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エピローグ

「それでは、お先に失礼します」


 グランディディエはまだ室内に残る王、王妃、シンハライトに向け一礼すると、静かに真っ白い重厚な扉を閉めた。扉に両手を添えたまま、ふう、と一つ大きく息を吐きだす。

 王位を賭けた勝負の行方は、シンハライトが異議を申し立てることをしなかった為、結果通りグランディディエが正式に第一位王位継承者となりあっさりと幕を閉じた。紅玉は腹の中に何か思うところがあっただろうがその場で物を言える立場ではないことは弁えていたのか、一度脱いだ猫をまた被って微笑みを絶やさずにそれを受け入れていた。逆にスファレは隠せない喜びをその顔いっぱいに浮かべ、王妃も自身が望む通りスファレが近い未来嫁いでくるだろう結果にその喜びを隠していなかった。


「……」

(……やっとだ)


 グランディディエは無意識に右手の拳をグッと握りしめた。胸の奥から静かに湧きあがる実感に、歩き始める前にもう一度大きく息を吸い込む。


(……長かった)


 グランディディエは今度は意識して拳を握りしめると、その頬に浮かんだ笑みを噛み締めるように喉を鳴らした。その様子を通りがかったメイドに不思議そうに見られたので、グランディディエは誤魔化すように咳払いを一つしてさっそうと歩き始める。向かうは最上階の一室だ。

 特別何かを話すことはなかったが、王族以外は先に席を外してもらった為先に部屋を後にしていたスファレに会うべく、グランディディエははやる気持ちをその足に乗せて軽やかに階段を登り切った。その先は、グランディディエが城内で一番気に入っている部屋だ。      

その理由はただ一つ。


(今日の夕日は綺麗だろうね)


 グランディディエは昼間山へ向かう馬車から見上げた雲一つない空を思い出した。陽が沈みかければ、あの真っ青だった空は燃えるような橙に染め上げられるだろう。

扉の前に立ちノックしようとしていた手をふと止める。代わりに、中にいるスファレに気づかれないように慎重に扉を押す。ゆっくりと開いていく扉の先に徐々に広がるその光景に、グランディディエは目を瞠り無意識に息を止めた。昼間天辺にいた太陽は今日の仕事を終え明日へ向けての帰路の途中で、真っ赤に燃える自身の光を部屋中に反射させていた。


(やっぱり、すごく綺麗)


 グランディディエがこの部屋を気に入っている一番の理由は、城内でこの部屋が一番夕日が綺麗に見えるからだ。バルコニーから望む景色は、何の障害物もなく夕日の姿を映し出している。スファレも気に入ったのか、バルコニーへ続く扉が開いていた。きっとその先にいるのだろう。グランディディエは静かに高鳴る心臓を落ち着かせるために大きく息を吸い込むと、静かに分厚い絨毯を踏みしめた。


「……」


 開いた扉の先で、燃えるような夕日の赤がスファレの橙色の髪に同化して、まるで陽に溶けているようだった。グランディディエはその光景を、眩しそうに見やる。


(やっとだ)


 グランディディエは、この光景を随分と遠い昔に見たことがあった。

グランディディエは、それまで別に特別夕日を美しいと目を留めたこともなかったし、綺麗だなと思っても別段興味もなかった。だがあの日、偶然開いた扉から見えた光景に、一瞬で心を奪われた。陽の光を浴び、同色の髪をキラキラと輝かせたその後ろ姿に、はっと息を呑んだ。衝動的にその美しさをたたえる言葉を舌に乗せ心を奪ったその人物に伝えたいという気持ちに駆られたが、結局それは叶うことはなかった。

 その部屋は海に面しており、国の王家が住まう城の方向に向けバルコニーは続いていた。あの時の彼女は、真っ赤に燃える夕日を睨みつけるように、海の向こうの城に住まう自分を捨てた男のことを考えながらいつもその窓辺に立っていた。グランディディエは何も言えぬまま、何度もその後ろ姿をただ見つめていた。


(……ああ、やっと言える)


「待たせてごめん、スファレ」


 その言葉も、あの時叶わなかった言葉の一つだ。あの時の彼女は、グランディディエのことを待ったことなど、一度もなかった。

グランディディエがそう名前を呼ぶと、スファレがパっと振り向いた。グランディディエの姿を見つけると、嬉しそうに破顔する。遠い昔決して手に入れることが叶わなかったものがそこにあることに、グランディディエはたまらずに頬に笑みを浮かべた。


「グランディディエ、夕日がすごく綺麗なの! こんな場所があるなんて知らなかったわ! 小さい頃あんなに探検したはずだったのに、見逃してたのね」


 スファレが悔しそうにそう言った。だがその瞳は、喜びに弾んでいた。グランディディエは柔らかく微笑むと、静かにスファレの方へ歩みを進める。


「そう? 俺は知ってたけどね」

「そりゃあ、グランディディエのお家だもの、知ってるでしょ。もっと早く教えてくれたら良かったのに」

「ごめんごめん」

「……思ってないでしょ」


 スファレがじとりと睨みつけたので、グランディディエは思わず笑ってしまった。


「そんなことないよ。ああ、でも、本当に綺麗だ」


 グランディディエはスファレの髪を一房掬うと、感慨深くそれを見る。スファレはその行為に驚いたように一度目を丸くすると、一瞬だけ辛そうに目を細め、だがすぐにまた嬉しそうに笑った。


「……ほんとは、自分の髪の色みたいで好きになれなくて、今まで夕日を見ることなんてそんなになかったんだけど……でも、こんなに綺麗だったのね」


「うん。本当に綺麗。あんたの髪と同じにね、スファレ」


(ああ、やっと言えた)


 グランディディエは、自分の口からついに発することのできた言葉を眩しそうに目を細めた。スファレは先程よりも更に驚いたように大きな瞳を零れてしまいそうな程大きく見開くと、なぜだか一度泣きそうな顔をしたような気がしたが、すぐにそれは大輪の花がほころぶような笑顔に変わった。グランディディエはそれに応えるように更に笑みを深くすると、静かにスファレの手を取った。



大変ご無沙汰しております。

ようやく最後まで来ることができました。お付き合いいただいた方はありがとうございます。

初めて書きながら投稿というものをしてみたのですが、やはり自分には合ってなかったな、と随分前から反省中です…

次は、書き溜めてからにしたいなと思います。

王太子でなくなったシンハライトの話等思いついたりしたので、いつか機会があれば書いてみたいなと思っています。どこかで見かけましたらよろしくお願いします。

読んでいただきありがとうございました。

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