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82話 淡い通行証




レイヴンに案内され、進んだ先は

霧深い森の前であった。


乳白色の厚い霧が視界を閉ざし、

木々の緑が一段と影を濃くしている為、

入る者全てを拒んでいるよう。


おまけに、前に居るだけでも薄暗く、

まだ明るいというのに森の中は

日が射し込んでないので更に暗い。

このまま進めるとは到底思えない。


「すごい深い霧だな……

前にいるだけでも視界が悪いし」


入ったら迷子になりそうだと

郁人は不安になる。


〔こんな濃霧だと、手を伸ばした先すら

見えないわよ〕


郁人の言葉にライコは同意した。


目を凝らし、森をじっと見つめた

ジークスは尋ねる。


「この先に本当にあるのか?」

「勿論ありますぜ、ジークスの旦那。

この先に目的地、夜の国はあるんだが

進むには通行証、こいつが必要なのさ」


レイヴンはどこからか赤い提灯(ちょうちん)

取り出した。


提灯は時代劇に出てきそうなもので

淡い光が揺らめいている。


「俺様は必要ないが、ぬし様方は

迷っちまうかもしれねーからな。

それに、ぬし様が気に入りそうだし」

「俺が?」


首を傾げる郁人に悪戯な笑みを

浮かべるレイヴン。


「ぬし様、よーく見ていてくださいよ」

「えっ?!」

「なんと?!」


レイヴンが持っていた提灯が

いきなり青白く燃え出したのだ。


郁人達が面を食らっていると

提灯の火はどんどん分裂し、

淡い光となって周囲を漂っていく。


光は点滅しながら挨拶するように、

郁人達の周囲を1周した。


その淡い光に郁人は心当たりがあり、

思わず声に出す。


「もしかして……蛍か!?」

「御名答!」


レイヴンは手を叩く。


「いやあ~、色香大兄が風情が欲しいと

ここにいた魔物の1種を改良して

出来た代物!夜の国にしか居ない

超貴重種なんですよ!」

「色香大兄とはフェイルート

という者のことか?

彼はそのような事が出来るのか?!」


ジークスの問いにレイヴンは頷く。


「おうよ!

色香大兄の十八番よ!十八番!

まあ、改良する際に魔物に了承を

とってたのには律儀だと感じたが」

「あいつは自然といったものには

優しいから、無理矢理はしないだろ」

「その優しさを少しでも人間に分けて

欲しいと、他に言われていたがね」


チイトの言葉にレイヴンは肩をすくめた。


「わあ………」


光の綺麗さと懐かしさに郁人は

手を伸ばす。


すると、蛍達は応えるように

郁人の手に灯った。


「綺麗だな。

ユーもそう思うだろ?」


ユーも手に進み、そばで蛍を

じっと見ながら頷いた。


〔ホントに綺麗。

こんな小さいのに優しい光を灯すなんて〕


ライコも感嘆の息をもらした。


「綺麗だけじゃなくこいつらは

働き者なんですよ?

ほら、挨拶は終わったんだ。

仕事しな」


レイヴンが告げると蛍達は森の中へと

進む。

と、蛍の周囲の霧が段々晴れていく。


そして、ささやかな淡い光が道を照らし、

光の筋を描いていった。


そのあまりの幻想的な光景に

郁人は息を呑み、思い出す。


「そういえば……

じいちゃん達と蛍を観に行ってたな」

「パパ達は毎年、蛍の時期になると

観に行ってたからね」

「毎年の恒例行事でしたし。

……いつもあれが勝手にぬし様達に

ついてきてましたが」


レイヴンは嫌なもんもついでに

思い出しちまったと頭をガシガシかく。


「君の故郷はこんな幻想的なものが

見られるのか。羨ましい限りだ」

「そうですな。

私も羨ましく思います」


ジークスは目を細め、ポンドは頷く。


「ではでは、進みましょうか。

蛍もさすがに長時間光るのは

疲れますので」

「わかった」


淡く優しい光を道先案内人とし、

風情ある光景に目を輝かせながら

郁人達は霧深い森の中を進んでいく。


「先程、この蛍が森へ入った瞬間

周囲の霧が晴れていきましたが。

通行証と言われた理由はそれですかな?」

「そうだぜ。ポンドの旦那」


ポンドの問いにレイヴンが答える。


「この森は、いわゆる"門番"なのさ。

蛍という通行証、案内が無ければ

深い霧の中を彷徨(さまよ)うことは保証付き。

おまけに、この森にはこわーい奴らが

ウジャウジャいますからねー。

不法入国しようものなら、そいつらに

喰われてポックリお陀仏よ」


チーンとレイヴンは両手を合わせた。


「蛍は食べられないのですかな?」

「喰われねーよ。

あいつらは血肉が好物だからな。

虫は論外なのさ」

「ですが、蛍以外の案内してもらう

立場の者は好物(血肉)だと思いますが」

「心配御無用!

そこは俺様達がバシッと教えましたので」


快活に笑うレイヴンにジークスと郁人は

質問する。


「先程、貴重種と言っていたが、

この蛍達が盗まれたりしないのか?

珍しい上に綺麗な魔物は狙われやすい」

「どうやって提灯を手に入れるんだ?」


心配そうなジークスと不思議そうな郁人に

レイヴンは口を開く。


「ではでは、まずは入手方法から

話しましょうか。

通行証、提灯は森の近くにある俺様の

直営店で販売されております」


屋台みたいな感じでありますよと

説明する。


「支払いの3割はこいつら蛍の収入、

給料となります。

まあ、護衛代と思ってくれたら

いいですかね?

働きには報酬が必要ですから」

〔たしかにね。

ご褒美があるほうが働き甲斐が

あるもの!〕


声色からライコが頷いている様子が

わかる。


「あと、こいつらが盗まれたりしたら、

自動で提灯が壊れて俺様達の元へ

帰ってくるように細工済みです」

「なら安心だな。その細工は誰が?」

「勿論!俺様よ!!」


ジークスの問いにレイヴンは自身を

親指で指す。


「人にやらせたいのは山々なんだが、

いかんせん人手不足。

猫の手も借りたいくらいでして……。

部屋でごろごろしたいってのによお~」


作ったゲームもしたいし、菓子食って

ひたすらごろごろダラダラしたいと

レイヴンは長いため息を吐いた。


「レイヴンらしいな」


郁人はレイヴンらしいと頷く。


(レイヴンは人を動かして自分は

動かないタイプだからな。

積極的に動いていて驚いたけど)

〔あら、そうなの?〕


ライコが驚きの声をあげた。


(うん。

レイヴンは人を裏で動かし、

自分は動かない。

設定ではフェイルート同様、

接触するのが最難関だからな)

〔暗躍してるから会うのに一苦労な訳ね。

なんか人にやらせて、自分は動かない

なんて怠惰な奴ね。

今はそんな様子は欠片も無さそうだけど〕

(だな)


レイヴンの怠惰さが無いことに

郁人は同意した。


(ストーリーを書き出すと、

キャラが勝手に動いたりするが。

レイヴンはそのタイプなのかな?

自分で動いてくれるのは嬉しいな。

それだけキャラが定まってる訳だし)


こっちの世界に来ての変化だろうか

と郁人は考えた。


「パパ。向こうに着いたら俺から

離れないようにね。

そこのクズみたいな奴がいっぱい

いるみたいだから」

「おいおい、人聞き悪いな。

こいつ程のクズは滅多にいねーから。

とっても面白い奴が多いだけだぜ?」


チイトが担がれているローダンを

横目で見ながら郁人に注意していると、

レイヴンが訂正した。


「まあ、俺様達から離れないようには

しておいてくだせえ。

ぬし様は……その……あの旦那に

目をつけられてるみたいですし」

「?

誰のことだ?」


レイヴンの言葉に心当たりがない郁人は

首を傾げる。


ー ふわり


そんな郁人の頬を何かが撫でた。

触れるとそれが何かわかった。


「これって……」


それは薄紅色の花弁だ。


〔花びらよね?

見たことない花びらだわ〕


ライコが何かしら?と口にするが、

郁人には見覚えがあった。


「まさか……?!」


視線を上げると3メートル程の朱色の

柵から桜の木々がこぼれていた。


「桜だ……!!」


花に誘われゆらゆらと郁人は前に

進み出す。


郁人の瞳には桜しか映っていない。


ー 誘蛾灯に誘われた蛾のように


ゆらゆら、ゆらゆら。


ー くるくる舞い踊る花弁に

既視感を抱きながら、


ゆらゆら、ゆらゆら。


(なんだろう……

似たものを見た気がする。

桜ではなく……もっと……赤くて……)



ー 「パパっ!!」



腕を掴まれた郁人は意識を戻し、

足元がぐらつく。


「?!」


驚きででもあるが、物理的にも

ぐらつく筈だ。



ー 1歩進めば、川に"まっ逆さま"

だったのだから。



夜の国は周囲を朱色の柵で囲み、

更に堀で囲われているのだ。


〔あんた大丈夫?!

何回も声をかけたのに反応が

全然無いんだもの!!〕

「イクト!大丈夫か?!」

「いきなりどうされたのです?!」

「ぬし様!お怪我は?!」


全員が心配そうに見守る中、

どうしてそのような行動に出たのか

郁人自身にもわからない。


「ごめん、みんな。

自分でもびっくりだ」

「パパ、ボーッとするの危ないよ。

もう俺と手を繋ご!これなら大丈夫!」


チイトが郁人の手を握る。


心配し過ぎと声を上げようとしたが、

全員の目に心配の色が浮かんでいたので

やめた。


ユーも心配してじっと見つめており、

自身の危うさを自覚し、大人しく手を

繋がれる。


「俺とも繋ごう。

今の姿を見れば心配でならない」


ジークスも空いてる手を思いきり掴む。


〔しばらくはそのままでいなさい。

またふらふらされたら敵わないわ〕


ライコにも言われてしまい、

更に自覚する。


「わかった。

心配してくれてありがとう」

「パパを心配なんて当然だよ」

「君の平穏が1番だからな」


郁人の言葉に2人は笑うが、

同時だった為に睨み合いが

はじまる。


「ぬし様、俺様も心配してますから

お忘れなく」


レイヴンは郁人の顔を覗き込むと、

前へ向き直る。


「俺様も繋ぎたいが、このクズを

担いでるしな……。

まあ、機会は作ればいいことよお」


今だ気絶しているローダンを睨んでいたが

自分の言葉に表情を柔らかくした。


「あちらにある橋を渡り、

門を抜ければ"我らが楽園"!

"夜の国"となります!!

さあさあ参りましょう!!」


レイヴンはこちらを振り返り、

溌剌(はつらつ)とした笑みを見せた。





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