表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/25

第6話-2

 紅玉に遅れること少し、スファレは紅玉を追って廊下に出た。特に帰宅時間に縛られていないスファレと久しぶりの再会を楽しみにしていた王妃はとても残念そうに目に見えてがっかりしたので心苦しくはあったが、今を逃せば明日のペア決定までに紅玉と二人きりで話せる時間などなさそうだったので、スファレは断腸の思いで王妃の誘いを断った。部屋を出る時にシンハライトとグランディディエがこちらを窺うような顔で見ていたが、帰る前に紅玉を捕まえるというミッションがあった為スファレは何も説明することなく部屋を後にした。


(あー、また走ってるから、バレたらグランディディエに怒られる……)


 子供の頃から慣れ親しんだ勝手知ったる王宮の廊下を走りながらスファレは苦笑いを零す。幼い頃は一緒に廊下を走り抜けることもあったが、すっかり礼節を身に着けたグランディディエは、いつの頃からかスファレに残る幼い習慣をきっちりと注意する側になった。だがグランディディエの目のない所では抜けきれない癖を何度も披露していたせいか、途中すれ違ったメイド達は慣れたもので、特別な反応を寄越すこともなくスファレの横を通り過ぎていった。


(あ、いた)


 正面玄関へと続く廊下に辿り着いたところで、スファレは紅玉の後姿を捉えた。濃いピンクのドレスのスカートが静かに揺れるそれに、思わず大声を上げる。


「紅玉っ!」


 静寂に包まれていた廊下に響いた予想よりも大きなスファレの声に、紅玉がびくりと肩を震わせて立ち止まった。


「……スファレ?」


 訝し気な声と共にゆるりと振り返った紅玉の肩で、金色の髪がさらりと流れた。その光景に、スファレの中で消えないコンプレックスが一瞬決心を揺らがせたが、スファレはそれを打ち消すようにふるふると小さく頭を振った。


(あの時の紅玉とは違うんだから)


「どうかしましたの? まあ、走っていらしたの? 私に何か御用でもあったのかしら?」


 追いかけてきたスファレに紅玉は不思議そうに目を丸くしながらも、進んでいた道をスファレがいる方へと戻ってきた。気づかわし気な表情に息を整えながら笑顔で返すと、スファレは意を決して口を開く。


「あのね、早く帰らなきゃいけないってわかってるんだけど、少しだけ、話がしたいの」


いい? と、スファレは懇願するように紅玉の瞳を覗き込んだ。紅玉は少し考えるように正面玄関の方を振り返ったが、すぐにスファレへと視線を戻すとこくりと頷いた。


「……ええ。大丈夫ですわ。多分待たせてはいるとは思いますが、お茶会に関することには何も言われませんの。ですから、スファレとお話して遅れたとしても、お茶会だと言えば問題ありませんわ」


 紅玉はそう言っていたずらを仕組んだ子供のように笑ってみせると、それよりも、とスファレへ向けて微笑む。


「スファレが私にお話がしたいと追いかけてきてくださったことの方が嬉しいですわ」


「紅玉……ありがとう。大丈夫、長くなる話じゃないからっ」


 スファレはぱあっと表情を明るくして紅玉の赤い瞳を真正面から捉えると、紅玉が不思議そうに小首を傾げた。スファレはすうっと大きく息を吸い込むと、ゆっくりと息を吐く。


(紅玉だってこの前自分の話をしてくれたんだから、私も、紅玉にちゃんと話さなきゃ)


「あのね、この前紅玉が自分の話をしてくれて、嬉しかったの。だけど、私、あえて話すようなことって何もなくて。だから、中々あの時言ってたような話ができなかったんだけど……でも、今、聞いて欲しいことができたの」


 きゅっと両の拳を握りしめてスファレが真剣な眼差しでそう言うと、紅玉は驚いたようにぱちぱちと瞬いた。


「……今、とおっしゃったということは、課題に関することですの?」


 紅玉は少し考えるように黙り込んだ後、伺うようにそう尋ねた。スファレは答える代わりに小さく頷く。


「……私が帰りました後に、何か追加の言伝でもありましたのかしら?」


 不思議そうに小首を傾げる紅玉に、スファレは今度は首を小さく横に振る。


「ううん。追加の話は何もないわ。私が紅玉に話したかったことは、明日、私が誰を指名するかっていうことなの」


「え?……」


 真っ直ぐに紅玉の目を見て告げた言葉に、紅玉は驚いたように一度瞬きをして目を見開いた。紅玉は視線を逸らさず真意を伺うように無言のままじっとスファレを見つめていたが、何も読み取れなかったのか諦めたように小さく息を吐いた。


「……それは、どういう意味ですの? 別に明日になればわかることを、今この場で言う必要がありますのかしら? しかも、わざわざ追いかけてまで?」


 訝し気に眉を寄せる紅玉に、スファレは小さく頷いた。


「あのね、さっき、この前紅玉が自分のこと話してくれて嬉しかった、って言ったでしょ? あの話を聞いた後、正直紅玉の境遇に同情したの。勝手に連れてこられて、家族とももう会えなくて、王妃になるしかないって聞いて、確かにそうなのかもしれないなって思ったの」


「……」


 紅玉の瞳が、何も感情の乗っていないような無表情なそれに切り替わった。無感情な真っ赤な瞳が、スファレの真意を問うようにじっと真っ直ぐにこちらを見ている。一見するとゾっとするそれに、スファレは怯まずに真っ直ぐと前を見据える。


「でもね、だからって、それではいそうですかって紅玉に譲ってあげるのも違うかなって思ったの……私だって、王妃になりたいって思いは、ずっと持っていたものだから……」


(色々なことが急に起きて、ちょっと前と環境が変わっちゃったからぐちゃぐちゃってなっちゃったけど、でも、それは前世からずっと思ってたことだから)


 前世の反省を活かしこのまま過ごせば王妃になれると思っていた環境は、紅玉の出現によって一瞬でガラリと変わってしまった。ああまたか、と絶望しながらも、あの時のように一方的に決めつけられなかった結果に、決めた心がスファレにだってあるのだ。


「だから、紅玉とは争うことになるけど、だからこそ、ちゃんと伝えたかったの。友達だって、この前私に自分のことを話してくれたから」


 スファレがきっぱりとそう言うと、無表情にじっと見つめていた紅玉の唇がおもむろに開いた。


「それで、シンハライト様を選ぶと、私に伝えにいらっしゃったの?」


 静かな廊下に、紅玉のはっきりとした声が響いた。スファレはその言葉を噛み締めるように、ぱちりと一度瞬く。


「……え? シンハライト?」


 断定した紅玉の発言にスファレは思わず素っ頓狂な声をあげた。紅玉はその声に訝し気に表情を歪めると、


「まさか、グランディディエ?」


と、小さく口の中で呟いた。


(あれ? 今、なんか……?)


「王妃になりたいのであれば、シンハライト様を選ばれるのでは? ですから、私に伝えにいらしたんでしょう?」


 暗に王位継承においてシンハライトの方が有利だと言わんばかりの紅玉の発言に、スファレはやはり話に来て正解だったと確信する。


(紅玉は王妃にならなきゃって思ってるみたいだから、きっとシンハライトを選ぶんだろうなって思ってたけど、やっぱりそう思ってたみたい。だったら、やっぱりちゃんと伝えなきゃ)


「もちろん王妃になるのは諦めてないわ。でも、私が指名するのはシンハライトじゃなくて、グランディディエだから」


 紅玉の言葉を否定するようにスファレはふるふると小さく頭を横に振ると、きっぱりとそう言い切った。紅玉は訝し気な表情を解かずにスファレをじっと見つめる。


「……なぜですの?」


(あれ? 被らないから安心するかと思ったのに、なんで? なんかまだ怖い顔してるんだけど……?)


 てっきり安堵の表情を浮かべると思っていた紅玉が未だ強張った表情をしていることが不思議で、スファレはその不可解さに眉を寄せる。


(あ。もしかして、私が騙そうとしてると思ってる?! 確かに、普通に考えたら王妃になりたいなら長男のシンハライトを選ぶと思うもんね。そうじゃないって伝えたいんだけど、どうやって……って、えーと、じゃあ、恥ずかしいけど……ううん、友達ってそう言う話もするっていうしっ!)


「なんでって、好きだから」


「え?」


 勢いで口から飛び出した言葉に込み上げてきた恥ずかしさにたまらず顔を真っ赤にしてしまったスファレに、紅玉にしては珍しく間の抜けた声が上がった。スファレはちゃんと誤解を解かねばと、目を見開いて固まっている紅玉の瞳を真正面から捉えた。


「私、グランディディエが、好きなの……」


(うー……恥ずかしい。本人にもまだ言ってないのにっ!……)


 改めて自分の発言を意識して熱くなってきた頬を冷ますように、スファレは両手で自分の頬を覆った。あまりの恥ずかしさにすぐに逸らしてしまった視線を紅玉へと戻すと、突然の告白に驚いたのかパチパチと瞬きをする紅玉が視界に映る。


(そりゃそうよね。グランディディエ本人でもないのに、いきなりこんなこと言われても困るわよね……)


「……」


「えっと、突然何言ってるの? て感じだよね? でも、そういうことなの。だから、シンハライトを選ばないっていうのは嘘じゃないわ。騙そうとか、そういう気持ちは一切ないの。私は、グランディディエを選んで王妃になりたいの。だから、紅玉は私に遠慮することなく、シンハライトを指名してもらって大丈夫だから!」


「……え?」 


 呆けたような紅玉の声に、スファレはぶんぶんと頭を横に振って安心させるように微笑み返す。


「さっき、シンハライトを選ぶんでしょ? て聞かれた時に、やっぱり紅玉はそう思ってたんだなあって思ったの。だから、やっぱりシンハライトは選びにくいって思ってたんだなあってわかったから、やっぱり言いに来て良かったって思った。争わなきゃいけないのは変わらないけど、私に遠慮とかしないで、ちゃんと、自分の意志で決めてほしかったから」


 理由は違えど、王妃になりたいという気持ちは同じなのだ。だとしたら、自分が信じる相手を、選んで欲しいと思ったのだ。


 紅玉はしばらくの間驚いたように目をまんまるにしてスファレを見ていたが、ぱちりと一度瞬くと、躊躇いがちに口を開いた。


「……どうして、私に伝えようとお思いになられたのかしら?」


「紅玉が私に話してくれようと思ったのと同じよ。友達だから、話したかったの」


 スファレが迷いもなくそう言うと、紅玉はまた驚いたようにパチパチと瞬きをし、


「……そう。嬉しいですわ。話してくれて、ありがとうございます」


と口元に笑みを浮かべた。その様子に、スファレも同じように微笑む。


(やっぱり言いに来てよかった)


「ふふ。グランディディエ様のことがお好きなのね、スファレ」


「へっ? って、あーっ! それよりも帰るところ引き留めちゃってごめんっ! 怒られたりしないといいけどっ……」


 改めて紅玉の口から言い直されるとたまらなく恥ずかしくなってしまい、スファレは誤魔化すように話題の転換を図った。紅玉がそのあからさまな様子にクスクスと笑った為、スファレは更に恥ずかしさが込み上げてきたが、とはいえ、確かに長くならないと言った割に短くもなくなってしまった話にスファレが慌ててオロオロとし始めると、紅玉は笑顔のまま視線を伏せて小さく首を横に振った。


「……先ほども言いましたが、大丈夫ですわ。お茶会が楽しくて長引いてしまったと伝えれば、何も言われませんもの。それよりも、スファレこそ大丈夫ですの? もう割と遅い時間ですし、スファレもお帰りになるところでしたら、ご一緒に……?」


「あ、私はまだちょっと用事があるから。それに、うちは慣れたものだから大丈夫!」


 紅玉の誘いをきっぱりと断ると、紅玉は少し残念そうに眉尻を下げた。


「そうですの。では、また明日ですわね」


「うん。じゃあ、また明日」


 スファレが手を振ると、紅玉は小さく会釈をして先ほどの道を正面玄関の方へと戻っていった。スファレはその背中をしばらくの間見送ると、次の目的地へ向けくるりと踵を返した。


続きはなるべく今週中にあげたいと思います。頑張ります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ