに視線を伏せて控えめに頷いた。


「ええ。私記憶をなくしておりますし、普段は教会の方々とばかり過ごしておりますでしょう? ですから、もう年相応な生活は諦めておりましたのですけれど、扉を開けた先に自分と同じ年頃のスファレ様のお姿をお見受けした時に、思わず期待してしまいましたの」


「期待?」


(どういう意味?)


 紅玉の言葉の意味を捉えあぐねグランディディエが視線で問うと、紅玉は口の前で両手を合わせて控えめに微笑んでみせた。


「ええ。スファレ様とお友達になれるのではないか、と」


「……」


(はあ?)


 思わず口から零れそうになった低い声をグランディディエがどうにか飲み込んだことなど気づきもせず、紅玉は先程よりも少し興奮気味に続ける。


「お友達ができれば、ここでの生活も楽しいものに変わるかもしれないと思いましたの。ですから、少しでも理解が難しい、誤解を生みそうな部分はなるべく避けようと、咄嗟にあのようなことを……でも、いくら自分の願望の為でも、嘘を申し上げるのはよろしくないことでしたわよね。そのことについては謝りますわ」


 反省したように眉を下げると、紅玉は言葉通り申し訳なさそうに視線を伏せた。その一連の言葉と仕草に腹の底から本能的な嫌悪感のようなものが込み上げてくるのを感じ、紅玉がこちらを見てないことをいいことに、グランディディエはその感情を露わにし思い切り顔をしかめる。


(何言ってんの? この女。スファレと友達になりたいとか、どの口が言ってるわけ? あんたなんてスファレにとって邪魔者でしかないのに。それとも、王妃になる自分にふさわしい友人、とでも考えてんの? だとしたら、どれだけ自分の立場に驕ってんだか。自分が望むことは全て叶えられるとでも思ってるわけ? それとも、叶えられるべきとでも?……はあ。確かに勝手に召喚されたことには同情するけど、それでスファレに嫌な思いをさせていいことにはならないから)


 反射的に言い返しそうになる言葉を無理やり押さえつけて飲み込むと、それでも収まらない気持ちをどうにか整えようと、グランディディエは目の前で可愛らしく咲いているオレンジ色の薔薇に鼻を寄せ深く息を吸い込む。子供の頃からの癖ではあるが、こうするといつだって不思議と心が落ち着くような気がするのだ。


「……」


(だって、あの子は馬鹿だから。あんたがそれを口にして望んだら、それが自分の意に反していたとしても、きっと受け入れちゃうでしょ……だから、あの子が辛くなるようなことは絶対にさせない)


「……あなたの境遇には同情します。過去は変えられませんが、あなたの未来が我が国で、良き記憶となることを願っていますよ」


 グランディディエはスファレの件については一切触れずそう言って紅玉に向け微笑むと、


「そろそろ戻りましょうか?」


と、これ以上この会話を続ける意志のないことを暗に含み会話の終了を告げると共に、帰路を促すように来た道の方へと右手を広げる。紅玉が同意をするように小さく頷くと、グランディディエは家路に着くべく踵を返した。


「……スファレ様は、お友達になってくださるでしょうか?」


(……まだ引っ張るの、その話)


 あと少しでスファレ達が待つであろう庭の入り口へ抜けるというところで、紅玉がぽつりとそう呟いた。グランディディエは胸中で盛大に舌打ちをすると、それでも笑顔を保って紅玉を振り返る。


「……私はスファレではないのでその質問には答えられませんが、未来の可能性の一つとして考えてみるのは自由だと思いますよ」


(絶対そうはさせないけど)


「……そうですわね。そういう風に考えると、これからの楽しみになりますわね」


 当たり障りのない言葉を選んだグランディディエの回答に、紅玉はそれでも嬉しそうに微笑み返した。


(どうにかして近づかせないようにしないと……ってまあ、普通にしてれば近づくこともないと思うけど)


 グランディディエはこの瞬間に生まれた心労に、紅玉にバレないように小さく溜息を吐いた。気持ちを切り替えるべく髪を掻き上げながら疲労を帯びた視線を前方にやると、まだ少し距離はあるが、少し開けてきた視界の先に、未だテーブルに着いたままのスファレとシンハライトの姿があった。


(……まあ、そうなるよねえ)


 見ると、ちょうどシンハライトがスファレの手を取り何事かを言っているところで、身に覚えのある行動にグランディディエは思わず苦笑する。邪魔者がいない時に婚約者候補相手に取る行動など、一つしかないのだ。


(俺だってこの前そうしたわけだしね)


 もちろんまだ距離があるここからでは話の内容は聞こえてこなかったが、聞かずとも、シンハライトが言っているであろう内容は手に取るように分かった。


(あんまり、見たい景色じゃないよねえ)


「……ねえ、紅玉。あなたは、どうして記憶がないことがそんなに嫌なんですか?」


「……え? どういう、意味ですの?」


 突然立ち止まりぽつりと零したグランディディエの言葉に、少し後ろを歩いていた紅玉が驚いたような声をあげ立ち止まった。グランディディエはゆっくり紅玉を振り返ると、おもむろに口を開く。


「何も覚えていない方が、自由に振舞えると考えたことはありませんか? 例えばあなたに故郷の記憶が残っていたとして、その思いを持ちながらここで聖女として過ごすよりも、過去を忘れていた方が、聖女として過ごすには都合がいいと考えたことはありませんか?」


「グランディディエ様? それは、どういう……」


「……」


(……こいつ相手に何言ってんだか)


 戸惑うように揺れる紅玉の瞳に、グランディディエは思わず感情的になった自分の発言に胸中で苦笑すると、すぐに表面的な笑顔をその頬に浮かべて見せる。


「すみません。今言ったことは忘れてください。あなたのお気持ちを考えない失礼な発言でした。どうかお許しを」


 グランディディエは胸に手をあてぺこりと頭を下げると、脳裏に浮かぶ思いを断ち切るかのように足早にその場を後にすると、その勢いのまま庭園の入り口に躍り出る。


「……もしかして、お邪魔だった?」


 確信犯でそう声を掛けると、四つの瞳がパっとグランディディエを見た。その内の深緑の瞳がグランディディエを捉えると、面白そうに弧を描いてこちらへ歩み寄ってくる。


「おかえり。久しぶりの庭の探索は楽しかったかい?」


 シンハライトがそう声を掛けてきたその時。言いっぱなしのまま置き去りにしてしまっていた紅玉が、グランディディエの後を追って遅れて後ろから登場した。


「グランディディエ様。先程のお言葉の意味、私なりに理解してみましたわ」


「……え?」


(さっきの言葉? って……)


 目の前の光景に全ての気を取られていた為、グランディディエは紅玉が言った言葉の意味を理解するのに一瞬の遅れがあった。戸惑うような表情をしたグランディディエに向け紅玉はまるでその姿を面白がるかのように一瞬口角を上げると、グランディディエの腕を一撫でしてからするりと横をすり抜けていった。その瞬間、ゾワリと得体のしれない嫌な感じが足の先から上って来る。


(……まさかっ?!)


 嫌な予感がしてグランディディエがバッと顔をあげたその時。


「スファレ様、私とお友達になってくださいませんか?」


と、紅玉がスファレの前でにっこりと笑って手を差し出していた。


「……」


(あっの女っ!!!!!!!!!)


 だが気づいた時には時すでに遅し。グランディディエの水色の瞳には、突然の紅玉の申し入れに戸惑うスファレの姿しか映っていなかった。 


バタバタとしていて遅れました。。。

今週末はもっとたくさんあげれるようにしたいと思います。

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