79話 熱い論争
体を軽く揺すられ、重い目蓋を開く。
「おはようパパ。
もうすぐ着くみたいだよ」
目の前には屈託のない笑顔の
チイトがいた。
どうやらチイトが起こしてくれたようだ。
「おはようチイト」
体を起こし、郁人は挨拶した。
〔今更だけど、こいつあんたの前だと
本当に違うわよね、色々と〕
ライコは息を吐く。
<お前らとパパを同じ扱いに
するわけないだろ>
ヘッドホン(ライコ)を見ながら不愉快だと
口を歪め、郁人の腕を抱き締める。
「ほらパパ!
城がある方がパンドラなんだって!」
チイトが指差した先に視線を向ける。
「おっ!」
そこには遠くから見てもはっきりわかる、
街と森が分断された場所があった。
パンドラは大きな道が何本も走り、
中心の大きな城を囲うように
建物が並び、人々の賑わう声が
聞こえ、活気に満ちている。
向かい側の森は深く大きな木々が
地面をすっぽりと覆っており、
緑の海が広がっている
自然豊かな場所だ。
(パンドラと森の違いが上からでも
わかるな。
まるで、境界線が引かれているようだ)
〔そうね。
パンドラも森の1部なのに、
別物として扱ってるみたいだわ〕
ライコも郁人に同意した。
「で、あの森が今から行く場所だよ!」
チイトは森を指差す。
「あそこもパンドラの1部なんだけど
自治権は別にあるんだって」
「自治権は別なのか?」
なぜ?とキョトンとする郁人に
チイトは答える。
「自治権は夜の国にあるからだよ。
だから、パンドラと違う国として
見てる奴等が多いんだって」
あのクズもパンドラではなく、
夜の国って言ってたでしょ?と
チイトは笑った。
「そのようだ。
聞いたところ、あの場に進むには
通行証が必要になるらしい」
「どのような場所なのか楽しみですな」
ジークスとポンドが郁人達の元へ
歩み寄る。
「おはよう、イクト」
「おはようございます、マスター」
「2人もおはよ……う……」
郁人も挨拶すると、視界にあるものが
入ってきた。
「……………」
目をこすり、再確認するもやはり
存在している。
「……あれ、何してるの?」
視界に入ったのはユーの尻尾の蛇に
胴体をくわえられている
"ローダン"だった。
「おーい!
チェリーくんよおー!!
助けてくれー!
マジで食われる5秒前!!」
ローダンは両手を振りながら
郁人に助けを求めている。
「俺が起きてたときは普通に
乗ってたよな?
どうしてあんな風に?」
混乱する郁人にポンドは説明する。
「あれはお仕置きだそうです。
起きてからも反省の色が見られないからと
ユー殿が自主的にされました」
「そうだったんだ。
……ローダンが反省してるところ
見たことないからな」
今までのローダンを振り返り、
郁人は納得する。
「それにしても、
移動資金を遊びに使うなど……」
あり得ないと額に手をあて、
首を横に振るポンド。
「女性と過ごすなら自身の金で、
双方が心行く時間を過ごすもの。
ましてや、人の金を使いまくり、
女性のヒモとは……
恥を知りなさい!!」
言動からローダンの態度が
気に食わないのが丸分かりだ。
〔同じ女好きでも方向性が違うものね。
こいつらはある意味真逆みたいだし〕
ライコの言葉に郁人は頷く。
(ポンドの話を聞いたとき、
1つも女性に金銭面とか頼った場面は
なかったからな。
ローダンは借りっぱなしの
頼りまくりだし)
女性は勿論、友達とかにも
借りてるそうだしと郁人は呟く。
ローダンはくわえられながら、
声を張り上げる。
「うるせえ!
ボインのねーちゃんがいたら
声をかけるのは基本だろうがっ!!」
「たしかに、女性に声をかけるのは
マナー!基本中の基本です!!
しかしっ!!
胸で声をかけるかを判断するとは
何事ですかな!」
マナーがなっていないとポンドは断じた。
それに、ローダンは抗議する。
「良いだろうがボインっ!
デカイ胸に包まれたいとお前は
思わねーのかよ!!」
「大きい胸には包まれたい!
小さい胸なら包んであげたい!!
と私は思いますが!!」
「男なら包まれてなんぼだろーが!!」
「包んであげるのも男として
当然の行為ですなっ!!」
双方の魅力を告げたポンドは
更に続ける。
「第1、胸だけで判断とは愚の骨頂!!
トータルで見なさい!トータルで!!」
「はあ?
俺だって胸だけで判断してねーよ!!
ちゃんと顔も見てるっての!!」
「顔と胸だけですかなっ?!
すらりとした手足やくびれた腰、
襟足から覗く艶かしいうなじ、
丸く張りのある尻など……!!
魅力的な部分は色々とございます!!
そして、なにより内面も見なさい!
内面を!!」
「内面だあ?
どれだけ悪女だろうと顔が良ければ
許してしまうだろ!!
むしろそこが魅力になるだろうが!
いいだろ悪女!そそられるだろ!!」
「くっ……!!
たしかに奔放な女性も蠱惑的かつ
魅力的でありますが!!
しかしですなっ……!」
ローダンとポンドの論争に
ライコは呆れながら呟く。
〔……なんの言い争いよ、これ〕
ライコの瞳がすごく冷たいものであると
声から聞いてとれた。
「彼らからしたら譲れないものが
あるのだろうな」
あまりの熱さにジークスは苦笑する。
「凄い熱く語り合ってるね……。
俺にはわからないや。
あんな厚かましくて喧しいのに
どこが惹かれるんだろ?」
郁人に抱きつきながら口を歪めるチイトは、
今までを思いだしたのか辟易と
している。
「あいつらすっっっ……ごくうざかった!
勝手に盛り上がってギャーギャーとさ。
付きまとわれるのも嫌だったし、
女全員消そうかと考えたこともある」
今からでも消そうかと
マントを怪しく蠢かせるチイトを
郁人は宥める。
「チイトが今まで会った女性が
全ての女性ではないからな。
ほら、母さんやフェランドラ、
カランとかいるだろ?」
「……そうだね。
あいつらはウザくないや」
先程までの氷の瞳が和らいでいく。
チイトは考えを改めたようだ。
「パパも付きまとわれたりしたら
すぐに言ってね!
俺が綺麗に掃除するから!」
「俺はチイトみたいにモテないから
そんな問題は金輪際ないぞ」
1度もそんな経験が思い浮かばない、
この異世界でも経験が無い郁人は
涙をにじませる。
(なんだろ……
自分で言っておいて悲しくなってきた)
モテと程遠さを改めて自覚してしまった。
「どうしたのパパ?!
今にも泣きそうになってるよ!?
具合が悪いの?!」
顔を青ざめて慌てるチイトは
空間から薬箱を取り出す。
「大丈夫だから。
体調は問題ないぞ」
「それならいいけど……
しんどくなったらすぐに言ってね!」
絶対だからね!とチイトは告げた。
「おい!!
チェリーくんよお!!」
「マスター!!」
2人から突然声をかけられた。
「なんだ?」
見ると真剣な顔つきの2人が
真っ直ぐこちらを見ている。
「チェリーくん!!
良いと思った女は手に入れたいよな!!
男なら己についてるブツにウソを
ついちゃーいけねーよな!
いけねーよ!!
己に正直に!!自分のむ……」
「待てっ!やめるんだ!!
君は大声で何を言っている?!」
ローダンの言葉にジークスが大慌てで
郁人の耳を塞いだ。
「マスター!!
寄り添い、慈しむことで女性は
惹かれるというもの!!
そして互いの……」
「本当にいい加減にしたまえ!!
君達はイクトに何を聞くつもりだ!!」
顔を真っ赤にしたジークスは
更に声を荒げる。
「パパに変なこと聞くのやめろ!!」
〔……ホント最低っ!!
女神になんてこと聞かせるの!!
最低っ!最低っ……!!〕
ジークスの手の上から郁人の耳を塞いだ
チイトは額に青筋を浮かべる。
聞き取れてしまったライコは同じ言葉を
繰り返した。
羞恥の念が声からでも分かり、
ライコの精神と同調しているのか
ヘッドホンが熱くなっている。
2人の問いはほとんど聞こえなかったが、
郁人は2人の真剣な様子に答えなければ
ならない気がした。
耳を解放してほしいと2人の手に
触れて放してもらう。
「えっと、何を言ってるのか
ほとんど聞き取れなかったから
的外れなこと言うかもしれないけど……」
ローダンとポンドに真剣な顔つきで
見られるなか郁人は自身の考えを
告げる。
「その……良いと思った女性って、
好きな子の事だよな?
俺なら手を繋いで、色んな所に
一緒に出かけたいかな。
俺が作った料理で笑ってくれるなら
それで嬉しいよ。
……あれ?どうかしたのか?」
どう言った内容はわからないが、
聞き取れた部分から質問を予測して
答えた。
照れで頬が熱くなりながら
正直に気持ちを伝えた後に
全員の視線の的だと郁人は気付く。
「あっ……その……
変な事言っちゃったか?」
理由がわからず郁人は首を傾げる。
くわえられていたローダンはやっと
解放されると、真っ直ぐ郁人の元へ
歩み寄る。
「お前……」
そして、郁人の前に座り込む。
「ちゃんとついてんのか?」
郁人の急所を思いきり掴んだ。
「ぎゃあっ?!
何するんだよ!!」
「いや、ついてるのかと思ってなあ。
ちゃんとついてるな」
「男だから当たり前だろ!!」
郁人はローダンの手を剥がし、
声を上げた。
「マスターは……
その、とてもマスターらしいかと」
優しく話しかけたポンドは
頭を撫でる。
「イクト。
君はそのままでいいからな。
いや、そのままの君で居てくれ」
うんうんと頷きながらジークスは
膝まずき、郁人の両手をとった。
「珍しく気が合うなジジイ。
だけどパパの手を気安くとるな」
ジークスの手をはたいたチイトは
郁人に伝える。
「パパはそのままでいいんだからね」
そして、優しく抱きしめた。
ユーの尻尾が郁人の頬を
優しく撫でる。
まるで"そのままで居てね"と
言いたげだ。
「なんで生暖かい目で見るんだよ?!
変なこと言ったか!?」
〔あんたはそのままでいいわ。
うん。
そのままでいなさい〕
(なんでそんな優しく言うのか
わからないんだけどっ!?)
周囲の生暖かい目に郁人は
胃が落ち着かなかった。




