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87話 幼心に刻み付けた




「……………」


郁人の1番の記憶に、全員が言葉を失った。


「これは……

幼い子供には到底見せられない……

なんとも酷いものですな……」


スクリーンに映る化け物の宴に、

ポンドは抑えた口調で話し、

拳を力強く握りしめた。


「……この者達を今すぐ斬りたいのだが。

どこにいる?」


大剣に手をかけ、低いトーンで尋ねる

ジークスの瞳はとても冷たく、背筋が

凍りつきそうだ。


「パパ……怖かったよね?

こんなもの見て……辛かったよね?

俺がもっと早く側にいたら……

あんな塵共なんて……」


鳥籠にいる郁人にチイトは駆け寄り、

ぎゅっと抱きしめ、顎を震わせた。


ユーは郁人に寄り添い、慰めるように

喉を鳴らす。


「あー…………

マジでぶっ殺したい」


スクリーンを見つめるレイヴンの瞳は

瞳孔が開き、筋肉や血管がピンと

張り詰めている。


「全員落ち着け。

今の我が君を見れば問題が

無かった事はわかるだろう」


腕を組んだフェイルートが(なだ)めるが、

その声はとても低く、怒りに満ちて

いる事がわかる。


『郁人?』


スクリーンをしばらく見ていると、

別方向から落ち着いた声が聞こえた。


視点は声のする方向、後ろへ向かう。


『こんな夜遅くにどうかし……

……成程。これは酷いものだ』


白髪を後ろに流し、背筋がしゃんとした

面高(おもだか)の老人が室内をチラッと

見たあと、整った眉をしかめた。


着物をピシッと着こなし、若い頃は

大層モテたことが伺える。


小さな郁人は老人を見上げる。


『おじいちゃん……』

『喉が渇いて水を取りに来たのか?

なら、じいちゃんが持ってるから

一緒に行こう。

こんなものを見ては目や耳が腐ってしまう』


老人、祖父は郁人の手を引くと、

その場から連れ出す。


『前から腹に一物を抱えた連中とは

思っていたが、あんなに腐っとるとは……』


首の後ろを擦った祖父に手を引かれ、

ついたのは祖父の部屋の縁側であった。


月に照らされた縁側は昼とはまた違った、

静謐(せいひつ)な表情を見せている。


『ちょっと待ってなさい。

水を用意するからの』

『……うん』


青白い月に照らされた、心落ち着く

縁側にて郁人は座ってじっと祖父を待つ。


『もう大丈夫だからな。

ほれ、水を飲みなさい』


祖父は安心させようと、

微笑みながら水を持ってきた。


『ありがとう、じいちゃん』


郁人は水を受け取り、ゆっくり飲んだ。

冷たい水を飲んだ郁人は吐息を漏らす。


『……じいちゃん、妹はどこかに

連れて行かれちゃうの?

俺と妹は……離ればなれになっちゃうの?


ー 俺達は……邪魔なの?』


郁人は隣に座る祖父に問いかけた。


祖父はその言葉に頭をぐしゃぐしゃに

撫でて答える。


『連れて行かせもせんし、

2人が離ればなれにもならんよ。

それに、お前達は娘夫婦が残した

大切な宝物だ。

それを邪魔に思うものか』

『でも、おじちゃんやおばちゃん達は

邪魔だって……俺達は付属品だって……

そう言ってたよ』


声は震え、再び視界が歪んでいく。


『あいつら……そんな事をっ……!!


ーいいか?郁人』


祖父は手の平に爪を食い込ませた後、

郁人に告げる。


『お前達は邪魔でも付属品でもない。

かけが得のない、大切なわしの宝物だ。

だからそんな事を言わないでおくれ。

わしは胸が張り裂けそうになる』


祖父の瞳は真摯なもので、

先程の化け物達とは違う。


澄みきった湖のように、

とても清廉なものであった。


『だから、お前達はわしが引き取る。

わしの大切な宝物であるお前達を

あんな連中に決して渡すものか』


郁人を優しく抱き締めた。


『じいちゃん……』


この人は安心できる、自分達を

守ってくれると確信したのだろう。


その抱擁を郁人は受け入れた。

祖父にぎゅっとしがみつく。


『……ありがとうじいちゃん』

『礼などいらぬよ。

孫を可愛がり、守るのはじいちゃんの

特権だからな』


郁人が顔をあげると、頬にえくぼがある、

優しくも頼もしい笑みがあった。


『…………………じいちゃん。

大人は皆あんな風になるの?

俺も……あんな風になっちゃうの?』



ー だからこそ、聞きたかったのだろう。



あの宴は幼心にはとても衝撃的なもの

だったのだから。


切実な質問に祖父は答える。


『皆が皆、全てあのようになる訳ではない。

が、あのようになってしまうのも多い。

環境や信念、様々なもので人は

変わってしまう事があるからの』

『そうなの?』


尋ねる郁人に祖父は頷く。


『生きていく限り、楽しいことは勿論、

辛いこともある。

ゆえに、その辛さに耐えきれず、

潰されてしまえばあのようになる事も

免れないかもしれないな』

『じゃあ……どうすればいいの?』

『人を信じ、ただ真っ直ぐに

生きていけばいい』


祖父の瞳が郁人を射ぬく。


『"正直者は馬鹿を見る"とは言うが

そんなことは間違っている。

にも関わらず、そんなことはよくある。

しかし、それでもただ真っ直ぐ、

自分に恥じぬよう生きていけばいい』

『まっすぐ……自分に恥じない……』


祖父の難しい言葉をまだ理解できないが、

心で感じたのだろう。


郁人は心に刻むように言葉を繰り返し、

真っ直ぐ祖父を見つめる。


『でも……あんな人がいても、

信じなきゃ駄目なの?

騙されなきゃ……いけないの?』

『ずっと信じろとは言わぬよ』


祖父は首を横に振り、口を開く。


『ただ人を騙すよりは騙されるほうが

余程良い。

騙してはいずれ自分に何倍にもなって

還ってくるからの。

騙す側の人間にはあぁいった者が

多いしな』


郁人の頭を優しく撫で、話を続ける。


『"仏の顔も3度まで"と言う言葉がある。

もし騙されたらもう信じなくていい。

自身で相手を信じる回数を決めたらいい。

これ以上、騙されたら信じないという

回数をな。

自分の目で見て、きちんと判断したらいい』

『……うん。わかった。

俺、信じるよ。騙す側にはならない。

あんな風にはなりたくないから』


幼い郁人の声はとても落ち着いた

ものであり、そして、

意を決したような声でもあった。



ー 映像はそこで終わる。



真っ黒になったスクリーンを

全員はしばらくじっと見つめていた。


数分経ったあと、ポンドが呟く。


「……マスターはこの後、お祖父様に

引き取られたからこそ、今のように

生きてこられたのですな」

「彼の生き方はこの時に固まったのだな。

あのようにはならないと……

幼心に刻み付けたのか」

「……生き方を定めるにしては

随分と早すぎる気がしますがな」


チイトは郁人をまっすぐ見つめる。


「パパ安心してね。

俺がもうあんな目に合わせは

しないから」


レイヴンもチイトのように見つめており、

真剣な瞳が気持ちを物語っている。


ユーも自分が居るから大丈夫だと

言いたげに尻尾で郁人を抱きしめた。


「……では、もっと聞いていきましょう。

我が君の記憶に弊害がないか探る為にも」


表情を引き締めたフェイルートは

質問を続けていく。



ーーーーーーーーーー



部屋には尋ねるフェイルートの声と

返答する郁人の声だけしかなかった。


途中、レイヴンやチイト達の声もするが

診察は順調に進んでいる。


「そうか……成る程。

我が君の記憶はあるようですね。

簡単に思い出せないように細工が

施されていたようだ」


フェイルートは聞いてきた内容を

まとめた紙を見つめた。


ジークスは疑問をぶつける。


「なぜ、そのような細工を?

思い出してほしくない理由でもあるのか?」

「これは推測だが……

帰る術式を施した際の成功率を

下げる為だろう。

その術式は記憶が鮮明なほど、

成功しやすいと聞いた事があるからな」


フェイルートの推測に、

レイヴンは同意する。


「その推測、合ってると思いますよ?

俺様もちょいと見た事ありますんで。

記憶を媒体にして帰る場所を特定する

術式でしたが、結構複雑なものでしたよ?

超難しい魔法的な?」

「……いつの間に見つけていたんだ?」

「たまたまですよ?たまたま。

俺様のスキルでチラチラッと」


ほんの偶然と告げるレイヴンを、

フェイルートは横目で見る。


「そういったものは俺に伝えろと

言ったはずだが?」

「いやあ、あの時はマジで眠たくて

ほんのチラッとしか見なかったので。

教えられる程、正確に覚えてないですし」

「全く……」


息を吐いたフェイルートは足を組み直し、

郁人を見つめた。


「では、最後の質問に参りましょう。

我が君、貴方は……


ー どのような手段でこちらの世界に

やって来られたのですか?」


「少し待てっ?!

世界とはどういう意味だ……?!」

「そもそも帰るとはっ?!

マスターの帰る場所は大樹の木陰亭

ではないのですかな?!」


質問の意味を2人が尋ねた瞬間、

スクリーンが歪み、白い爆発が

起きたかのように突然輝きだした。


「なんだ突然っ?!」

「色香大兄!!花が!?」

「我が君!」


雪原のように白かった花は

みるみるうちに血のように赤くなっていく。


赤くなっていく花を見たフェイルートは

目を見開くと、鳥籠から出そうと動く。


チイトは鳥籠を壊そうとマントを

揺らめかせた。


ユーは即座に郁人を守る態勢に入り、

脱出を試みる。


しかし……



ー「そこを聞いてはいけないよ、君達」



誰のものでもない。

男とも女ともとれない、

柔らかな声がチイト達の脳に直接

流れ込み、体が動かなくなる。


「なんだっ?!」

「一体どこから……?!」

「頭に直接……?!」

「何が起きて……?!」

「パパ……!!」


瞬く間に、部屋は目も開けられない程の

光に満たされた。





いつもは夜中に投稿させていただいて

ますが、朝早くに出ないといけない日は

この時間帯に投稿させていただきます。


ここまで読んでいただき、

ありがとうございました!



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