6話 過剰に反応するので要注意
機嫌をなんとか直してもらい、ヘッドホンを
首にかけて、郁人は急いで下に降りる。
「いい匂い!」
美味しそうな匂いが鼻腔をくすぐり、
思わずお腹の音を鳴らしながら、匂いの元へ
たどり着く。
「ごめん! 遅れた!!」
「パパ! ちゃんと待ってたよ!
えらいでしょ!」
最初に郁人を出迎えたのは、
チイトの熱い抱擁だった。
「うん、えらいぞ。
ちゃんと待ってたんだな」
飼い主を待っていた犬のようで
郁人はチイトの頭を撫でる。
「褒めてもらえた!」
チイトはそれを甘受し、頬を緩ませた。
「おはよう、イクトくん。
2人の世界に入っているところ
すまないが、君に話があるんだ」
聞き覚えのある、涼やかな声が聞こえた。
声がする方を見ると、声の主は
ライラックの隣にいた。
清涼な空気をまとい、若草を思わせる
髪を三つ編みにまとめ、いつもは
憲兵の制服に身を包んでいるが、
今はカジュアルだが品のある装いを
している。
その少女の名前は"カラン"。
郁人と同い年だが、既に憲兵隊の
副官を勤めるエリートだ。
信頼も厚く、清廉な外見も相まって、
男女共に人気が高い。
「おはようカラン。
話って?」
「イクトちゃん、お話はご飯を
食べながら聞きましょう。
せっかくのご飯が冷めちゃうわ」
「うん。わかった」
「イクト、こちらだ」
「ありがとう」
郁人はライラックに促され、
ジークスの隣につく。
チイトも郁人の隣をちゃっかり
確保している。
「じゃあ、いただきましょうか」
「いただきます」
「いただきます」
ライラックが言うと全員朝食を
食べていく。
郁人の見よう見まねでチイトも
手を合わせて食べる。
が、郁人のものから1口ずつだ。
「チイトの分もあるから。
俺のから取るなよ」
「だって、パパのに変なの
入っていたら嫌だもん。
入ってなかったから、安心してね!」
チイトは毒見をしていたようだ。
食べても大丈夫と太鼓判を
捺していた。
〔こいつ、どれだけ警戒してるのよ?〕
ライコの呆れた声が聞こえる。
「母さんはそんな事する人じゃないから。
ほら、自分のを食べる!」
「はーい」
言われて、チイトはようやく自分の
食事に手を伸ばす。
郁人もライラックが作った玉子サンドを
頬張る。
フワフワな卵と、シャキシャキとした
歯ごたえのレタスとの相性は抜群だ。
トマトの酸味も程よく、マスタードの
辛味が食欲をそそり、
飽きさせない工夫がされている。
「パンとの相性も抜群だ!」
コーンスープも、とうもろこしの甘さが
活かされ、くどくない甘さが口の中に
広がる。
飲むと体が温まり、気分をホッとさせた。
「母さん、すごくおいしいよ!」
「ありがとうイクトちゃん。
作った甲斐があるわ」
「イクト、あの肉が手に入ったんだ。
調理したら食べてもらえないだろうか?」
ライラックは微笑み、
ジークスは思い出したのだろう、
郁人にその事を伝える。
「本当!?」
聞いた郁人は目を輝かせた。
「もちろん!
美味しいから好きなんだ!」
「そう言ってもらえると斬った
甲斐がある。
調理したらすぐ届けに行こう」
郁人の反応が嬉しかったのか、
ジークスは柔らかく微笑む。
「パパ、俺も美味しいの持ってるよ!」
ジークスに対抗し、喉から不満げな音を
だしながらチイトは空間を1部歪ませ、
その中に手を突っ込む。
「たとえば……これとか!」
「うぐっ?!」
チイトが出そうとしたモノに、
郁人は目を見開き、喉を詰まらせた。
急いで、水を飲んで流し込む。
「パパどうしたの?!大丈夫?!」
「それ、もしかして……?」
落ち着かせた郁人は、チイトが
出したものについて尋ねた。
(まさか……“あれ“じゃないよな?!)
それある図鑑で見たことがあるものに
酷似していたからだ。
顔を青ざめる郁人に
チイトはあっさり答える。
「これ?キマイラだよ。
山羊の体で、頭はライオンで
尻尾は蛇だから色んなお肉を
味わえておいしいよ!
あっ!コカトリスとかのほうが
よかった?
あれも美味しいし、どっちも出すね」
「そういう訳じゃないんだ。
とりあえず仕舞って欲しいなあ」
予想が的中し、郁人は冷や汗をかく。
“キマイラ“とは姿が目撃された日には
討伐を国から依頼されるほどである。
ちなみに、コカトリスもキマイラと
同じくらい危険な魔物だ。
現に、キマイラを見た瞬間、
カランが青ざめ、ジークスは大剣に
手をかけ、ライラックも拳を構えた
ぐらいだ。
「もしかして、パパこういうの
苦手だった?
たしかに、顔とか気持ち悪いしね。
じゃあクラーケンを……」
「チイト!気持ちだけで充分嬉しいから!
気持ちだけで満足だから!
その空間を仕舞おう!なっ!」
とんでもないもの(魔物)を出される前に、
郁人は苦笑しつつ頭をなでる。
「パパは謙虚過ぎるよ。
でも、食べたくなったら
いつでも言ってね!」
空間を仕舞うと、チイトは弾けるような
笑顔を魅せた。
「……話は本当だったようだね」
カランは目の前の光景にゆっくりと
首を振る。
「信じられなかったが、
本当にイクトくんにべったりだ。
別人かと疑ったが、あの魔物達と
空間魔術を見たらね」
本人と認めざるを得ないよ
と、カランは呟く。
(あの空間はすごいものなのか?)
初めて見たので理解が追い付かないが、
反応からして凄まじいものなのだろう。
〔あれ、かなりえげつないわよ。
空間魔術は本人の魔力量によって、
どれだけの大きさや量が収納が
できるかも変わってくるの〕
わからない郁人にライコは説明した。
〔こいつのはもう魔法の域だし、
あんな魔物達……しかも、
クラーケンとか入るって……
どんだけ規格外の魔力量なのよ……!!〕
信じられない!!
とライコの声が聞こえる。
(さっき見えたが、キマイラは
かなり大きかったし……
クラーケンも入るとなると……
すごいなチイト!!)
<パパにすごいって言われると
嬉しいな>
心を読んだのだろう、
チイトはくすくす笑う。
(俺の考えてること、全部筒抜けなんだな)
<それは違うよ。
今のは呼ばれた気がしてつい見ただけ。
パパが俺に心で話しかければ
お話できるよ>
さっきできてたし、プライバシーは
守るからね、と伝えてきた。
(全てが筒抜けという訳では
ないみたいだけど……)
頭の中での会話は、やはり違和感を覚える。
先程は出来ていたと言われ、
どうやっていたか考えていると
咳払いが聞こえてきた。
「考えているところ申し訳ないが、
そろそろ話してもいいかな?」
カランがチラッと郁人を見た。
「悪い、カラン。話って?」
「まずは、君が受けていた暴力に
ついてだ。
君に返却してもらった魔道具から
見たが、いじめでは到底すまされない
ものだった。
あの者達には、それ相応の裁きが
下されるだろう。
そして、謝罪する……。
誠に申し訳なかった」
カランは郁人に頭を下げた。
「え?なんで?」
魔道具を貸してもらったりと、
協力してくれた相手に
謝罪される理由がわからない。
郁人はただ困惑する。
「カランには感謝してるし、
謝ってもらう理由がない」
「理由はあるんだ」
カランは頭を下げたまま
説明する。
「いじめに加担していた
者達の中に、私の部下がいた。
その部下には、君がいじめを
受けていたら止めるように
命じていたんだが……
それが……見逃した上に、
まさか加担していたなんて……!!」
その事実に、カランは歯を食い縛る。
「見た顔があると思っていたが、
君の部下だったのか」
あの者かと、ジークスは
思い出したように呟く。
「磔になっていた者達の中にいたな。
イクト、君に足をかけた者がいただろう?
そいつがその憲兵だ」
「あいつか!」
ジークスに言われ、郁人は思い出した。
カランと話す度に剣呑な空気を出す
憲兵がいた事を。
その者と足をかけた者が同一人物だと
今更ながら気付いたのだ。
郁人がカランと話していたのが、
かなり気に食わなかったのだろう。
「自分の部下にまさかいじめに
加担する人物がいたこと、
それを見抜けずにいたこと、
そして君への暴力……!!
本当に申し訳ない……!!」
「頭を上げてほしい。
カランが悪い訳じゃないんだしさ」
「しかし……!!」
「おい」
チイトが突然カランに声をかけた。
「パパを傷つけた者、
貴様の部下がしたことは
とても許されない行為だ。
本来ならあのまま磔にし、
切り刻んだり、魔物に食わせたい
ところだが、パパは寛大でな。
特別に解放した。
ーだが俺の気持ちが治まらない」
チイトはカランを睨みつける。
その瞳はただ冷たく、カランは
恐怖で息をつまらせる。
「貴様は、あいつらの行為をどう見る?」
「いじめなど……暴力などあっては
ならない。
街を守る憲兵なら尚更、
許されない行為だ。
私はそういった行為を許せない。
許せる訳がない……!!」
睨まれながらも、カランは
唇を震えさせながら答えていく。
「では、そいつらにこう告げろ。
"貴様の顔は見たくない。
もう二度と顔を見せるな゛と。
そこの女もだが、貴様は1度
締めたらしいからな」
チイトはカランを見た後、
ライラックを横目で見た。
チイトは憲兵がカランを慕っているのを
知っていてあえて、言わせるのだろう。
(だとすると……
かなりショックだろうな。
同情はしないが。
それにしても……
締めたってどういうことだ?
思い当たるとしたらあの事か?)
郁人が思い出したのは、あの1件だ。
郁人が大樹の木陰亭の従業員達に
暴力を受けているのをライラックが
目撃し、鬼神のごとき動きで全員を
叩きのめした件である。
ライラックが暴れた結果、
いじめは少なくなったが、
建物を1部崩壊したりと、
2次被害が半端なく、
遂に、憲兵も動きだしたのだ。
ちなみに、暴力を振るっていた
従業員は全員クビとなり、
建物の修理費は、ライラックが
暴れた原因である者達が
払うこととなった。
あれから、ライラックを
暴れさせてはならないと、
カランは以前から協力してくれていたが、
上司が憲兵の物である魔道具の貸し出しを
許可したそうだ。
(チイトはその1件を知らないはず……)
郁人は疑問符を浮かべた。
ライラックは目をぱちくりさせる。
「もしかして従業員の件のこと?
貴方は知っていたの?」
「その従業員共がパパをいじめた件だ。
あいつらの頭を覗いたときに見てな。
貴様らが締めてもまた行動するなら……
そのときは俺が動く。
1部崩壊などかわいいくらいにな」
そう言い捨て、口元を歪ませる。
顔の鎧も相まって悪魔に見えた。
カランは唾を飲み込み、
ゆっくりと口を開く。
「……あぁ、承知した。
きちんと言わせていただく。
そして、君が動くことが
ないようにしよう。
あの王国の二の舞は嫌だからね」
「そうしろ」
張りつめた空気が漂う。
「あの王国って、チイトが
"歩く災厄"って呼ばれる
原因になったやつのことか?」
チイトが異名で呼ばれていたことを
思い出した。
「パパ知ってたの?
……あぁ、憲兵から聞いたんだ。
俺がいない間に言うとか最悪だな」
チイトは目を細める。
「……さっきも覗いたと言ってたけど、
記憶を覗いているのか?」
設定に付け加えるか、悩んだ覚えがある
"読心"の能力。
(パワーバランスがひどくなる可能性が
あるから別のキャラにしたはず……)
「俺にできないことはないよパパ」
<パパが与えようとしてくれた
能力だからね。
出来るようにしたんだ>
言葉をつむぎ、以心伝心で答える
チイトは微笑んでいる。
「その異名、あまり気に入ってないから
嫌なんだけどね。
あの国を潰してから言われてさ」
本当に異名が気に入らないらしく、
チイトは顔をしかめる。
「君はなぜあの国を潰したんだ?」
「さあな」
ジークスが聞くが、答える気は
更々無いらしい。
「チイト、俺も気になるし、
教えてもらってもいいか?」
「パパが気になるならいいけど……
理由は単純明快だよ」
郁人が気になる事を不思議そうに
しながら答えた。
「だって、パパを侮辱したから」
「へ?」
思いもよらなかった理由に
郁人は呆然とする。
「あいつら、俺にいらないものばかり
押し付けてくる上、仲間になれとか
鬱陶しかったんだ。
だから、パパ以外いらないって言ったら……
“そんなものよりこの方のほうが
よっぽど価値がある“って……」
当時を思い出したのか、
チイトの声のトーンが低くなっていく。
「奴らはパパのことを馬鹿にし……
嘲笑いやがった!!
地位ぐらいしか取り柄のない、
あんな馬鹿女と俺の大切なパパを
烏滸がましくも比べやがった……!!」
声を荒らげ、手に持っていたフォークが
一瞬でぐにゃぐにゃになる。
「だから皆殺しにした!
パパを嘲笑いやがった奴ら全員……!!!!
特にあの馬鹿女は念入りにした!!
自分のほうが余程良いと
ほざきやがったからなあ……!!」
「チイト落ち着け!なっ!」
「……うん」
このままでは危ないと、
郁人は急いでなだめた。
理由が自分にあったことに
郁人は驚愕しつつ、話を聞く。
「俺のことを……馬鹿にしたから……
国ごと潰したのか?」
「うん。
ごみばかりで根本から、国ごと
掃除したほうが良いと思って。
だから、全てを徹底的に燃やしたんだ。
ごみでも燃やしたときは綺麗なんだよね。
よく燃えたよ」
口は笑っているが、瞳は氷のように冷たい。
(俺のことを馬鹿にしたからって……
やり過ぎだろう……!!)
チイトがした行動に、郁人の心臓が
一瞬止まり、次いで激しく鼓動を打つ。
「馬鹿にしたからってやりす……」
「やり過ぎじゃないよ」
チイトは郁人の言葉を遮る。
「俺はパパが全て、それ以外は
どうでもいいから。
パパは優しすぎるから、
つい許しちゃうのだろうけど、
俺はそうはいかない。
パパを害するなら……絶対に許さない」
紅い瞳が真っ直ぐ射ぬく。
「そこの憲兵もしっかり見とけ。
また、パパをいじめるような塵が
いるなら……街、いや国ごと
潰していくからな。
今回は、パパがこの街を気に入っているから
磔だけで済ませただけだ。
ー次は確実にやる」
チイトの覚悟が言葉端から伝わってくる。
次は容赦しないだろう。
「わかった」
1番に口を開くカラン。
「君がイクトくんに執心で、
なにかあればこの2人より先に動くのは
確実だ。
きっちり見させてもらう」
「分かったならそれでいい。
この国のトップにも伝えたがな」
「トップって……まさか君……!」
カランやライラック達はハッと息を飲む。
「察しの通り、この国の王だ。
物わかりの良い奴で、こっちの条件も
飲んだしな」
「チイト……その条件は?」
「パパ、気になる?
じゃあ、教えるね!
"パパを害するなら皆殺し。
俺に国防とかそういうのを頼るな。
もちろん、パパを丸め込もうとするのも。
そして、俺やパパに一切関わるな!"
とかだよ。
前の国とかで鬱陶しかったからね!
パパにそういう思いを
してほしくないからさ」
体を郁人の方へ向けて告げる。
「厄介なことは片付けてきたし、
これからは、俺がパパを守るからね」
郁人の両手を自身の手で包みながら、
ふわりと微笑む。
(片付けてくるって……
王様と話してきたのかよ?!)
チイトのあまりの行動力に
目眩を覚える。
〔あんた、覚悟したほうがいいわよ。
あんたに何かあれば過剰反応して、
相手を抹殺。
もしくは、国ごと滅ぼすから、
その猫被りは。
先のページに、死亡報告が国ごと
載っているから可能性大よ〕
ライコの発言に気を失いそうになる。
郁人が傷つくことがあれば
チイトが過剰反応し、国ごと潰す可能性を
まざまざと見せつけられた。
(本当に俺……
責任重大過ぎるだろ……!!!!!)
起こりうる最悪の事態が頭をよぎり、
重いため息を吐いた。