75話 医者の名は
アマリリスが経営する診療所にて、
郁人は診察を受けている。
補聴器で心音を聞きながら
アマリリスは眉を八の字にする。
「あのローダンくんと旅だなんて……
あたし、心労で倒れちゃいそう」
「すいません」
アマリリスが頬に手をあて
心の底からはぁ……と息を吐いた。
郁人が診察に来たのは、帰ったら来るように
言われていたからだ。
ジークスとチイト、帰ってきたポンドは
待合室で待機している。
ユーも一緒に行こうとしたが、
チイトに止められ、ポンドに
抱っこされている。
〔まさか一緒に行くなんて
思わなかったわよ。
明らかに物に釣られてだし……〕
ライコもため息を吐いた。
「どうして一緒に行こうと決めたの?
ほら、後ろ向いて」
アマリリスが不思議そうに尋ねた。
「その……
行く先には俺の故郷の食べ物、
米があるみたいなので」
後ろを向き、頬をかきながら、
少し恥ずかしそうに郁人はポチ袋を
取り出す。
「……うん、体調に異常は無いわね。
体温も平均に近くなったもの。
こっち向いていいわよ」
郁人は体勢を戻し、ポチ袋の中身、
米を見せた。
「いっちゃんがずっと探していたのが
コレなのね。
……あら?」
アマリリスはポチ袋から香る匂いに
注目した。
「じっくり見たいから借りてもいい?」
「はい。どうぞ」
郁人に手渡されたポチ袋をアマリリスは
顔に近づけ、匂いを嗅ぐ。
「この匂い……白檀ね。
それにこの印は……
まさか……?!
あの医者のじゃないのっ?!」
アマリリスはポチ袋を凝視し、
信じられないと声を上げた。
突然叫ばれた郁人は肩を跳ねる。
「せっ……先生?
いきなり叫んでどうしたんです?」
郁人が尋ねたと同時に、
扉がバアンッと勢いよく開く。
「パパに何かあったのか?!」
「イクトに不調が見つかったのか?!」
「マスターに異変でも?!」
「イクトちゃんになにがあったの?!」
「貴方!
診察中に大声を出すとは何事ですか!!」
扉からチイトにジークス、ポンド、
ライラック、ストロメリアが駆けつけた。
ユーはポンドの腕から飛び出し、
郁人に飛び付き、異変がないか確かめる。
心配するユーの頭を郁人は撫でる。
「俺は大丈夫って……
母さんどうしてここに?!」
先程までいなかったライラックの姿に
郁人は目をぱちくりさせた。
「ジークスくんがあの子と
旅に出ることを教えてくれて。
もう心配で来たのよ」
「伝えたほうが良いと判断してな。
君が診察室に入ったと同時に伝えに
行ったんだ」
連絡は早いほうが良い
とジークスは頷く。
「パパは大丈夫そうだが……
なぜ声を上げた?」
郁人をじっと見たチイトは尋ねた。
「いっちゃんは大丈夫よ。
ただ……このポチ袋の渡し主に
あたし驚いちゃって」
驚かせちゃってごめんねと
謝りながらアマリリスは語る。
そして、ポチ袋を指差す。
「ふくよかな白檀の香りに、
この蝶と花の印……
これはあの医者のものって
聞いたことがあるのよ」
「医者?」
誰のことだと郁人は首を傾げる。
〔この人以外の医者よね?
誰のことかしら?〕
ライコも不思議そうに呟いた。
「複製かと思ったけど、
真似したらその医者の親衛隊が
突撃するから間違いなく本人と
判断したわ」
「……なるほど。
これは驚くのも納得です」
ポチ袋を見たストロメリアは
目を見開いたあと頷く。
その様子を見てライラックは
問いかける。
「そのお医者さんは有名なのかしら?」
「えぇ。
医者では知らない奴はいないわ。
だって、今使われてる薬は全て
彼が改良したものだもの」
アマリリスは薬品棚を見る。
「そうなのですかな?!」
ポンドはその事実に目を見開いた。
〔この薬品棚の薬品……
全てがそいつの改良したものって……
えげつないわよ?!〕
ライコは思わず声をあげた。
ストロメリアはその医師について
説明をする。
「その医師は医療業界を大きく
躍進させた人物なのです。
薬は勿論、外科の技術、
人体の臓器やその機能、
薬草の効果などをより詳しく
本にまとめたりなどの様々な
貢献をしましたから」
医療に携わる者なら知らない者はいない
とストロメリアは語った。
「それは凄いな。
その者の名は?」
偉業に目を見開いたジークスは
尋ねる。
「名前は"フェイルート"よ」
「フェイルート……!?
その人の特徴を教えてください!!」
名前を聞き、息を呑んだ郁人は
2人に尋ねる。
「えっえぇ」
前のめりに尋ねた郁人に驚きつつ、
アマリリスは告げる。
「フェイルートって言う人は、
髪は紫がかった銀、右目に蔦の
刺青がある、美の女神が裸足で
逃げ出す程のかなりの美形って
聞いたことがあるわ」
「その顔を拝みに来られる方も多いと
聞きました。
親衛隊も多く、崇拝者までいるとも」
2人の話を聞き、郁人の脳裏に
ある人物が浮かび上がる。
(身体的特徴がピッタリ一致した。
あいつは医者でもあるから……)
〔まさか……フェイルートって……〕
<パパが創った1人のフェイルートだよ>
チイトがズバリと答えた。
「やっぱり……!!」
郁人の様子を見て、ライラックが
尋ねる。
「もしかして……
フェイルートさんってイクトちゃんの……」
「……うん。
俺が会わないといけない内の1人なんだ」
ライラックの問いに郁人は頷いた。
「医師だと聞いたが、彼も危ないのか?」
「うん……。
かなりえげつない力を持ってる」
「マスターの顔色が青くなりましたな。
……それほど危ないのですな」
郁人の顔色からどれほど危険なのかを
ジークスとポンドは理解する。
「ライラックさんからお話は
聞いておりましたが……。
たしかに、貴方の言う通りの人物と
仮定したら、あの噂も納得です」
「あぁ、あの噂ね……」
「噂?」
どんな噂か郁人が尋ねる前に、
アマリリスが答えてくれる。
「"医師フェイルートは、
人を人としてみていない"
っていう噂よ」
「……人として見ていないですか」
「あいつが人を人として見ていないのは
事実だ」
チイトは事実だと告げる。
「あいつが気を置くのは森や湖、
植物、動物などといった自然だ。
それを荒らすものは容赦なく
切り刻まれる」
自然を害す者は始末されると
チイトは話す。
「そして……
あいつが自然以上に
気を置くのが"パパ"だ。
この街での出来事を知れば……
言わなくてもわかるよな?」
チイトが冷たい目で周囲を見つめた。
ー "この街は滅びる"
とチイトの瞳は告げている。
「俺……
すぐに行かないと駄目だな」
〔名前を聞いて取り乱した理由が
わかったわ。
早く行かないとまずいわね〕
「そんなすぐに行かなくても
大丈夫だよ」
焦る郁人をチイトが宥める。
「実は、あいつの間蝶がドラケネス王国に
いてたからもう連絡してたんだ。
だから、今すぐに行かなくても大丈夫!」
「ドラケネス王国にいたのか?!」
チイトの言葉に全員が目を丸くした。
「いたよ。
あいつらはパパを探すために色々と
仕込んでるからね」
そこかしこにいっぱいあったから
片付けるのが大変だと息を吐く。
「帰るときにスピード上げたのは
他の奴等に探られてたからなんだ。
あっ!
この街であった事も探られないように
してるよ」
いじめとか滅亡案件だしと告げ、
無邪気に笑う。
「パパはこの街が好きだから、
いじめの件とか俺がバレないように
してるからそこも安心してね!」
「……ありがとう!
本当に助かる!」
褒めてオーラ全開のチイトの頭を
優しく撫でる。
(仕込んでるって何よ?!
しかも色々が怖いんですけど!!〕
ひいいとライコは怖がる。
〔よく見たら滅亡リストの街の
名前が 掠れて消えかけてるけど、
こいつのおかげってことなの?!
……猫被りに感謝する日が来るなんて)
ライコが深く息を吐く。
「だから、行くのはあのクズが言ってた
明日の昼でいいと思うよ。
あいつらも準備があるみたいだし、
すぐ行動なんてパパが疲れちゃうから。
家でゆっくりして英気を養おう」
「そうだな」
チイトの気遣いに感謝しながら、
更に頭を優しく撫でる。
そして思い出したように、
ホルダーから取り出した。
「あっ!
これ2人にお土産!」
「ありがとね、いっちゃん」
「ありがたくいただきます」
アマリリスとストロメリアはお土産を
受けとる。
「あたしはイクトちゃんに
まな板を貰ったわ。
ワイバーンの鱗が使われてるから
とっても丈夫なの!
これでまな板の予備とか
買わなくて済むわ」
「貴女、よくまな板ごと斬ってたものね」
「まな板の心配はなくなりましたね」
よく壊していましたからと
ストロメリアは告げ、
郁人に尋ねる。
「それにしても、
ワイバーンの鱗関連の土産を
こんなに購入し大丈夫なのですか?
迷宮を潜ったとはいえ、
依頼をまだ達成していないと
お聞きしましたが……」
無理してないかとストロメリアは
心配した。
「大丈夫。
向こうではワイバーンの鱗は
こっちに比べると安いし、
それになぜか屋台やることになって、
かなり稼いだから」
「かなり売れたよね」
「即完売に近かったからな」
郁人は頭をかき、チイトとジークスが
同意した。
「接客するのは楽しかったですな」
ポンドは楽しかったと笑う。
「……なんで屋台を?」
「えっと……成り行き?」
郁人は土産話を語りだした。
〔……そういえば、あの女の敵は
あの人"達"って言ってたわよね。
猫被りもあいつ"ら"と言ってたけど……
もう1人いるのかしら?
あと、まな板ってそんなに壊れるの?〕
土産話をBGMに、ライコは頭をひねった。




