83話 絶世は白檀の香りと共に
朱色の風情ある橋を歩く。
歩くとコンコンと響く音に、
堀を流れる水の涼しげな音は
雅で心を弾ませる。
「この橋、渡月橋に似てるな」
「流石ぬし様!
なんせモチーフは渡月橋なので!」
気づいていただき感激!
と、レイヴンはニンマリする。
「歩く度に音が聞こえますから、
"太鼓橋"と言われております!
水の音と合わさり、いい感じだと
思いません?」
「うん。
霧の中は湿っぽかったから、
音で涼しさを感じて好きだな」
「ぬし様に気に入ってもらえて
この橋も感無量!
俺様もだが、色香大兄も大喜びだろうよ」
郁人の御眼鏡に適い、
レイヴンはやんちゃな笑みを見せ、
声を弾ませる。
「レイヴン殿。
フェイルート殿は
どのような方なのでしょう?」
ポンドが気になったのか問いかけた。
「色香大兄は聞いたことあると思うが、
医者で科学者でもあるぜ。
まっ!夜の国では美貌で有名だあ」
色香と合わさってえげつないと語る。
「どんな美女でも、あの人を前にすりゃ
戦意喪失間違いなし!
老若男女も蕩けてしまい、死にかけの奴でも
色香大兄を前にすりゃあまりの色香に
飛び起きると言われている。
というか、実際にあったからよ!」
あれは見物だったとレイヴンは笑う。
「そんなに綺麗な方なのですかな?」
「そりゃまさに絶世の美形!
絵にも描けない美しさよ!」
ポンドの問いに、当たり前と頷く。
「しかも、かなり妖艶だから
あの人の色香に呑まれて失神、
もしくは理性を失って襲っちまうかの
パターンが多いな」
診察が大変だとぼやいていたと
語るレイヴンにジークスは尋ねる。
「……その者は医者なのだろう?
診察は大丈夫なのか?」
「色香大兄をなめてもらっちゃあ困るぜ。
ジークスの旦那。
あの人は腕っぷしもありゃ、虫や動植物を
巧みに操り見事にぶちのめすんだからよ。
まあ、ずっとその調子じゃ医者だけで
食っていけねーから副業もしてるがな」
力こぶを見せて、パシッと叩きながら
ニカッと笑う。
「操ると言えば、あいつが
五月蝿いんじゃないか?」
「あっ!そうだった!!
協力してもらってるんだった!
この事はご内密に頼むわ」
チイトの指摘に顔を青ざめさせ、
こちらに向かい頼みこむ。
「わかりました」
「言うつもりはないから安心してほしい」
「操ると言ったら機嫌悪くなるのは
知ってるから」
全員が承諾したのを見るとレイヴンは
胸を撫で下ろす。
「よかった~。
あの人、自然くらいしか対等に
見てねーからよお。
俺様もまあ対等に見て貰えてるほうだが、
操るとか言うと面倒な事になっちまう」
「俺は承諾してないがな」
「ちょっ?!マジでやめろよ!!」
「さあな?」
チイトがからかっているのは明らか。
交流する姿を描いてなかったが、
このようにからかえる程の仲なのだと
わかり郁人は微笑ましくなる。
「マジで言うなよ反則くんよお!!
……さて、ここが入る為の門になります!」
レイヴンはチイトに念押しすると、
咳払いをして気分を変えた。
そして、ツアーガイドのように語りだす。
「こちらの門!
花が咲き乱れ彩ることから
"花咲門"と呼ばれていまさあ!!
時期により、咲く花も変わり、
常に皆様の目を楽しませております!」
「花咲門か」
ガイドにつられ、門に注目する郁人。
木造の朱色の門には白い花が咲いている。
卵形の花を上向きに咲かせ、
見る者の目を奪うにふさわしい
美しさがあった。
門に近づくにつれ上品な香りが
鼻をくすぐり、香りでも見る者を
楽しませている。
「綺麗だな」
〔自然の芸術っていうのかしら?
1枚の絵画みたいだわ!〕
興奮した声色でライコは美しさに
心を奪われていた。
「今の時期は"ハナモクレン"
が咲いてるんだって、パパ。
それにしても……ハナモクレンは
桜と同様、樹木に咲く花だが」
「そこは色香大兄の手腕よ!
ハナモクレンは確かに樹木に咲く花だが、
色香大兄がちょちょいとすりゃこの通り!
まあ、こいつらも報酬を貰っているから
喜んでしてるがな」
チイトの疑問にレイヴンが答え、
蛍達を見る。
「さあさあ!手前らシメの時間だあ!!」
レイヴンの言葉を合図に、蛍達は
流れ星のように真っ直ぐ門へ進んでいく。
そして蛍達はなんと門の中へ消えていった。
門は淡く光り、ゆっくりと開いていく。
「蛍はどこに?!」
「見ての通り、門の中でございますれば。
この門は蛍達の家でもありますので」
「そうなのか?!
中に消えたからびっくりした!」
レイヴンの説明に頷きつつ、
門が開くのを見届ける。
門が開いていくとともに、
淡い光とは違った光が射し込む。
それは日の光を思わせる暖かな光だった。
光と同時に、淡い桃色の花弁が
くるりくるりと舞い降りる。
「嘘だろっ?!」
門の向こうに郁人は目を疑った。
綺麗に敷き詰められた瓦屋根に、
時代劇のセットを思わせる木造建築。
歩く人々の大半は着物を着て歩き、
古めかしい縁台に腰掛け団子を頬張る者、
かんざしを挿し、華美な着物を着こなし、
しゃなりしゃなりと歩く者。
金魚のような帯をはためかせながら
草履を転がし走る子供。
タイムスリップしたのではと錯覚させるには
十分な程。
ー そこは古き"日本"だった。
〔ちょっと?!
ここは江戸時代じゃないのよ!?〕
ライコのあわてふためいているのが
声からわかる。
郁人も心臓が止まりかけたが、
自身より驚いているライコがいたので、
まだ冷静になれた。
「ぬし様驚かれました?
……驚いてるみたいだなあ」
郁人の様子を見て、悪戯が成功した
子供のように笑う。
「ここは色香大兄と協力して、昔の日本を
イメージして作り上げたんですよ?
構造は京都と同じ、上からみたら
碁盤のようになっております」
誇らしげにレイヴンは語る。
「街中にも川を巡らせてあるんで見所は
いっぱいありますが、先に中央に
俺様達の住居兼職場があるので
そこへ案内いたします」
満足げに口角を上げ、レイヴンは歩き出す。
「あっ!レイヴン様よ!
今日も素敵……!」
「もう払ったので勘弁してください!」
先程のパンドラ同様、レイヴンを見た者達の
反応は分かれている。
しかし、いつもの事なのだろう、
あまり注目されず、それぞれ楽しんで
いるようだ。
「綺麗に区画されておりますな。
灯が均等に配置され、夜でも明るい事は
間違いないでしょう。
……夜の国と聞いておりましたが、
イメージと違いますな」
「家族でも楽しめる観光地に思える。
実際に子供連れも多く見えるからな」
ポンドとジークスは感想を言い合った。
「このエリア、門に近い辺りは
ジークスの旦那の言うように
家族でも楽しめる観光向けですから。
俺様達の住居兼職場から向こうが
イメージ通りですよ」
「なぜエリア分けを?」
「理由は単純。夜だけしか楽しめないとは
思われたくないからだ。
ぬし様にも楽しんでほしいですし」
「彼に夜はな……」
「マスターには難しいでしょうな」
「?」
2人は納得しているが、
郁人はさっぱりだった。
「なんの話を……」
声をかけようとしたが、あるものに
目を奪われた。
「すごい……!!」
それは見事な桜のトンネルだった。
満開の桜が人々を歓迎するように乱れ咲き、
道に色を添えている。
いや、桜こそがこの道の主役だろう。
神々しいまでの美しさを惜しげなく
振りまいている。
〔この桜っていうの?
本当に綺麗よね。惚れ惚れしちゃうわ〕
(うん。本当に綺麗だよな。
……俺、桜好きなんだ。
死んだら下に埋めてもらいたいくらい)
〔それは熱烈ね。
……でも、わからないでもないわ。
ずっとこの綺麗な風景を心に
焼き付けていたいもの〕
<滅相なこと言わないでよパパ。
俺がいるから死ぬなんてないんだし。
勿論ず~~っと一緒だから安心してね>
チイトが会話に割り込み、
郁人の腕に抱きつく。
表情は無邪気そのものだが、
瞳から絶対に離れないという
意志が見える。
〔……あんたが言うと呪いね〕
<誰が呪いだ>
ライコの言葉にチイトが反論していると、
ある光景が目に入った。
桜に見とれている観光客の1人が枝を
折ろうとしているのだ。
「止めないと!!」
郁人は慌ててその者達の元へ向かう。
チイト達も郁人の突然の行動に、
慌ててついていく。
ユーはどうかしたのかと胸ポケットから
見ている。
〔いきなりどうしたの?〕
「パパ?」
「ぬし様どうされ……あっ!?
あいつら桜を!」
「"桜折る馬鹿、柿折らぬ馬鹿"
という言葉がある。
柿は刃物を嫌うから手で折ったほうが
新しい枝が茂ってたくさん実をつけるけど
桜は折った部分から腐って
枯れてしまうんだ!
だから早く止めないと……!!
あのっ!!すいません!!」
ー「君達、桜に触れてはいけないよ」
郁人が制止するより前に、誰かが止めた。
その声は艶気を含んだ低い声で、
聞く者の耳を震わせた。
声と同時に、風にのってふくよかな香りが
届く。
「桜は折れると、その部分から
腐り枯れてしまう……
見た目同様繊細な子なんだ」
声の主は、紫がかった透き通る銀の髪を
サイドで三つ編みにし、右の頬に蔦の刺青が
刻まれた、あらゆる言葉で尽くそうが
表現できない程の"絶世の美形"であった。
その男がいるだけで空気が圧倒的に違う。
美を超越した凄烈な印象を与える男しか
視界に入らない。
全員が男の一挙一動に目を奪われる。
「花は目で慈しみ、楽しんでもらいたいんだ。
だから……ね?」
口元を上げ、ぞくっとする程の艶かしい
笑みを浮かべた。
距離のある郁人達ですら目に痛い程の
"蠱惑"だ。
近くで見ていた者達は赤面したまま
地面に倒れこんだり、しまいには
発狂して気絶する者もいる始末。
襲いかかろうとした者達も居たが、
男の横に居た護衛と思われる人物が
対処している。
「……?!
この香りはあの人のじゃねーか!!」
「起きたか。流石色香大兄!」
「ぐえっ?!」
ローダンが香りで目を覚まし、
レイヴンは目を丸くしながら抱えていた
ローダンを落とす。
いい音が辺りに響いた。
「おや?」
その音で郁人達に気づいたのか、
こちらに向かってくる。
〔あのすごい美形って……?!〕
ー『イメージカラーは紫!!
服装は和風ね!』
ー『傾国しちゃうくらいの美形で、
色気も凄まじいの!
髪形はサイドに三つ編みがいいわね‼
頭も良くて、2番目に年上なのが
最高だと思うわ!』
「"フェイルート"……!」
「はい。このフェイルート、
このように相まみえる日を
一日千秋の思いで待っておりました。
お会いできて心より嬉しく感じます。
ー 我が君」
絶世の美男、フェイルートはこぼれるような
艶かしい笑みを魅せた。
ほのかに甘さをふくむ香りが鼻をくすぐる。
瞬間、郁人の意識は途絶えた。




