小話 とある黒鎧の3日間の幕間2
振り返れば自分を追いかけてきた
男達が居た。
そして、中心に見覚えのある男が1人。
「お前……」
「久しぶりですね、姫様」
髪色について言ってきた男だ。
アディアは目を見開き、瞳孔を丸くする。
「なぜお前が……?!」
「いやあ~俺はずっと疑問だったのですよ。
なぜ貴方に継承権があるのか」
わざとらしくため息を吐き、
やれやれと首を振る。
「なぜ貴方のような小娘にあるんです?
王にふさわしいヨウラ様には
継承権が無いというのに……」
「それは叔父さんが母さんを支えたいから
継承権を放棄したんだ!
お前だって知っているだろ!」
「知ってますよ!!それぐらい!!」
男は目を吊り上げ叫ぶ。
「ですが、納得出来ないんですよ!!
あのような女を支える必要がどこにある?!
あの女に王の資格は無い!!
ヨウラ様が王になれば問題ないっ!!」
思いをぶちまけるかのごとく、
喉が裂けそうなほど叫んだ。
そして、肩で息をしたあと、
男はズレた眼鏡を戻す。
「……あの女を始末するには
まだ力が足りないですからね。
まずは継承権1位の貴方を
始末させていただきます。
しかし……
本当に穢らわしい色ですね、貴方の髪は」
侮蔑をたっぷり含ませた瞳を向け、
鼻で笑う。
「ホコリみたいな髪色。
見ているだけで体が痒くなってしまう。
貴方が王族??
あり得ないですよ。
誰かと取り換えられたのでは?」
「っ……!!」
言葉が心臓に突き刺さる、
痛みでアディアは胸を抑えたくなった。
「あっ……」
返すのを忘れていた、
胸元に入れていたハンカチから
フワリと香りがした。
ー『アディア殿、貴方の髪は
ミルクのように柔らかな色で
とても綺麗だと私は思いますよ』
ポンドの言葉を思い出した。
(……ポンドだって言ってたじゃん。
ポジティブな言葉を覚えてほしいって。
あたしは……ポンドの言葉のほうを
焼きつけていたい)
ハンカチを握りしめ、男を睨む。
「……隔世遺伝って知ってる?
あたしの髪はその可能性だってあるんだ」
アディアはニヤリと笑った。
「それにしてもお前、
ずっと髪の事しか言わないよな?
じゃあ、それ以外は母さんや叔父さんに
似てるって事でいいんだよね?」
「~~~~~~っ!!!!」
顔を真っ赤にして唇を震わせる男を見て
アディアは胸がすく思いがした。
(なんだ、言い返せばよかったんだ。
例えなにを言われても、あたしを
思ってくれる相手の言葉を信じれば良い。
あたしの身を案じてくれる人の
言葉のほうが重みがあるんだから)
「この生意気な娘を捕えろっ!!」
癇癪染みた男の声と共に男達が
襲いかかる。
「逃げきってやる!」
着物だけど、走ればまた撒ける
と、アディアは全力で走る。
(人がいっぱいいる場所に行けば!)
人通りの多い場所へと突き進む。
「いだっ?!」
が、突然見えない壁にぶつかった。
「え?なに?!」
「逃がすわけないじゃないですか」
男は嘲笑しながら向かって来る。
手には魔道具があり、あれが見えない
壁を生み出したのだろう。
「ちょっと出費でしたが、この壁を作る
魔道具はいいですね。
こうやって簡単に捕まえることが
出来るのですから」
前から男達、後ろには壁と絶体絶命。
絶望的な状況だが、アディアは
全く気にしていない。
"ポンドなら必ず来てくれる"と
信じているからだ。
「ふふ……」
おかしさにアディアはつい笑ってしまう。
(さっき出会ったばかりなのに変なの。
……思えば最初に会ったときからだ)
アディアは今日を振り返る。
(憲兵でもない全身鎧の男に
あたしはちっとも警戒しなかった。
それどころか、一緒に食事をしたり
この街を満喫していた)
なぜなら、ポンドは絶対に自分を
傷つけないと直感でわかっていたから。
ー "お前は誰よりも見つける嗅覚が
優れている"
母の言葉を思い出した。
「なにを笑っている?」
不愉快そうに男は顔を歪める。
「ねえ、知ってる?
あたし思い出したんだ。
あたしが王位継承権トップな訳」
アディアは挑発的な笑みを浮かべる。
「王族は狙われやすいから、
味方を探さないといけないんだ。
あたしの国だと下克上が多いから尚更ね。
だから、1番に王族に求められるのは…
"助けてくれる相手を見つけ出す
嗅覚"だっ!」
瞬間、パリンとガラスが割れる音とともに
あの匂いがした。
ー スパイシーながらも甘い匂い。
「全く……突然飛び出されては危険です。
お転婆も程々にですな」
剣を片手にポンドが現れた。
ポンドが剣で透明な壁を斬ったのだ。
「お怪我はございませんか?」
そして、剣を仕舞うとアディアの前に進む。
「大丈夫だよ。
あと、飛び出したのはごめんなさい。
でもさ!」
アディアはニカッと笑う。
「髪のこと言われても
ポンドの言葉を思い出した!
ちゃんと言い返したんだ!!」
屈託のない笑みを魅せるアディアに
ポンドは笑う。
「そうでしたか」
そして、アディアの頭を撫でる。
「私の言葉を信じていただき感謝します。
その礼として、この者達の相手は私が
いたしましょう」
優しく告げると、男達を見据える。
「お前なにをした!?
これで見えないようにしてたんだぞ!!
一体どうやって……!?」
魔道具は作動していたと慌てる男に
ポンドは告げる。
「そうだったのですか?
透明な壁があるのは分かりましたが、
私には思い切り見えていましたよ」
だから堂々とされていたのですな
とポンドは納得する。
男は壁を斬られたことと、
ポンドの登場に頭をかきむしり、
パニックになりながらも考える。
壁を壊された事により、誘拐は不可能。
人々の目に触れていつ憲兵が来ても
おかしくない状況。
ならば……
「今すぐあのガキを殺せ!!
追加金ならいくらでも払ってやる!!」
男が叫ぶと、男達が武器を構えた。
「ふむ……そうきましたか」
ポンドは顎に手をあて告げる。
「街中でむやみに武器を振り回すなど、
あまり感心できませんな」
聞く耳持たぬ様子で男達は襲いかかる。
「ポンド!」
「大丈夫です、アディア殿。
少しお時間いただきますので、
目をつぶってお待ちください」
安心する声色で告げられ、
大人しく目をつむる。
ー 同時に聞こえてきたのはキレのいい
打撃音。
骨と骨がぶつかり合う音が響く。
「こいぶぎゃ!」
「拳でぎゃあ!!」
リズム良く道を蹴る音、叩き込まれる拳に
呻く男達の声。
足音はどんどん減っていく。
「おっ、お前ら相手は1人なんだぞ!!
とっとと早く……!!」
命令する声は次第に恐怖で震える。
「あいつを……ひぃ!!!」
ゴキリと砕ける音と共に地面に
倒れる音が聞こえた。
「アディア殿、目を開けても大丈夫です」
「……すごい!!」
目を開ければ、自分を狙っていた男達は
全員地に伏していた。
「すげえな!鎧のあんちゃん!!」
「あんなラッシュ見たことねえ!」
「瞬殺なんてカッコいいじゃねえか!」
いつの間にか集まっていた観衆は
割れんばかりの拍手を送る。
「ポンド助けてくれてありがとう!」
アディアは頬を紅潮させ、尻尾を垂直に
立てながらポンドに抱きついた。
「ポンドはすごく強いんだな!!
すご……く……」
すごいすごいとはしゃいでいると、
ぐらりと視界が歪む。
「アディア殿?!」
ポンドの驚く声を聞きながら、
アディアは意識を失った。
ーーーーーーーーーー
ふわりとした感触にアディアは目を覚ますと
最近見知った天井が目に入った。
体を起こせば布団の中だとわかる。
「あれ……なんで布団に……?」
「疲労で倒れたんだお前は」
怒気を含んだ聞き覚えのある声に
肩を跳ね上げる。
「1日中走り回ればいくらお前でも
疲れがくるに決まっている」
そこにはアディアの叔父"ヨウラ"がいた。
ライオンの尻尾でバシバシと床を叩き、
いかに不機嫌であるかわかる。
「……叔父さん」
「お前はどこまで心配をかければ
気が済むんだ。
お前が誘拐されかけていた上に
殺されそうになっていたと
後で知った俺の気持ちがわかるか?」
「…………ごめんなさい」
震える声で訴えるヨウラの瞳から
アディアを心配する気持ちが汲み取れる。
「もう……このような事はしないでくれ」
「本当にごめんなさい……」
「帰って姉からのキツイ説教もある。
ここまでにしておこう」
「………はーい」
母親の雷が落ちるのは確実なので、
顔を青ざめるアディア。
「ヨウラの旦那!
入ってもよろしいでしょうか?」
そこへ明るい声が聞こえてきた。
「構わんとも」
ヨウラが返答すると、扉が開く音とともに
足音が近づいてくる。
「起きられましたか!
ぐっすり眠っておられましたので
まだ起きられないかと」
入ってきたのはアディアが宿泊している
旅館の経営者の1人である"レイヴン"だ。
「疲れて眠っちまった嬢ちゃんを
ポンドの旦那が運んでくれたんだぜ!」
アハハと笑うレイヴンにアディアは
問いかける。
「ポンドは?どこに?」
「ポンドの旦那は仕事に戻りましたよ。
ぬし様がそろそろ起きそうだからな。
あいつらの相手もしないといけねーし」
「そっか……」
アディアの尻尾はダランと下がる。
「アディアが世話になった礼を
したかったのだが。
その者はどのような人物なんだ?」
尋ねられたレイヴンは笑顔で答える。
「いやあ、あの御仁はなかなかですよ?
ここに来てあまり経たねーのにもう噂の的。
気前も良く、女の扱いも手慣れてるんで、
もうモテまくり」
スゴいのなんのと話す。
「だから、鎧で歩いても誰も警戒しねえ。
その癖、明らかに厄介事の渦中にいた
嬢ちゃんを放っておけないと1日無償で
護衛したりと、とんだお人好しよ」
だから、礼なんていらないと思いますよ?
とカラッと笑った。
「もしや、タカオが言っていた者か?
最近街が色めきたっていると言っていた」
「そのキャーキャー言われている内の
お1人ですよ?」
「ポンド……」
アディアは手に握っていたハンカチを
胸に当てる。
ハンカチからはあの香りがする。
「そのハンカチはポンドの旦那のですね?
その匂い、ここいらで最近買ったと言ってた
香水の香りがしますんで。
返しときましょうか?」
レイヴンが提案するが、アディアは渡さない。
「……その、直接返したいんだ。
会ってきちんとお礼を言いたいし……」
だからと口ごもるアディアにレイヴンは
口角をあげる。
「かしこまりましたよ、嬢ちゃん。
なら、そんなお嬢ちゃんにあの旦那から」
「え?」
目をパチパチするアディアにレイヴンは
手渡す。
それは花の模様が可愛らしい小さな袋だ。
「開けてみな」
「うん……」
アディアはおそるおそる袋を開ける。
「あっ!これ!!」
中身はあの時、目を奪われた簪であった。
「あの時の……!!
……あれ?」
中をよく見ると手紙が添えてあった。
見てみるとそこに1文が。
ー "貴方に似合うかと"
「これは簪か。お前に似合いそうだ」
覗き込んだヨウラも太鼓判を押した。
「アディア……?」
ヨウラはアディアの様子に目を丸くする。
「顔が赤いぞ?!林檎みたいじゃないか!」
「……あの旦那、オーバーキルしやがった。
怖い思い出を残すのはと言ってたが、
甘酸っぱい思い出が残りそうだ」
レイヴンはボソッと呟いた。
そんなレイヴンにアディアは尋ねる。
「………レイヴンさん?だよね?」
「そうですが?」
「この街の人、みんな髪とか肌綺麗だけど
秘訣って?」
突然の質問にキョトンとしたレイヴンだが
ニヤリと笑う。
「それは色香大兄、フェイルートの旦那が
作り上げた洗髪料、洗顔料等ですよ?」
「全部見せて!!」
「アディア?!」
今まで興味を持たなかった姪の言葉に
ヨウラは目を丸くする。
「ポンドに次に会う時までに
自信を持ちたいから!
この簪が似合うようになりたいの!」
簪を大切に胸に抱きながら、頬を赤らめる。
まさに"恋する乙女"だ。
「かしこまりました。
では、こちらを」
レイヴンはどこからか本を取り出すと
ページを開いて説明する。
「こちら商品の概要等が
詳しく載っております魔道具。
絵に触れれば説明が流れる仕組みで
ごさいますので」
「ありがとう!」
アディアは受けとると、真剣な顔で
本型魔道具を見る。
(この簪が似合うと自信が持てたら
そのときはまた護衛してね、ポンド)
へにゃりと口元を綻ばせた。
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