表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/25

第8話-2

 カタカタと静かに揺れる馬車の音に身を預けながら、スファレは窓から覗く空を仰いだ。 窓枠に切り取られたそれには雲一つなく、綺麗な空色が見える。


「……ねえ。本当に行先こっちでいいの?」


 正面から聞こえてきた声にスファレが翡翠の瞳を向けると、空と同じ色のグランディディエの訝し気な瞳とかちあった。グランディディエは目的の山とは反対方向に進む馬車に対して何か言いたげに口を開いたが、音を発する前にそれを閉じた。じっとスファレの瞳を覗き込むと、小さく肩を竦めて視線を窓の外へとやる。


「……大丈夫、って言いきれないかもしれないけど、思い出したことがあるの」

「思い出したこと?」


 先程課題の発表を聞きながら脳内に浮かんだ可能性を口にすると、回答を諦めていたグランディディエの瞳がすぐにスファレへと戻った。掴んだ糸口を逃さないと言わんばかりに、続きを促すように空色の瞳がスファレをじっと見つめる。


「……ちょっと前に市場に行った時に、ジョージって男の子に会ったんだけどね、その時、その子が飼ってたトカゲの話を聞いたの」

「……トカゲ?!」


 思いもよらぬ単語だったのかグランディディエには珍しく上ずった声をあげると、あからさまに不審気な視線がスファレに刺さる。スファレはそれにひるむことなく力強く頷く。


「うん。ジョージが飼ってたルイスって名前のトカゲがどんどん大きくなっちゃって、家では飼えないから捨てなさいって言われた、って悲しんでたの」

「そう。俺はペットとか飼ったことないけど、まあ、飼ってたペットと別れなきゃいけないのは悲しいよね。って、そうじゃなくて……って、え? まさか」


 元々真面目な性格のグランディディエは一度ジョージへの同情を見せた後、スファレの言わんとすることを感じ取ったのか、その端正な顔を歪ませる。


「うん。多分、さっき言ってた皆を困らせてる怪物もどき? って、ルイスのことだと思う」

「…………なんで?」


 グランディディエはたっぷりと時間を取って沈黙すると、考えた末短くそう絞り出した。きっぱりと断言するスファレの前には相変わらず今まで見た中で一番変な顔をしたグランディディエが先程と同じ姿のまま固まって、だがその瞳だけはしっかりと疑問を問う意思を宿してスファレを見据えていた。スファレは不思議そうに首を傾げる。


「変わった色でキラキラ輝くって、ジョージも言ってたもの。良く分からないけど、それが特徴になるってことは、珍しいことなんでしょ?」


 自分の考えに少しも疑問を持たない顔をしているスファレにグランディディエは言いたいことをどうにか飲み込んだ代わりに、眉間に思い切り皺を寄せる。 


「……確かに、今まで他にそういう特徴の何かの話を聞いたことはないし、それくらいしか手掛かりはないけど……」


 グランディディエは口元に軽く握った拳を当て、視線を伏せて少し考えるようにそう言うと、少しの沈黙の後小さく息を吐いた。ゆっくりと伺うように上げられた視線を、スファレはきょとんとした表情で受ける。


「いやでも、……うん……まあ、あんたがそう言うなら、信じるよ」


 グランディディエはこの短時間で何度もしたようにまた言葉を飲み込んで小さく肩を竦めると、大きく息を吐きだしてどさりと座席の背にもたれた。


「……そんなに信じられない?」


 さすがのスファレも言葉の重いグランディディエに迷いを乗せた表情でその顔を覗き込むと、グランディディエが小さく息を漏らした。


「まあね。人々が困ってる化け物がペットのトカゲだと思うって言われても、ねえ。はいそうですかってすぐに信じられないけど……でも、じゃあ何だって聞かれても、誰も見たことないんだから説明できないし、その可能性もなくもないな、って思おうとしてるところ」

「思おうとしてるところって、信じてないじゃない」


 正直に述べたグランディディエの意見にスファレが呆れたように思わず笑みを零すと、グランディディエも釣られてその頬に笑みを浮かべる。


「だから努力してんでしょ。で? それはまあいいとして。なんで市場の方へ向かってるわけ?……もしかして、お腹でもすいたの? だったら出てくる前に言えば何か」

「はあっ?! ちょっとっ! グランディディエの中で私ってどういうイメージなのっ?! さすがに、こんな時にそんな呑気なこと言わないわよっ!!」


 悪気のない、だが呆れたようなグランディディエの視線に耐えられずスファレは思わず大声を上げてしまった。バツが悪そうに慌てて口を紡ぐと、じとりとグランディディエを見やる。


「……そうなの? だってあんた昔から、どっかへ出かける時はおやつ持っていかないとって言ってたじゃん」

「……そんなこと忘れてよっ!!」


 クスクスと笑うグランディディエにスファレは頬を膨らませて抗議すると、自身も座席のクッションに思い切りもたれかかった。


(絶対わざと!)


「じゃあ、何のために行くの?」


 スファレの様子がそんなに面白いのか未だ笑いながらグランディディエは心のこもっていなさそうな、ごめんごめん、を繰り返すと、笑った顔のままそう言って足を組み替えた。


「……私には聖女様みたいな特別な力はないでしょ? だから、普通に考えたらこの課題って私にすごく不利だと思うの」

「まあね。それは否定しない。確かに俺たちの方が不利は不利だからね」


 あえて、俺たち、と言い直したグランディディエに、スファレはぱちりと瞬いてグランディディエを見た。なに? と無意識でそれを口にしたと分かる反応に、スファレの口角が自然と上がる。


(うん。大丈夫。グランディディエが一緒だもん)


「なに? 間違ってないでしょ?」

「うんっ! だから、聖女様の力に負けない逆転アイテムを取りに来たの」


 スファレがそう言うと、ちょうど馬車が静かに止まった。何を言ってるんだ? と疑問を残したままグランディディエが車窓から外を覗くと、どうやらお目当ての市場に到着したようだった。


「着いたみたい……なんかまだよくわかんないけど、とりあえず行こうか」


 グランディディエは先に馬車から降りると、スファレへ向け手を伸ばした。スファレはそれにおずおずと手を伸ばすと、グランディディエの手が迎えるようにしっかりとそれを握る。


「足下、気を付けて」


(なんか、こういうの慣れてないから、ちょっと恥ずかしいかも……)


 当たり前のように目の前で繰り広げられる王子様然としたグランディディエのエスコートに気恥ずかしさできゅっと唇を結びながらスファレは静かに馬車から降りると、それを待っていたグランディディエはその手を引いて歩き始めた。


「ね、ねえっ……」


 入り口から少し離れた場所へ止めた為人の姿はまばらだったが、それでも道行く人たちが振り返ってジロジロと見ていく中、繋いだ手がなんとなく気恥ずかしくてスファレは先を歩くグランディディエの足を止めようとその手を軽く引く。


「なに? こうやって歩きたかったんでしょ?」


 スファレの言わんとすることが分かっていたのか、グランディディエは手を放すどころか指を絡めて握りなおしながらそう言うと、ニヤリと笑ってみせた。


「そ、それはグランディディエの方でしょっ?!」

「そうだったかもね」


 顔を赤くして抗議するように大声を上げたスファレを楽しそうに笑うと、行くよ、とグランディディエはスファレの手を引いたまま歩く速度を上げた。スファレは恥ずかしいのと嬉しいのとごちゃ混ぜになった気持ちに一人顔を熱くしながら、それでも手を振り払うことなく後に続く。


(今こんなことで浮かれてる場合じゃないのに~っ!!)


 スファレが浮足立ってしまった自分の心を叱咤したその時、ちょうど市場の入り口に差し掛かったあたりでグランディディエの足がぴたりと止まった。


「……ていうか、俺どこ行くかしらないんだけど」

「……自分で先に行ったくせに!」


 少しも悪びれた様子もなくそう言ってのけたグランディディエに代わりにスファレが手を引くと、グランディディエは何が面白いのかクスクス笑いながらそれに従った。勝手知ったる市場の中を目的地目掛けて迷うことない足取りで進む中、スファレはなんとなく違和感を覚えた。


(なんか、いつもよりも歩きやすい?)


 先ほどより圧倒的に人の数は増えたというのにスラスラと歩けていることをスファレは不議に思い周囲に視線をやった。すると、変装も全くしていない為無防備なままさらけ出された自国の王子の優美な姿に目を奪われた多くの者が、自身の足は止めつつも邪魔にならないようにグランディディエとスファレの行先を空け、まるで人垣で通路が出来上がっているようだった。


(まあ、突然グランディディエが現れたらこうなるか)


 スファレが胸中で苦笑を漏らしながら、だが人込みを分けて歩く手間が省けたことに感謝をしていると、グランディディエ様、と小さな呟きが聞こえ思わずそちらへ視線をやった。見るとスファレと変わらない年頃の町娘が顔を真っ赤にしながらグランディディエを一点に見つめて立っていた。


(その気持ち、すごいわかる)


 こんなに美しい自国の王子が突然現れたら、そりゃあああなってしまうだろう、とスファレが大いに納得していると、その町娘に気づいたグランディディエが静かにそちらへ向かい優美な笑みを浮かべてみせた。


「…………!!」


 するとその直後、その町娘だけではなく、その場にいた女性陣全員から、悲鳴にも似た叫び声が上がった。


(まあ、そうなるよね……)


「おやまあ、何の騒ぎかと思ったら」


 スファレが妙に共感しながら彼女たちの方を見ていると、背中から呆れたような驚いたような声が聞こえた。声に釣られるように振り返ると、そこには、目的の人物であるジュディが驚いた表情で目を丸くして立っていた。


「ジュディさんっ!」


 お目当ての人物に飛びつかんばかりの勢いでスファレが駆け寄ると、繋いだままの手に引かれ僅かにつまずくように足下をふらつかせたグランディディエに、ジュディが柔らかく微笑んだ。


「ほんとに王子様を連れてくるなんて、やるねえスファレ様。まあまあ、近くで見ると一段と綺麗だねえ!」


 ジュディはスファレにパチンと一つウィンクを寄越すと、だがすぐにグランディディエに興奮気味にそう声をあげた。グランディディエはジュディへ外向きの優美な笑顔を向けると、小さく会釈をする。


「ありがとうございます。スファレからあなたのことは聞いています」

「おやまあ! いやだねえ、変なこと言ってないだろうねえ!」


 ジュディはグランディディエの顔から視線を外すことなくバシバシとスファレの肩を叩くと、思ったよりも力の入ったそれにスファレは肩をさすりながら唇を尖らせる。


「いたいってばジュディさんっ!……もちろん言ってないわよ。お世話になってるーって話したのよ。ていうか、ジュディさん、私の方全然見てなくないっ?!」

「おやまあ、そんなことないよ。でもこんな機会めったにあることじゃないんだから、少しくらい話させておくれよ」


 ジュディは言葉とは裏腹にグランディディエから視線を逸らさずにそう言うと、スファレはなんとも言えない表情でジュディを見た。


(その気持ちはわかるけど!)


「ジュディさん、気持ちはすごく分かるけど、また今度にしてっ? 今ちょっと時間なくて急いでるのっ!」


 スファレはジュディの熱い視線とグランディディエの間に割り込むように体を滑り込ませると、本日初めてジュディと真正面から視線が合わさった。スファレの顔があまりにも必死だったのか、先ほどまで浮かれた瞳でグランディディエを見ていたジュディの瞳に真剣味が宿る。


「おや、なんか急ぎの用事があるのかい? って、確かにこんなとこに王子様と来るなんて、用事がなけりゃこないだろうね」


 ジュディが納得したように頷くと、スファレはコクコクと大きく首を縦に振る。そんなことないけど、と否定したいところだったが、話が長くなってしまうと飲み込んだ。


「そう! 一大事なのっ! ねえ、ジュディさん、この前もらったソラの実ってあるっ?!」


 本日の本題を早口で告げると、飛び出した言葉が意外だったのかジュディの目が丸く見開かれた。


「ソラの実?! そんなもの、どうするっていうんだい?」

「あー、ごめんなさいっ、説明してる時間がないのっ!! でも、ソラの実が私たちを救ってくれるはずなのっ!!」

「ええっ?! 急にそんなこと言われてもねえ……でも、あんたがそんな顔で言うんだから、本当に必要なんだろうね。ちょっと奥見てくるから待ってておくれ」


 ジュディはそう言ってパチンとウィンクをすると、くるりと踵を返して店の奥へと消えていった。スファレがその後ろ姿をきゅっと唇を結んで祈るように見守っていると、繋いでいる方の手をぐっと引っ張られた。


「……ねえ、ちょっと強引すぎない? 迷惑でしょ。突然押しかけてきて物だけくれだなんて」


 すっかりと人だかりができてしまいある種見世物のようになってしまった為顔面に笑顔を張り付けたまま、グランディディエがスファレにしか聞こえないような声でそう言った。


「だって……」


 自分でも自覚がある為スファレがしゅんとした表情をすると、グランディディエは小さく息を吐いた。


「……まあ、俺達の将来がかかってるからね。必死になるのも仕方ないか。じゃあ、全部終わったら、お礼と非礼を詫びに来なきゃね」

「うん」

「……スファレ様っ! あったよ! ほらっ」


 スファレが小さくそう頷いた時、奥から戻ってきたジュディが大きな声でそう声を掛けた。少し興奮気味に走ってきたその腕の中には、割と大きめな袋を抱えていた。スファレ達の前まで来てそれを掲げてみせると、グランディディエが手を伸ばしそれを受け取った。


「それにしても、ソラの実なんか何に使うんだい?」

「それは……」

「お姉ちゃんっ!!」


 ジュディがそう首を傾げた時、スファレの背中で元気のいい声が上がった。何事かとスファレとグランディディエがそちらへ顔を向けると、一人の少年が満面の笑みを浮かべてスファレたちの前に立っていた。


「あなたはっ……!」


 スファレは突如現れた見覚えのある男の子の姿に、思わず笑顔になる。


「グランディディエ、この子がジョージよ」


 スファレが弾んだ声で紹介すると、ジョージはグランディディエに初めて気づいた様子ではっと驚いて目を丸くしたが、グランディディエが笑顔を向けるとすぐに先程と同じ笑顔に戻った。


「お姉ちゃん、今日はどうしたの? お買い物?」

「ええ、そんな感じよ。ジョージは? またお買い物?」

「うんっ。お母さんについてきたの」


 ジョージは元気よく頷くと、少し離れた場所に立っていた母親の方を一瞥した。スファレは空いている手でジョージの頭を撫ぜると、少し身をかがめて視線を合わせる。


「あのね、ジョージ。今時間がないから詳しいことは説明できないんだけど、ありがとう。あなたのおかげで、私、勝てるかもしれないの」


 スファレにしてみれば感謝の気持ちを込めて伝えたつもりだったが、事情を知らないジョージは突然スファレが言い出したことを理解できず、困ったように眉を寄せて小さく横に首を振った。


「え? なあに?」

「ああ、困らせちゃってごめんねっ! また今度ちゃんと説明するわっ! ああでも、今日あなたに会えて本当に良かった」

「……そうなの?」

「ええ」


 まだ困惑気な瞳を向けるジョージにスファレは大きく笑顔で頷くと、かがめていた姿勢を戻してジュディへと向き直った。


「ジュディさん、バタバタと騒がしくて申し訳ないけど、もう行かなきゃっ。ちゃんと今度全部説明しに来るからっ! グランディディエも一緒にっ!!」


 スファレはそう言って一礼すると、グランディディエも同じように小さく礼をした。


「あの、これお代です」

「いやいやいや、大丈夫ですよっ、グランディディエ様っ!!」


 グランディディエはジュディの手を取って金貨を一枚握らせると、ジュディが頭をぶんぶんと左右へと振った。


「民の物を理由もなくいただけませんから」


 グランディディエは有無を言わせないように笑顔でそう言うと、


「では、失礼します」


と、スファレの手を引いて走り出した。


「……なんかやり方が気障じゃない?」

「あのねえ、タダで物なんか貰えるわけないでしょ? あんたも、王妃になるんだったらこれからはちゃんとそういうとこも気を付けて……って、聞いてる?」

「聞いてるわよっ! ていうか、お、王妃って、気が、早くない?」


(なんか照れるっ!!)


 言葉の響きに想像してしまい恥ずかしさが込み上げてきたスファレにグランディディエは呆れたような溜息を吐く。


「別に早くないでしょ。今はそれを決める課題の真っただ中なんだし。それに、これが、今言ったことを現実にするアイテムなんでしょ?」


 グランディディエは持っているソラの実の入った袋をゆらゆらと振ってみせる。


「うん。それが、聖女様の力を持ってない私の、切り札よ」


 スファレはまた熱くなった頬を空いている手で押さえながら、それでも力強く頷いた。



あと少し、お付き合い願います。

よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ