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第3話-2

 ぼんやりとした気持ちのまま、気づいたらお茶会はお開きになっていた。シンハライトは紅玉に誘われ王宮を案内しに行ってしまったので、部屋に残っているのはスファレとグランディディエの二人のみだった。


「一緒に行かなくて良かったの?」


 空になったカップにミルクを注ぎ、新たな紅茶を注いでミルクティーを楽しんでいるグランディディエがスファレにそう声を掛けた。飲む? とカップを掲げて問うグランディディエにスファレは力なく頷くと、グランディディエは近くにいたメイドに同じものをスファレにも用意するように言づける。


「少しハチミツ入れてもらったよ。落ち込んでる時は甘いものの方がいいでしょ」


「落ち込んでるって……」


「違うの? 今日はいつもより随分と口数が少なかったけど。あんたいつももっとベラベラ喋ってるじゃん」


「ベラベラって……そんな風に思ってたの?! じゃあもう金輪際喋らないからっ!」


(なによ。人がちょっと本当に落ち込んでるっていうのに……)


 スファレは拗ねたように唇を尖らせると、勢いのまま渡されたティーカップに口をつけた。すぐさまふわりと広がった甘いハチミツの香りに目を瞬かせると、口の中に広がった絶妙な甘みに、しかめていた表情が思わず緩む。


(あ、美味しい)


「単純」


 グランディディエはミルクティーにあっさりと陥落したスファレに、そう言って、ふ、と笑った。スファレは悔しそうにグランディディエを上目遣いに睨むと、もう一口紅茶を飲む。


(うー……でもやっぱり美味しい)


「……ていうか、そっちこそ一緒に行かなくて良かったの?」


「あれ? 金輪際喋らないんじゃなかったっけ?」


「!! もうっ、あげ足取らないでっ! 意地悪っ!!」


 スファレの問いかけにグランディディエが不思議そうに首を傾げてみせると、スファレはその意地悪な態度に頬を膨らませてふいとグランディディエから顔をそむけた。するとじっとスファレを見ていたグランディディエが、


「ふっ……ふふっ……あははははっ」


「?!」


我慢ならないといった様子で肩を震わせ噴き出したので、スファレは弾かれるようにグランディディエを振り返った。


「あー……ごめんごめん。反応が面白くてついからかっちゃった。で、なんだっけ? どうして俺が一緒についていかなかったのか、だっけ? 逆に聞くけど、どうして俺がついていく必要があるの?」


 ひとしきり笑った後グランディディエはそう言って行儀悪く片肘をテーブルについて頬杖をつくと、半身を捻り体ごとスファレの方へと向き直り長い足を組んでみせた。スファレは笑われたことにまだ少し不満気な表情のままグランディディエを見ると、ん? と水色の瞳が先を促すようにこちらを見ていた。


「どうして、って……だって、グランディディエも王位につきたいんでしょ?」


(だったら、紅玉と仲良くなった方がその可能性が上がるのに……)


 全く知識を得ようとしなかったので実際の所良く知りもしなかったが、やはり聖女は特別な存在なんだ、と先ほどの会話で痛感した。最後に出される課題がどんなものかは分からないが、特別な力など何も無いスファレよりは紅玉を選んだ方が遥かに有利なはずだ。


(だから、王様になりたいんだったら、紅玉を選んだ方がいいのに)


 最終的に組んでいたペアに王位が継承される。だとしたら、スファレよりも紅玉を選んだ方がその願望を叶える近道になるはずなのだ。


(……なんか、自分で考えててダメージが酷いんだけどっ)


 改めて自分の夢を叶える道が険しいことに向き合いスファレが行く先の困難さに眉間に皺を寄せていると、グランディディエが頬杖をついた姿勢のままこてんと首を傾げてみせた。


「俺、そんなこと言ったっけ?」


「え? 違うの?」


 グランディディエの間の抜けた声にスファレが現実に呼び戻されると、驚いて丸くした翡翠の瞳の前で水色の瞳が楽しそうに弧を描いた。


「違わないけど」


「~~~!! もうっ! さっきから何なのっ?! 紅玉にはあんなに丁寧に話してたのに……私とはちゃんと話す気もないの?」


「……え?」


 先ほど紅玉に向けた態度が明らかに普段とは違ったことを思い出し、スファレはしゅんとして視線を下げた。その様子に、グランディディエが弾かれたように頬杖を解いて頭を上げる。


「あんな喋り方、私にはしたことなかったのに……」


(やっぱり、聖女様だから、特別扱いするんでしょ?)


 拗ねたような口調で上目遣いにグランディディエを見ると、グランディディエは何とも言えないような表情をした後、大きな溜息を吐いた。


「あのさあ、あんた俺を誰だと思ってるの?」


「? グランディディエ?」


 質問の意味が分からず疑問符をつけて名前を口にしたスファレに、名を呼ばれたグランディディエはそれが正解とばかりに大きく頷いた。


「そう。俺はグランディディエ・ルズブリッジ。この国の第二王子なわけ。だから、知らない人に、ましてや教会が連れてきた聖女に対して丁寧な態度を取るのは当然でしょ? 俺の態度で王家のことを悪く言われるわけにはいかないからね」


「知らない人って……」


「は? だって知らない人でしょ。さっき会ったばっかなんだし」


 グランディディエはそう言うと呆れたように肩をすくめてみせた。


「じゃあ、聖女様だからって、特別な態度を取ったんじゃないの?」


「? なんで聖女だからって特別な態度取らなきゃならないわけ?」


 スファレの質問に心底不思議そうな顔をしてみせたグランディディエに、スファレは無意識にほっと小さく息を漏らした。


「そっか。そうだったんだ……あれ? でも、私は? 初めて会った時だって、そんなことなかったような気がするけど……?」


「あんたのことは知ってるでしょ。ずっと前から……それに、初めて会った時って子供の頃だし、丁寧とかそんなの、気にしてなかったんじゃない? なに? ああいう風に喋って欲しいの? だったらめんどくさいけど、これからそうしてあげてもいいよ」


「え? あ、いい!それは、してくれなくていいからっ」


(さっきはなんか、やっぱり聖女様だから丁寧に扱うのかなあって思ってなんかモヤっとしたけど、知らない人だから丁寧に喋るんだったら、だったら、なんかそっちの方が嫌な気がする……)


 グランディディエの提案に、スファレは慌てて首と手を横に振ってそれを否定してみせた。グランディディエはその反応に一度瞳を瞬かせると、すぐに楽しそうな笑みをその頬にたたえ、ずいと上半身をスファレの方へと乗り出した。


「へえ。しなくていいんだ? さっきはして欲しそうに言ってたくせに? なんで? どうして気が変わったの?」


「どうしてって……だって、知らない人だから、丁寧に喋ったんでしょ?」


「うん。そうだけど」


「だったら、私は知らない人じゃないでしょ。だから、今のままでいい。それに……」


「それに?」


 言い淀んだスファレの言葉を耳ざとく拾うと、グランディディエはそのまま流すまいと言わんばかりにスファレの瞳をじっと見た。


「さっきはちょっといいなって思ったけど、理由を聞いたら、なんかそっちの方が他人行儀でさみしいかな、って思ったの」


 思ったことをそのまま言葉にしてみせると、グランディディエが益々楽しそうに笑ってみせた。


「ふーん。俺に他人行儀にされるとさみしいんだ?」


「? そりゃあ、良く知ってる人に急に他人みたいな態度取られたら、誰だってさみしいでしょう?」


「あー……うん。まあ、そうだね。うん、まあ、今はこれでいっか……」


「?」


(なんか変なこと言ったかしら?)


 スファレの返答を楽しそうに聞いていたグランディディエだったが、スファレが思いつくままに並べた言葉を聞きながら段々と何かを考えるような表情に変わっていったかと思うと、最後は無理やり納得したかのように頷いて、椅子の背にもたれるようにして座り直した。スファレがその様子を不思議そうに見ていると、腕を組んだ姿勢のグランディディエと目が合った。


「……さっきの質問の答えだけど」


「さっきの質問?」


「あんたさあ、自分で聞いといて忘れたの? 王様になりたいならなんで紅玉についていかなかったんだ、ってやつ」


「わ、忘れてないっ! も、もちろん覚えてるしっ」


(ほんとはちょっとうっかり忘れかけてたけどっ)


 呆れたような視線を寄越すグランディディエにスファレは誤魔化すように慌てて手を振って否定してみせた。グランディディエは疑うような視線をじとりと送って気はしたが、すぐに小さく息を吐いて緩く頭を振ってみせた。


「ふーん。ま、いいけど……あれ、別にあんたでもいいわけでしょ?」


「え?」


 思ってもみなかった言葉に、スファレは弾かれるように視線を上げる。


「だって、あんたも婚約者候補なんだから、条件は紅玉と同じでしょ。だったら、別に紅玉についていく必要もないって思っただけだけど」


「で、でもっ、紅玉は聖女様だから、不思議な力があるんでしょ? だったら、やっぱりその方が有利なんじゃないの?」


(だって、私には濁った水を綺麗にするとかそんなことできないし)


 全く同じ条件じゃないことにスファレは思わず自分で噛みつくと、すぐにその現実の厳しさに胸の奥から込み上げてきた弱気に、自分でも表情が曇っていくのが分かった。グランディディエはそんなスファレをしばらく見つめた後、小さく息を吐いた。


「まあ、確かに紅玉は本物の聖女みたいだし、そこは否定できないからあんたとの差はあるかもしれないけど」


「う……」


「なに? そんな変えられない事実にいちいち傷ついてもしょうがなくない? だからまあそれは置いておくとして。ねえ、スファレ。あんたもしかして、俺が兄さんに負けると思ってるの?」


「……え? 別に、思ってないけど……?」


(ていうか、そんなこと考えてもなかった)


 不機嫌な声音でそう問うグランディディエに思わず視線を上げると、スファレは小さく首を横に振った。グランディディエはまるで真意を伺うようにじっとスファレの瞳を見ていたが、スファレのその言葉に嘘が無いと分かったのか、次の瞬間、ふいと視線をそらしまた口を開いた。


「そ。じゃあいい。ねえ、それよりあんたこそ、王妃になりたいんでしょ?」


「う、うん」


 グランディディエの澄んだ水のような瞳が、真正面からスファレを捉える。問われた問は、前世からの悲願だ。突然の問いかけに戸惑いながらもスファレが迷いなく頷くと、グランディディエは、わかった、と小さく呟き、一度、ゆっくりと頷いた。


「じゃあ、俺があんたを王妃にしてあげる」


「え?」


(どういう、こと?)


「いいでしょ? だって、あんたは俺が兄さんに負けると思ってない。俺はあんたが聖女じゃないってハンデを背負っても勝てると思ってる。ていうか、勝つから」


 状況についていけないスファレを置いてけぼりにしたまま、グランディディエは自身に向け誓いを立てるように言葉を紡ぐ。


「だから、もしあんたにペアの相手を選ぶ権利があったら、俺を選んでよ、スファレ」


「え? ええっ?!」


(ど、どういうことっ?! なんか、話の展開が早すぎて良くわかんないんだけどっ?!)


 唐突に突き付けられたグランディディエからのお願いにただただ困惑するスファレを他所に、グランディディエは口元に手を当てて一人なぜか神妙な顔をして考え事をしているようだった。


「ああ、こういう時こそ、こういう方がいいのかも?」


 グランディディエはそう独り言を呟きながら立ちあがると、ゆっくりとした足取りでスファレの方へと歩いて来る。場違いだとは思いながらも、スファレは一瞬今置かれている状況を忘れ、その美しい所作に視線は釘付けになっていた。


「?!」


(え? どういうことっ?!)


 が、次の瞬間、目の前で起こった出来事に瞬時にしてスファレの意識は現実に引き戻された。何を思ったのかグランディディエはスファレの前まで歩いて来ると、その頬に美しい笑みを浮かべたかと思うと、おもむろに膝を折り、まるで忠誠を誓う騎士のようにスファレの右手を取った。


「どうか、私を選んでくださいませんか? スファレ・サマセット」


「!」


 そのまま手の甲に口づけをされてしまうのではないかという雰囲気にスファレは思わず息を飲むと、だが、胸に浮かぶ複雑な思いに眉根を寄せる。


「……ねえ、でも、本当に王位を継ぎたいんだったら、やっぱり……」


「……あのさあ、俺にここまでさせといてまだ何か文句があるわけ?」


 グランディディエはすぐに承諾の言葉が降ってこなかったことにイラついたのか、すぐに普段の口調に戻ると、苛立ちを隠さないままスファレを見た。不機嫌な表情のままじとりとスファレを見上げる。


「文句なんてないけどっ、でもっ」


「……あんたさあ、なんかやたらと課題のことばかり意識してるみたいだけど、ねえ、王妃になるって、その先があるってこと、理解してる?」


「え?……う、うん?」


(その先って、どういうことだろう?)


 疑問符は混じれど肯定した言葉とは裏腹に困惑の表情を浮かべたスファレに、グランディディエは大きな溜息を吐いた。


「まあ、大方そんなことだろうと思ってたからいいけど。で、どうなの? 俺を選ぶの? ていうか、ここまで俺にさせといて、それ以外の選択肢なんてないよねえ?」


 即答しないスファレに言葉通り圧力をかけるグランディディエに、スファレは全く理解の追いつかない頭で、


「……う、うん?」


と、流されるまま承諾のような返事をすることしかできなかった。


続きは数日中に上げられたらいいなと思います。

頑張ります。

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