第6話-1
開かれる頻度の多さからすっかり定例として定着しつつある王子と婚約者候補のお茶会も、先日の紅玉の訪問を受けスファレの中でも苦手意識が薄れつつあった。
(今まではずっと紅玉が話す度に二人の反応とか気にしてばっかりだったから、この場を楽しむなんて気持ちなかったもんね)
聖女に対してどういう態度を取るのかばかり気にしていた今までとは違い、今日は今までよりも気にせずに喋れていたのではないだろうか? とスファレは満足気に紅茶を一口飲んだ。
(これからはもっと楽しくなるかも!)
「ねえ、スファレもそう思われませんこと?」
今後に思いを馳せていたところにふいに呼ばれた名前に、スファレは翡翠の瞳をその声の主へと向けた。その瞬間、シンハライトとグランディディエの瞳が決まってスファレへ向けられることは、本日のお茶会で何度も起こったことだった。
(まあ、今まで会話らしい会話なんてしてなかったもんね……)
「あ、ごめんなさい。ちょっとボーっとしてて……」
「……そろそろお開きにしましょうか。今日は話も弾んだので普段より時間が経つのが随分と早かったようですね。スファレも疲れてしまったようですし、紅玉も、そろそろお迎えが来る時間ではないですか?」
未だ慣れない余所行きのグランディディエの声が突如本日のお茶会の終焉を促した。スファレからの同意を遮られた紅玉は驚いたように赤い瞳を数回瞬かせ少し不満気な表情でグランディディエを見たが、窓の外の空をみやると納得したように小さく息を吐いた。外はもうすっかりと夕暮れの橙色に染まっていた。
「……そのようですわね。お話足りないですが仕方ありませんわ」
紅玉が名残惜し気に静かに視線を伏せたちょうどその時、コンコン、とドアをノックする音が響き、四人は反射的にそちらへ視線をやる。
「ちょうど迎えがきたのかもしれないね」
シンハライトがにこやかに紅玉にそう言うと、どうぞ、とドアの向こうへと声をかけた。
「おお、まだ帰っておらんかったな。良かった良かった」
ドアを開けて聞こえてきた快活な声に、スファレをはじめとしてその場にいる全員が驚きで目を見開いた。
「父上っ?!」
突然の王の登場にシンハライトには珍しく上ずった声に四人が慌てて席を立とうとすると、
「ああ、構わん構わん。わしが突然きたんじゃ、そのまま座っておれ」
王はそう言って手で着席するようにゼスチャーをしてみせた。
「驚いた顔が見たいんだなんて子供みたいなことを言うから」
「母さんっ?!」
王に続いて部屋に入って来た王妃の呆れたような声に、今度はグランディディエが間の抜けた声を上げる。王妃はその声に視線をやると、複雑に表情を歪めたグランディディエにふっと口元に笑みを浮かべた。
「さすが私の息子ね。察しが良くて何よりだわ」
王妃はシンハライトとグランディディエを交互に見ると楽しそうにそう言った。反して名指しされた二人は厳しい表情で王と王妃を見返している。
(察しが良いって、どういうこと? 二人は王様たちがどうしてここに来たのかわかったの?)
ニコニコとしている王たちと対比するような表情の二人に、いまいち状況の読み込めていないスファレが不思議そうにその場にいる者へ視線を巡らせていると、シンハライトの深緑の瞳と目が合った。スファレが見るより先にこちらを見ていたシンハライトに驚きパチパチと瞬きをすると、シンハライトは少しだけ寂しそうに目を細め、
「モラトリウムが終わったんだよ」
と小さな声でそう言った。
「え?」
(どういう意味?)
「……ああ、そういうことですの」
言葉を受けたスファレではなく、隣に座する紅玉が口元に手をやりながら何か納得したようにぽつりと呟いた。小さく息を吐くと、ゆっくりと真っ赤な瞳を王と王妃へと向ける。
「課題の日取りが、決まったということですのね」
「!」
冷静な紅玉の声音にスファレは弾かれるように瞬いた。反射的にシンハライトとグランディディエの方を見ると、二人とも先ほどと変わらぬ表情で王と王妃をじっと見つめていた。二人の様子から、王と王妃が部屋に入って来たその瞬間に、これから何を告げられるのか理解していたようだった。
(察しが良いって、そういうことだったんだ……確かに、紅玉を連れてきた時も突然お茶会に乱入してきたんだっけ。王様も王妃様もお暇じゃないんだから、何か特別な用事がない限り、こんなことしないわよね……)
「おお、紅玉、物分かりがいいのう。その通りじゃ。おまえたちの課題の日程が決まったんじゃよ」
「ええ。だからそれを伝えに来たのよ」
王妃は明るい声でそう言うと、王と視線を合わせにっこりと笑ってみせた。
「……あの、それは、いつなんですか?」
恐る恐るスファレが口を開くと、王と王妃の視線がパっとスファレへ移った。そもそもその為のお茶会だったのだからいつかその日が来ることは覚悟していたが、完全に気を抜いていた為思わず緊張してしまったスファレの不安を表情から感じ取ったのか、王妃が同情したように眉尻を下げた。
「明後日よ」
「明後日っ?!」
「……」
「!」
「まあ……随分と急ですのね」
四者四様の反応を王と二人楽しそうに眺めていた王妃が、シンハライト、グランディディエ、紅玉、と一人一人ゆっくりと視線を巡らせ、最後にスファレへと回って来た所でぴたりと止めた。
「?」
だが、アーバンの瞳は何かを告げることなくすぐに逸らされてしまったので、王妃が今何を思っていたかは知ることができなかった。
「短期間とはいえもう交流を図るには十分な時間を過ごしたと判断したのよ。あまり仲良くなりすぎても不都合になりかねないし」
王妃は言いながら視線を王へと流すと、王も同意するように、うむ、と頷いた。
「そこでじゃ。その課題に取り組んでもらう為のペアを、明日決定する」
「!」
課題はペアで、と最初から言われていたので当然と言えば当然なのだが、改めて王からそう口にされると独特な緊張感がその場にいる四人に走った。
(……さっきこれから楽しくなるかもって思ったばっかりなのに)
たった今この瞬間、この四人でお茶を囲んでいた空間は、永遠に消滅してしまったのだ。
胸中に浮かんだ感想が間違っていることは分かっているが、スファレは急に突き付けられた現実に気持ちが追いつくことができず、思ったよりショックを受けている自分に知らず顔を曇らせる。
(最初からわかってたことなのに、いざそうなってみると複雑……)
「スファレ、紅玉」
ふいに王から名指しで指名を受け、スファレは慌てて意識を戻すとピンと背筋を伸ばした。王はそれぞれとじっと視線を合わせた後、元来優し気な顔つきの頬に更に優しい笑みを浮かべる。
「明日、おまえたちには皆の前でどちらを選ぶのか宣言してもらう。王家の者でないおまえたちにそのような役割を押し付けてしまうのは申し訳ないが、せめて、背負わなければならないしがらみを共に背負っても良いと思える相手を、この交流を通して選んでおくれ」
「そうね。まあ、息子たちは生まれた瞬間から王家のしがらみは自動継承されちゃってるようなものだから仕方ないけど、あなたたちは違うでしょ。だからせめて、それでも運命を共有していいと思える相手を選んで欲しいと思ったのよ。自分の意志で」
(自分の意志で)
王妃の言葉をスファレが口の中で反芻していると、やれやれ、といった様子でシンハライトが溜息を吐いた。
「母上の言い方だと、まるで僕らは二人に選ばれて当然の人間だと言わんばかりですね。二人の意志を尊重するような言い方をされていますが、そもそも僕らに全く興味がなかった場合、今の言い分は通用しないのでは?」
暗に王妃の言葉を王家の勝手な言い分とでも言うようなシンハライトの言葉を、王妃はふっと鼻で笑う。
「あんたにも子供らしいところがあって安心したわ」
「……どういう意味ですか?」
シンハライトが不満気に眉根を寄せる。
「可哀そうだから言わないでおいてあげる」
王妃が楽しそうに笑うと、シンハライトは更に不満そうに唇を結んだ。王妃はその表情に益々楽しそうにくつくつと笑う。
「確かに、あんたたち二人のことを気に入っていなかったとしても逃れることはできないわ。だから後付けのように聞こえても仕方ないけど、本当にそう思っているし、そう思って選んで欲しいと思っているわ。でもまあ、シンハライトの言う通りちっとも興味なかったとしたら、それはあんたたちのせいでしょう?」
「はあっ?! なんで俺たちのせいになるわけっ?!」
それまで黙っていたグランディディエが噛みつくように声を上げる。王妃はその声に視線を移すと、じっとグランディディエを真正面から見つめた。
「当たり前よ。せっかく綺麗に生んであげたのに、それしか能がないってことじゃない」
「っ……」
無表情なそれにグランディディエがぐっと息を飲むと、王妃はまた楽しそうに笑って隣にいる王の腕に自分の腕を絡めた。
「私が王家に嫁ぐと決めるまで、時間は一日しかなかったのよ。それでもこの人と一緒ならどんなことでも乗り越えられる、一緒にいたいって思ったの。それ以上の時間を過ごしておいてそう思わせられなかったんだとしたら、それは誰のせいかしら?」
「……」
挑発するように笑う王妃にグランディディエが不機嫌そうに口を曲げると、王が、いい加減にしなさい、と王妃をたしなめるようにその腕を外す。
「久々に息子に絡むのが嬉しいからって、少しはしゃぎすぎじゃぞ。まったく……」
(え? 王妃様はしゃいでたのっ?!)
不機嫌な息子二人とは裏腹に楽しそうな表情で肩をすくめる王妃にスファレが驚きで目を見開くと、場の空気を換えるべく、王が、おほん、と小さく咳払いをした。
「ともあれ。どんな事情があろうが取り決めは取り決めじゃ。明日、スファレと紅玉にはパートナーを指名してもらう。そして、明後日の朝、課題を発表し、その結果で次代の王と王妃が決まる。もちろん、異論はないな?」
王の声がしんとした室内に響いた。もちろん王の言葉に反論できる者などおらず、王はその場にいる者全員をゆっくりと見渡すと、小さく頷く。
「よろしい。では、二人には明日の夜は王宮にて過ごしてもらうことになっておるので、そのつもりでいておくれ。全てこちらで用意するから何も心配はいらんが、どうしてもというものがあれば何を持ってきてもらっても構わん」
「可愛い寝間着を用意したから楽しみにしてちょうだい。あー、やっぱり女子の服は選びがいがあって楽しいわあ」
弾んだ声の王妃の発言にシンハライトとグランディディエは何か言いたげな表情をしていたが、王妃は構うことなくスファレへ向けパチンとウィンクをしてみせた。スファレは先程からころころと変わる王妃の様子に圧倒されてしまい、なんとか笑みを浮かべるのがやっとだった。
「もちろん紅玉の分も用意しているわ。楽しみにしていて」
「まあ、私にも?……ありがとうございます」
紅玉が王妃の申し出に綺麗な笑みと共に礼を告げると、王妃は満足気な笑みを浮かべた後、大きな息を吐いて両手を腰に当てる。
「どうせ教会のじいさん共は外へ出かけるドレスに金は掛けても教会の中のものは質素でしょ。全く女心をわかってないわ……て、そういえば。迎えが来ているようだったわよ、紅玉」
嘆かわしいと言わんばかりに頭を振っていた王妃が、思い出したように紅玉を振り返った。窓の外へやった紅玉の視線を追ってスファレもそちらを見やると、先ほど沈み始めていた夕日はすっかりと沈みきっていた。
「いつもより随分と遅いようですわね。申し訳ございませんが、私お先に失礼させていただきますわ」
紅玉はそう言ってまずテーブルについているスファレたちに小さく頭を下げると、近くにいた使用人の手を借りながら立ち上がり王と王妃の前に立つ。
「先に席を立つご無礼をお許しくださいませ」
片足を引いて小さく礼をすると、王と王妃は笑みを浮かべ首を横に振る。
「もちろん構わんよ。では、明日。紅玉」
「おやすみなさい。気を付けて」
それぞれの言葉に紅玉はもう一度礼をすると、静かにドアの方へと歩みを進めた。その背中を目で追いながら、スファレは小さく息を飲んだ。
(明日、ペアが決まる……その前に、紅玉に話さなきゃ)
スファレはそう胸中で決心すると、善は急げと自分も席を立ちあがった。
短いです。
なんとか平日中に続きは上げたいと思います。頑張ります。




